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玄人仕事  作者: 千場 葉
#1 『ビジネスホテル・バード』
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7.卵達の反乱

「あ、あれは……!」


 シュンが持つ古い辞典のような一冊。校長がその一冊に驚きを表する。


「まさか…… ガラの書……!」


 レラオンは察した。校長の表情と、先ほどの火球を放ったとは思えない、生徒の未熟な魔力。解は他に無かった。その顔が愉悦に歪む。


「くっ…… はははっ……! 誰かは知らぬが教師思いなことだ! 自ら持ってきてくれたようだぞ! これは有り難い!」


 もはや用済みとばかりに、レラオンは校長を残して近寄ってくる少年に向けて歩み出す。

 レラオンとシュン、二人は互いに向かい合い、足を止めた。


「よくやった少年よ、よくぞそれを手に我が前へと現れた。我が名はレラオン、君の名は?」

「……悠長(ゆうちょう)だな、犯罪者。仲間がやられた所を見なかったのか?」

「見たとも、実に素晴らしい。是非、名を聞かせてくれ」


 鋭く睨むシュンに対し、高揚と余裕を湛え、居丈高(いたけだか)にレラオンは尋ねる。


城野村(キノムラ)(シュン)……」

「ふむ…… シュンか、良い名だ。我が同志となるにふさわしい」

「同志……?」

「そうだとも……」


 レラオンは右手を振り、周囲のローブの者達を示した。


「ここにいる我が同志達は私のもたらす理想郷を理解し、その実現に向け、私の信奉者として動いてくれている。国家の枠組みなど存在しない、争いも飢えもない世界、その実現に向けてだ」


 レラオンと目が合ったローブの者達の数人が、胸の前で左拳の上に右手を合わせ礼を返した。


「それに必要なものこそが、君が手にした『ガラの書』と、君のような有能な同志だ。キノムラ・シュン、君は我らにとって今まさに重要な、かけがえのない第一歩をもたらしたのだ」


 握手を求めるように、レラオンの左手がシュンへと差し出される。


「さぁ、ガラの書を私に。君は我が同志として望むままに、丁重に迎え入れると約束しよう」


 シュンは本を両手に抱え、今は輝きを放たない、その豪奢(ごうしゃ)装丁(そうてい)の茶色い表紙へと目を下ろした。


「へぇ…… これ『ガラの書』っていうのか、名前は()()()()()()()()()()のかな……」


 レラオンを無視するように、しげしげと表紙を見続けるシュン。

 その落ち着きに、レラオンの目元がわずかに強ばった。


「まぁ、わかるよ。お前らはこれが欲しくてここに来たんだな、その価値は確かにある。ただ、お前らに渡しちゃいけないっていうのも、よくわかるな」

「……!」


 レラオンは知っていた、『ガラの書』のその特性を。彼の表情が喜色ばむ。


「伝承通りか……! すでに全てを『取り込んで』……!」

「何を喜んでいるんだ? 渡さない、俺はそう言ってるんだ」


 レラオンが素早く、生徒達に向けて右手を掲げる。

 再びユアナを中心に、彼らに動揺が走った。


「おい……」

「悪いことは言わぬ、献上したまえ。全てを知ったとはいえ、よもや知っただけで私に敵うとは思わぬだろう?」


 余裕の笑みを浮かべ、再びレラオンは左手をシュンへと差し出す。『ガラの書』に理解のあるレラオンは、少年の自信の源に見当がついていた。それこそが、彼が求めるものでもある。

