18.そして廃部
口外するな。そんな伊達の言葉に敏感になっていた生徒達は一斉に開かれた扉を見た。
「来た」
そこには、ちっこい女の子が一人立っていた。
「二月ちゃん?」
皆の注目を集めたまま、二月は伊達の近くへと歩む。周りの皆を見回し、それでいて彼らが目的ではないようで、きょろきょろと辺りを見回す。
「おいちゃん、クモは?」
「い”っ……!?」
まさかの発言に伊達は仰け反った。
「蜘蛛?」
二月の言葉に真唯が小首を傾げる。
「あ、いや…… クモならここには……」
もちろん伊達には見えている。彼の真横に。
伊達はぱたぱた飛んでるそれに『出るなよ、出るなよ』と念を押した。
ちらり、と伊達は未沙都をうかがった。目が合った未沙都は不思議そうに伊達を見てくる。
伊達は見つめてくるそいつに『言うなよ、言うなよ』とガンを飛ばした。
「クモ~」
二月はきょろきょろ見回しながらクモに呼びかける。
どうしようか、と伊達が冷や汗混じりに考えていると――
「ああ、そういやあいつどこ行ったんだろう…… 昨日の朝気づいたらいなくなってたんだが……」
伊達の首がバッと声の元、充孝の方を向いた。
「梢くん?」
「なんだ? どうした充孝」
「いや、一昨日? の夜にクモっていう妖精に会ったんだ。部屋でポ○キー食べてたら出てきた」
「ポッ○ーに釣られてんじゃねぇよアホ!!」
伊達のホワイトボード・イレイザーがクモに炸裂した。必殺技っぽい。
――ドロン、ぺちゃ。
「ぷぎゃあぁあ、いたいぃぃ……!」
「だから痛覚ねぇだろアホッ! あっ……!?」
~~
ホワイトボードに両手をついてよりかかり、伊達が意気消沈していた。
新たにパイプ椅子を出し、充孝と真唯の間に座った二月の肩には金色のそいつが座っている。
「し、師匠? 出てきてしまったのは仕方無いですし…… 座学を」
伊達の落ち込み具合に反対していた座学をお願いする未沙都。
当の金色は女の子に囲まれ楽しそうにしていた。
「うわぁ~、妖精ってほんとにいたんだぁ~」
「ふふん、一生の思い出にするといいっスよ!」
御伽噺の世界の現実化に感激している真唯。クモはちやほやされて上機嫌で、二月もなぜか我がことのように勝ち誇っていた。
「なぁ充孝…… 俺寝ぼけてるのかな…… 今授業中で寝てるのならごめん、今度からお前が寝てても優しくするよ」
「うん、俺も寝ぼけてたのかと思って黙ってたんだ。ほんとにいたんだなぁ……」
未沙都だけではなく、子供達の適応力はなかなかのものだった。
「へぇ~、クモちゃんって伊達さんの妖精なの」
「そうっスよ! 大将とはもうすごい長い付き合いっス! なんせうちの大将と来たら腕っ節の強さはべらぼうなのに頭がちょいと残念なんで私がサポートしてるっス!」
「おいちゃん…… 強いの?」
二月がボードにしなだれかかっている伊達と充孝を見比べていた。
その視線に充孝が「ん?」と首を捻った。
「みっちーの方が強そう」
「みっちー?」
「みっちー!?」
妙な呼ばれ方に呆ける充孝、フレンドリーな呼び方に驚く真唯。
「フハッハッハッ! 残念ながらフタッキー! 大将はみたくれこそあんなですし! 私とてそっちの方が百パーでイケメンだと思います! いや三百パー! ですがうちの大将! ああ見えてその戦闘力たるや五十三万を遥かに――」
「ひねりつぶすぞお前……!」
その場の全員がぎょっとなった。振り返った伊達の全身からドス黒いもやのようなものが出ている。それも完全に目視出来るレベルで。
ふよふよと、紫色の謎な文字が光のベルトとなって彼の周りに浮かんでいた。
「ちょ、ちょ! 大将! その魔法は! それ以上はいけない!」
「うっせテメェ……! もとはと言えばお前が梢の前で姿を現すからだな……!」
「いつ覚えたんスか!」
「うるせぇ…… 我が『闇の羽(改)』で一瞬に……」
「魔法……?」
はたと、伊達の体から黒いオーラと謎な文字が飛んでいった。
「師匠、今クモさんが魔法って……」
「あっちゃ、いっけねぇ…… しまったっス……」
うっかりすべってしまった口に、頭を抱えるクモ。
伊達は呆然と、生徒達の前で立っていた。
「魔法?」「魔法って言ったよな?」
生徒達のそんな会話が彼を取り巻き、そして――
「ふ、ふふははは……!」
肩を落としていた伊達が唐突に笑いだした。生徒達がその様子にビクッと身を引く。
「あーそうだとも! 俺が教えようとしてるのは超能力なんてチンケなもんじゃねぇ! FFだのドラ○エだのでおなじみのあれだ! イオナ○ンでもメギド○オンでも教えてやろうじゃねぇか!」
伊達が度重なる失態についにキレた。
「いや、おなじみって言われても……」
充孝が冷静につっこむ。
「あー、大将? こっちにはそれはないんじゃないスかねぇ……」
『放課後超能力部(仮)』は、活動一日目にして廃部。そして『放課後魔法クラブ(仮)』となって新設され、ますますきわどい衣装の芸人が現れそうな名前となった。
~~
初日の魔法講義が終了し、解散の運びとなった。ヤケになっていたように見えた伊達だったが、座学を始めるとその教え方は真剣そのもの、内容として生徒達は大いに学ぶところがあった。
「びっくりしたなぁ…… 魔法だなんて……」
空き教室を出て、真唯が今日の感想を述べる。
