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玄人仕事  作者: 千場 葉
#4 『スクール・スーパーバイズ』
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35.「衝」の廊下

「……こんなことは、しないで欲しかった」


 搾り出すような声とともに、充孝の目線が未沙都を外れ床を向いた。


「どういう、意味ですの?」


 その一言に、未沙都の表情が固まる。


「明日、オレが死ぬ…… それは二月の予知で決まっていて、避けられないことなのでしょう? ならば、そっとしておいて欲しかった……」


 未沙都の全身が、激しい怒りに駆られる。


「梢 充孝! あなたひょっとして黙って死んでいればよかったとでも言うつもりですのっ!? このっ、大馬鹿も――」


「由良木さん!」


 激情に駆られ、今まさに張り手を振り上げた未沙都を充孝が大声で呼んだ。

 怪我人とは思えない、充孝とは思えない真剣な声に未沙都の動きが止まった。


 充孝の目が固まったままでいる未沙都の目を射抜く。

 彼の目が動き、未沙都の膝元へと移動し――


「パンツ、見えてます」


 秒間。


「にょわっ!?」


 流れで彼の前に屈んだが、そこまで頭の回っていなかった未沙都が今更のようにスカートを大げさに抑える。


「ごめんなさいっ!」

「……!?」


 その一瞬を突き、充孝の『念動』が彼女を捉えた。

 倒れたまま突き出した彼の手から力が走り、彼女の体が浮き上がって教室の端まで飛ばされていく。充孝は力を制御し、未沙都を後方の壁の前にふわりと降ろし、痛みを無視して強引に立ち上がった。


「梢っ!」

「嘘です、ほんとは見えてません、いえ! ませんでしたっ!」

「……っいやいや! そうじゃなくて! ってどういう意味ですのっ!?」


 真っ赤になってそっちから話題を逸らそうとする未沙都。

 だがなんであれ、充孝は未沙都の言うことを聞くつもりはなかった。


「由良木さん、残念ですがお話はここまでです。オレはあなたの考える通りにはしない」

「なっ……! あなた私の話をまるで――」


 開かれた距離を狭めようとする未沙都の足が、驚きにとどまる。


「っ……!?」


 充孝が軽く上げた右腕から、炎が立ち昇っていた。

 人を傷つけることの無い炎、覚えたばかりのその不器用な炎は、彼の感情を映すように一時の完成を見せ、彼の腕を猛り舞う。


「オレは自分の意思で明日を過ごし、自分の意思で生き延びてみせます、もうオレを放っておいてください」


 未沙都は驚いていた。その能力よりも、初めて見る充孝に。ぼーっとして、何を考えているかわからないが爽やかで優しそうな彼。いつもの彼はどこかにいなくなっていた。

 充孝は全身が痛みも気にならないくらいに熱かった。喉もとにひっかかる感情の苦しさが今は心地よかった。

 それは怒り。彼自身が一番縁遠いと自覚し周りもそう思っている、内面に奥深く隠れて滅多に顔を見せることのない強い感情だった。

 怒りは今、襲い掛かってきた全てを跳ね除けんがための彼の力になっていた。


「ですが! 放っておいたら……!」

「沢山です! そんなことを言ってオレを納得いくまで傷つけるつもりなんでしょう! 足を折るなり、腕を折るなりして絶対に動けなくなるように大怪我を負わせるつもりなんでしょう! そんなことをして…… あなたがどうにかなってしまったらどうすればいいんですか!」

「えっ……?」


 明日の生死を気にしないではない、それを気にかけずにいられるほど無鉄砲でも聖人でも、大人でもない。だがそれよりも――


「オレが明日助かってあなたは…… 由良木さんは明日逮捕ですか!? わけのわからないことしないでくださいっ! そんな未来、オレが死ぬ未来より願い下げだ!」


 目の前の人が、自分のために自らを犠牲にしようと悪役になってくれた。

 何も知らず、なんの努力もしなかった自分のために。

 未沙都の無謀さと、自分の不甲斐なさが許せない。


「オレはわかった、話を聞いて今わかりましたよ! 伊達さんはいつも見守ってくれていた! 妙な危険の影にはいつもあの人がいて! オレが大怪我をしないように見張ってくれていたんだ! 二月と一緒になって、オレのために!」


