14.部活動紹介
伊達は唐突に現れた充孝を見ていた。
――「あの背の高いやつだな、あいつがどうした?」
――「死ぬ」
今日の朝、二月と話した内容が脳内によぎる。
伊達は真剣な表情を作ろうとする無意識を、意思の力で抑え込んだ。
充孝の後ろに、扉の方からこちらを覗く二人組の姿が見える。
『大将、木林 栄作と穂坂 真唯です』
『おう』
充孝が未沙都の手から離れた的に気を取られた一瞬を突いて、伊達はクモと的を消し、部屋の四隅に配置された結界を解いていた。
手早く、昨日一晩充孝に張り付いていたクモが人物情報のサポートに入る。彼らのことは今日の昼休みや業務の時間内を使って報告を受けている。
梢 充孝―― 『念動』
木林 栄作―― 『遠隔操作』
穂坂 真唯―― 『透視』
たまたま話題に上ったらしく、わずか一日で彼らの能力を知れたことは幸運だったが、彼にとってはそのどれもが取るに足らない能力であり、正直充孝の未来を知った今にしてみればどうでもいい情報と言えた。
だが、彼らが充孝の親しい人物であり、直接的に未来に関わる人物であることは二月の予知から考えれば明らかだった。
充孝を筆頭に、今なぜここに彼らが現れたかはわからない。しかし伊達の勘は、今この場面が、今後の「仕事」を左右する「ヤマ」であると感じとっていた。
勘に従うならば慎重に、会話を進めていく必要がある。
「何か、私に御用ですか?」
伊達は充孝が、未沙都ではなく自分を見つめていることから素直に聞く。
先手、7六歩――
「……少し、お話をしたいことがあります」
何か思うところが、聞き出したいことがあるのだろう。充孝が言った。
後手、8四歩――
「なんでしょう、場所を変える必要がありますか?」
充孝の思った以上に深刻な表情から、会話の重要性を測る。
先手、6八銀――
充孝は少し、悩みながらも。
「……出来れば、二人で少し」
充孝は後方に控える二人を意識しつつ言った。
それは自分を心配してくれる友人を、蚊帳の外に置くことに対する罪悪感。
後手、3四歩――
「そうですか、なら――」
先手、6六――
「ちょおおっと待ったですわ! こじぃえみちたかっ!」
西家、九萬チー。
順調に会話を進めていたところで、入れないで欲しかった横槍が入った。
『こんな早いタイミングで1、9牌チーだなんて何狙いなんスかねぇ?』
伊達は心底面倒くさそうな顔で未沙都の方を向いた。
「なんだ? 今忙しいんだが」
「師匠! まだ指導中ですの! こんな人達どうでもいいですから早く追い出して続きをやってくださいまし!」
充孝に変なポーズを見られた恥辱からか、未沙都はかなり激昂しているようだった。
「えー? 空気読めよー」
「空気ってなんですの!? 今私は邪魔をされてるだけですわ!」
伊達からすれば発展性のありそうな展開が舞い込んできてくれた形なのだが、確かに未沙都が言うことももっともだった。指導と言いながら、まだやったことは一発念動を撃っただけだ。
どうしたものかと伊達が思案しようとすると、答えを放置されていた充孝が小首を傾げた。
「師匠……?」
「あっ……」
嫌なところを聞きつけられた、と思った伊達だったが遅かった。
未沙都がててっと伊達に走りより、両手で彼の肘辺りを握る。
「そうですわ! 用務員とは仮の姿! この方は高名な超能力者にして、私が雇い入れた専属の師匠なのですわ! これでもうあなたとの差は開き続けるばかり! あなたは私のこれからの成長を指を加えてみているがいいのですわ!」
「は、はぁ……」
勝手にまくしたて、勝手に勝ち誇る未沙都。実のところ、未沙都が充孝を一方的にライバル視しているだけで二人の間にはそれほどの面識は無い。鈍い充孝の頭をもってしなくても、事情を知っている伊達以外には意味不明な口上だった。
だが、事情を聞かずともこういう時、自分の勘や噂話などを頭の中で統合して事情を把握出来てしまう者もいる。そして幸いこの場にはそういう者がいた。
「焦んなくても充孝が会長抜いたりなんてできませんって……」
「栄作……」
いつの間にやら、栄作が充孝の隣にきていた。遠慮がちに真唯も入ってきている。
「っていうか、その用務員さん超能力者なんすか? うちの卒業生とか?」
腕を持ったまま、未沙都の顔がくりっと伊達を見つめる。ほら、言ってやってくださいとばかりに期待に満ちた顔だった。
「いや、違います」
「えぇー!?」
「あれ? 違うんすか?」
『はぁ…… また大将は……』
こういう時、妙に期待を裏切ってからかいたくなる。伊達の悪い癖だった。大体の被害者である妖精がため息をついた。
「いや、用務員さんは超能力者だ。先輩じゃないかもだけど、それは間違いない」
充孝は確信を持って栄作に言っていた。周囲の視線が充孝に集まる。
「……なぜ、わかるのです?」
伊達は探るように充孝の表情を見ながら聞いた。
優等生とはいえ、彼からすれば大した力も持たない超能力者でしかない充孝。心当たりを探しても、伊達の中には自分の異彩を看破される理由がなかった。
「普通じゃないと思ったからです。それを聞きにきました」
明確な理由ではなかった。だが、伊達は――
「よく見破ったな、梢 充孝」
それで充分だと、自ら正体を明かした。
