45.青空の授業
泣きじゃくる二月を見ながら伊達は一本を口に咥え。数歩近づいた後で、パンッと手を打ち鳴らした。
盛大な音に二月が涙目で彼を見上げた。
「はい、泣くのはおしまい。おいちゃんは時間が無いんだ。希望のある話をさせてくれ」
「きぼう……?」
明るい笑顔でそう言った伊達に、彼女は尋ねずにはいられなかった。
「きぼうって何? 先生だけじゃない…… 私、みっちーまでこの力で……」
「だから、それをもう無しに出来るようにがんばろうやって言ってる」
再び悲しみに沈もうとする二月を、伊達は許さなかった。
「無しに……? 私の能力を…… 無しに出来るの?」
「ん~…… そいつは難しいな。それはちょっと間に合わん」
「じゃあ……」
「考え方を変えよう」
「えっ……?」
伊達は先端から煙を出す一本を空中にフリフリ、説明した。
「持って生まれたものは仕方無い、だが二月の能力はちゃんと理解して、考えて使えば色んな人を幸せにし続けられるものだってことさ」
「……しあわせに?」
「だってそうだろう? 小さな頃の君も、今の君も、『良い未来』を視てくれって言われればそれが出来るんだから。例え気分が乗らなくて中途半端に結果を外していてもな。なら逆にだ、『悪い未来』を見てしまった後だって、結果を中途に外すことも出来るってことだろ?」
他人から見れば当たり前の事実。しかしそれは、力に振り回され不幸を振り撒くようになった今の彼女には、観念を打ち砕かれるような一言だった。
だが、彼女の思考はそれを許そうとはしない。
「できない…… どうやってやるのか、結果が創れるわけじゃない……」
彼女の能力は『未来予知』だと思われていて、彼女自身も頭ではそうだと認識していた。視るビジョンはまるで夢の中のように無意識で創られていて、それを操作だなどとは考えたこともない。
「じゃ、練習して結果を創ってみようぜ?」
「えっ……?」
伊達は人差し指と親指で、まだ煙を吐く一本の先端を、上に向けて持った。
「さぁ! 始めようか!」
真上に放り投げられたそれが空へと飛び、空中で燃え上がった。
同時に空を覆っていた白いもやがサッと引き、引いた場所から抜けるような青空が広がっていく。
「おいちゃん……?」
燃え尽きた一本の灰が降る様子に合わせ、視線を落とした先には道路が広がり、そこに伊達の姿は無かった。
『……!?』
二月は、ここが自らのビジョンの世界であることを思い出す。そして今、そのビジョンの中から自分の存在が消えていることも自覚した。
気づけば目線も視点に変わっている。今の視点はいつもの上から視る、上下左右だけに動けるビジョンの世界だった。
――不思議。
いつもと違う点に気づく。自分の存在は無いが、自分の思考を持てる。
――おいちゃんは……?
よくよく辺りを見回すと、今視ている場所は並木道の通学路だった。
――あっ!
通学路を用務員の作業服で歩く伊達の姿を発見した。何も無い空間に向かって時折話し掛けている。はたから見れば危ない人だが、二月はクモと話しているのだろうなと思った。
――道路……
車両が流れていく道路を見ながら、二月は先ほどまでの道路での出来事を思い出していた。
すると、例の緑のトラックが出現した――
――おいちゃん!
トラックはいきなり縁石に乗り上げ、伊達に向かって突進を始めた。
伊達が驚いている様子が見えた。
そして伊達は、トラックの突進を片手一本で止めた。
――えっ?
クイッと、伊達の首が二月の視ている上空へと向いた。
『ダメだな、やり直し!』
伊達の声が二月に響き、視ているビジョンが消失した。
ビジョンが再び始まり、校庭の様子が映し出された。
――何これ……?
二月はわけのわからないまま、ビジョンを眺めていた。
するとそこに、また伊達が現れた。
伊達は花壇に座り込み、草むしりをしているようだった。
二月は伊達の前にそびえ立つ校舎を見ながら、なんとなく先月にあった三階の窓ガラスが割れた出来事を思い出した。
思い出して、伊達のいる位置を思った瞬間に、それは割れていた。
しゃがみこんで作業をしている伊達に、割れた破片が降り注ぎ――
伊達はそのまま片手を上げて、直径一メートルほどの大きな火球を放ってそれを全て溶かした。
伊達の首が、再び二月の視点へと向く。
『ほい、やり直し、どんどん行こう』
次に視たビジョンの伊達は、例の空き家の中でのんびりと横になっていた。
そういえばと、二月は前にここを掃除して、もう戻らないと彼が言っていた時のことを思い出した。
確かその時にクモは言っていた。『屋根を修理しますか?』と。
屋根は危ないのか――
そう思った途端に、地震が起きた。
――っ……!
