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玄人仕事  作者: 千場 葉
#4 『スクール・スーパーバイズ』
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21.昼休みの名回答


 一夜明け木曜日、午前七時半。

 昨夜が嘘のような快晴の空の下、伊達は校門脇の植え込みの前で未沙都に会っていた。

 彼女の登校は生徒会長なためか他の生徒より早い、捕まえるには好都合だった。


「未沙都、昨日はどうしてあの場所に?」


 二度目の災難。昨夜もう一度二月に確認してみたところ、彼女のビジョンであの場にいたのは充孝、栄作、真唯の三人だった。

 伊達は災難のビジョンの真上、遥か上空でステルスを使っていたため、実際にいたのかどうかはわからない。だが、未沙都は確実に存在しない人間だった。


「昨日部活の後、忘れ物をしたのですわ」

「忘れ物?」

「師匠の座学を従順にもメモした小さなノートですわ」

「取りに戻ったのか? 部室へ」

「いいえ、雑用があって隣の理事長室にいましたけど、面倒だったので私の能力『千里眼』で確認したのですわ」


 先日それで土下座な目に会ったというのに、未沙都は得意げだった。


「それはいつぐらいだ? 部活が終わってからどれくらい経ってからだ?」

「すぐでしたわよ、私が部屋を出て…… 五分程度じゃなかったかしら」


 伊達は未沙都の千里眼には気づかなかった。未沙都がすぐ隣を見る程度に力を抑えていたせいかもしれないが、その時の伊達の頭は「二つ目」についてでいっぱいだった。


「……! ちょっと待て、じゃあ……!」

「そうですのよ! 師匠がいきなり二月 結花をこの私でさえされたことのないお姫様だっこをしたかと思えば! ぴょんって! ぴょんって! 四階の窓からノーロープバンジーしたじゃありませんの!」

「うっわ! 見てたのかよ!」


 急場とはいえちっちゃい女の子を抱き上げたこともさることながら、未沙都程度に覗き見されて気づかなかったことに伊達が恥を覚える。


「私まったく意味不明で、自分の能力が暴走したのかと思って確認に走った次第ですわ! あろうことか私の師匠ともあろう方が幼女趣味では矯正せねばなりませんし――」

「誰がロリコンだ!」

「ひょっとして世界を相手に一大スペクタクルを繰り広げようとしているとなれば由良木家の人間として我が目で見ずにはおれません!」

「お前の家はやじうま一家か!」

「だから私! 一目散に走りましたわ! 師匠を追いかけて! ……っと、それで丁度玄関を出た時にですわ。校門を出て行く梢 充孝達を見ましたの」

「お、おう…… それで?」


 劇的にヒートアップからギアをファーストへと落とす未沙都。その緩急に伊達は少し呑まれていた。


「もちろん、何か知らないかと思って追いかけたのですわ。でも、あろうことか私、見えるものですから目を閉じたまんまで走ってしまって……」

「え……?」

「校門を走り抜けて並木道を走っている途中、中途半端な並木道の舗装に足をとられて恥ずかしながら優雅に転んでしまったのですわ…… 初めて見ましたわよ、遥か上の視点から、客観的視点で歩道のアスファルトにダイブする私……」


 未沙都は空を見上げながら、ちょっと涙目で語っていた。三人称視点でゲームのように自分というキャラクターを操作し、それが転ぶ様を見る。どれくらい情けない気分になるだろうと伊達は同情しながら、こいつやっぱアホだと思った。


「ん? 君じゃあ…… 千里眼使いっぱなしで走ってたのか?」

「だからそう言ってるのですわ!」

「そ、そうだな……」


 冷静に考えるとアホだけど起用だな、と伊達は思う。アホだけど。

 そして思いながら。


「ありがとう未沙都、じゃ」


 背中を向けて歩きだした。


「お、お待ちになるのですわ!」


 はっしと、未沙都が伊達の腕にぶらさがった。


「んだよ!」

「まだ私何も聞いてませんのですわ! 師匠だけ納得されて帰られても困るのですわ! ですわ!」

「あーもう! 安易なキャラづけだな君は!」


 美人で可愛いのにとっても残念。由良木 未沙都は今日も絶好調だった。



~~



「悪い充孝、醤油取ってくれ」

「ん……」


 昼休み、充孝は栄作と昼食を取っていた。

 今日の充孝のメニューはパンとぺペロンチーノとコンソメスープ。栄作は秋刀魚さんま定食だった。


「お邪魔していい?」


 充孝達が声に振り返ると真唯がいた。真唯のトレイにはオムライス、ワカメのスープ、ヨーグルトサラダが乗っている。ヤク○トもついていた。


「おう、いいぜ」

「断らなくてもいいのに……」


 栄作が自分の隣の椅子を引くと、真唯は充孝の隣の椅子を引いて座った。


「うぉい!」

「えっ?」


 なんとも言えないたくましさを見せる真唯。気持ちはわかるがたまには女の子に隣に座って欲しい自分の気持ちも汲んで欲しい栄作だった。そして、真唯がそうすることによってまわりの女子の目がちょっと怖くなり、その敵意がなぜか自分に向けられる理不尽に気づいて欲しい栄作だった。


