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玄人仕事  作者: 千場 葉
#1 『ビジネスホテル・バード』
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6.殻の割れる時

 祭壇の上にて輝く本。

 非現実の光景に目を奪われていたシュンは、一つかぶりを振った。


「出口……! 出口を探さないと……!」


 目の前の光景が異様であれ、今はかまっている暇はない。友人達が捕まり窮地に立たされている。自分を庇ってくれた用務員のことも心配だった。

 我を取り戻したシュンは体ごと辺りを見回し、脱出路を探す。


「無い……?」


 だが、二、三と周囲を見渡した彼は、無情な現実を目の当たりにする。

 この神殿には、入り口以外のものが見当たらなかった。


「そんな…… うそだろ……?」


 だだっ広い一室を壁伝いに、本が放つ光を頼りにねずみのように走り回る。

 しかし石壁には扉はおろか、手を差し込めるような継ぎ目すらも存在しない。


 用務員は、入ったとは言っていなかった。だとすれば――


「ここは、抜け道なんかじゃないのか……?」


 眩い光の中、目の前が暗くなる思いに立ち尽くす。

 皆を救うと勢い込んだ結果、これではまるで自分だけが安全な場所に逃げ込んだようで、道理に合わない、理不尽な罪悪感に見舞われた。

 もとはと言えば、見当違いの話を吹き込んだ用務員が原因ではある。とはいえ、今彼を責める気にはならない。身を挺して逃がしてくれたことは紛れもない事実であり、責めたところで何一つ前に進まないのも事実だ。


「くそっ…… どうすれば……」


 今更戻る気にはならなかった。戻って何が出来るわけでもない。友人達と仲良くグラウンドに押し込められるのが関の山だろう。

 もしかすると、一度こうして逃げたことで酷い目に合わされるかもしれない。すでに上では何かが起こっていて、誰かが失われているところを目にするかもしれない。


 シュンは中央の祭壇へとふらふらと歩み、力無く石段に腰を下ろした。

 そして腰を下ろしてうな垂れ――


 一分と経たないうちに彼は立ち上がり、背後を向いた。


「眩しいんだよっ! このっ!」


 それは少年らしい、どうにもならない気持ちからの、わがままな憤慨だった。落胆した心に無遠慮な光の刺激を与える、わけのわからないどうでもいいものに対してのやつ当たりだった。


 乱暴に振られた手が、宙に浮かぶ本へと迫り――



 ――ガラスの砕けるような音とともに、シュンの手が、本に触れた。





 百を超えた生徒達と、それを取り囲む黒いローブの者達。

 彼らの元へと、丸眼鏡をかけた白髭の老人が、中央棟の玄関より引き出されてきた。

 脇を固められた老人は集団から離れて事態を見守る男、レラオンの前へと連れられ、両手を後ろに(ひざまづ)かされた。


「遅いな、校長。もう少し早く出てきてもらいたいものだ」

「レラオン…… やはり、お前か……」


 老人は男の顔を見るや肩を落とし、眉間にシワを寄せた。


「ほう、この私を憶えているか。まだボケてはおらんようだな」

「忘れられるものか…… お前のような生徒、卒業後四年経つ今も、それまでの学内の歴史の中にも、二人といようはずがあるまい……」

「だろうな。私が二人もいる、考えただけでもゾッとする話だ」


 対するレラオンは、高い上背から目線のみを下に、校長に向けて口角を上げた。


「まだ…… 恨んでいるのか……? この学校を」

「恨む? 何をだ?」

「『闇』属性を得意としていた。それだけを理由に、最優秀生の座を与えなかったことにだ……」


 目を伏せ、哀れみを伴うような口調。レラオンはその言葉に失笑した。


「レラオン……」

「ふっ……! はっはっはっ……! いやいや、驚いた。そのようなこともあったなと、我が身を振り返ってしまった。まさに若気の至りだ、そんな小さな世界の枠を気にしていた頃を思い出したよ」


 愉快そうに、笑みを(たた)えつつレラオンが校長へと歩み寄る。


「安心したまえ校長。私は貴様も、この学校も恨んでなどいない。むしろこの学校は私に多くの学びを与えた。感謝している…… 私にとっての、良い踏み台だった」


 彼はしゃがみ、校長と視線を合わせた。


「さて校長…… 『ガラの書』はどこだ?」

「……!? ガラの書だと……?」

「古代マルウーリラの時代に書かれたという、『真魔法』が記された一冊。ここにあるのだろう?」


 校長の顔が蒼白に変わる。その表情が、ここに「ある」という事実を物語っていた。


「お、お前…… どこでそれを……」

「私を信奉する同志達が調べあげてくれた。まさかかつての古巣にあるとはな…… 悪いことは言わぬ、献上(けんじょう)したまえ」


 歯をくいしばり、嘆息を見せ、校長が言う。


「……出来ると思うか? 世界を一変させてしまう禁忌(きんき)…… 誰の手に渡せるものでもない……!」


 ニィと、レラオンが歯を見せる。


「出来る出来ないではない、出さざるを得ないのだよ」

「尋問にでもかけるか……?」

「いやいや、そのようなことをする必要は無い。貴様が口を割らずとも、ここにいる私が指示を出し、同志達が学校中を調べ回ればカタが着く話だ」


 レラオンは立ち上がり、生徒達を見渡した。


「だが…… やはり老人の口を割らせる方が楽で、愉しい」


 そして彼の目が、一人の少女を捉える。


「……!?」


 少女の目が、鋭く睨む紫色の瞳に射貫かれた。白い学生服の肩が、わずかな強張りを見せた。


「レラオン……! お前まさか……!」

「なぜわざわざと生徒達を殺さずにここに集めたと思う? 全ては貴様自らに、口を割らせるための算段に決まっているだろう?」


 レラオンの右手が、白い学生服の少女―― ユアナに向かって掲げられる。


「やめろレラオン!」

「ならばガラの書を献上しろ。神学の特待生、未来を担う生徒を見殺しにしたくなければな」


 掲げられた右手に、黒く闇の魔力が集まる。

 ユアナの周りの生徒達に動揺が走り、距離を置こうとする者、身動き取れなくなる者で生徒達の波が揺れる。


「くっ……!」

「さぁ校長、今こそ決断の時だ! 簡単な決断だろう! どの道貴様が口を割らずとも、ガラの書は我が手に落ちる! 早々に(こうべ)を垂れ、この私に屈せ!」


 空間に穴が開いたような黒色の塊が、レラオンの叫びとともに大きさを増す。

 校内の誰しもが、見たこともない絶大な闇の力に脅威を覚えた。


「わ、わかった…… ガラの書は……」


 強情を貫いたところで変わらない結果。

 言い含められるままに校長が口を開きかけた、その時――


 ――四つの巨大な火球がグラウンドへと飛びこみ、生徒を囲むローブの者達に炸裂した。


 爆炎と悲鳴が巻き起こり、グラウンドは一時騒然となる。


「な、なんだ……!?」


 砂煙に顔をしかめ、レラオンが火球の射出された方向を睨む。

 グラウンドから校舎へと続く石段の上。そこには一人の、男子生徒の姿があった。


「シュン……!」


 ユアナがその姿に立ち上がる。


「シュンだって……!?」


 その隣で、いつでも彼女の前に飛び出せるよう、密かに身構えていたリイクが声を上げた。


 シュンが石段を下り、ゆっくりとグラウンドをレラオンに向かって歩き出す。その手には一冊の古い本。彼が地下で出会った、光り輝いていた本が(たずさ)えられていた。



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