表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
玄人仕事  作者: 千場 葉
#1 『ビジネスホテル・バード』
9/375

9.雛と成鳥

 炎と闇が無遠慮に噴き合い、グラウンドにいた生徒達が怖れとともに間を空ける。飛び交う『真魔法』同士のぶつかり合いは、彼らにとって次元の違う戦争だった。


 火球を放つシュン、その火球の軌道に合わせ『闇』を置いていくレラオン。火球は闇へと吸い込まれ、いともたやすく消失する。

 上空へと跳んだレラオンが腕を薙ぐ。空間から生まれた五本の黒のレーザーが地上のシュンへと降り注ぐ。レラオンを追うように宙へと回避したシュンは、遠距離を不利と見て素早く空を滑り、肉薄を狙う。

 レラオンはその考えを逆手にとるように倍近い速度で彼へと迫り、シュンの背後より後頭部を殴打して地表へと叩き落とした。


「シュン……!」


 巻き込まれる危険を顧みず、生徒の波を抜けて表立ち、ユアナが声を上げた。

 シュンはグラウンドに落ちる寸前、盛大に炎を地面へと叩き付け、その勢いで激突を防いだ。


「ダメ……! 力の差がありすぎるわ……!」


 戦いの様子をシオンが悲観した。

 その隣で、リイクが目元を険しくする。


「魔力量と経験の差か…… 条件が同じじゃ敵わない……! それにシュンは……」


 シュンが右手をかざし、『真魔法』にその手を燃やす。左手は胸に、本を抱えていた。


「『ガラの書』を抱えている! あの本を守ったまま戦ってるんだ……!」


 それは戦いにおいての、『守る側』ゆえの圧倒的不利だった。


「シュンの得意属性は『火』だ、一歩間違えれば自分の力で燃やしてしまうかもしれない…… あれではまともには……」

「そんなの気にしてる場合じゃないじゃない! 捨てちゃえば……」

「あの男は奪い去るだろう」

「……っ、なら、いっそ燃やしてしまえば……!」

「……僕もそれが、いいとは思う」


 だがそれがシュンに出来るとは、リイクには到底思えなかった。

 自分とてシュンの立場であったとすれば、そのような冷静な判断が下せる自信は無い。学校が秘していた、過激派が狙った書物。それにどれだけの価値があるのか、その処分を自らが下していいのか、命がかかった場面であれ、子供である自分達には選択の荷が重すぎる。