それはあの時に視た、人が押しつぶされるビジョンだった。
一番視たくないビジョン。寝転んだままの伊達が倒壊する家屋の下敷きになっていく。
「はぁっ!」
掛け声とともに、閃光が巻き起こって崩れ落ちた家屋が吹き飛び、瓦礫の中に伊達が立っていた。
伊達はコキコキと、首を鳴らして二月を見た。
『まだまだ、次だ』
その顔は笑っていた。
どうしてだろうか、視ている自分も笑っていることに二月はまだ気づいていなかった。
その後、ビジョンは続いていった。
ビジョンは校庭に、校舎裏に、東屋に、並木道に、公園に、商店街に、海に―― ありとあらゆる二月の知る場所、時には知らない場所にも飛び移った。
伊達はその中で、次から次へと災難にあった。
屋上でもたれた柵が外れては地面に両足で普通に着地し、歩いていて飛んできたホームランボールはキャッチャーのミットに蹴り返し、商店街を爆走するバイクはソバットで運転手ごと魚屋へとダイブさせた。
なるべく愉快にしようとしているのか、ビジョンの中の伊達は容赦が無かった。二月は気づけば伊達に対し、何か映画スターでも見ているかのように、どんなことを見せてくれるのかと期待をしてしまうようになっていた。
並木道を歩く彼に向かって、ものすごい数の車を走らせてみた。彼はくるくると体を横回転させて、車体をかわし、蹴り、屋根に飛び乗り、とにかく派手にそれをかわしていった。空を飛べばいいのにとは思ったが、見ているとなんだか面白かった。
からめ手で、コンビニの袋の中にちょろっと毒入りのあんぱんを入れてみた。彼は普通にもしゃもしゃと美味しそうに食べ、毒は効かないようだった。ちょっと悔しかった。
思い切って、商店街の中にこの間テレビで見た狼男を出現させてみた。あっけないくらい伊達の方が強かった。へこへこしながらお手をしている狼男はちょっと可愛かった。
特別出演として、真唯を登場させてみた。ここは一つ、二月先生の新しい試みですと、伊達の手を直接操作した。これには伊達もびっくりしていたが、その意図に興味を持ったのか特に逆らう様子は見せず、彼の手は二月の操るまま、真唯のおっぱいに乗っていた。激しくビンタをくらう伊達がちょっと可哀相だった。伊達も『勘弁してくれよ』と泣き言を返してくれた。
公園では、伊達の横に可愛らしいドレスを着せた自分を配置して、沢山の黒服の男に取り囲まれてみた。伊達はやっぱり助けてくれた。なぜかカンフーアクションで暴れまわる彼は、なんだかとてもカッコ良かった。
そんなことをどれくらい繰り返しただろう。
校舎にテロリストを入れた、怪獣だって出した、充孝にも栄作にも来てもらった、クモにも出てもらった、すごく強くなった未沙都なんかも出した、お色気シーンは真唯にやらせて何度か伊達に怒られた。
いつからだろう、楽しくて、夢中になっていた。
伊達を主人公として遊ぶキャッチボールのようなお話創り。長丁場なものもあったが、彼は楽しそうに付き合ってくれた。
そして――
――どこ? ここ……
知らない場所は今までも出てきた。でも、この場所は知らないはずなのに、妙にビジョンが鮮明だった。しかもなぜか、このビジョンは普通に自分の目線だった。
台所が丸出しで、あまり綺麗じゃない感じの家の玄関。その奥に引き戸があった。
二月は自分の足で歩いて、引き戸を引いた。
「よう、いらっしゃい」
伊達が布団の無いこたつに入って寛いでいた。ごちゃっとした部屋には服が投げ出されてあったり、コンビニの袋が転がっていたりでやっぱりあまり綺麗じゃない。彼は二月を一目見ると、こたつの上にいるクモと一緒に、とても古いブラウン管のテレビの画面に目を映した。
ブラウン管に目をやって二月は驚いた。先ほどまでの伊達のアクションシーンを集めたような内容がテレビの中でやっていた。
「いやー、面白かったなぁ…… ほらクモ、このアクションいいだろ?」
「もー、誤魔化さないでくださいっスよ、あのおっぱいタッチ絶対わざとっしょ?」
「んなわけあるかアホッ!」
楽しそうな伊達とクモを見て、なんとなく自分もこたつに入った。
「おう、まぁ飲め」
伊達が急須から番茶を注いでくれた。
「おいちゃん…… ここは?」
「ああ、俺ん家だよ。空き家じゃなくて、ちゃんと俺の家な」
「ここは…… おいちゃんの世界……?」
「……を、今俺が構成したって感じかな。ちょっと二月に頼みごとがしたくてね」
「頼みごと?」
リモコンを操作して、伊達がテレビの電源を切った。斜陽が差す静かな部屋の中に、開かれた窓から外を通る古臭い原付の音が木霊した。どこか凄く懐かしい、妙な安心感を感じる狭い家だった。
「俺明日さ、ちゃんとした、出前っぽいラーメンが食いたいんだ」
「ラーメン?」
「ああ、味噌で頼むわ」
「私はとんこつで頼むっス!」
何を言われているのか、なぜ頼まれているのかわからなかった。
戸惑っていると、伊達が微笑んだ。
「あれだけ滅茶苦茶出来たんだ。もう出来るだろ?」
あっ、と先ほどまでの夢物語のような遊びを思い出し、そして――
「おおっ! 来た来た!」
「おおぅっ! 贅沢っスね!」
彼らの前に、ラーメンが現れていた。
二月は、自分の出来たことに驚きながら、美味しそうにラーメンを食べる男と妖精を見て、
――ふわりと、笑った。




