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玄人仕事  作者: 千場 葉
#4 『スクール・スーパーバイズ』
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15.用務員さんの晩餐

 開いた縁側の引き戸から、朧月おぼろづきが見えている。


「こりゃ、明日も降りそうだな」


 学校からの帰り道、昨日の朝にトイレを借りたコンビニで買ったから揚げ弁当を開けながら伊達は呟いた。

 湿った空気が庭先から勝手知ったる空き家へと流れ込むが、雨音は聞こえない。春の長雨も今は一時休戦といった風情だった。


「そりゃまぁ…… 明日快晴ってわけにはいきませんよね。話がおかしくなっちゃいますし」


 電気もガスも無い部屋、月以外の光源が彼の話相手だ。


「だよなぁ……」


 伊達は醤油味のカップラーメンの蓋を取り、右手をかざす。右手から水が放射され、プラスチック容器の内線までを浸した。


「しかし…… 雷ねぇ……」


 左手で真横から持ち替えた容器の中、ボコボコと水が高温を発し、彼は蓋を閉めた。



~~



「雷? 撃たれるのか?」


 それは五日後どころの話じゃないぞと、伊達は二月の顔を見た。

 和やかに鳴いていたスズメ達はいなくなり、東屋には叩きつけるように降る豪雨の音のみが響きわたる。

 二月は目を閉じ、慎重に、思い出しながら答えた。


「ううん、みっちーに落ちるわけじゃない。みっちーのすぐそば、並木道の木に落ちる。みっちーは破片で、左腕に大きく怪我をする」


 言いながら、二月は彼女の中にあるビジョンを再現するように、左腕の手首から肘の間、その内側を指先でピッとなぞる。


「いつだ?」

「わからないけど、少し薄暗いから放課後っぽい。雨は小雨だけど、空は鳴いている」


 二月の視れる未来は大きな出来事を中心とし、前後数時間から数十分と時間がまちまちだった。彼女は充孝について、四つの災難のビジョンを視ている。一つ目が既に終わったタイルの落下、そしてこれは二つ目の未来だった。