 ましてやシュンは生真面目が過ぎるきらいがある。彼がその判断を下すとすれば、そのタイミングは相当に追い詰められ、最早勝機すら見えない場面になるだろうと察せられた。


「くっ…… 『真魔法』の無い僕達は…… 見ていることしかできないのか……!」


 口惜しい思いにリイクは拳を握りしめ、そんな彼の呟きに、ユアナが振り返った。



 グラウンドを駆け、レラオンへと走るシュン。


「『バーンウィップ』!」


 シュンの右腕から、収束された炎がムチを現わし、複雑な軌道でレラオンへと迫る。


「なるほど! 厄介だ!」


 読みづらい動き、音速で走る炎。ステップを踏むレラオンの足下を、二、三と衝撃が火花を散らす。


「だが……! 『影刃(かげじん)』!」


 両手をかざすレラオンの前方、左右上方と地面に闇の穴が開き、穴から飛び出した黒い刃が激しく踊る。シュンの炎のムチが、秒を待たずと寸断された。


「あ……」

「どうした? 終わりか?」


 勝ちを確信した挑発的な笑み。

 敗色に絶望しかけたシュンの心が、怒りにかられて頭を無理矢理に動かす。


「……『バーン・レッド』……!」


 シュンの全身が赤く光る。強烈な身体強化の『真魔法』。


「ふん…… 芸の無い」


 肉弾戦を挑むには適している。だが、すでにその魔法は何度といなされていた。同系統の真魔法はレラオンにもあり、地力での格闘能力には大差があった。

 超速の突進をかけるシュンに対し、レラオンは体を引き、その衝突に備える。


「『ベイク・ブレード』!」

「……!?」


 殴りかかられると踏んでいたレラオンの前で、突如シュンが巨大な炎の剣を生み出した。

 先端の丸い、幅広の大剣がレラオンをめがけ真横に薙がれる。


 レラオンの胴元が一閃を受け、驚いた表情のまま、彼は腹から真っ二つにずれ、分断された。


「っ……!」


 必死の攻撃が決まった、そう思った瞬間――


「満足したか?」


 背後から強烈な肘鉄が首筋に入り、シュンは地面へと頭から突っ伏した。


「まさか、この局面で身体強化からの『二重詠唱』とはな…… 今のは少しひやりとした」


 上から振る言葉に、シュンは斬ったはずの前方を見る。

 分断されていたレラオンの上半身と下半身が黒く染まり、闇の煙となって消えた。


「闇の魔法とは奥深いものだ…… それは真魔法であれ、変わるものではない」


 浅はかだったと、起き上がれない体でシュンは思った。

 最早どうして敵うと思えたのか、それすらもわからなかった。戦ってみて確信した。何もかもが違い過ぎる。

 百回戦えば百回負ける相手、それほどの開きがあると理解できた。


「では、貰っていくとしよう」


 倒れた時にこぼれ落ちてしまったガラの書を、レラオンが拾い上げた。レラオンは今までシュンがそうしていたように、本を左手に持ち、倒れたシュンを尻目に歩いて行く。


「く…… ま、待て……」


 敵わぬとわかっていても、手が伸びる。自らの無知や甘さが招いた失態の責と、守ろうとした友人達のためにも、大人しくしているわけにはいかなかった。体は起き上がらない。

 しかし、その言葉に応え、レラオンは足を止めた。


「ああ、もちろん待つとも……」


 レラオンは振り返る。


「まだ貴様に、とどめをさしていないだろう?」


 その右手に、闇の魔力が黒々と灯っていた。

 避けようとも動かない体、激しい打撃により混濁(こんだく)する意識。


「さらばだ、愉快な道化よ」


 闇の魔力がその黒を濃く、大きさを増す。


 シュンは死を覚悟出来ることもなく、敗北のみを悟った。


 ――道化、そうかもしれない。


 放たれた的確な言葉に、得心しながら。


 シュンは、目を閉じる――




「なっ!? 貴様……!」


 届いた声。勝者から漏れた狼狽の声に、シュンの意識が覚醒した。


「……?」


 ぼやけた視線がレラオンの背と、彼と向き合っている白い学生服を捉える。


 ――ユアナ……!?


 状況の理解が、シュンの視界を一瞬にしてクリアにする。

 レラオンが少し手を伸ばせば届きそうな距離に、人質であったはずの友人が立っていた。

 その両腕に、『ガラの書』を抱えて――


 レラオンは動けない。

 勝利を確信した上での油断、それ以外の何モノでもなかった。

 あるいは、『真魔法』が彼女の魔力をかき消していなければ気づけたのかもしれない。迫ったのが彼女ではなく、リイクや教師など、男であるならばその足音に振り返れたのかもしれない。

 背後から忍び寄り、『書』を奪い取ろうというその手に。


「ユアナ……!」


 掠れた叫び声が痛みを伴い気管から発せられた。

 シュンの声に、驚き留まっていたレラオンが我を取り戻す。


「くっ! 小癪(こしゃく)なマネを……!」


 レラオンの手が、本を抱きしめるように抱えるユアナに伸び――


 ユアナの全身から、髪と同じ桃色の煌めきが散った。


「うおぉっ……!?」


 レラオンの体が押しとどめられる。シュンは片眼を瞑り、眼前を腕でカバーしながらその様を凝視した。

 彼女を中心に、人が近寄ることもかなわない暴風が放射されていた。


「『風』…… 風の『真魔法』か……!?」


 両腕で風を(しの)ぎつつ、レラオンが呟く。

 ()()()ユアナは『取り込んで』いた。

 ガラの書が選び出した、彼女への『情報』を。


 暴風の中心で、ユアナが叫ぶ。


「シオン!」


 彼女の声とともに、



 ガラの書が、空を舞った――


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