 出会ったばかりの見ず知らずの人が、ずっと助けてくれていた。

 何も知らず、日々を楽しんでいただけの自分のために。

 何も返せない大人に守られていた、子供の自分が許せない。


「だったらオレは助かりますよ! 助かってみせます! それで…… 悪いことしか予知できないなんていう悪夢からあの子を助けてやります! オレで終わりにしてやる! 何が未来予知だ! ふざけるなっ!」


 そして、避けられない悪夢を見せ、小さな少女を痛めつけ続けていた世界の理不尽さが許せない。


「梢……」


 彼の激昂に、未沙都はどう言葉をかけていいかわからなかった。

 充孝はふっ、と一つ息を吐いた。

 降りていく腕から、噴き出していた炎が消失する。


「由良木さん…… 気を遣ってくださってありがとうございます。いっぱい壊れてしまった校舎とか、なんにも後始末出来ませんけど、今日のことは口外しません。オレのせいでお体に無理をさせてしまい、申し訳ありませんでした。それでは、また明後日に部活で」


 彼はそう言って、ガラリと扉を開けてそのまま出て行く。

 扉は丁寧に、音も立てずに閉められた。


「梢……」


 夕陽の差す教室にたたずむ未沙都。


「梢……!」


 未沙都は走り、扉に手をかけて力いっぱい開けた。

 どうしてなのか、いつの間にか涙が溢れていた瞳に彼の背中が映った。


「待ちなさい! 梢……!」


 やけに遠く感じる彼までの距離を、未沙都は力を振り絞って駆けだした。

 そこに――


「……!?」


 階段に歩もうとする充孝の前に、見知った人影が現れた。


「梢くん!? ど、どうしたの!?」

「あ、ああ…… 穂坂か……」


 決して目立たないが眼鏡の良く似合う、優しそうな少女。一見して中庭で本でも読んでいそうな雰囲気のその少女は、背が高く爽やかで真面目な雰囲気のする充孝と並ぶと、まるで少女漫画のワンシーンのような不思議な釣り合いを見せる。

 それは少し派手目な印象を持つ自分には、決して作り出せない光景――


 感情がさんざんに振り回された影響か、今日の未沙都の情動は本人にさえも理解不能な、理性で抑えきれない激しい衝動を彼女に与えていた。それはきっと「つい」という感覚。

 そして人は実行の後、例える。


 ――魔が差した、と。



 真唯と話していた充孝は、その気配に気づいた。

 追われ続けていたことからまだ覚めきっていなかった危機感。未沙都の走る足音はそれを強烈に蘇らせた。

 振り返る充孝の目に、未沙都の姿が映る。

 彼女は手を前方に、彼が今まで直撃を怖れほうぼうの体だったあの構えを見せていた。

 避け続けて来た「射線」、そこに自分が立っている。


「えっ……?」


 背後にいた真唯が驚きの声を漏らした。

 そして、真唯は充孝の後ろの「射線」にいた。


 ――避けられない。


 そう感じた充孝のそこからの動きは全てが直感と反射だった。

 充孝は咄嗟に真唯の右手を自らの右手で繋ぎ、目一杯自分に引き寄せた。そして、左手を後方に、大きく広げて未沙都に向けた。

 瞬間で充孝によぎった思考の閃き、それは「『衝撃波』を『念動』で動かす」――

 なぜそんなことが出来ると思ったのかは彼にもわからない。見えない目標など狙いが定めようもない。

 充孝の動きに未沙都の眼光が過分に鋭くなった。この行為は、ただ未沙都を煽っただけだった。

 空間が歪みを見せ、彼女の手に魔力が集まる。

 そして――


 どくん、と、充孝の心臓が打った。ただ未沙都を煽っただけの行為、そこに見知らぬ、まさかの意味があった。

 瞬間的に充孝は思った。


 ――なんだこれは。


 繋いだ真唯の手から、充孝の体に力が流れ込んできていた。充孝の左手が念動を使おうと力を収束するごとに、真唯の魔力が彼の手に上乗せされ、単純な足し算ではない途方も無い力がそこに集まっていた。

 悩んで、躊躇している暇などなかった。ただ充孝は「いける」と確信し、その力を発動した。


 未沙都が放った衝撃波が、空中で『衝撃波』と衝突する。

 二つの衝撃波は激しい破裂音を響かせて大気を揺るがし、消滅した。


 吹き荒れた死線の後、充孝の目に映ったのは離れた場所に倒れている未沙都の姿だった。


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