29.休日登校
土曜日。週休二日制を採用している由良木学園は当然のことながら休校日だった。部活動の存在しないこの学園の休校日は静かなもので、門すらも閉まっている。
昼過ぎの暖かな陽気の下、正門前には背の高い少年が一人立っていた。
「梢くーん!」
少年が声をかけられた方、門の外周に沿った歩道へと目を向ける。
メガネの女生徒がこちらへと駆け寄ってくるのが見えた。
「穂坂……」
「あはは、本当にこっちにいた。木林くんの言ったとおり」
「栄作の……?」
「梢くん、休みの日の学校って裏門しか開いてないんだよ。こっちから入れないの知らなかった?」
「え? そうなの?」
栄作に言われるままに来てはみたものの、どうやって入るのかと思案していた充孝は素直に驚いていた。というより、休みの日に学校に来ることなんてなかった充孝は裏門の存在すら知らなかった。
「ほら、木林くん待ってるよ? 行こ?」
「ああ」
真唯に誘われるままに、充孝は彼女の後を追った。
~~
「はぁ? 魔法?」
雑用のため休日出勤していた伊達は、突然の栄作の登場に面食らっていた。
「いや、ほらせっかくの『魔法クラブ』じゃないっすか、今まで超能力の練習にはつきあってもらってたっすけど、なんか一個くらい「魔法」が知りたいなと」
「何をしにきたかと思えば……」
中庭に現れ辺りをキョロキョロ見回していた栄作を発見した伊達は、一応の勤めとして彼を問い質しに向かったのだが、逆に捕まった形になった。
「頼みますよ、もう充孝達には俺がなんとか説得するから、とか言っちゃってて、そろそろ来ちゃうんです。ここは俺の顔を立てると思って……」
「うわっ、順番めちゃくちゃだな、承諾取れてからにしろよ……」
栄作は結構な計算高い男だった。昔から相手を断りづらくさせたり、場を面白い方にもっていくことが上手く、そっちの方が超能力より遥かに得意だった。
今日の彼の魂胆は、暇だから伊達を説得してみんなで遊ぼうというものだ。たまたまに通学路を出勤していく伊達を見かけ、即断で決めた。そして今、そのための楽なミッションをこなしているのである。
「仕方無いな…… どうせ仕事ももう終わりだ。ちょっと片付けてくるから、空き教室にでも行ってろ」
そう言って、伊達は中庭を出て行った。
彼が去るのを見計らい、すでに到着して自販機の影に隠れていた二人が近づいてくる。
栄作は二人に対し、軽くVサインを送るのだった。
~~
伊達が結界を張ったいつもの空き教室。
授業でもないのに陽光の差す学校の中にいるというのは、学生達には何か奇妙な楽しさがあった。
四人はパイプ椅子を出し、それぞれに伊達が買ってきてくれた紙パックのジュースを持ちながらホワイトボードの近くに集まった。
「あれ? 伊達さん、クモちゃんは?」
真唯が辺りを見回しながら妖精の姿を探した。
「ああ、あいつなら、暇を与えてやった」
「ひ、暇?」
言葉の意味を知っている栄作が怪訝な顔をした。
「というのは冗談で、二月に貸してやってる。今日の夕方くらいには帰ってくるそうだ」
「へー、そうなんですかー」
「自由なんだな……」
二月とクモが遊んでいる光景を思い出し和む真唯の横で、充孝がぼーっと妖精の生態について考えていた。
「で、魔法が知りたいんだって?」
「ええ、やっぱちょっとくらいは。前に言ってたじゃないですか伊達さん、超能力なんてチャチなもんじゃないって、どのくらいすごいのかと」
「あー、言ったなそういえば……」
過去の失敗を思い出し、伊達がげんなりしていた。
「でも、木林くん。前の座学で聞いた限りでは私達には魔法って使えないと思うんだけど……」
「……うん、栄作には悪いけど、オレも出来無いと思う」
活動初日に聞いた座学で伊達は、魔力が少ない場所では自分の魔力に頼るしかなく、大きな魔法は基本的には使えない。そう言っていた。
「いや、それは俺も聞いてたけどさ、やっぱなんつーかさ、夢があんじゃん。それに前に部活中、会長がぽろっと伊達さんの凄さについて言ってたんだよ、なんか腕からすっげぇ炎出したり出来るってさ。だからきっかけだけでも知ってみたいだろ? せっかく俺達才能あるんだから」
「うーん、それはそうだけど」
