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玄人仕事  作者: 千場 葉
#4 『スクール・スーパーバイズ』
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13.弓道からのラグビー


 充孝と栄作は雨の中、校庭から門の辺りをうろうろとしていた。


「いねぇな……」

「やっぱ雨だしな…… 放課後でも大人は仕事してると思ったんだけど…… どこか室内かな?」


 やはり都合よく見かけられるという期待で探しまわっても意味はないだろう、そう思い直した二人は校舎へと戻って職員室に行き、用務員の所在を聞いてみることにした。


「えっ? ああ、伊達さんなら…… もう帰ってるはずだけど?」


 たまたま職員室の入り口辺りにいた校医、小島女史に聞いてみた。


「帰った……? もうですか?」

「もうって言い方はないんじゃない? 大人の世界でも初日はそんなものよ?」


 充孝の物言いに、小島は笑いながら答えた。

 仕方無く、充孝と栄作は職員室を出た。そのまま、校舎の玄関まで戻る。


「もう帰っちゃったそうだぜ、どうする充孝」

「……仕方無いよ、別に急がなきゃいけないわけじゃない。明日にしよう」


 充孝は名残惜しそうだったが、いない以上はどうしようもなかった。栄作はわかったと靴を履き替え、帰ろうとする。


「あれ? 梢くん?」


 玄関に一人、見覚えのある生徒がいた。


「穂坂、まだいたのか?」

「え? うん、今日わたし日直で日報書いてたから。梢くん達こそどうしたの?」

「いや…… 別に……」


 言い淀んだ充孝を割り込み、栄作が言った。


「なぁ穂坂、今朝の用務員さん知らない?」

「用務員さん?」

「栄作……!」

「いや、ちょっと探してるんだけど、もう帰っちゃったのかな?」


 栄作には特に計算があったわけではない。なんとなく、面白そうだから充孝が放心している一件に真唯も引き込んでみようと思ったというだけだ。だが、意外にも。


「用務員さんなら見たよ。確か四階に上がっていったと思うけど……」


 由良木学園の学生達のクラスが置かれている校舎は二棟、通称西棟と東棟だ。今彼らがいる西棟は一階が職員室、二階が一年生、三階が二年生に割り当てられており、東棟は三年生と特別教室のみだった。

 真唯はたまたま遅くに教室を出て、彼女のクラスがある西棟三階から、四階へと上がる用務員を見たのだという。


「四階……?」

「四階っていうと…… 理事長室じゃねぇか?」


 そこは普段、生徒達には全くと言っていいほどに馴染みの無い場所だった。


「あの用務員さん今朝も生徒会長と一緒にいたし、ひょっとして何かあるのかな?」


 真唯は立てた人差し指を顎に当て、目線を四階にやりながら言った。


「これってあれか? コネなんじゃね? うわー、大人の世界ってやつかぁ……?」


 釣られてなのか、栄作の視線も四階に行っていた。

 思いのままに発言する二人をよそに、充孝は手を額に当てて言った。


「オレ、行ってみるよ」


 その言葉に二人は「じゃあ」という受け答えで同行を決めるのだった。

 充孝のことは気にしつつ、二人の中に好奇心が出てしまったのは事実だった。


~~


 伊達は窓枠に軽くもたれかかり、腕を組んで未沙都に言った。


「じゃ、撃ってみろ」


 教室の中ほどから、普通の教室であれば「後ろ」側に当たる方を向かされた未沙都が、「えっ?」という表情で首だけを伊達に向けた。


「いや、だから念動を撃ってみろ」


 指示に対し、未沙都はわけがわからないといった様子で伊達と、その肩にとまっている妖精を交互に見た。クモは「うたないのかな?」と不思議そうに小首を傾げている。


「あ、あの……」

「どうした? まずはやってみせてくれ」

「……何を目標にしたらいいんですの?」

「目標……?」


 ややあって、伊達は思い当たって手を打った。

 念動とは『何か』を触れずに動かす力なのだ。


「おお、悪い悪い、そうだよな、超能力ってのはそうだった。クモ、標的を出してやってくれ」

「あい!」


 ぱたぱたーっとクモが未沙都の前を飛び、彼女の前三メートル程の距離で「ほいほい」っと妙な掛け声を上げて手をバタバタさせた。クモの羽の辺りから発している小さな光が集まり、薄く空中に円を描く。ほどなくクモの手の先に、光る弓道の的のような物体が作られた。


