40.辿り着いた学生達の未来
「曲がった…… だと?」
しかし、伊達の目には緑のトラックが映っていた。
まもなく、結界に入り充孝達の方へと接触する。
「あれは別の! 別のトラックっス! 魔力線を仕掛けた方は途中で住宅街に曲がったっス!」
「な、なにぃっ!? ルート配送は一台じゃねぇのかよ!」
「おいちゃん……」
「……!?」
ズシリ、と、結界にかかるドームの力が強くなるのがわかった。
その力は以前ほどではないにしろ重く、伊達の動きを封じる。
もはや奇跡の援軍などは無い。
――くそっ、これはどうする……!
伏兵となって現れた二台目のトラックは道路を爆走し、今まさに信号機の「黄色」を通り抜けようと取り憑かれたように速度を上げている。
だが、伊達は策を失ったが諦めたわけではなかった。
「梢!」
たった二パーセントの防御支援効果、今自らに出来ることはそれのみと悟った伊達は、再び結界の出力を奮いたたせ『禁則』寸前まで力を加えながら想った。
――頼んだぜ、主人公よ。
~~
それは、ついに充孝の目に映った。
「あっ……!?」
黄色になった信号、そこに突っ込んでくる一台の運送会社のトラックがあった。車の運転経験など勿論無い彼にも、それがいかに危険なことなのかはわかる。そして、先ほどまで見ていた光景の異常さがこれから起こる惨劇を警鐘として彼に伝えていた。
辺りが黒に染まった瞬間から、栄作と真唯は再び海の方を向いてしまっていた。接近を伝えて、逃げおおせるような時間も無ければ、場所も無い。
「栄作! 穂坂!」
鋭く二人を呼んで、充孝は二人を後ろにトラックに向かって立ちはだかった。
「っ……! 梢くん!?」
「みちた…… ……っ!?」
振り返った二人の目にも映った。トラックは今まさに信号を越え、三人のいる場所へと入ってこようとしている。
充孝は右手を前にして、念動の焦点をトラックの正面に向ける。
その暴力的な重量を前には無駄に違いない、だがワンクッションにでもなれば、せめて角度を変えることでも出来れば誰か一人だけでも助かるかもしれない、いや、
――出来ても出来なくても、意味はある……!
そんな想いから出た行動だった。
目の前に迫るトラック、今まさに念動を当てようとしたところで――
トラックの正面が左へとスライドしていった。
「なっ……!?」
トラックの運転手が急カーブに対応して、ハンドルを右に切っていた。
充孝が狙いを定めていた正面は視界から消え、スピンしたトラックに振られた荷台が猛スピードで三人を薙ぎにかかる。
「充孝くんっ!」
その絶望的な状況で、彼女は動いた。
どうしてそんな行動を取ったのか、頭では理解出来ない。しかし、心の奥底に確信めいた何かがあった。『こうすれば助けられる』と。
――真唯の左手が、充孝の左手へと繋がれる。
途端に、がくりと膝が抜けるような感覚が彼女を襲った。無理矢理超能力を行使した時のように頭が熱くなり、体中の力が充孝の手に吸い込まれていく。
記憶には無い、そんなことがあったはずもない。手を繋いだのも初めてなのだから。
しかし真唯は、確かにあったことなのだと二度目の感覚に身を委ねた。
「うおおおおおっ!」
力の昂ぶりに、充孝は吼えた。
知っている感覚だった。今は念動以上の能力が使えることも知っていた。
そしてその力は、前以上だとも、
銀色の箱が迫る。充孝は、
――全力で『衝撃波』を放った。
~~
充孝のいた場所から、自動車事故そのものの乾いた轟音が響き渡った。
そして――
「梢!」
伊達は見た。跳ね飛ばされ、ガードレールの向こうへと落下していく充孝を。
「ちぃっ……!」
衝突を皮切りに、場を覆っていた灰色のドームが役目を終えたとばかりに姿を消した。
すぐさまに結界を切り、屋根から跳び、途中信号機を一蹴りした伊達は、その勢いのままトラックのすぐ傍へと降り立つ。
「おい! 大丈夫か!?」
カーブの入り口を封鎖するように停まっているトラックの裏に回ると、栄作と真唯が倒れていた。
「ん、んん……?」
「な、なんだ……? なにが……」
「……!?」
彼らは目を開き、身を起こし始める。
「未来が…… 変わった……!」
二月の視たビジョンでは、彼らは命は取り留めたものの重症―― しかし、今の彼らには外傷らしきものは一つも無い。
伊達は避けてきたトラックの裏側の荷台を見る。
「こいつは……」
荷台には直径一メートルほどの円形の凹みがものの見事に刻まれていた。
「そうか…… こいつら…… あいつの衝撃波の跳ね返りに吹き飛ばされただけか……!」
トラックに衝撃波が直撃した瞬間、衝撃の波はそこを起点に分散して彼らを煽った。梢の後ろにいた彼らはそれぞれ横薙ぎに波を受け、弾かれるように路面に伏していた。
「……! なら、梢は……!」
ガードレールに走りより、伊達は真下へと目を凝らす。波が静かにコンクリートに打ち寄せる海面、そこに彼の姿は無い。
「おい……」
高さは五メートル、自ら飛び込んだとすれば無事かも知れないが、気を失って落ちたとすれば――
「ぶはっ……!」
「梢!」
静かだった海面を散々に乱し、水もしたたる二枚目が息を荒げて水面から顔を出した。
「梢! 無事か!」
「だ、伊達さん!? た、助けて……!」
波に煽られながらなんだかバタバタしだす充孝。服が重いのもあるだろうが、泳ぎは得意ではないらしい。
そんな彼に向けて笑みをこぼし、伊達は指を差して愉快そうに盛大に笑った。
「ひ、ひどい! は、はやくぅっ!」
「えっ? 梢くんっ!?」
「うおっ!? 何やってんだ充孝!?」
遠く、真唯や栄作に驚かれながら、伊達が空中を飛んで充孝を引っ張りあげる様子を二月は見ていた。
「フタッキー! やったっスよ! ミッチー助かってる! マユマユや……? も無事っス!」
あまりの感無量に栄作の名前をド忘れしたクモが二月の周りを飛び回った。
「うん、クモ…… ありがとう……!」
「やったのは大将っスよ! いやーさすが私めが大将! 不可能はゼロっス!」
「クモ、おいちゃんにありがとうって伝えてきて」
「えっ? でも……」
「……トラックも直してあげてほしい」
「あっ! わかりました! すぐ戻るっス!」
飛んでいく妖精を見送り、二月は屋根の上に座りこんだ。
幼い頬に、一筋の涙が伝う。それは初めて目の前で変わった絶望に、生まれて初めて流れた歓喜の涙だった。




