30.一部を除き、校内は禁煙です。
『じゃあ今日はここまでだ。後は各自で練習な』
そう言って三時間ほどの練習を切り上げた午後四時過ぎ。伊達は自販機からコーヒーを買い、中庭の東屋で一人休んでいた。
「今日はここまでね……」
栄作のせいで無理矢理やるはめになった休日の部活動。伊達はこの日が最後の活動になることを理解していた。いや、正確には昨日で最後のつもりだったので、延長されてしまった形なのだが。
伊達は内ポケットから、金の襟の施された箱と、それを買った時に付いてきたビニル製の小さな袋を取り出した。
いつものように箱から一本引き抜き、つまんだまんまで先を空へ向け、目で睨んで発火させる。
ライター代わり。栄作の言ったことを思い出し、少し苦笑した。
「さて、後は明日だな……」
紫煙を吐き出しつつ空を見上げる。落雷騒ぎで慌しかった頃の空はもうどこにもなかった。
短いようで長かった月曜日からのこの一週間。気づけば主人公だと目星を付け、充孝を追いかけてここへ入ってから、もうそれだけの時が流れようとしていた。
過ぎてみれば正直な所、誰が主人公なのかは伊達にもわからなくなりつつある。充孝なのか二月なのか、はたまた明日巻き込まれる誰かなのか、関わった人間達の多さが舞い上がる煙のように、その断定を阻む。
だが、それももうどうでもよかった。どの道「依頼主」の考えがわからないのはいつものこと。仕事の決着方法なんていつも彼の予想に過ぎず、その答えが正解なのか、正解だったのかも確認する術は無い。
ただ今回、はっきりしていることはある。今の「仕事」の要点は明日。ここでやるべきことはなんにせよ、明日で決着する。
見上げた空から、目線を校舎に送る。
校舎―― 懐かしい響きだった。学校に潜入するケースなど、これまで嫌というほど味わった。しかし、不思議といくつになっても、見知らぬ校舎であってもその存在は感慨深い。
彼にとって、学校とはすべての出発点だった。
その出発点は今はもう遠く、そこにいた人はおろか、建物の様相すら思い出せなかった。
燃え尽きたものを小袋に収め、コーヒーを飲み、次の一本を手に取り発火させる。
「中庭は禁煙ですよ? 用務員さん」
ふと、注意された方向を見る。そこには眼鏡をかけた、真唯を大人にしたような女性が立っていた。
「あっ、これはこれは小島先生。申し訳有りません」
急ぎ小袋にものを収めて揉み消す。眼鏡の校医はその仕草に、微笑みながら近づいてきた。
「驚きました。本当にすごい能力者だったのですね」
「えっ?」
「今のはパイロキネシスでしょう? 由良木さんから聞いています」
「そ、そうですか……」
この口の軽さ。ひょっとしたら未沙都が逮捕される日は遠くないのでは? という考えが伊達の頭をよぎったが、多分そういうキャラじゃないから大丈夫だろう。そう思うことにして、伊達は校医に向き直った。
「伊達さん、突然のことで申し訳在りませんが、今お時間大丈夫ですか?」
「ええ、そろそろと帰宅する予定でしたので、大丈夫です」
「では、少しお付き合いいただいても構いませんか?」
「……? それはどういう……」
先ほどの件で咎めるという様子ではない。だがおかしな部活をやっている以外、用務員としての伊達にそれほどの非は無い。ほとんど面識の無い小島という校医の意図は読めなかった。
「二月 結花のことでお話があります」
その名前に、伊達は反応せざるを得なかった。
~~
足回りのいい赤い軽自動車が国道沿いにある小さな喫茶店の駐車場に停まる。ここですと言わんばかりに扉を開け、席を降りる小島に助手席に座っていた伊達も習う。小島は伊達が降りたことを確認すると、キーを操作して軽自動車の扉をロックした。
「不思議ですよね、これで鍵が閉まる。超能力ってなんなのでしょう」
「……そうですね」
キーのリモコンは扉に触れることもなく、その全ての鍵をロックする。伊達の魔法は扉に触れることもなく、全ての鍵をロック出来る。やろうと思えば栄作にも出来るのかもしれない。
だが、起こる現象は同じ。その違いはなんなのだろう。
考えて、面倒になって伊達は考えることを止めた。
小島は「風」と小さな看板を出す木造の喫茶店のドアを開く。ドアに括り付けられた鳴子が店内に彼らの来訪を告げた。
