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玄人仕事  作者: 千場 葉
#4 『スクール・スーパーバイズ』
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22.体育は糾える経験者の如し


「私に用なのですか! 師匠」

「ああ、お前にしか出来ない用だ」


 昼休みも終わり際、伊達が頼むと未沙都はホイホイついてきた。


「それでそれで! 私は世界のために何をすれば!」


 伊達は未沙都を屋上へと連れて行き、彼女の役目を言った。


「いや、君にとっては実に簡単なんだ。ちょっと俺の言う通りに君の秘密能力を使って欲しい」

「まぁ! 千里眼ですのね!」


 充孝第三の災厄、それが迫っていた。

 彼は『体育の時間、砲丸投げの順番待ちの間に前の生徒に砲丸を暴投されて足を折る』。

 それを回避出来るか否か。他に術を持たない状況での賭けだった。


「よし、未沙都。次の体育の時間だ。グラウンドを見てろ、梢 充孝が出てくる」

「ほう…… 梢 充孝なのですね」


 チャイムが鳴る。授業は始まったが乗り気になった彼女はおかまい無しだ。


「俺が指示を出し次第、千里眼で梢を見ろ。それが世界の安定に繋がる」

「わかりましたわ!」


 アホは何一つ疑うことなく、彼の言う通りにする。

 ノーヒント、ノーコンテニュー。伊達の一世一代の確信めいた賭けが始まった。


~~


 朝からの陽光を受けながらも、昨夜の雨が抜け切らないぬかるんだグラウンド。

 激しいスポーツを行うのならば中止になったかもしれないが、今日の体育は二月の未来予知の通り、砲丸投げだった。

 円盤投げにしろ砲丸投げにしろ、なぜ授業で行う必要があるのだろうか。無理をして体を痛めてしまいそうなことはスポーツに限らず嫌いな充孝は、めんどくさそうに石灰でラインを引いていた。


「充孝、そこ、曲がってる」

「ん? おう」


 競技者用のサークル、そこから伸びる中心線と、扇状に伸びる二本の線が引かれていく。

 他の作業者に大分遅れ、充孝がラインを引き終わり授業開始となった。

 体育教師による投法などの指導が入り、彼らは二つの競技エリアに分かれて順番待ちを始める。


「……? あんまり重くない……」

「そっか? まぁ持つだけならかもなぁ……」


 彼らは高校生なので使用する砲丸は六キロの物だが、黒い鉄の塊は見た目の威圧感に比べれば軽く感じるものだった。

 サークルの中では、すでに最初の生徒が砲丸を投げている。腰を落とした姿勢から上方に掌底を打つように腕を伸ばして発射された玉は、大した迫力も見せずに水音が混じった鈍い音を立てて地面に落ちた。


「飛ばないな」

「そりゃ、砲丸だしなぁ」

「……投げた後の玉触りたくないな」


~~


 伊達は屋上から授業の様子を見守っていた。隣の未沙都は既に目を閉じ千里眼を発動している。


「いいか未沙都、梢に焦点を合わせろ。範囲は梢から半径五メートルに絞れ」

「はいですわ!」

「よーし……」


 未沙都が目を閉じこちらを見ないことを確認しつつ、伊達は何も無い空中へと腕を入れていく。目は充孝を見ながら、紫色の裂け目の中で目的の物を探り当て、引っ張り出した。


「よしっ…… ごっほっごほ!」

「師匠?」

「な、なんでもねぇ…… 梢から目を離すな」


 伊達は引っ張り出したものについていた埃を払う。


『ほら大将…… たまには掃除しないと』

『うっせぇな、ってかなんでこの能力は微妙に現実的なんだよ……』


 伊達が物を入れているらしい謎の空間。どうやら物に埃は積もるようだった。


『大将、随分久しぶりですけど、それ使い方憶えてますか?』

『ああ、体は憶えているっぽいな』


 伊達の手には白銀のスナイパーライフルが握られていた。

 「ALMELS」と銃身に刻印の入ったそれは一見すれば何かの楽器かと思われるような優雅さを持ちつつも、銀色のボディは太陽を受けても反射しないという用途に適した加工が施されている。

 全長百二十センチ。年代物にして、この世界では追いつけない最新鋭の銃だった。

 伊達は膝立ちになり、右手はグリップに、左手は肘を体につけるようにして銃身の中程を握る。構えを取った伊達の目の前に、拡大された映像と照準が自動的にホログラム出力される。


