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玄人仕事  作者: 千場 葉
#4 『スクール・スーパーバイズ』
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25.充実のアフタースクール


 その日の部活は昨日までとは打って変わって、何事もなく進んで言った。

 昨日座学により基礎的な説明を受けた彼らに対し、今日より伊達は実技を教えることにした。とはいえ、やることは授業と同じく、彼らそれぞれの得意な能力の引き伸ばしである。

 『魔法クラブ』という名前からは少し拍子抜けする彼らだったが、彼らのもつ力の使い方を感覚的に理解し、指導が行える伊達から教わることは理解がしやすく。参加した者のほとんどが、今日の部活動中に何がしかの成長や気づきを手にするという充実した一時を過ごした。

 部室に向かった時の伊達の様子が気になった充孝は、指導中も時折伊達の様子を見ていた。しかし、皆の前にいる伊達はごく自然に皆に接していて、次第に充孝も先のことを気にしなくなっていった。

 ついと熱中し、いつしか春の空が夜を見せた辺りになって伊達がお開きを宣言する。


「よし、もういい時間だな。今日はここまでにするか」


 彼の言葉に、各々が自らのスタイルで時刻を確認する。


「あら、もうこんな時間でしたの…… 自らの才能が怖いですわ」

「……? 時間を操ったんですか? 由良木さん」

「ふっ…… 時間を忘れるほどに夢中になり訓練を努力と思わないことは、それだけで才能なのですわ」

「……じゃあ、オレにも才能があるってことなんですか?」

「なっ……!」


 同種の能力であるため同じ練習を積んでいた充孝と未沙都、彼らの会話は彼らだけに、やっぱり少しおかしかった。

 充孝達をよそに伊達は終了の合図に反応を見せず、着席したままの真唯の元へと声をかけにいく。


「穂坂、もう今日は終わ――」

「丸、丸、波!」


 真唯は気合とともに宣言し、長机の上で伏せられていた三枚のカードをめくった。

 油断をしていた栄作がその叫びに一瞬身をすくませていた。


「……! やった……!」


 丸、丸、波―― 彼女が宣言した通り、めくられたカードにはそんな図形が描かれていた。

 五種の図形が描かれた超能力訓練用のカード、俗称ESPカード。歴史上の人物が違うためその正式名称は違えども、その昔流行った感じの古めかしいカードはここにもしっかり存在していた。


「おっ、出来たじゃないか。結構いいレートなんじゃないか?」

「今ので五回連続正解です! 信じられません! 人生二回目です!」

「マジかよ…… 今日だけで随分進歩したな……」


 後ろから、真唯がつけていた正誤表を栄作が手にとっていた。正答率七十八パーセント。分野の違う栄作には夢のような数字だが、透視能力専門の生徒からすれば中の上という成績である。


