24.東屋で見る瞳
連日の長雨で放置されていた植え込みを、完璧に四角にするべく伊達は鋏を振るっていた。
背後から、まだ湿った土を踏みしめ近づいてくる足音が聞こえ彼は振り返る。
「おっ……?」
足音からして、二月や真唯で無いことはわかっていた。
そこには背の高い、整った顔立ちの優しそうな少年が立っている。
「梢か…… 一人でいるなんて珍しいな」
「伊達さん、お話があります。今いいですか?」
「……ああ」
~~
「ほらよ」
伊達は紙パックの紅茶を座っている充孝に投げてよこした。
充孝は少しまごついた動作でなんとかキャッチする。
「ありがとうございます」
普段昼休みに定時連絡に使っている東屋。部活の無いこの学校の放課後はまっすぐに帰る生徒がほとんどで、辺りは静かなものだった。
座っている充孝の横、伊達は軽くテーブルに腰をもたれさせながら紅茶にストローを差した。
春の甘ったるい草花の香りを、紅茶の甘さが打ち消していく。
「悪い、今思い出した。そういや前に話があるって言ってたな」
「え、ええ…… それより、今日はありがとうございました」
「……今日?」
「体育の時に……」
「あー、気づいたか」
別に気づかれようと気づかれまいとどちらでもよかったことだが、ここまで確信を持って礼を言われるとは思っていなかったので伊達は少し驚いた。
「やっぱり伊達さんだったんですね」
「よく気づいたな」
「なんだかオレが念動で弾きとばしたことになりましたが、ちらっとレーザーみたいなのが砲丸を弾くのが見えたんで……」
「で、俺だと?」
「……いや、他に出来る人知りませんし」
伊達はそれもそうかと笑った。
「で、話ってのは?」
「あ、はい、えーと……」
充孝はどう聞いたものかと思案しているようだったが、しばしの沈黙の後、切り出した。
「伊達さんの目が、怖いんです」
「は?」
前々から、結構天然なんじゃないかと思っていた伊達だったが、その発言は意味不明だった。
「いやいや、失礼だな君は」
「え、いや、すいません、他にどう言っていいか…… あ、瞳です、瞳の色というか中というか…… 見た後でなんだか、不安になるんです」
「……瞳?」
伊達は少し考え、自分の中で納得のいく結論を得た。
「……念動だけじゃなかったんだな」
「え?」
「梢、見えるか?」
伊達が掌を上に向け、聞いた。
「何が見える?」
「……青い炎に包まれた丸い玉のようなものがうっすら」
掌が握られ、充孝が見ていたものが四散した。飛び散る火の粉に充孝は思わず顔を手で覆う。
「それをなんて言うかは忘れちまったが、君は普通の人間には見えないものが見える目を持ってる、そういうことだ」
「そうなんですか……?」
「ああ、まさに『主人公』だな。俺だって相手の瞳から何かを見たりは出来ない。それは誇っていい能力だぞ。大事にしろ」
「は、はぁ……」
伊達の顔が、充孝の方を向いた。
「不安を感じるなら、慣れろ。さぁ、何が見える」
充孝の目が、引き寄せられるように伊達の目を見る。
――濃い茶色をした瞳の奥に、燃え盛る黒炎が上がっている。
この世のありとあらゆる良くない物を煮込んだような黒い沼には、
懊悩、絶望、絶叫、憎悪、
そして死――
「っ……!? はぁっ! はぁっ……!」
「お、おい…… 大丈夫か!」
充孝は絶句し、目に涙を浮かべながら息を荒げていた。
「わ、悪かった、ただの高校生に見せるもんじゃなかった、慣れろってのは無理だよな」
意味は無いのだが、伊達は充孝の肩から背中をさすってやった。
次第に、充孝が落ち着いてくる。
「……すまん、何が見えた?」
「『最悪』というか、『地獄』というか……」
「そうか…… お前の目は本物だ」
「オレは…… 何を見たんですか……?」
伊達は充孝から離れ、再びテーブルに浅く腰を預ける。
そしてまだ青い空を見ながら想い、言った。
「人の感情は、見た中にあったか?」
「ええ、なんというか、『殺してやる』とか、絶望したような絶叫とか……」
「……だったら、カルマだ」
「カルマ……?」
その言葉は充孝にもわかった。だが、わかったからと言って、それを聞くわけにはいかなかった。自分が見たものから推測するに、ならばこの人は――
「なんてな?」
伊達は唐突ににこやかに、いたずらな笑みを充孝に向けた。
「え……?」
「座学の時に教えてやったろ? 今のが『暗黒の魔力』ってやつだ。俺の中には他の魔力も多いが、暗黒の魔力は出たがりっつうか、目立つからな。お前はそれを見たってだけだよ」
「そ、そうなんですか……」
恐ろしいものを見せられた後だが、充孝は自分が心底ほっとするのを感じた。
「まぁ、お前の今日知った能力は超能力者とそうでない人を見分けるには役に立つんじゃないか? 木林とかでも試してみるといい。ああ、穂坂はだめだぞ、見つめたらぶっ倒れるかもしれん」
「え? は、はい……」
伊達に感じていた不安の正体がはっきりしたせいか、充孝は気楽になっていた。もう気にはなっていなかったつもりでも、この一件は知らずのうちに充孝にストレスを与えていたようだった。
「そういえば、あれはなんです?」
「あれ?」
「暗黒の魔力ですか? その中で…… それに負けないくらい強い、一点の青い光があったんです。まるで全ての暗闇を晴らすような……」
充孝の言葉に、伊達が別人に思えるほどに真剣な表情をした。
「え、あ…… 伊達さん?」
「……いや、氷属性かなんかじゃないか? すまんが俺には見えないし、わからんな……」
「は、はぁ……」
空を見上げる伊達に、充孝はそれ以上の追及は出来ずにいた。
「さて、行くか……」
伊達が腰を浮かせ、テーブルから離れる。
「え?」
「部活だよ、サボるつもりか?」
「ああ、いえいえ、行きます」
充孝も立ち上がり、背中を向けて歩き出す伊達に習い、一緒に部室へ向かう。
「しかし梢、恵まれてるなぁ、その能力」
「そうですか?」
「目に起因する能力は生まれついてでないと使えんものが多いからな。正直羨ましい」
「はぁ……」
「ああ、でもさっきはああ言ったが、実際木林とか穂坂とか、あのくらいの能力者相手じゃ何も見えないかもしれんな」
「そうなんですか?」
「相手の力が小さいとな、どうしても難しい。俺に会うまで自覚することもなかった能力っていうなら、今後もそれほど出番は無いかもな」
校舎内に入り、ひょこひょこ伊達が階段を上っていく。充孝は階段の途中で立ち止まり、顎に手を当てた。
「……? どうした、梢」
「いや、じゃあ…… 二月はやっぱり力が強いんだなと」
「二月?」
伊達は二月の「力」について考える。確かにすごい能力だが、彼女自身の「魔力」となると――
「伊達さんほどじゃないんですけど、オレ二月の瞳にも『暗黒の魔力』を見ましたよ」
瞬間、伊達は頭が白くなるような感覚を覚えた。
「なんだと……!?」
「え?」
「梢、二月の瞳にも力を使ったことがあるのか?」
「あ、はい…… 使う、というか勝手に発動したんですが……」
「……そうか」
伊達は背を向け、再び歩き出す。
「伊達さん……?」
「行くぞ、部活だ。未沙都が五月蝿いからな」
「は、はい……」
それから空き教室の扉を開けるまで、二人の間に会話はなかった。




