34.外されたカーテン
「それでは伊達さん、また学校で」
「ええ、送ってくださって有難うございました」
伊達を空き家の近くまで送ってくれた赤い軽自動車が、Uターンを見せて商店街の方へと戻って行った。
空は既に太陽が傾き、近くマジックアワーという時間になろうとしている。
伊達は慣れ親しんで来たこの世界の景色をなんとなく目に焼き付けていた。
「……?」
ぱたぱたと、空の一点から見知った輝きがこちらへ迫ってくるのが見えた。
『大将ー! たいっしょー!』
「クモ……! どうした!」
何やらかなり慌てた様子で飛んでくるクモ。何も無いはずの日に悪い予感が止まらなかった。
『た、たたたいへんっス!』
「なんだ!? 二月に何かあったのか!?」
『……? フタッキーは普通に帰りましたけど…… じゃなくて! 学校が大変なんです!』
「学校が……?」
『空き家に帰ったら大将がいらっしゃらなかったんで! 学校までお迎えにあがったんですよ! そしたらなんと! 校舎の窓ガラスが割れまくってて!』
「どういうことだ? 何が……」
『わかりません! 私何はともあれ大将にお知らせしなければと即行飛び回ってこちらに来た次第で――』
クモの報告が終わらぬうちに、もう伊達は駆け出していた。
~~
「あった……!」
あの後もう一回、二階と四階をループして弱ってきた未沙都の足腰に地獄を与えた充孝は、スタート地点である四階空き教室に戻って来ていた。
都合良く未沙都が隅に追いやってくれた机の群れに飛び乗り、窓際の目標物に手をかける。
金具の微妙なひっかかりに手間取ること数分、充孝はカーテンを外すことに成功した。
「よし、これなら……!」
逃げながら未沙都を捕まえる方法を考えていた充孝は、校内を見回しながら使えそうな道具を探し回っていた。
フライパンの投擲や、消火器での噴霧、瞬間接着剤の塗布など、危険なものから無意味なものまで総当りで考え、結局のところはカーテンでくるんで捕縛に考えが落ち着いた。
とんでもない凶器を持って襲い掛かってくる相手ではあっても、相手は先輩で同じ部活の仲間で女の子。根っから平和人間の充孝に、怪我を負わせてしまうような対策は使えなかった。
カーテンを構え教室の前側、黒板側の扉の傍へと移動する充孝。未沙都がいる方向からすれば彼女はこちらから入ってくるだろう。そこを一気に捕まえようと思い、充孝は息を殺す。
やがて、未沙都の足音が聞こえ、充孝が張り込む扉の前へと音が動いた。
充孝は息を飲み、扉が開かれる時を待つ。
――唐突に、彼女が反対側の扉へと走った。
「なっ……!」
ガラリと扉を開け、充孝が張り込む逆側の扉から彼女が飛び込んでくる。
「甘いのですわ!」
「くっ……!」
慌ててカーテンを上方へと放り投げ、それを隠れ蓑に扉に手をかける充孝。
「逃がしません!」
容赦なく、未沙都の手から衝撃波が放たれる。
「うぐっ……!?」
未沙都の焦点は舞い上がったカーテンによって充孝を正確には捉えきれておらず、教室の隅に追いやられていた机を弾き飛ばした。弾き飛ばされた机は充孝の脇腹に当たり、その衝撃に充孝はなす術もなく倒れこむ。
「ぐ…… んぅ……!」
嫌な当たり方だった。
これまで怪我らしい怪我などしたことの無い充孝だったが、呼吸で痛みに冷や汗が走る感覚は只事では無いと理解出来た。
確認すら必要もなく、肋骨がまずいことになったことを体感する。
「これまで、ですわね……」
未沙都がこちらへと、ゆっくり歩いてくる様子が見えた。
どうすることも出来ずその様子を見守っていた充孝に近づき、彼女は――
「梢 充孝、病院へ行きましょう? 明日はこれで、入院中ですわね」
彼の前に屈みこむと、柔らかな笑顔でそう告げた。
~~
金曜日の放課後、生徒会による初の予算編成は教員をも交えての激しい口論となり、いつまで続くのやらという異例の長さとなった。言いだしっぺの当の未沙都は魔力の使いすぎにより引き攣った笑顔を浮かべているのがやっとで、優秀な副会長である霧島がいなければおそらく明日になっても予算は決まらないままだっただろう。
各行事に思い入れのある生徒もいれば、その後の打ち上げに命を燃やす教員もいる。自らの利益に繋がるような金が絡む話し合い、それが紛糾してしまうのは世の常だった。
解放され、昨年の思いつきをたっぷり反省した未沙都はとぼとぼと、理事長室へと向かっていた。
「はぁ…… すっかり遅くなってしまいましたわ……」
理事長室の扉の前から、彼女は行きたかった教室を見る。
「師匠や梢達は、もう帰ってしまっているでしょうね……」
無意味なことと思いながら、彼女はその教室の扉へと歩んだ。
――とりあえずだ、二月。何か視えたんだな?
