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玄人仕事  作者: 千場 葉
#4 『スクール・スーパーバイズ』
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16.定時連絡


 明けて水曜日、この日は朝から雨だった。

 寮から学校までの距離は短く、小雨程度では傘を持たない生徒も多いが、今日の天気はそれを許してはくれなかった。


「おはよう、梢くん」


 充孝と栄作が寮を出ると、少し離れた路地でベージュの傘をくるくると回す真唯が待っていた。本人から名前で呼ぶように言われた彼女だが、それはさすがに恥ずかしいらしく充孝が嫌がる梢呼びのままだ。

 しかし、栄作からしてみると、こっちは二人で歩いているのに充孝だけに挨拶してしまうという行為は充分に恥ずかしいと言えた。が、なんか癪なので彼は言わない。

 緑、ベージュ、透明なビニル。それぞれが傘の分だけ距離を取って歩きだす。緑色の傘は妙に小さく体に合っていない、大柄な彼は肩口が微妙に濡れていた。


「ねぇ梢くん、今日って放課後に部活行くの?」

「ん…… ああ。なんか入っちゃったし、サボるのも悪いし」

「悪いな充孝、俺の悪ノリに巻き込んじまって……」


 正直なところ、充孝は部活動に乗り気ではなかった。

 伊達に入部をどうするか聞かれた時、逡巡を見せた彼の脳内には単純に「めんどくさいなぁ……」というとても学生らしい思考が渦巻いていた。

 ただそれでも入部を選んだのは、栄作達が入って自分だけ蚊帳の外にされるのが嫌だったのと、短期間ならまぁいいやというそれだけの理由だった。

 そもそもが、彼は伊達と話が出来る機会が欲しかっただけなのだ。


「でも、伊達さんって部活でどんなことするのかな? 授業とは違うのかな?」


 入部を決めた昨日、その後は早々に伊達が「じゃ、明日の放課後からな」と打ち切り、全員解散という流れになった。呆気に取られる一同とぶぅたれる未沙都だったが、伊達がさっさと教室を出て行ってしまったために彼らも寮に帰る以外になかった。


「そりゃまぁ、違うんじゃねぇの? っていうかさ、何者なんだろうね伊達さんって。生徒会長がわざわざ雇うくらいだしスゲーにはスゲーんだろうけど、なんで用務員やってんだろ」