忙しく興味をあおる栄作に対し、知ってはみたいがそれほどでもない、そんな感じの充孝だった。
「炎なぁ…… こいつのことか?」
軽く上げた伊達の右腕から、天井に届く程の火炎が立ち昇る。
「うおっ……!?」
「木林くん?」
「どうした?」
パイロキネシス、というには派手すぎる炎に栄作が仰け反った。しかし、充孝達が驚いたのは突然奇声を上げた栄作にだった。
「え? あれ……? お前らあれ……!」
全く動じない周りに対し、栄作が取り乱す。
しかし唐突に――
「……っ!?」
「きゃあ!」
充孝と真唯が豪炎に飛び上がった。反対に、栄作の目には先ほどまで燃え盛っていた炎が映っておらず、彼の前には手をだらしなく上げた伊達が座っているだけだった。
「……幻だ」
伊達が言った瞬間、炎が見えている者は一人もいなくなった。
三人はまさに、狐につままれたという風に呆けていた。
「未沙都に見せてやったのは幻術、ただの錯覚魔法だ。これなら確かに消費は薄いが、これを教えるのでいいのか?」
伊達が軽く微笑みかけると、栄作の目が輝いた。
「す、すげぇ! そんなん出来るんすか! 俺にも!?」
「まぁ、多少難しくはあるが、誰か一人に見せるだけなら何週間か頑張れば出来るんじゃないか? 悪用しないならきっかけくらいは教えてやってもいいが」
「マジで!?」
栄作は初めて見る「派手な特殊能力」にかなり興奮していた。
その隣で、充孝がご丁寧に挙手していた。
「どうした、梢」
「……それ、危なくないんですか? 熱いとか無い?」
結構心配そうだった。伊達はその感性を褒めてやりたい気分になる。
「大丈夫だ、危なくは無い。ただ、幻とは言え突然触れさせれば相手の精神にはダメージがある。後、脳が勘違いして実際にはしていない火傷を負う可能性もある。そこだけに注意すれば手品くらいには使えるんじゃないか?」
充孝は頭に手を当てて、考える様子を見せた後。
「わかりました。じゃあオレはそれを練習します」
「……? 充孝?」
「いや、危なくないなら面白そうじゃないか。手品に出来るならオレの念動よりもいい」
「梢、手品に興味があるのか?」
「何かを吹っ飛ばすだけの力よりは楽しいと思います。実際オレは、遠くから電気を消せるっていう栄作の力の方が念動より羨ましいんです。びっくりして笑えるし、面白いから」
充孝は珍しく自分の意思をあらわにし、物怖じすることなく並べる。三人は落ち着いて発せられる言葉の和やかなリズムとその内容に、とても彼らしいものを感じていた。
「んだよ…… 念動のが派手じゃないかよ」
栄作はこめかみの辺りをかきながら、半笑いで言った。
「いいんじゃないかな? 出来たらカッコいいと思うよ?」
「そうかな?」
前向きに答えを受けてもらえて、ちょっと充孝は照れくさそうだった。
「まぁ、念動も人助けには捨てたものじゃないけどな。それより梢はいいとして、他の二人もそれでいいのか?」
「あ、伊達さん、他には? ほんとに炎出ちゃうとか出来ないすか?」
「……幻じゃダメか?」
「いやほら、指先程度に火が出せるのでも、ライター代わりに結構便利かもとか」
栄作の様子からは本気で言っているようには感じなかったが、伊達はせっかくなのでノリとして冷やかしておくことにした。
「教えてもいいがそれを覚えた場合、木林少年の死因は寝ぼけて家が全焼―― かもしれんな」
「うげ…… 俺も幻術でいいです……」
極めてポピュラーなパイロキネシストの死因だった。
「穂坂はどうする?」
「私もそれで…… と言いたいんですけど、ヒーリングってどうなんですか?」
「ああ、ヒーリングか……」
以前に使ってやったことを思い出す。彼女にとっては印象的だったのかもしれない。
「そんなに難しい部類じゃないから可能だぞ。切り傷や擦り傷程度なら治せるはずだ」
「わっ、ほんとですか?」
「ああ、ただし、使うのは自分くらいにしとけ、「奇跡の人」とか呼ばれて新興宗教起こさせられたくなかったらな?」
「は、はい…… ははは……」
「よし、じゃあ早速教えてやるか、まずは簡単な穂坂の方からだな」
運命の日曜日、その前日。
この日初めて、『放課後魔法クラブ(仮)』は「魔法」の練習を行うのだった。




