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玄人仕事  作者: 千場 葉
#4 『スクール・スーパーバイズ』
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17.部活動開始!

 その日の授業はつつがなく終了した。

 充孝は昨日のように放心していたりはせず、むしろ普段より気が引き締まった様子で席を立つ。


「珍しいな充孝…… 俺が席に来るまでに立ち上がるなんて……」

「ん……? 部活だろ? 行かなきゃ」


 ぼーっとしていて今一つやる気などとは無縁な感じの充孝だが、根は真面目な方だった。彼は基本的に人との約束などには固く、責任感も強い。ただそれ故に行動することに対する考え方が重く、特に他人が絡むような内容ではどうしても動くことに面倒を感じてしまう傾向にある。

 見た目も成績も良く、温和な性格でありながら交友関係は狭い。その理由もそんな彼の性格の中にあった。


「あ、栄作、どうしよう…… 穂坂迎えに行った方がいいのかな?」

「ん? 穂坂なら先に行っといてくれって今朝言ってたろ? 今日掃除当番らしいぞ」

「あ……」


 教室を出る寸前、充孝は立ち止まった。後ろを振り返ると今日の当番のグループが掃除を始めようとしている。


「悪い栄作…… オレもだった」

「お前もかよ! ってか忘れんなよ!」


 ツッコミを入れながらも、なんだかんだで充孝を手伝う栄作だった。


~~


 それほど中身の無いゴミ袋を片手に真唯は廊下を歩いていた。後はこれをゴミ捨て場に持っていけばそれで終了。今日一日、授業中も今の掃除の時間も、ついつい考えてしまっていた部活動の時間だ。

 真唯はこれまで、小、中、高、そして由良木学園編入と部活動に縁の無い、学業のための学校ばかりに通っていたために、そもそもが「部活」というものが楽しみだった。

 短期的、私塾的なものだと伊達は言っていたが、単に放課後に集まって遊ぶというのではなく、共に学生同士で何か活動をするということに子供らしいワクワクするような気持ちがあった。


「……? なんだろ?」


 廊下のど真ん中に脚立が立っていた。

 脚立の足元には真唯にはよくわからない建設中の家屋で見かけるような道具が置いてある。


「これは……」


 ふと、脚立の上を見上げてみると、天井のパネルの一枚がビニルに覆われ、テーピングされていた。


「あっ、そっか、一昨日の……」

「ん、君は…… 穂坂だったか」


 言われて振り返ってみると、青い作業服の男が真唯の後ろに立っていた。


「あ、伊達さん……」


 伊達はしゃがみこむと修繕に使っていたのだろう道具を仕舞いだした。内容がわかってみると、それらの道具は「よくわからない道具」から「美術で使うような道具」に見えてくるのが不思議だった。


「天井を直してたんですか?」

「おう、見ての通りだ。なんとかなるもんだな」


 もう一度天井を見直してみる。間違いなく、自らの頭に降った部分だった。どうやって直したのかはわからないが真唯は伊達のことを、こういうことが出来るなんてやっぱり大人なんだなと思った。


「怪我は大丈夫か?」

「あ、はい…… ってあれ? 伊達さん知ってるんですか?」

「ああ、いやいや…… 直す時にちょっと聞いてね。やっぱり、学校としては結構問題だからな」

「問題……?」

「天井のコンクリート片が降って生徒が怪我、大人の世界では巷に出ればニュースになるくらいの大問題なんだよ」

「そ、そうなんですか……」


 不祥事、というものだろうか、真唯は大きな問題にはならないで欲しかった。仮に世の中に知れ渡って、男の子を助けるために身代わりになったなんて学校中に広まったらと思うと恥ずかしすぎる。


