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玄人仕事  作者: 千場 葉
#4 『スクール・スーパーバイズ』
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38.通学路の向こう側、反対側


 知らずの内に登校中の合流地点になっていた場所に、メガネを掛けた薄手のブルゾンとキュロットの少女が落ち着かない様子で立っていた。彼女は一声、こちらを向いて声を上げた。


「梢くーん!」


 一瞬誰だかわからず、充孝は自分が呼ばれていることに反応出来なかった。別段気合が入っているという風でもないのかもしれないが、学生服以外で出会うということが始めてなせいか、妙な気恥ずかしさがあった。


「……はい、俺は相変わらず無視なのね」


 なんとなくで自分が選んでやった灰色のジャケットにジーパン、それだけでモデルのようになってしまった友人を見ながら栄作は独りごちた。

 相も変わらず、とんでもなく見栄えする男である。

 

「か、かかっこいいね、梢くん」


 出来るだけ、自然に褒めようとした真唯の声が完全におかしかった。

 正直なところ、これと並んで歩く自分も真唯も、結構にかわいそうなのかもしれないと栄作は思う。


「そうか? ありがとう。栄作のセンスはいいからな」


 その自然体が癪に障るので、とりあえず肘で小突く栄作。減点イチだという感じで。

 なんだという素振りでちらりと栄作を見た充孝だったが、彼は意外にもその示唆を読み取った。


「穂坂もなんかいいぞ。似合ってる」

「おおっ!?」


 あまりの意外性に真唯よりも驚いてしまった。


「そ、そう……?」

「うん、上着がなんか、柔らかそうな感じでオレは好きだな」

「は……!? はぅ……!」


あー、こいつ絶対今シーズンのうちに三回はそれ着てくるなと、栄作は確信した。だがいい加減、蚊帳の外なやりとりも面倒くさい。


「じゃ、とっとと行きますよお二人さん」

「ああ」

「あっ、行くって…… どこ行くの?」


 スタスタと、歩き出した栄作が首を向けた。着込んだ春物のコートは結構様になっているのだが、誰もつっこんではくれないらしい。


「神社だ。そこでちょっと見学しながらダベる」

「神社……? あー!」


 栄作の言った意味は真唯にもすぐに伝わった。流されるままに入って続けたような部活だったが、それはいつの間にやら伊達を中心として彼らの心の結束の、大きな一部になっていた。