周囲からは、クモを含めて答えたことに対する疑問が飛び交っているようだったが、伊達にとっては本当に充分な答えだった。
大事なのは充孝の答えではなく、行動。
主人公が予感によって突き動かされ、確信めいて人を探すような行動に出た。それは往々にしてそこに何かがあるという的中のサイン。
伊達は依頼された「仕事」に従事する者として、そのセオリーを裏切る気にはならなかった。
「改めて、『放課後超能力部』へようこそ」
「えっ?」「はっ?」「……?」『はぁ?』
いきなりの部活動紹介に驚く周りを無視し、伊達は充孝へと歩み寄り、握手を求めた。
「顧問の伊達だ。よろしくな」
「は、はぁ……」
充孝はわけもわからないまま伊達の手を取った。
~~
「ちょっとちょっと! そんなの認めませんわ!」
「何がだ?」
ホワイトボードのご期待に答え、埃を払ってやり、専用の黒ペンででっかく『放課後超能力部(仮)』と書いた伊達に対し、未沙都は抗議の声を上げた。
「ああ、そうか…… やはり『放課後』の部分が嫌か? でも、この学校は普段から超能力学校だしなぁ……」
伊達は『放課後』の部分を見ながらイレーザーを持った。
「うーん、たしかになんか風俗っぽいと言うか、際どい衣装の芸人が出てきそうと言うか……」
「そうじゃありませんの! 私はあなたを部活動なんかの顧問として雇ったわけでは――」
「カタいこと言うなよぉ~、楽しくやろうぜー」
用務員の勢いに押されるままにホワイトボードの前に集まった充孝達だったが、今更ながらに用務員の豹変ぶりに唖然としていた。さっきの紳士的な人はどこに行ってしまったのか、目の前にいるのは教員達よりも遥かにくだけた近所の兄ちゃんだった。
「ですが……!」
「いやいや君な、またと無い機会を独り占めして、自分だけ成長して満足なのか? ライバルに対して自分だけ最新の設備、トレーニングを駆使して勝利してそれで満足できるのか? ずるいなぁ自分って後で情けなく思ったりしないのか?」
「大満足ですわっ! 持って生まれた権力を行使した圧倒的勝利じゃありませんの!」
『うわぁ…… この人、一点の曇りもない目で言ったっスよ……』
すがすがしいまでのセコさだった。
伊達はホワイトボードを叩き、未沙都を無視して充孝達を見ながら言った。
「というわけで、ただいま放課後超能力部には顧問一名、部員一名しかいない!」
「師匠……!」
「短期間のつもりなんで正式な部にはならんだろうが、私塾みたいなもんだ。ここで会ったのも何かの縁、自分の能力を上げたいでもいい、歪んだ未沙都ちゃんを矯正したいでもいい、門は開いているからよかったら入ってみないか?」
「み、みさとちゃ……」
そんな呼ばれ方は初めてなのか、なんだかオタオタしてる未沙都ちゃんを放っておいて伊達は暢気に部員の勧誘に入った。
これは突然思いついた伊達の閃きだった。突然の閃きは神の意志。自らも多大に突飛な行動だとは思いつつ、成れば好都合な内容だった。うまくいけば彼らとの間に人間関係を構築出来、毎日ではなくとも放課後に会えるとなれば、本来であれば未沙都一人に費やすことになりかねない時間を彼らの監視や行動の把握に使うことができる。
そしてそんな彼の閃きは流れとして言ってみた口上の、ある一点において聞く者を揺さぶり、都合のいい展開の呼び水となる。
「あ、あの…… 用務員さん……」
真唯だった。おずおずと、低めに挙手している。
「おう、伊達でいいぞ」
「は、はい、伊達さん…… それって、わたし達も入ってもいいってことですか?」
『自分の能力を上げたいでもいい』、伊達の言葉は彼女の想う部分に触れていた。
普通の学生としての能力は高いが超能力が苦手な真唯。それが縁で充孝と出会い、救われた彼女だったが、自分の中の焦りが完全になくなったわけではなかった。真唯だけではない、超能力を教える塾なんて普通は怪しい高額のセミナー以外存在しないのだ。悩む生徒は少なくない。
伊達の誘いは、そんな生徒にとっては降って湧いたような救いの手だった。
「ああ、もちろんだ。少人数しか見てやれないし、時間もあんまり取れないだろうから、後で友達誘ってじゃなければ歓迎するよ。たまたま居合わせたって縁をうまく使うといい」
言って笑いかけてやると真唯が嬉しそうに顔を明るくするのがわかった。
「なぁ……!? そんな勝手に……」
まさかの即日な入部希望者の出現に未沙都が狼狽していた。
そんな未沙都を見て、ついつい魔が差す男が一人。
「俺もいいっすか? 遠くから部屋の電気消せるんすけど、そろそろ他のこともやってみたくて」
「いいとも、遠隔操作かなんかか? 面白いことできるな、それ結構いい能力だぞ」
「おっ、わかります?」
それほど本気で言ったわけでもないのだが、ちょっと褒められて栄作のテンションが上がった。
未沙都は展開に絶句。
「さて、君はどうするね?」
周りの駒は落とした。西家が鳴く様子もない。伊達は一気に、王手をかける。
「……よろしくお願いします」
真唯や栄作の顔をうかがい、逡巡を見せた後、充孝はそう言って頭を下げた。
『放課後超能力部(仮)』――
伊達の思いつきから始まった集まりが発足した瞬間だった。