『相変わらず、ずっこい武器っスなぁ~』


 伊達はグリップのキーを操作し、銃弾モードを『エネルギー』に切り替えながら拡大画面で充孝と、その周囲を見る。


『なぁ、クモ…… 二月は前のやつの砲丸投げの玉がすっぽ抜けて充孝に当たるって言ってたよな?』

『はい、痛そうっス』


 伊達は痛覚が無いのに痛みを想像できるクモがたまに不思議だった。


『あれでどうやってすっぽぬけて当たるんだ?』

『はい?』


 クモが拡大画面をのぞきこむ。伊達が照準を投球中の生徒に合わせた。

 生徒は首の辺りに砲丸を持った手をやり、そのまま前に押し出すように放り投げる。


『あれ? そういえば…… あれじゃどうやっても前にしか飛びませんよね?』

『だよな……』


~~


 一足先に、投げ終えた栄作が充孝に近寄ってきた。


「ダメだ、飛ばね~」

「ん~、栄作でダメならオレはもっとダメだな」


 充孝は玉の投げ方というもののコツがわからないらしく、恵まれた体格のわりに球技が苦手だった。


「いんや、これ全身で押し出すだけだから、充孝の方が飛ぶんじゃね?」

「ん~」


 押し出す瞬間念動使っちゃダメだろうかと考えた充孝だったが、余計に飛ばなさそうなのと怒られそうなのとでやらないことにした。

 先に投げる生徒のフォームを見ながら色々考えてしまう充孝。そうこうしているうちに、充孝まであと三人に迫っていた。

 栄作が充孝の肩を叩き、目前で投げるであろう生徒を示した。


「お、見ろよあれ、様になってんな」

「あれ? 動きがなんかみんなと違う」


~~


『そうきたか!』

『あの人っスね…… 確実に』


 順番待ちをしている生徒の中に、一人だけ「違う」生徒がいた。


「未沙都、ちょっと変なイメトレしてるやつがいるんだが……」


 自分の番を待つ間、砲丸を持って自分のフォームを確かめている生徒がいた。他の生徒が下から上へと突き出すようなフォームを見せる中、そいつの体の捌きは後ろ向きから前へと、実際には投げないにしろ百八十度の横回転を持った動きを演習していた。


「……? ああ、回転投法ってやつですわね。経験者っぽいですわ」


 目を閉じていて伊達の妙な素行には気づかない未沙都が答えてくれた。

 伊達はなんとなく、ああ、いるよね、体育の時間にはりきっちゃう経験者。と、多分中学時代陸上部だったであろう、学園には珍しい小太りな生徒を見ながら思った。


『……でも大将、くるんって感じで投げるみたいですけど、どっちにしろミッチーの足を折るような事故は起こらないと思うっスよ?』


 クモの言葉に、もう一度フォームを確認している生徒を見る。

 確かに、彼の動きは百八十度。真後ろに充孝がいたとしてそちらを向いている状態は投げ始めのみ。首元に砲丸を固定しておかなければ失格というルールからも危険は無いように見える。


『いや、確実にこいつだ。中途な経験者はやらかすんだよ』

『……そういうもんスか?』

『ああ、間違いない』


 経験者がただの授業で念入りにフォームを確認している。それだけで伊達の勘はビンビンだった。


『クモ、集中するからもう話しかけるなよ』

『あい大将、いつもの常勝、ご健勝を』


 相変わらずこいつの言葉は不勉強だなと思いながら、伊達は充孝の近くに照準を合わせた。


~~


 あと一人、前の生徒が投げれば次は充孝の番だった。


「今日は女子は自習らしくて声援は無いけど、頑張れるか充孝?」


 ちょっと緊張している中、栄作が冷やかしてきた。


「声援? 女子が? なにそれ?」

「ぶっとばすぞお前!」


 身に憶えの無いことでぶっとばされてはかなわない、充孝は栄作から離れて一人で緊張することにした。と言っても、生まれて二度目くらいに触る砲丸を持ってオロオロしているだけなのだが。

 こういったシーンは栄作曰く、こそこそと遠巻きに充孝を見る女子があちこちにグループとして現れ、時に声援を送るなどして他の男子の尊厳を傷つけていくそうだが、充孝にはあずかり知らないことである。

 そして、本人も恵まれた体躯からそこそこいい成績を残す辺りが妬ましいらしいが、それもあずかり知らないことである。

 梢 充孝。ぼーっとしてる天然のカピバラだが、それでも、それゆえに人気は高かった。


 だがこの日、充孝には声援ではなく友の鋭い声が飛ぶ。


「避けろ!」


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