「あー、そうだよねー。そんなにすごい人なら先生になればいいのに……」

「……教員免許を持ってないんじゃないか?」


 充孝は伊達に会え、接近できたことからか昨日のような放心状態からは抜けていた。気にかかることは気にかかるが、ある程度の達成感がそれを小さくしていた。


「ん……」

「どうした? 充孝」


 校門の手前、充孝は振り返った。


「いや、なんでもない」


 今朝の登校には、彼女はついてこなかった。



~~



「はー、いや、悪かったよ」


 その日の昼休み。伊達は理事長室に呼び出されていた。

 対面のソファーには足と腕を組んだ未沙都が座っている。


「まったく、部活動だなんて、しかも梢 充孝まで鍛えてどうするのです」


 昨日無理矢理に色々決めてしまったせいか、未沙都は相当にお冠だった。

 伊達は面倒だなぁと思いつつも、一応は雇い主なので素直に小言を聞いていた。


「まぁ、その、なんだ、色々と俺も、んぐ、考えることがな」

「食べるかしゃべるか一つにしてください!」


 ただし、お昼休みなのでご飯は容赦なく食べる。

 今日は遥か遠い学生時代を思い出し、コンビニのパンだ。


「まぁまぁ未沙都ちゃん、大将これでも意外と思慮深いですから、何かお考えあってのことなんですよ」

「そうだとよろしいのですけど」


 昨日は絶句していたのに、今日は当たり前のように妖精と話している。適応力は高い方なのかもしれなかった。


「ふぅ、食った食った」


 伊達はコンビニの袋にゴミをまとめると、袋ごと丸めてポケットにつっこみ、立ち上がる。


「さてと……」

「ちょっと師匠! どこへ行かれるのですか!」


 部屋を出て行こうとする伊達を未沙都が呼び止める。

 伊達はドア前で立ち止まり、半身で後ろを向いた。


「悪いな、これから「仕事」なんだ。今日から本格的に部活だから、また放課後な」

「ちょっと!」

「クモ、行くぞ」

「あい!」


 放置されて一人になった未沙都は一人でぷんすかしていた。


~~


 昼休みという時間帯のため場所を変える必要も考えていたが、その必要はなかった。

 昨日ほどではないにしろ、午前から昼にかけて少し強くなった雨が味方をしたか、中庭の東屋には女生徒が一人座っているだけだった。


「よう、待たせたか」

「おいちゃん……」


 金色がパタパタと二月の元へと飛び、彼女の肩に腰掛けた。小さな妖精がお気に入りなのか、彼女は少し満足気だった。


「それでどうだ、知らせておいてくれたか?」

「うん、予言しといた」


 「雷に気をつけるように」、充孝に伝言を頼んだのは伊達だった。聞かせることで怪我は軽くなるかもしれない。少なくとも予知通り、大怪我にはならないかもしれない。そう言って彼女に行動させた。

 伊達としては「無意味」だと思っている。だが、これは「仕事」や充孝のためじゃなく、二月のためだった。彼女の心的ストレスを少しでも和らげるための方便だった。


「おいちゃん、未来はどう?」

「んー、そうだな……」


 伊達は昨日二月と別れる前に、今日のアポを取っていた。定時連絡のような時間を取った方がいいだろうとの考えだ。進展があろうとなかろうと、昼休みにはここで会う。「主要人物」であり、「未来を変えて欲しい」という仕事の依頼主である彼女とは定期的な接点が欲しかった。


「さすがに昨日以上のことはまだ何も、だな。今日の予知が起こるまでは新しいことは何もわからんだろう」

「そうなの……」


 残念そうだった。大人として、少し歯がゆくもなる。


「チャンスは一瞬で一回だが、色々試してみるよ。何か掴んでやる」

「何するの?」

「思いつき過ぎて困っているところだ」


 嘘だった。別段何も思いついていなかった。

 未来を変えることは彼をしても難易度が測れない。

 ある種、言葉に嘘はない。何をすれば糸口となるのか、確認の方法がどう足掻いても一回ではとても足りず、何を重視し、実行すべきかの選択に難儀していた。

 だが、彼は経験上弱気や否定の感情が最悪な未来の確定に繋がることを知っていた。言葉ですら引くわけにはいかなかった。


「そうだ二月、意味があるかはわからんが、ちょっと聞かせてくれ」

「なに?」

「君は梢 充孝の未来を四つ視たと言った。それは何回で視たんだ?」

「……? どういう意味?」

「能力一回で四つ視たのか、何回か未来予知をしかけてバラバラに視たのか、だ」


 二月は伊達の言葉を反芻し、考えた。伊達が言った言葉の意味を理解すると答えはすぐに出た。


「二回、二回で四つ視た」

「内訳…… 一回目と二回目で視た数はどうなってる?」

「一回目は…… 四つ目の死ぬところだけ。残り三つは二回目」


 伊達は手帳を取り出し、その証言をメモした。


「大将、それ聞くのってなんか意味あるんスか?」

「わからん…… だが、今は気になったことはどんなことでも知っておきたい。特に二月の『未来予知』については出来るだけ細かく、使い方から能力の在り方まで全て把握しておきたい」


 はたと、伊達は二月の顔が曇ったことに気づいた。


「いや、すまん、安心しろ。俺はプロだからな、任せてくれて大丈夫だ」


 解決に苦戦している。今の物言いはそう言っているのと同じだと伊達は気づき、焦って取り繕った。


「えっ……?」

「……?」


 だが、何かが違った。二月には伊達が焦る意味がわかっていないようだった。突然なだめるように優しく言った言葉に、きょとんと伊達を見つめていた。

 伊達は軽く咳払いし、


「ああ、そうだ二月、今日放課後暇か?」

「放課後……?」


 誤魔化すように部活動紹介を始めるのだった。


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