「ここは私の知り合いのお店ですの。ここでなら気兼ねなくお話して大丈夫です」
「……そうですか」
窓際の二人掛けの席に小島と対面し、伊達は座った。老舗の喫茶店というのはわかるが、古い、小さな喫茶店で、他に客はなかった。
「いらっしゃいませ、小島先生」
「お久しぶり。コーヒーをホットで二つ、豆はブルーマウンテン。お願い出来るかしら?」
「はい、しばらくお待ちください」
黒髪のおかっぱ頭のウェイトレスがお冷とおしぼりを置き、注文を取って行った。
こんな場所にはあまり似つかわしくない、緑色のエプロンが良く似合う充孝達とそう変わらない歳の子だった。
「あ、伊達さん、コーヒーでよかったかしら?」
「え、ええ…… かまいません」
気づけば勝手に決められてしまったが、どうせ頼むものは変わりない。
「それで、小島先生…… お話というのは」
「ああ、そうですね。ほとんど何も言わずにお連れしましたし、気になりますよね」
「は、はい……」
小島はおしぼりで手を拭くと、それを畳んで置き、伊達に向き直った。
「伊達さん、二月 結花に良くしてくださって、有難う御座います」
両手を膝に置き、彼女は深く伊達に一礼した。伊達はそのオーバーな仕草に対し、恐縮を覚える。
「い、いえ、たまたま縁有って話をしているくらいで、私はそんな……」
そこでふと、疑問が浮かんだ。
「小島先生…… 先生は二月とは……?」
「あの子は、遠い縁ではありますが私の親せきに当たります。校内でそれを知る人は私と、今知ったばかりの伊達さんだけですけどね」
「……? 私だけ……?」
かちゃかちゃと、微妙に不慣れな感じのする手付きで先ほどのウェイトレスがコーヒーを持って来た。
「失礼します。温かいうちにどうぞ」
「ありがとう、相変わらず早いわね」
「ありがとうございます。店長から、そちらのお客さんにはハワイコナの方がいいと別のものを出されました。よろしいでしょうか?」
「あら…… ええ、そちらで構わないわ」
「おそれいります、では」
小島と伊達の間に、香ばしい匂いを放つコーヒーが置かれた。
「それでは、ごゆっくり」
ウェイトレスは軽く頭を下げ、その場を後にした。
「伊達さん、まずはどうぞ」
「あ、はい……」
ウェイトレスが忘れたのか、ガムシロップやミルクがその場に無かったが、とりあえず言われるままに伊達はコーヒーを口に含んだ。
「……! うま……!」
「ふふっ……!」
伊達は結構な甘党なのだが、今丁度飲みたい感じの甘みに調整されたそれは、気づいて見れば入れるまでもなく既に必要なものが入れられていた。
同じくコーヒーを頼みつつも、伊達のコーヒーは黄土、小島のコーヒーは黒だった。
「これも超能力なのかもしれませんね。この喫茶店では、飲みたいものが出てくるんですのよ?」
「そ、そうなんですか……」
「そうそう、結花のお話でしたわね。少し長くなりますけど、よろしいですか?」
「……!」
伊達は予感した。いや、ここへ連れてこられる間にもう予感はしていた。
そして彼には信条があった。
――余所者として、不要な過去は聞かない。
「聞かせてください。二月の過去、ですよね?」
「はい、お察しの通りです」
「ただ、一つだけ」
「はい?」
「どうして、私に聞かせるのです?」
避けられればよかった。聞かずに済むのならば良かった。だが、今回の「仕事」において、聞かずにおける内容では無いことはわかっていた。
それが「仕事」に関わることなのかはわからない。だが、卑怯にも本人以外から、聞き出さずには解決出来ない案件なのだと伊達の勘が告げていた。
「……あの子が楽しそうだからです、あなたに出会えて。だから私はあなたにお話しておきたいと思いました。それでは、いけませんか?」
目線を落とし、コーヒーに映る自分の影を覗きながら小島は言った。
「……わかりました。お聞かせください、お願いします」
その仕草で、伊達にはわかってしまった。
この目の前の女性がどれだけ彼女を想い、その過酷な力を憂いているのかを。だから伊達は聞かなければならない。目の前の彼女も、本人さえも知らぬ、その過酷な力の真実と戦うために。
「ありがとう、伊達さん。あなたは本当に、結花の言う通りの「おいちゃん」なのですね」
「……それはヤメテください」
小島は彼女の知る「二月 結花」という少女の人生を語り始めた――