「わー、考えてみたら神社って新年のお参り以外に行くのって初めてかも」

「ん、そういやそうだな、俺行かねぇこともあるし」

「あ、オレも今年行ってない」

「じゃあ来年は部活のみんなで行こうよ! 大晦日に集まって!」


 学生達は歩き出した。

 遥か彼方―― 今は辿り着くことのないその場所へ。


~~


 並木道から繋がる十字の交差点を、二人と妖精は閉店した喫茶店の屋根から見つめていた。

 並木道から横断歩道を真っ直ぐに渡った先の道路は急な右カーブになっており、左車線には曲線に沿って備えられたガードレールの向こうに海が見える。

 彼らが高台に選んだその場所は並木道終端の右車線側に有り、左車線側を歩いてくるであろう充孝達とその後の展開を見るには絶好の場所だった。


「大将、未沙都ちゃんは……」

「さすがにな…… 昨日があれだ、今日は千里眼どころか動けないだろう。携帯は持っていたようだから、そろそろ家なり寮なりに連絡を入れて帰っている頃だと思うが」

「……いけるんですか?」

「問題は無い。世界の違う俺に干渉系の負担が大きいのは確かだが、未沙都くらいの干渉なら自力でもやれるだろう」


 クモの心配に答えながら、伊達は辺りを見回した。


「二月、場所はここであってるな?」

「うん、間違い無い。多分、後三十分も無い」

「よし……」


 伊達はクモを体にしまい、二月を背負った。ステルスを唱え、強く屋根を蹴って飛び上がると、風の魔力をコントロールして空中浮遊を継続し始める。


「いいか二月、今から俺達は梢に突っ込んでくるトラックを探す。道路をさかのぼってなるべくゆっくり飛ぶから、ビジョンにあったトラックを見かけたら教えてくれ」

「わかった」

「トラックの特徴はわかるな?」

「うん、「幸山ゆきやま通運」、緑のラインのいなせなやつ」

「いなせ……? まぁ、わかってるならいい」


 伊達は道路に沿って、流れる車を目にしながら滑空を始めた。


~~


 寮が建っている住宅街を抜け、いつもの二車線の並木道に出た。ここを右に曲がれば由良木学園へ出るのだが、今日は左へと曲がる。


「言い出した俺が言うのもなんだけどさ、神社って言っても小さいよなあそこ。効果あるのかね?」

「結構古いって聞いたよ? 神聖な場所に大きいも小さいも無いんじゃない?」


 散歩にしてもいい日和だった。風除けの無い高台になっている並木道も、少し風が強いというだけだった。


「神社は清潔で、入った瞬間ひんやりしている場所がいいらしい」

「え? そうなの?」

「ああ、うちのお婆ちゃんが言ってた」

「相変わらず充孝はお婆ちゃん子だな」


 商店街までの道は十分程度。彼らは潮の香りがするその場所を、ゆっくりと歩いていた。


~~


 並木道へと繋がる車道。道路の両脇には大小様々な家屋や施設が立ち並んでいる。人の足でならば学園よりもかなり先に当たるこのポイントで、伊達の目に見覚えのある車両が映った。