「おや、これから焼却炉か?」


 伊達は真唯の持っている袋を指差して言った。


「しょうきゃくろ?」

「えっ? ゴミ出しだろ?」


 聞きなれない単語に真唯が小首を傾げた。


「ゴミ捨て場に持っていくだけですけど……」

「ん……?」


 伊達は未沙都から受け取った、用務員としての仕事の説明が書かれたパンフレットを思い出した。興味本位でざっと見ただけだったが、『塵芥はゴミ捨て場から回収車に引渡し』、確かにそのようなことが書かれていた。しかもその管理は自分の仕事だった。


「あれ? この学校って焼かないの?」

「焼く? ゴミをですか?」


 後に伊達は「今の学校からは焼却炉が撤廃」されているという事実を知り、ついでに「アルコールランプなども無くなっている」という事実を知る。

 彼がジェネレーションギャップに悶えるのは、また別のお話。


「あっと、そうでした。ゴミを出してこないと……」

「ああ、行ってらっしゃい。部活は来るか?」

「はい! それではあとで!」


 真唯は笑顔で答えると、少し小走りにその場を後にした。


『ふーむ、たまにはメガネっ子もいいですなぁ』


 伊達にしか見えていない、金色の妖精がおっさんくさく感想を言った。


『ん~、思いつきで作った部活だが、ああやって楽しみにされるとちょっと悪い気もするな』

『……大将、あの子には言わないんスか?』


 珍しく、クモが真面目な声色で伊達に聞いた。


『あの子には言えんよ。あと、あの栄作とかいう友達の子にもな。梢にも最終日を告げるつもりは無い。本人を含め、当事者達だからな』

『ショッキングな内容っスもんね……』

『それもある。だが、実際ものを知って最終日にふらふらと不確定な動きをされちゃ困るんだ。行動は出来るだけ限定させたい』


 伊達は脚立に手をかけ、真唯が去った方向を真剣な面持ちで見つめていた。


『さてと…… クモ、すまんが天井の修繕、手伝ってくれ。もう部活だし、あまり時間がない』

『あれ? 今終わったんじゃないんスか?』


 伊達は天井に指を向け、直した箇所から二メートルほど離れた位置のパネルを指差した。


『ほぇ……? なんっかあのパネル…… 隙間空いてません?』

『いや、直している間に気づいて衝撃的だったんだが…… あの中にちらっと仕掛けが見えた』

『はい……? 仕掛け? まさか……!』

『あいつの罠は…… まさかの『不発』だったようだな』


 充孝を狙って落ちた天井パネル、そちらは普通に『事故』だった。


『はぁ…… どんなけ残念なんスか~…… 未沙都ちゃん……』


 その生き様をこの妖精に哀れまれる、彼女はなんとも珍しい生き物だった。

 伊達は彼女がパネルの落下の後、誇らしげに千里眼で何かをのたまっていたことを思い出しながら、とてもいたたまれない気持ちになっていた。



~~



 充孝達と真唯は掃除当番、伊達は天井の修繕。部活動初日の集まりは初日だというのにいきなり顧問を含めて三々五々の形になり、皆が集まって伊達がホワイトボードの前に立つまでに、すでに放課後三十分の時が流れていた。

 もちろん、いの一番に来ていた未沙都はお冠である。


「みなさんやる気ありますの!? ってみなさんはやる気出さなくていいのですわ! 師匠! 待たせすぎですのよ!」

「はいはい、悪かった悪かった。遅くなっちまったし、とっとと始めようか」


 まばらに並んでパイプ椅子に座らされた四人の前で、伊達はホワイトボードに向かってペンを走らせる。

 白い一面に大きく『座学』と黒い文字が引かれた。


「座学……?」


 時代がかった耳慣れない言葉に充孝が首を捻った。


「今日はお勉強中心ですか?」


 真唯には伊達の意図が伝わったらしい。


「ああ、まずは基礎知識というやつだな。君らが学校でどういう教育を受けているかはわからんが、まず力を求めるには知識が必要だ。と言っても、理論全部を叩き込めなんて言わない」