「ん、まゆまゆ頑張った」

「えへへー、ありがとー」


 ひょこっと、彼女の横にクモを肩に乗っけた二月が現れる。彼女は部活というよりは遊びにきているような感じで、こうしてたまに部員のモチベーションを上げてくれていた。


「よし、じゃ終わり、帰るぞ」

「えっ?」

「さっき一度、大将が終わりって言ったっスよ? マユマユ集中しすぎっス」

「あ、あはは…… ごめんごめん」

「今日はゆっくり休めよ、魔力使い切ると回復に時間かかるぞ」


 伊達は真唯にそれだけを言い残して、部屋の四隅から四つの宝石を回収していく。


「はいですわ、師匠」


 未沙都が緑色の宝石を伊達に差し出した。


「おう、未沙都。今日は機嫌良さそうだが、どうだった?」


 未沙都と充孝は例の的に向かっての念動を繰り返していた。

 もちろん闇雲にではなく、伊達にコツを教わってからだ。


「ふっ、もう梢 充孝などは敵ではありませんわね」

「おお? そこまでなんか掴んだか?」


 伊達にはそうは見えなかった。充孝の方は少し教えてやると明らかに的の揺れが激しくなったが、未沙都は相も変わらず前後三十センチを繰り返していたはずだった。

 未沙都は人差し指を立て、顔の前でもったいぶるように指を振った。伊達はちょっとイラッときた。


「今や私、念動なんてものは卒業した次第ですわ」

「何?」

「実は私の『念動』は、『衝撃波』にランクアップしましたの。もはや目標物など不要になったというわけですわ!」

「おぉ……!?」


 タチの悪いことに、未沙都はガチの天才だった。

 昨日の座学と今日の実技、たったそれだけで念動を『目標物一点』から『空間一直線上』に飛ばせるようになったらしい。


「キ○ガイに刃物か……」

「え? 何か賛辞を述べられまして?」

「あ、いやいや、よくやったな我が弟子よ」


 そして彼らは簡単に後片付けを行い、それぞれが帰路についた。



~~



 よく晴れた夜空に張り付く月を見上げながら、伊達は仰向けになって畳に寝そべっていた。


「どうしたんスか? 大将」


 伊達の傍に転がるコンビニ袋には、昨日までと変わらない量の食事のカラ容器が入っている。ただ、ビールは一本増えていた。


「……何がだ?」

「今日は妙に元気無いっスよ、見りゃわかります」


 長い年月をともにしてきた存在である妖精には、彼の感情はお見通しだった。

 そして、彼がこんな状態でいる場合、大抵重苦しい、解決出来ないような問題を抱えていることも。


「ほんとはなんか…… まずいことに気づいてしまったんでしょう? 何があったっスか?」


 伊達はごろりと、クモに背を向けた。


「……なぁクモ、俺は度々思うんだが、世界ってのは何考えてやがるんだろうなぁ」


 クモはただぱたぱたと、羽から小さな光を降らしながら聞いていた。


「理不尽だったり、残酷だったり、ご都合主義だったり、温かかったり…… 振り回される住人の身にもなれよ。んで、仕事してやってる俺にくらい、意図を聞かせてみろってんだよ」

「やっぱフタッキーっスね…… 気にしてるのは」


 掴みどころの無い彼の愚痴を、妖精は掴んだ。

 会話の隙間を、壁に反射する光とエンジンの音が過ぎ去っていった。


「初めてフタッキーに相談を受けた時、大将『禁則』に触れるようなことを考えましたよね。あの時大将は多分…… あの子の能力を奪おうとしたんじゃないっスか? そんで、それを世界に拒まれた」

「……ご名答、よくわかったな」

「何年一緒にいると思ってるんスか……」


 低いが優しい、そんな伊達の声を聞き、クモから軽口が出た。


「それで? お優しい私めが大将はあの子に対して、何を憂いているんです? ずっとサポートしてる私にくらい、悩みを聞かせてみろってもんスよ?」

「お前な……」


 背中を向けたまま、伊達が少し笑った。

 クモは引き戸の外に浮かぶ月を仰ぐ、その体は輝きを増し、妖精の姿を光に溶かして渦巻く光燐の中、再構成される。

 伊達の背後に、流れるような長い金の髪を持ち、純白のローブに身を包んだ美しくも優しげな女性がたおやかに佇む。

 彼女は静かに歩み寄り、そっと伊達の頭を自らの膝に乗せた。


「……いきなり何しやがる」


 頭を優しく撫でる手に、彼は悪態をつきながらも振り払うことはなかった。

 彼女の姿は髪の色は違えど「彼女」そのもの。この姿に、彼が感情を荒げることは無い。

 やがて彼女は、ささやくように言葉を紡いだ。


「大将、冗談です。無理に聞かせて欲しいだなんて言いません。きっとまだ、考えている途中のことなのでしょう?」

「……ああ、まだ確定はしていない」

「ならば確認は、なさるのですね?」

「する…… しなきゃならない」


 伊達は目を閉じ、されるがままに任せていた。彼女はふっと、微笑んだ。


「では、今はお休みしましょう。いざという時に大将の心が弱くあってしまえば、救えるものも救えなくなってしまいます」

「救う…… か……」


 救う。それは自分に成せるものなのか、伊達にはわからない。

 彼には人を救った経験が無い。一時、助ける以上のことを出来た試しがない。

 人のその後を知れない彼には、確認の取りようが、経験の得ようが無いことだった。


「そうだな、その通りだ」


 だが、彼は小難しいことは頭の外に追い出す。

 「助けられる者は助ければいい」。

 いつもの自らの信念に基づき、行動を決めるだけだった。


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