「二月、あれか?」

「ん……」


 伊達が指差す方向に銀の箱を背負った緑色の車体を持つトラックが見えた。やや小ぶりな二トンタイプだ。


「うん! あれ! ユキツウ!」

「パラレルだなぁ……」


 自分の知る場所との妙なリンクを感じながら見ていたそのトラックは、ハザードを焚いて道路の途中で端に寄った。


「……! こいつは!」


 トラックのドアが開き運転手が外へ出る。運転手はそのまま後ろの荷台へと向かった。

 急ぎ伊達はトラックに向けて急降下し、二月を歩道に降ろした。


「おいちゃん?」

「チャンスだ、ちょっと待っててくれ」


 荷物を抱えた運転手が道路に隣接する、一軒の文具店の裏手に入っていく。

 その隙に伊達はトラックに忍び寄り、魔力を両手に収束して放った。両手から放たれた魔力は何本もの細い糸となってトラックの足回りに絡みついた。


「よし……」


 運転手が出てくるよりも早く、伊達は二月を背負って再び上空へと舞い上がった。


「おいちゃん、何かしたの?」

魔力線リネアっていう細い糸を足元に大量にくっつけてきたのさ」

「……? 糸?」


 二月の目には何も見えなかった。伊達が仕掛けている間も彼の手が少し紫色に光っていたように見えただけだ。


「元々が戦争とかで罠として使う魔法だからな、仕掛けた俺と、俺の力を受けているクモにしか見えないさ」


 ハザードを消したトラックは再び他の車両の流れへと入り、そのまま走り出した。


「おいちゃん、失敗?」

「いんや、魔力線は伸びる状態にしておけば切れたりなんかしない。今だって絡まってるさ」

「……どうなるの?」

「俺が操作すれば魔力線が硬くなって急ブレーキになる。梢に接近した時点で発動してやればそれで完了だ。行くぞ」


 トラックを追い越し、二月を背中に伊達は終着の場所へと戻って行った。


~~


 商店街に向かう三人に付き添うようにして立っていた並木が途切れ、前方に大きく海が広がった。


「海だー」

「海だなぁ」


 並木の終わりの交差点、赤になった横断歩道で足を止める。

 ほとんど棒読みのような形で、強い潮風を運んでくる海を見ながら二人は呟いた。


「何……?」

「いや、俺も充孝も山育ちだからさ、ここに来てからのお約束っての?」

「深い意味は無いぞ」


 横断歩道の先、街へと下りる海に面した急なカーブが有る。商店街はもうすぐだった。


「来たぜ、充孝の難所が」

「うるさいなぁ」

「難所って?」


 栄作は横断歩道の先に見える、その場所を指差して言った。


「こいつあそこが怖いんだとさ、最初の頃は来る度にびびってたんだぜ」

「怖くないって方がおかしいと思うぞオレは……」

「いや、うん…… 普通に怖いよ?」


 信号が青に変わり、三人は歩き出す。

 迫ってくるその場所はガードレールのすぐその先、五メートル下が海になっており、人の歩ける場所はお情け程度の路側帯しか無い。入って数メートルの急カーブと百メートルも無い下り坂というわずかと言えばわずかな距離ではあるが、あまりに風の強い日は地元の人間も利用しない行政の対応が行き届いていない場所でもある。さらに人より足が長く、視点も高い充孝にとって支えがガードレールだけというのは不安過ぎた。

 三人は横断歩道を渡りきり、栄作、充孝、真唯の順で狭い路側帯に入る。


「……っ!?」


 ――その場所に入った充孝の目が、奇妙な風景の変化を捉えた。

 彼らが踏み込んだその瞬間、カーブになっている場所を中心に半径五十メートルほどの『灰色の膜』のようなものがドーム状に広がった。その唐突な広がり方はまるで、自分が何かスイッチを踏んでしまったかのようで薄気味の悪いものだった。


「うわっ、なにあれ、すごい……!」

「でかっ!?」


 突然、真唯と栄作が声を上げ充孝の意識が引き戻される。


「……?」


 首を振って辺りを確認するが、覆っていたドームはもう見えない。


「ちょっと疲れてるのかな……」

「ん? 何か言ったか充孝?」

「いや……」


 真唯が見ている先、遠く、青い海の上を一際目を引く真っ白な客船が走っていた。

 時折見える他の船舶がその異様な大きさの比較対象になる。


「ほー、豪華客船っていうのかなぁ、初めて見た」


 二人と一緒に足を止め、充孝はガードレールの向こうに広がる海を滑る、巨大な船に見入った。


~~


「ここまで予定通りってところだな……」


 再び登った喫茶店の屋根の上、伊達は彼らが横断歩道を渡り、カーブの途中で止まるその様子を真剣な表情で見つめていた。


「大将、あのクルージングしてる船ってやっぱり……」

「いや、それはわからん…… だがそろそろユキツウさんが来てしまうからな」


 クモと話す伊達の隣には二月が座っていた。ただ座っているだけでも、その不安な様子は感じ取れた。伊達は自分の顔を両手で軽くはたき、気合を入れた。


「よし、まずは干渉するぞ」

「あい! がんばってください大将!」


 両手を大きく広げて目を閉じ、『千里眼』を発動する。未沙都の使うものとは少し違うが、その内容はほとんど一緒だ。


「なにっ……!?」

「大将!?」


 何かに弾かれたように体を震わせ、伊達が目を開ける。


「くそっ……!」

「おいちゃん……?」


 もう一度と、干渉を開始する伊達。しかし、彼はまたもやすぐに中止した。


「大将! どうしたんスか!?」

「……力が強ぇ、今までの『予知』とは比較にならん……!」

「そんな! いくらここじゃキツイっていっても未沙都ちゃんでも出来るんスよ!? 大将なら……」

「出来ないことはない、だが…… 数秒で『禁則』に触れる」


 伊達の言葉に、クモが悔しそうに黙った。


「禁則……?」


 聞きなれない言葉に二月が伊達を見た。伊達ははたと、彼女の前で狼狽していた自分に気づいて笑顔を取り繕った。


「……なんとかなるさ、安心しろ」


 頷いてはくれたが、二月の不安が消せたかはわからなかった。


『大将、いっそ…… 触れますか? これで解決ならそれでも……』


 クモが二月を気遣って、思念で伊達に語りかけてきた。


『ダメだ。それでは一時しのぎにしかならない。『禁則』には触れずに終わらせる必要がある』

『でも…… 出来るんスか?』

『数秒だけでも変革が可能なら数秒に賭ける。際どくはなるが工程的には可能なはずだ』


 伊達は目線を充孝から外し、脅威が走り抜けてくる道路の先を見据えた。


 死線は一瞬―― その時は近づいていた。



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