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玄人仕事  作者: 千場 葉
#4 『スクール・スーパーバイズ』
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37.門出の朝


 日曜日の朝、充孝の部屋に栄作がやってきていた。

 ぼーっとしたいまいち掴めない彼の印象通り、充孝の部屋はその人柄が掴めない、物がやたらと少ないことが特徴のすっきりした部屋だった。

 充孝は寝起きのままベッドに座り、勉強机の椅子に逆向きに座る栄作と対面していた。


「え……? 穂坂?」

「……なんにも聞いてないのか?」


 充孝にとって昨日は奇妙な日だった。なぜか一人、部活の後で校舎に向かったような記憶があるが気がついた時には真唯とともに、中庭の東屋でテーブルを挟んで横になっていた。どうしてそんな場所で寝ていたのかお互いに全くわからず、とりあえずという形で二人で帰ることにしたのだが、帰り道々にした議論の結果は「何か悪いことをして伊達に何かされたんだろう」となった。

 伊達は皆にとってよくわからないこと、不思議なことを押し付けるにはいい相手になっていた。


「はぁ、お前は…… 昨日は帰ってくるなり俺に挨拶も無しに寝ちまうし、穂坂と何かあったんじゃないかと結構心配したんだぜ?」

「穂坂と? いや、なんかよくわからないけど、昨日はすごい疲れてたから―― っ!」

「充孝?」


 みぞおちと上腕が痛かった。これは彼の知る魔力を使いすぎたことによる痛みだった。


「あいたた……! 魔力筋肉痛が……!」

「なんだそのネーミング…… ってかほんとにキツそうだな……」


 憶えてはいないが、逃げ回った際の体の酷使で普通の筋肉痛もある。


「昨日は大人しくしてたつもりなのに…… 部活がダメだったのかな……」

「ん~……」


 栄作はズボンのポケットから、スマートフォンを取り出すとタッチを繰り返した。


「……おう、穂坂」

「穂坂……?」


 いつの間に、という形で栄作は真唯の番号を知っていたようだった。アドレス帳がページ送りを必要としない充孝は正直ちょっと羨ましかった。


「えっ? つらい? ……なんだ、そっちもかよ。んん? ああ、充孝がな、なんかひどい魔力筋肉痛らしくてっさ。……ははっ、ネーミングは充孝だ、俺じゃないぞ、断じて!」


 他に呼び方がわからないからそう呼んでみただけなのだが、笑われているようでちょっと恥ずかしくなる。


「それより穂坂よぅ、昨日言ったのに何やってんだよ。……え? それもお前もかよ。二人揃って記憶喪失ってかぁ? まぁいいけどさ。とりあえず充孝連れ出して出歩くからさ、そっちも来いよ」


 栄作の耳元から『えぇっ!?』という真唯の声が聞こえた。

 そう言いたいのは充孝も同じだった。何せ今日は動く気がしない。


「おい栄作…… 勝手に決められても……」

「え、おいおい、そんな急がなくてもいいって…… 充孝のんびり屋だし、まだ起きたとこだしさ。じゃ、二時間後くらいにいつも朝に待ってる辺りで。メシはどっか外で食おうぜ」


 充孝の抗議も虚しく、栄作は段取りを済ませて通話を切ってしまった。


「……ってわけだ、支度しろよ充孝。穂坂とはいえ相手は女子だからな、それなりに身奇麗にしとけよ…… って、言って虚しくなった、忘れてくれ」

「……?」


 寝起きでぼーっと座っているだけの充孝だが、その状態ですでに普段の栄作の何倍も見た目がよく、ちょっとだけ栄作は死にたくなった。


「栄作、悪いがオレは遊びに行ける感じじゃないぞ。行くなら二人で……」

「本気で言ってんならぶっとばしたいところだが、安心しろ充孝。その辺は俺もちゃんと考えてある」

「考え……? 何を……」


 栄作はニッと笑って言った。


「神社、行ってみようぜ? 穂坂も調子悪いみたいだし、実は俺もまだ頭痛がするんだ。部活の延長って感じだが悪くないだろ?」

「神社…… ああ……! 伊達さんが言ってたな……」


 こういう時の裏技として教えてもらった神社参り。確かに今の状態は試すにはもってこいで、今後のためにも試しておきたい。


「……そうだな、今すごく痛いし、行って楽になるなら無理して行く価値はあるか」

「じゃ、決まりだな。神社は確か――」



 ――商店街の方にあったよな?



~~



 誰に怒られることもなく過ごしてきた空き家を伊達は掃除していた。

 縁側には少女が一人、陽光にさらされる猫のように転がっている。


「二月、あんまり綺麗な家じゃないんだ、寝転ぶもんじゃないぞ?」


 春物のワンピースにカーディガンを羽織った少女はいつもより新鮮で、それでいていつもよりさらに子供に見えた。

 少し歳に無理があるが、父親ってのはこういう感じなのかなと伊達は思った。


「へい大将! 二階の掃除終わりましたぜ!」

「おう、ご苦労」

「ついでに屋根、直しときますか?」

「いや、それはいい。世話にはなったが不自然なことはしない方向で頼む」

「あい!」


 のそりと、二月が起き上がってこちらを向いた。


「おいちゃん、ここ、出て行くの?」


 最後を見越した大掃除、途中から二月の元気がなくなっていくのがわかった。


「……まぁな、多分もう、ここには戻って来ん」

「どうしても?」

「フタッキー……」


 伊達は手にしていた雑巾を放ると、畳に置いてあった紙コップ二つにお茶を注いで、片方を二月に渡して縁側に腰掛けた。


「この間俺、部活中に話してやったよな? 俺の昔話」

「……うん」

「俺がここにいたことも、いつかはああやって誰かに話す昔話になるのさ。そんで、それを聞かせたやつの所にいたことも、また昔話になる。生きてるってのはそれの繰り返しなんだ」


 繰り返してきた。気が遠くなるほどに。

 既にその多くは、体験であったはずが読み終わった何冊もの漫画や小説、見終わった映画のように彼の記憶の片隅に、思い出せない場所に入ってしまった。

 ただ、その経験は彼の体と技術に埋め込まれている。


「おいちゃんはそうやって、ずっと行くの? 旅を続けるの?」


 伊達は目を閉じ、ふっと微笑んだ。


「それが「仕事」だからな」

「そうなの……」


 すっかりと暖かくなった空気を、少し冷たい風が撫でていった。

 庭先に、色を枯らした冬の後がかさかさと土を駆けた。


「二月、俺は…… おいちゃんはな、仕事で最後に失敗をするのが大嫌いなんだ。だから……」


 伊達は二月の頭に手をやった。ふわりとした猫のような感触。


「絶対に救ってみせるぜ、一緒に頑張ろうな」

「……うん」


 日曜日、正午までは後少し――

 命のカウントダウンが始まっていた。


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