 伊達は指を立て、天井を見上げて蛍光灯を指した。

 釣られて生徒達が二本一組の蛍光灯を見る。


「あれと一緒だ。君らも俺も、あれがどうして光を放っているかなんてわからんだろ? 俺達だけじゃなくて偉い大学教授や専門家でもそうだ。どうして電気が光るのか、そもそも電気ってなんだろうか、突き詰めていけばどんなものでも誰にもわからない部分に行き当たる。で、蛍光灯の端っこを見てくれ」


 生徒達の視線が動き、漠然と見ていた蛍光灯の接続部分に当たる。


「穂坂、どうなってる?」


 見上げていた真唯の顔が問いかけた伊達に向く。


「えっと…… 黒ずんでますね」


 真唯の答えに充孝達が同意するようにうなずいていた。


「ああ、そうだ。もうすぐ寿命で、交換しなきゃいけないってことだな。で、木林…… だっけ? 交換する時に気をつけなきゃいけないことは?」

「……そっすね、落として割っちゃうとか?」

「消してからやらないと触ってビリッときちゃうのもあるぞ?」


 栄作の答えに充孝が乗っかっていた。彼は彼で真面目に聞いていたらしい。

 伊達は満足そうにうなずくと、皆を見回して視線を集めた。


「つまりだ、君らには最低限超能力について蛍光灯で例えるなら、電気が点く、こうなると寿命がくる、割れると危ない、触ると危ない。この程度でいいから使うための知識くらいは持ってもらいたいってわけだ。効率がどうのじゃない、単純に知らないと危ないからな」


 真唯がうなずきながら感心していた。

 理解しやすかったのか充孝や栄作も、普段の授業より興味を持って聞いていた。


「失礼ですけど師匠、私達は由良木の生徒として、三年間を通して超能力について専門の講師から指導を受けますわ。三年生である私は元より、こちらの二年生達でさえ基礎的なことは身についているはずです」


 ご丁寧に挙手をして伊達の指導のあり方に異を唱える未沙都。その言い分はもっともであり、成績「は」優秀な彼女だけに筋の通った物言いだった。仮に講師がこの場にいたとすれば、彼女に近い文句は出ただろう。

 そんな未沙都に向けて、伊達はニヤリと笑ってみせた。


「ほんとにそうかぁ? 俺からすれば、その講師達の知識でさえ怪しいもんだぜ?」

「なっ!? 師匠! 我が学園をなんと心得るか!?」


 なぜか時代劇口調だった。


「ああ、そうだ…… みんな、ちょっと俺と約束してくれ」


 伊達は改まって、皆を見て言った。


「指導してやるのはかまわんが、ここで俺から聞いた理論や指導内容は口外しないでくれ。結構な確率でめんどくさいことになると思う」

「えっ? ひょっとしてヤバイんすか?」


 由良木学園ではその特殊性から当然にして理不尽な校則がある。外部への授業内容の漏洩禁止。校則を破った者は即退学だけに終わらず、逮捕となる。それは卒業後も適用されており、公開は許されない。彼らは入学直後に一番にそれを教わり、様々な過去の事例を見せられ、違反者達の悲惨な末路をこれでもかというくらいに叩き込まれる。そして彼らはその後に、『普通に守っていればなんでもないよ、むしろ由良木卒は将来安泰だよ』という取り繕うような安心感を教え込まれ、いつしか慣れとともに一般的な由良木生となる。

 そんな元々がヤバイ学校なだけに、そういった内容には生徒達は敏感だった。


「んー、ヤバイね。言ったら最後、頭がおかしくなったと思われるかもしれん。さっきは学校自体を冷やかすようなことを言ったが授業は授業で君らには大事だと思う。ここで覚えたことは一時の思い出くらいに胸にしまっとくことをおすすめするよ」

「は、はぁ……」


 栄作は納得し辛いけど、します。そんな笑顔を返した。


「一時の思い出かぁ……」


 真唯はステキな単語になんだか幸せそうな顔をしていた。


「じゃ、始めるか。それじゃあまずは――」


 ガラガラと、扉が重そうに開いて来客が現れた。


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