「……!」
聞き覚えのある声が聞こえた。それは彼女が天からの授かり物とばかりに思う、自らの師匠の声だった。
未沙都は心踊り、まだ終わっていないかもしれない部活へとあちらこちらが痛む体をムチ打つ。
――明後日はどうする?
――明後日?
――梢が死ぬと、君が予知した日だ。
二月 結花――
その能力は彼女も勿論知っていた。いや、むしろ一般の生徒達よりも深く、情報を得ていた。
『未来予知』。自分達よりも遥かに異質な力を持つ、由良木学園史上初の能力者。その少女はあまりにも『危険』故に、この学園に引き取られて来たという。
当初彼女の力の利用に期待の目を光らせていた学園関係者達も、実際に彼女の力に触れ、次々と死んだ目になっていった。
そして彼らは度重なる実験の結果を、簡潔に述べた。
二月 結花の視る、最悪の未来は覆らない――
その力は希望を咲かせず、絶望のみを撒き散らしていた。
~~
「オレが…… 死ぬ……?」
「ええ、死にますわ。明日…… 昼頃に」
未沙都は盗み聞きした彼の未来、明日を語った。
「そんな…… オレは本当に、明日の約束なんて……」
「それが本当ならこれからか、明日に約束することになるのでしょう。二月 結花の予知通りに」
痛みか、それに伴う熱か、今聞いた話によるショックなのか、充孝は意識が朦朧とし始めていた。
声を発せば痛みが、息をすれば痛みが。そんな状況であれ、言葉を紡ぐことは止められなかった。
「二月が…… 彼女が予知したのか……?」
「そう言っておりますの。あなた、あの子に未来予知を受けた経験がお有り?」
充孝は瞳の奥を見つめられた日、食堂でのあの日を思い出した。
「あれが、そうだったのか……?」
「天から災いが」「雷に気をつけて」と、その日以来彼女は自分に二つの警告を発した。結果的には無傷で済んでいるが、それは見事に的中していた。
「心当たりがあるようですわね。まぁどちらにせよ、あろうがなかろうが本人が予知したと言ってるのですから間違いないのですわ。明日あなたは死にます、必ず」
「かな…… らず?」
恐ろしいことを断言する未沙都の言葉に、意識が白く、遠のこうとする。
充孝はそれを気力でたぐりよせた。
「いいですか梢 充孝。一般の生徒達は知らずとも、私は知っています。二月 結花、彼女の未来予知は「悪い内容ならば必ず当たる」ものなのです」
「悪い…… 内容ならば……?」
「この学園に彼女が入った直後より、講師達はその能力の研究のために何度となく彼女に予知をさせました。ところが彼女が吐き出す予知は全て、その後に訪れる悪い結果ばかり。実験台になった講師達は、皆が皆彼女の言う通りの結果で酷い目に合うことになっていったのです。予知の内容を知る知らぬ、まったく関係無しに」
充孝にはわけのわからない話だった。
知っていて、かわせない。それでは予知ではなく、呪いじゃないかと彼は思った。
未沙都は冷淡に、充孝の目を見据えながら己の知る限りの情報を語り続ける。
「その後講師達は恨みがましく、何かいい結果は無いのかと「良い未来」を予知させましたが、その的中率こそ百パーセントであるものの、なぜかこちらでは一等が三等になるような中途半端な結果が相次ぐ形となったそうです。結果、彼らは結論付けました。「悪い内容ならば必ず当たる」と」
結果、講師達は二月の能力による実験に慎重になった。それは彼女が今、学園内で自由奔放に「放し飼い」の状態にされている理由でもある。
力を畏れるが故に、監視はおろか傍に置いておきたくすらないのだ。
「それで、由良木さんは…… こんなことを……?」
「……師匠が彼女から相談を受けていたようですけど、もう明日ですからね。私個人として、決定的な手段を取らせてもらうことにしたまでですわ。完全に動けなくしてしまえば、明日出かけることなんて出来ないでしょう?」
充孝にはわからなかった。未沙都のやったことは一歩間違えなくとも犯罪者だ。校内で超能力を使いまくり、生徒一人に重症を負わせた。どう言い繕うとも只事では済まされない。
例え彼女が理事長代理であろうともだ。
「……由良木さんのお話が本当なら、意味は無いんじゃないですか? 今まで知っている人が避けられなかった…… 伊達さんも、知っていてオレに教えてくれていません」
「予知を回避するための覚悟が足りなかっただけだと思いますわ。これまで命を取られるほどの予知は出ておりませんもの。知っていれば大丈夫だろうと中途半端に構えていた結果ですわ」
充孝は思う。
――果たして、本当にそうなのだろうか?
だが、今はそんなことはどうでもよかった。
充孝は激しい痛みの中、生まれて初めてかもしれない強い感情に包まれ始めていた。