「でも魔法って言っても内容的にはほんとに超能力と変わらないんだな」
「ああ、それはオレも思った」
一緒に出た充孝と栄作も今日の感想を言っていた。
魔法、超能力、気。特殊な能力、特殊な力は数あれど、その中身は同じだというのが伊達の教えだった。人間の中にある皆が使い方を忘れた力、彼が「魔力」と呼ぶその力の使い方。それが名前を変えているに過ぎないと彼は言った。
魔力を筋力でひっぱり出す。魔力を脳や体の中の意識でひっぱり出す。魔力を自然の中の隠された物理法則によってひっぱり出す。またはそれらを複合する。
やり方は数あれど、その時に使われる「力」は基本的に同じものらしい。
三人は今日の部活で受けた内容を反芻しながら廊下を歩く。
「でも夢が広がる話っていうか、授業で聞く話よりはいいよな。俺一生離れた場所から電気消せるだけかと思ってたし……」
「伊達さんの話からするとわたし達って、ほんとにたまたま生まれつきみたいな感じでその力の使い方をわかってたってだけだったんだね」
伊達の話によれば自分達が持って生まれたと思っていた能力は、やり方さえ知っていれば誰でも出来る能力とのことだった。そして事実、伊達は彼らの持つ能力を「念動」「透視」「遠隔操作」と、それ以上の精度をもって目の前でやってみせてくれた。
これは彼らのこれまでの常識では考えられない内容だった。
彼らは授業にて、自らの扱えない多種様々な超能力をも指導される。だが、それはあくまで知識としての授業であり、もって生まれた能力以外のものは実技を問われることはない。まれに別種の超能力を扱えるようになる生徒もいるが、未沙都のように二種を「使える」レベルにまで扱える生徒が現れることはまず無いことなのだ。
これはまだまだ超能力だけにあらず、「感覚」というものを個人に明確な形で伝えることが不可能な、現代科学の限界によるものと言えた。
廊下を歩きながら、栄作が感慨深げに言う。
「こう言っちゃなんだけど俺達ってさ、普通の人なんだな」
「普通の人?」
「ああ、前々からなんとなく、そうじゃないかなって思ってたんだ。今日聞いてはっきりしたよ、俺達ってほんとたまたま、穂坂の言う通りたまたまだ。伊達さんの言う「魔力」ってのがちょっと普通より多く生まれてさ、偶然やり方に気づいたってだけの普通の人なんだよ」
「……残念か?」
「いんや全然。なんか安心したよ。ちょっと恥ずかしい話なんだけど、俺伊達さんのいる超能力部…… 魔法部だっけ? 入ってよかったよ。なんかスゲー気が楽になった」
珍しく誰の顔も見ず、誰に話すでもない風に遠くを見ながら私心を語る栄作に、充孝は幾重に重なった偶然をなんだか嬉しく思った。
「……由良木に連れてこられたのは正解だったのかもな」
「ああ、かもな」
「連れて来られた?」
「ん? ああ…… オレも栄作も、『連れて来られた組』なんだ」
由良木に入学、編入する生徒達は二種類あった。共にきっかけは一緒。日本中に散らばる超能力を持った子供をスカウトする国の人間に嗅ぎ付けられること。彼らには由良木への入学の案内書が届くようになっている。無論、案内書には超能力についてなどは書かれておらず、「ご当選メール」のスパムのような感じでやってくる。
国家認定された高すぎるまでの好条件に拒む親も生徒もほとんどいない誘いなのだが、やはり案内を受け取った全員が全員、真唯のように自ら選んで入ってくるということはない。家庭の事情や、本人次第でそれを蹴られる場合もある。
「ええ……? 梢くん達ってそうだったの?」
「ああ、ある日バタバタって防具つけたスーツの人達がいっぱい来てな、オレの超能力が危ないから学園で引き取るって言いに来たんだ」
「うわぁ……! なにそれ……」
「おいおい充孝、それあんまり言うと危ないぜ……?」
「ん…… だな。まぁ、それで…… 親は守ってくれようとしたんだけど…… オレが行くって言って連れてこられることになった」
真唯は目を白黒させていた。『連れて来られた組』の生徒達はその裏事情を語ることを禁止されている。触れ回ったことが知れても退学になったりはしないが、短期的な停学になることはある。彼女からすれば噂でしか聞いたことのない話で、そんな生徒がいることも半信半疑だった。
「お父さんやお母さんのために行くって言ったの?」
「うん、っていうかオレの家にあんなに怖い人達がいっぱい入ってきたら、やっぱりご近所さんの手前恥ずかしいというかなんというか……」
真唯には充孝の物言いはなんだか微妙にズレているように思えた。
「ああ、そうなんだよな。向こうの勝手さに怒るっていうより、恥ずかしいからやめて! っていう気持ちだよなあれは」
「そ、そうなんだ……」
だが、経験者にとってはそういうものらしかった。実際のところ、黒ずくめの車が家の前に何台と停められる威圧感と気恥ずかしさに、世間体から根負けするご家庭は多いらしい。スカウト側としては超能力者を相手にするという、職務上の危険性からそうなってしまっているだけなのだが。
「お前んち昨日黒いのいっぱい停まってたじゃん、あれなに? とか明日ニヤニヤ周りに聞かれると思うとほんとにもうっ……」
「うんうん」
「は、ははは……」
三人はそんな会話をしながら、玄関へと向かって歩いて行った。