「明日の放課後、か…… 三つ目は?」

「明後日、体育の授業中に足を怪我する」

「……なんかえらく普通だな」

「砲丸投げの授業で自分の番を待っている間に前の生徒の手から鉄球がすっぽぬけて、骨折」

「ぎゃー!」

「うえ……」


 伊達達がのけぞった、ひどく現実的なわりにはちょっとシャレにならない災難だった。


「四回目はみっちーが死んじゃう。だから、私と一緒に、おいちゃんはなんとか三回目までに未来を変える方法をしっかり探して欲しい」

「……そうだな」



~~



 伊達は手のひらの上にから揚げ弁当を置いた。


「しかし…… 繋がってるのかもしれんな、これは」

「はい? 何がです?」

「二月が視たって言ってる四つの災難だよ。実は一つなのかもしれん」


 から揚げ弁当の蓋が白く煙り、水滴を浮かばせていく。


「一つ? 四つじゃないスか?」


 畳みの上に弁当を置き、蓋を取る。春の夜の肌寒い空気を大量の湯気が舞った。放置していたカップラーメンの蓋をめくる。


「最後の死因だよ」

「死因……? たしか…… トラックにひかれて」


 割り箸を取ってラーメンを一口すすると、コンビニ袋に手を突っ込む。


「轢かれたんじゃない、跳ねられたんだ」

「同じじゃないスか?」

「バカ、全然ちげぇよ」


 ガサガサと、缶を取り出してプルタブを開け、飲んだ。

 飲んだ後、話題とは無関係に「かーっ」と美味そうに息を吐く。


「もう、ちょっとお金あるからってまたビールなんか買ってぇ……」

「いいだろ、別に。残したって仕方無い金なんだから」


 伊達ははふはふと、から揚げを口に放り込む。


「で、何がどう違うんスか?」

「今日のことなのにもう忘れたのか? 梢の死因は『溺死』だぞ」

「ほぇ? そうでしたっけ?」

「あのなぁ…… 二月が言ってたろ、トラックに念動で抵抗して、力及ばす跳ね飛ばされてガードレール下の海に落下。んで溺死って」

「……! あー! あー! あー! 言ってったっス! 思い出しました!」


 「まったく」と呟きながら、ラーメンをすすり、ビールを飲む。


「だとするとだ、全部の災難が繋がってくるだろ」

「……なんでです?」


 伊達の肩がカクッと下がった、未沙都の影響か、今日のリアクションは昭和っぽい。


「いいか? 一回目で目の辺りに傷、二回目で腕に傷、三回目で足に骨折だ。そんな状態で海に投げ出されたら、特に三回目なんざ決定的に溺死確定だろ?」

「おー! さすが大将! 見事なロジスティック!」

「運んでどうする」


 お情け程度の野菜分、ポテトサラダをつまむ。


「あれ…… でも…… 今思い出しましたけど、フタッキーはトラックに跳ねられて気を失って、とか言ってませんでしたっけ……」

「……妙なとこだけ憶えてるな」

「だとすると、怪我とか関係なくないスか?」

「まぁな」

「いや、まぁなって……」


 弁当の真ん中を仕切っているバレンを蓋に捨てて、ビールを手に取る。


「だが、そうとも言い切れない。跳ねられるには跳ねられるにしてもだ。ひょっとすると事故前の体さえ万全なら気を失わないかもしれないし、失ったとしても復帰するかもしれない」

「まぁそりゃそうかもっスけど……」


 クモがひょろろん、と弁当の端っこへ飛び、勝手に漬物をぽりぽりやる。あんまり美味そうでもなかったのでペットボトルの蓋にお茶を入れてよこしてやった。


「なんにせよ、明日が勝負だな」

「明日っスか? 大将のお考えなら勝負は明後日の骨折の方って感じだと思いますけど」

「だから、それまでに未来を変える方法を、ヒントだけでもひっぱり出さなきゃならんってことだ。幸い明日なら、防げなくても腕に怪我するだけだからな」

「……それはそれで痛そうですが」


 残り僅かになった弁当とラーメンを一気にかきこむ。箸を置くと、ジャンパーの内ポケットに手を突っ込んだ。


「かわいそうだが今後のためのちょっとの怪我くらいは仕方無い。一生残りそうな感じならこっそり回復魔法でも仕込んでやるさ」


 内ポケットから金色の襟がデザインされた箱を取り出すと、一本引き抜いて先端を目で睨み発火させた。


「ああ、そういや大将、すっごい今更っスけど」

「なんだ?」


 燃える先端が消えない内に、息を吸い込んで火を安定させる。ほのかに甘い煙りが朧な月明かりに揺らめいた。


「トラックくらい大将がぶっとばせばそれで終わりじゃないんスか?」


 ビールを飲み、呆れたため息を吐く。


「え? あれ? 大将、それくらいの力なら今有りますよね?」

「あのな…… お前俺をアホだと思ってるのか?」

「いやいや…… たまにしか」


 すっごい速さとすっごい正確さでちっこい額にデコピンが決まった。


「ふん…… だが、お前の言い分にも一理はある」

「ぉぅぅ…… えっ?」

「そうだな、例えば日曜日に俺が一日張り付いて、二月が言うポイントで跳ねられる寸前に割り込んでトラックを止めてしまうってのは確かに可能だろう。運転手はムチ打ちかもしれんがな」

「出来るんじゃないスか……」

「でもそれは普通の場合だ、『未来予知』されている今は出来るかわからん」

「えぇ……?」


 飲み終わったビールの缶に灰を落とし、火を消す。

 コンビニ袋から二本目の缶を出し、つまみに買ったたこわさを取り出す。


「おーい、クモよぉ…… お前ずっと張り付いてんだからそれくらいわかれ。そりゃ確かに多くは無いが、今までもこういうのは何回かあっただろう……」

「いやー、なんていうんスかねぇ…… たいむまっくすとかじしょうがどーとか、いつ聞いてもこの系統私のおつむにはむつかしすぎるんスよ~」


 呆れながら、たこわさのビニール蓋をめくった。


「まぁなんだ、『決まってる』場合だったら力押ししても仕方無いってことだよ。トラックを止めようとしても俺に邪魔が入って出来ないかもしれんし、まさかの二台目が現れるってこともあるかもしれん。仮に『梢が死ぬ』って決まってるならトラック以外の何かがつっこんでくるかもしれんしな。逆に『決まっていない』にしても、死ぬのが梢じゃなく、代わりの誰か…… 下手すりゃ俺が変わりに死ぬって可能性もある」

「えぇー? お手上げじゃないスか……」

「まぁ、跳ねられるだけでいいなら代わってやってもいいがな。だが、お前の言う通りの簡単なことが簡単に出来てしまう可能性もゼロじゃない。事実、そんな簡単な「世界」もあるにはあった」


 箸でつまんで、たこわさを一口。ビールで流す。


「大将~、それなんか見分ける方法とかないんスかー?」

「あるにはある、が…… それが今回はあまり良くない方向を示してるんだなぁ、これが」

「……簡単じゃない方向なんですね」

「ああ、二月が言ってたろ。梢本人に教えても仕方が無いってな。変えられなかった例が過去にあったんだろう。難しいってことさ」


 箱から二本目を取り出し、火を点ける。


 変えられる未来、変えられない未来。

 主人公の未来は未だ、主人公にも視えていなかった。


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