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贖う者  作者: 魚野れん
第九章 砂漠の殿下 ─追跡者と噂─
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自分の役割

「……」

 黙ってしまったシェリルを軽く抱きしめ、あやすように軽く背を叩く。アンドレアルフスの胸元にシェリルは頭を押し付ける。

 彼女は今、自分の感情と戦っているのだろう。

「……アンドレ、ちょっと叫んでも良い?」

「ん? ああ、構わないよ」

 体を離したアンドレアルフスは、何となく一歩下がって耳を塞いだ。

「私が無事でも誰かが犠牲になるのはこりごり!

 あのくそったれども蹴散らしときゃ良かった!!

 今度あったら絶対ぶっ殺してやる」


「…………」

「…………」

 シェリルが息を大きく吸って吐き出した言葉に、アンドレアルフスは数回瞬きを繰り返した。シェリルの顔は、あの言葉遣いに相応しくやさぐれている。何か魔物が乗り移ったのかとアンドレアルフスが一瞬考えてしまった程である。

 

「……リリアンヌが戻ってきた時、普通にしてろよ」

「分かってる。

 彼女の選択を後悔させるような事はしないわ」

 気を取り直したアンドレアルフスは、彼女の言葉に頷き頭を撫でる。撫でている内にシェリルは冷静さを取り戻したのか、先ほどとは打って変わり、普段と変わらない表情となった。


 落ち着いてきているように見えるシェリルを座らせ、適当に飲み物を作る。持ってきていたレモンを加えただけの、本当に簡単な飲み物であったが、シェリルに渡すと彼女はそれを一気に飲み干した。

 はっきりとは分からなくなっているが、シェリルの怒りはまだ収まっていないようである。


「別に、リリアンヌが悪い訳じゃない。

 私がうまくあしらう事ができなかったのが悪いの。

 それは分かってるんだけど」

「割り切るんだ。

 普通の人間は、割り切って生きているんだから」


 器を両手で包み込んだシェリルは、そこに唇を押しつけるようにして背を丸める。眉を下げてうつむいたシェリルは、怒りとは別に今度は落ち込んできたようであった。

「誰にでも、役割がある。

 リリアンヌにすれば、ああやって時には体を武器に振る舞う事が役割だ。

 あんたの役割とは違うのさ」

 彼女は目線だけをアンドレアルフスへ移す。その瞳はまっすぐとアンドロマリウスを見つめていて、彼女の純粋な精神を表しているかのようである。


 渦巻きそうな程だった彼女の力は完全に制御され、滲み出る力は感じられない。

「どうやったら割り切れるの?」

「自分にしかできない事、それをしっかり理解する事だな。

 あとは自分の価値を把握する事」

「……」


 シェリルは空になった器をじっと睨んだ。普段の髪型ならば隠れているこめかみにアンドレアルフスは視線をずらす。

 よく見れば、そのこめかみにはうっすらと筋が見える。また歯を食いしばっているようであった。

「自分にできない事は、周りの誰かがやれる事かもしれない。

 だから、誰かが動き始めたら任せるんだ。信頼して」


「――分かった。ありがとう」


 少しの沈黙の後、シェリルがそう答えた。彼は優しく微笑むと彼女の額に口づけを落とす。

「よし」

 彼女は頷き、大きな水瓶へと手を伸ばす。中身は空である。それを自身の隣に置いて無地の符を取り出し、ペンですらすらと短い式を描く。

 術符を水瓶へと張り付けて術式を作動させると、空の水瓶にどんどん水が溜まっていく。適当な水位になったところで符を剥がし、シェリルは満足そうに頷いてみせる。


 はた、と動きを止めてアンドレアルフスに向かって首を傾げる。

「余計なお世話かな」

「いや、喜ぶと思うぞ」

「そっか」

 シェリルは、体を張ってがんばっているリリアンヌが戻ってきた時の事を考えていた。彼女がすぐに身を清めてさっぱりできるよう、大量の水を準備したのである。


「じゃあ、アンドレ」

「ん?」


 普段の雰囲気に戻ってきたシェリルは、いつもと同じように声を掛けた。

「私寝るから、あとはよろしくね」

「ああ、おやすみ」

「おやすみなさい」

 シェリルは珍しい事に、アンドロマリウスが戻ってくるのも待たず、横になったのだった。

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