 レラオンからすれば、動かしがたい魔力量の差。厄介には思えども怖れる必要などは無い。


 だが――


「……焦るなよ。交渉に人質なんて、焦ってますって言ってるようなもんだ」

「……!」

「別にどっかに通報したり、軍隊呼んできたりなんかもしていない。時間ならたっぷりある」


 シュンの言葉に、学校に現れてから初めて、レラオンの表情から余裕が奪われた。

 『勝てる戦いではあろうとも、今争いたくは無い』、的確にその内心を見抜かれ言葉を失った。

 彼らが生徒達を集めた理由、それは交渉のため。ではなぜ交渉が必要なのか―― それは『時間が限られているから』。

 彼らは国を相手取ることなどできない一介の過激派。シュンは見透かしていた、用務員が与えた助言によって。


「安心しろよ。お前ら弱っちい連中をぶっ倒す、その時間もたっぷりあるぞ……!」


 ゴウと、シュンの右手から炎が巻き起こった。


「な……! き、貴様……!」

「よくもユアナやシオンをびびらせたあげく、リイクに怪我までさせてくれたな……! ブン殴って国につきだしてやる! 覚悟しろ!」


 その火力にレラオンがたじろぐ。シュンから感じる魔力量は大きくは無い、だが生まれた炎は明らかに高火力。信じがたい魔力変換効率だった。


「レラオン様!」「こいつ……!」


 近場で生徒達を見張っていたローブの者達から三名が、レラオンとシュンの間に割って入った。そのままに、彼らはシュンを打倒しようと襲いかかる。

 シュンは軽く、左手にあるガラの書を握った。右腕に淡く青い光が散り、前髪にブルーのハイライトが灯る。


「『フレイムタン』……!」


 シュンが腕を横に薙ぐ。彼の周りに炎が輪状に放射され、三方から攻め入ったローブの者達を吹き飛ばした。


「……!? 『真魔法』……!」


 レラオンの目が驚愕に見開く。

 どこからともなく、ローブの者達の一人から声が上がる。


「かかれ! 仕留めろ!」


 グラウンド中にいる、数十という黒いローブが矢継ぎ早にシュンへと殺到した。


「……『バーン・レッド』」


 シュンの体を赤い魔力が照らす。

 接近し拳を振るうローブの者。その拳を真正面から手のひらで受けたシュンが、拳を握り―― 力任せに振り回した。

 脱臼した状態で武器となり、周囲のローブ数人が人間の体に打ち払われる。

 驚きとどまった者達へと、地を蹴ったシュンの体が迫る。

 蜃気楼を映すような、赤く熱い残像を残して暴れ回るシュン。一瞬にして五人が拳や蹴り、体当たりにさらされ、地面に倒れていった。

 誰に捕らえられることもなく敵の輪を抜けたシュンが、垂直に空へと跳んだ。


 ――あの魔法を、示してくれ。


 左手の本を握る。見上げるローブの者達へと向けられたシュンの手のひらに、青い光の粒子が集う――



 それは味わったことの無い、聞いたことも無い、奇妙な感覚だった。

 どう魔力を練ればいいのか、どの魔法を使えばいいのか、全てが全て、当たり前のようにわかっていた。左手に抱えた一冊の本、それが『彼に出来ること』を教えてくれるのだ。

 地下の神殿でいらだちに任せて本に触れた。その瞬間に、『ガラの書』は自らの持つ膨大な情報、彼に出来うる魔法、その全てを伝えた。

 そして『ガラの書』に記された、『真魔法』に触れたシュンは悟った。


 この本があれば、友達は自らの手で充分に救い出せると――



「『フレイムボルト』!」


 現れた時にも見せた巨大な火球が無数に放たれ、ローブの者達に誘導して炸裂した。


 グラウンドに木霊す悲鳴と轟音の中、シュンは降り立つ。その絶対的な力の前に、もはや考え無しに立ち向かっていく者の姿は無かった。

 シュンの目が、立ち尽くしているレラオンへと向かう。


「くっ……! 動くな!」


 レラオンがその右手を、三度(みたび)生徒達へと向けた。

 その判断を見たローブの者達の数人も、生徒達へと手をかざす。


「……恥ずかしいやつだな。悪あがきすんなよ」

「黙れ! 早くガラの書をこちらに……!」


 シュンは素直に、()()()()と思った。


「やってみろよ」

「な、なに……?」


 これほどのクズ達ならば――


「そんなに痛い目に合いたいなら、やってみるといい」


 優しさなんて、必要ない。


「きっさまぁあ!」


 レラオンが生徒達、ユアナに向けて魔力を高める。


「ユアナ!」

「くっ……!」


 シオンが叫び、リイクが狙われた彼女の前へと飛び出した。

 レラオンの手に、闇の魔力が広がり――


「……無駄だ」

「……!?」


 魔力は勢いを失い、消失した。


「な、なんだと……?」


 愕然と、レラオンが自らの手を見、再び力を放とうと手をかざす。だが、魔力が高まりを見せることはおろか、集まる気配すらも生まれない。

 彼と同じく数人のローブの者達も、何も生み出せない自分の手を見つめていた。


「ど、どういうことだ……!」

「欲しがってたわりには、知らないこともあるんだな。これが『真魔法』の力だ」


 くだらないものを見るような目で、シュンは言った。


「この本にはこう書いてある。『『真魔法』の前に、他の『魔法』は存在出来ない。全てを統治するマルウーリラの王者(ガラ)の魔法である』、と」


 レラオンが驚愕に身を固まらせる。


「そ、それが…… 『真魔法』の真の力……!」

「そういうことだ、つまるところ……」


 シュンがレラオンへと、ゆっくりと歩み寄る。


「今この場で魔法が使えるのは、本を持っている俺だけだ」

「……!?」


 シュンの右の拳が、レラオンの腹部へと炎を伴って叩きこまれた。

 魔力による基礎的な身体強化さえも許されない、ただの人間と化していたレラオンの体が、巻き上げられた木の葉のように空へと舞い、グラウンドへと仰向けに落ちた。


 そして、一拍の間を置き――


「今だみんな! 暴れろ!」


 リイクの声がグラウンドに響き、一部の生徒、教師達がローブの者達へと襲いかかった。それを皮切りに、我も我もと争いに参加する者達が連鎖的に生まれ、圧倒的に数で勝っている生徒達が、ローブの者達を取り押さえ始める。


「……リイク、やるなぁ」


 シュンは率先して指揮をとる友人、女だてらにどこからかスコップを持ちだし戦い始める友人、争いにあわあわ逃げ惑う友人を見ながら、騒ぎの決着に安堵のため息をもらした。

 左手に抱えた『ガラの書』。その始末をどう着けるかを考えながら。



 喧騒(けんそう)の中、大の字に倒れたレラオンの右手が、ぴくりと動きを見せた――


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