「あ、今日はスパゲティなんだ」

「うん…… そっちはオムライスか」

「あはは…… わたしのメニューお子様ランチみたいだよね?」

「いいなぁ、一番羨ましいのは栄作だけど」


 和食大好きカピバラさんは栄作の大根おろしに醤油をかけたものが乗っている秋刀魚が羨ましくて仕方無かった。


「あ、でもわたしぺペロンチーノ好きだよ」

「オレも嫌いじゃないけどさ、やっぱりお昼は……」

「充孝はほんと和食派だよな」


 ちなみに、ぺペロンチーノは正式にはスパゲッティ・アーリオ・オリオ・ペペロンチーノと呼び、名前の通り、アーリオ(にんにく)、オリオ(オイル)、ペペロンチーノ(鷹の爪、もしくは唐辛子)が入っていれば後はなんでもいいというパスタであり、日本で言うところの「お茶漬け」のような食べ物だが、それは作者的にもどうでもいい。


「昨日はびっくりしたよねー」

「ああ、伊達さんがいてよかったぜ」


 栄作は自分の左手を見ながら言った。真唯のふくらはぎ同様、そこには傷跡は無い。


「でも雷が目の前で落ちたって、これから結構自慢できるよな」

「木林くんはずぶといねー」


 過ぎた昨日を和やかに話す栄作と真唯。


「あっ……!」

「梢くん?」

「どした充孝」


 充孝は唐突に思い出した。


「そうだ、オレ…… 伊達さんと話をしたかったんだ」


 今更に、伊達に近づいた理由を思い出す充孝だった。


~~


 伊達はコンビニの昆布おにぎりをむしゃむしゃやっていた。

 その隣には、梅おにぎりをむしゃむしゃやる二月がいた。

 そして、空中でちっこい塩おにぎりをむしゃむしゃやる妖精が一匹。


「二月、うどん温まったぞ」

「うん」


 二月の盆には梅おにぎり二個、小うどん、タコとキュウリの酢の物が乗っていた。

 伊達がかざしていた手をうどんから離す。


「中庭って結構混むんだな」

「昨日が特別、いつもは満席」


 二月との定時連絡。今日は東屋ではなく、伊達家(仮)だった。無論、居住者が不明なのか放置してるのかの空き家で、もちろん、犯罪だった。

 落ち着いて話せるところが他に浮かばず、伊達は二月を食事ごと家に運び込んでいた。


「よいしょっと」


 伊達はうどんに続き、二個目の梅おにぎりに手をかざす。おにぎりは湯気立ち、レンジに入れたようにほかほかになった。


「おいちゃん、便利」

「ありがとよ」


 言いながら伊達は、カレーラーメンの蓋をめくった。歴史的にも最早古式ゆかしいと言っていい円筒形のカレーラーメンが独特の刺激臭を部屋に撒く。


「いいな、おいちゃん、いいな」

「駄目です、食堂の人が頑張って作ってくれてるんだからそれ食っときなさい」


 食事には厳しい男、伊達だった。

 ちなみに彼を含め、職員には食事は用意されない。職員には厳しい学校だった。


「しっかし、わからんなぁ~」

「ん?」


 伊達の呟きに、口から一本うどんを出したままで二月が振り返った。


「いやな、俺が雷に無視くらったのはいいんだ。自然現象としては不自然にも思うが、ある程度納得はいかないでもない。避雷針だって絶対じゃないしな」

「うん」

「でもなんで未沙都が現れて、梢が助かるんだ? いや、仮に俺が変な行動したせいであいつが引き寄せられたとしてだ、そこに理由を見出すと一回目の穂坂の動きがわけわからん」


 伊達はもう強がりを言うこともなく、堂々と今回の未来改変を分からないと言い切った。

 一つ目にしろ二つ目にしろ、変わった理由が皆目検討もつかないのだ。


「そうっスよね~、昨日のことは理由はつけられますけど、マユマユのミッチーへのタックルって大将はなんにもしてませんよね? 会ってもないですし……」

「そうなんだよ……」


 ずぞぞっと、伊達はカレーヌード…… カレーラーメンをすすった。

 二月は、いいな、という目で見ていた。


「はぁ~…… 二月さん、なんかありませんかね?」

「ん?」

「なんでもいいよ、気づいたこととか、無い?」


 二月は額に中指を押し当て、考えた。本人は真剣なんだろうが、伊達とクモは和んだ。


「は……! 千里眼……!」


 だが、二月は意外にも、確信に迫る内容を提示した。


「千里眼……? 未沙都のあれか?」

「うん、おいちゃん。共通点は未沙都ちゃんの千里眼」


 本人は秘密能力と言っていたが、場合が場合だけに伊達は二月にだけは話していた。むしろ、先程報告上仕方無く話したばかりだからの発想とも言えた。

 伊達はその意見にしばし、思案する。


「……確かに、共通しているな」

「関係ありそうですか? 大将」

「ああ、一つ目、あいつは梢を自分の仕掛けた罠にはめるために千里眼を使っていた。そして昨日、二つ目の時にもあいつは千里眼で現場を見ながら走っていた」


 他の事象はバラバラだが、確かに彼女の行動は一致していた。二つの現場に共通する事象。確実なものは彼女の千里眼による干渉である。


「ひょっとしてあいつ…… 使えるんじゃないか……?」


 意味は不明でも、彼女に賭けてみる価値を伊達は感じていた。

 忙しなくも三つ目の災難、それは目前に迫っていた。


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