「はいどうぞ、これに思いっきりどーんって感じで!」


 目の前で行われた存在自体イリュージョンな妖精によるイリュージョン。これには流石のアホの子でも、口を開けたまま唖然とする以外になかった。

 だが、そこは流石アホの子、復帰も早かった。


「し、師匠……? 一つ聞いても……」

「ダメだ、とっととぶっ放せ」

「い、いやいや…… そうは言われても……」


 未沙都はじっと、的を見てみる。何かで釣っている様子もなければ、下からホログラムが上がるような装置も無い。なんの仕掛けもない物体が空中に浮かんでいるのは、はっきり言って超常現象だった。


「はぁ…… 妖精見た後にそんなので驚かれてもなぁ……」

「無理もありませんよ、あんなの空中に浮かんでるのなんてテレビゲームみたいじゃないですか」


 仕方無しといった体で伊達は窓際を離れ、的の前まで行ってそれを手に取った。そいつをぺらぺらと振って未沙都に風を送りながら言う。


「あんまり気にすんな、君だってこの学校の連中だって普通のやつらから見ればこれと同じだ。それだけ次元の違う指導をしてやろうっていうだけなんだから、有り難く言うとおりにしとけ」


 伊達が的をぽいっと空中に放すと、的は自動的に先ほどと同じ位置で停止した。


「触れば動く、叩けば壊れる。こんなのでも物と一緒だ。心配せずやってみろ」

「……え、ええ」


 伊達が窓際へと戻ると未沙都は左手を前に、的に集中した。

 未沙都の感覚が的を捉える。恐る恐るという感じで念動を対象に向けた未沙都だったが、捉えた感覚は間違いなく「物体」だった。


「はっ!」


 一声鋭く発すると、空中の的が力の向かう方向へと動く。的は三十センチほど後ろへ動き、ゴム仕掛けのように前後運動を繰り返して元の位置へと戻った。


「な、なぁ……!?」

「うーん、まぁそんなもんだよなぁ……」


 伊達が軽そうにいじっていた様子を見ていたせいか、未沙都はその物体の『重さ』に愕然とした。


「な、なんですのこれは……!」


 未沙都は思わず走りよってその物体を手に取ろうとし、力いっぱい握ってあまりの軽さにすっころんだ。


「すいません、こちらに用務員――」


 そしてそのタイミングで、こちらに向かっていた来客だった。


~~


 空き教室の扉を開けた充孝が目にしたものは、何か丸いものを前にしてうつぶせに倒れている女生徒だった。何をしているのかはわからないが、充孝は思ったままを言ってみた。


「トライですか?」

「ラグビーじゃあびばぜんわ!」


 五点にふさわしいポーズのまま首だけを向けて抗議する彼女は、顔からいったのか鼻血は出ていないものの涙ぼろぼろだった。


「はっ! こじゅえ!」


 充孝はつかつかと、彼女の元へと歩みより、しゃがんで手を差し出した。


「お手をどうぞ、由良木さん」


 ぼふっ―― っと未沙都の顔から湯気が上がった。


『お、新しい超能力か?』

『パイロキネシス覚醒っスかね?』


 高笑いと同レベルの昭和的表現に、一人と一匹はボケ倒しておいた。


「な、ななな何を……!」


 あわをくって体勢を戻そうと、手にしていたものを放す未沙都。

 ふよふよと、丸い物体が空中へと飛んでいく。


「……?」


 充孝はその奇妙な丸い物体を目で追い、視線を上げた先に、見つけた。


「用務員さん……」


 彼の視線の先、探していた人物が腕を組み、こちらを見ていた。


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