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玄人仕事  作者: 千場 葉
#4 『スクール・スーパーバイズ』
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11.休校日のビジョン

 東屋からスズメが飛び立ち、顔を出していた太陽が雲に隠れた。湿った風が世界の色を変え、感性の強い者の目には、緑がかった大気が見えるようになる。


「……話してみな」


 伊達は短く、先を促した。

 「未来を変えたい」、そう言われたのはこれで何度目か、もうわからなかった。


「梢 充孝」


 俯いたまま、二月はその名前を口にした。伊達にとってはもう馴染んできた名前だった。


「あの背の高いやつだな、あいつがどうした?」



「死ぬ」



 伊達も、クモも、口に出した本人も、皆が一様に動きを止めた。


「……どういうことだ? いつ……」

「次の日曜日の…… お昼くらい」


 伊達は携帯を取り出し、しまった。


「二月、今日の曜日は?」

「今日は火曜日」

「火曜日って…… じゃあ五日後じゃないっスか!」


 梢 充孝が死ぬ。それは伊達にとっても大変なことだった。どう考えても主要人物であり、主人公である男の死亡。それは彼の「仕事」におけるタイムリミットと言えた。いや、それ以前に。


「理由はなんだ? 助けられる見込みは?」

「助けて、くれるの?」

「あったりめーだろうが! 冗談で言えるか!」


 目の前で善人が死ぬことを仕事と割り切って良しと出来るほど、彼は大人でもなければ人の心を失っている人間でもなかった。

 そして、伊達は充孝が善人であるということを既に理解している。


 二月が語った未来は災難としては、起こりうる不幸だった。


 ――日曜日の午後、充孝は栄作や真唯とともに寮を出て、商店街へと遊びに向かう。

 その途中、急なカーブになっている車道のガードレールから海を眺めていた彼らの元へと、曲がりそこねた二トントラックが後輪からぶつかってくる。

 ぶつかる直前、充孝は『念動』を行使するもその重量の前では歯が立たず、彼はトラックに跳ね飛ばされ、ガードレールを越えて五メートル下の海へと落ちる。他の二人は咄嗟の充孝の念動によって衝撃が緩和されたことから重傷を負いながらも助かるが、気を失ったまま海へと落とされた充孝はそのまま絶命。死因は『溺死』だった。


「私はこのビジョンを、先週の月曜日に視た」


 映像を思い出したのだろうか、二月が少し、震えていた。


「どうやって視たんだ? あの子とは知り合いだったのか?」

「ううん、大きな体だから、学校ですれ違って見上げてしまったら、目が合った。目を合わせたら勝手に能力が……」


 伊達は理解した。この子は他人とあまり目を合わせたがらない。先ほど伊達の未来を覗こうとしたことも意図してやったことではなく、単に能力を制御しきれていないのだ。

 おそらくは秒単位での視線の合致、それが彼女の能力発動の条件であると伊達は推測した。


「それで、フタッキーちゃんはミッチーを助けようと思ってるですか?」

「おい、ちょっと空気読め」


 伊達は指二本で妖精の頭を小突いたが、正直を言えばこいつの軽さが今は有り難かった。


「助けたいの…… 一回でいいから」

「なるほどな……」


 伊達は立ち上がり、二月の頭を撫でてやった。

 伊達にとってはそれだけ言われれば、もう充分だった。『未来予知』を持つ者であれば、いや、そうでなくとも、不幸な『未来』を知ってしまった者が共通で考えることは『未来の改変』だった。

 そして彼らは、それさえも共通であるかのように、そのほとんどが自らの無力さに身悶えることになる。

 世界の在り方は様々で、未来の在り方も様々だ。

 簡単に変えられてしまう世界もあれば、変えてしまった分の対価を要求する世界もある。変化を許さない世界もあれば、特殊な能力者のみに変更が許される世界もある。

 ただ、伊達が知る限り、多くの場合未来の変化とは茨の道ばかりだった。

 この少女がどれだけの不幸を視てきたのかはわからない、ペットの死なのか、人の死なのか、死ではなく、別れや理不尽、重たい不幸なんて考えられるだけでいくらでも転がっている。だが、一度たりとも、そんな未来を変えられたことはないのだろう。

 視えるだけ、そんな能力になんの意味があるのだろうか。

 彼女の境遇を考えるに、伊達は自らの胸が締め付けられる想いだった。


 ――消してやった方がいいのかもしれない。


「ぐあっ……!」


 伊達は強烈な目眩を感じ、その場にうずくまった。


「おいちゃん……!」

「大将!」


 一人と一匹を手で制し、冷や汗を拭いながら立ち上がる。


「おいちゃん…… 何か病気なの……?」

「いや、そんなことはないよ、ちょっと腹が減りすぎかな?」


 軽い冗談で誤魔化す。ただ、クモは浮かない顔だった。


「ああ、それより二月、それで、なんで俺に絡んできた。そこだけは聞かせてくれないか?」


 二月の話から言って、あれこれと充孝を救う手段を講じてきたのはわかる。だが、ピンポイントでトイレの中にいる伊達を見つけた手段や、彼を充孝に絡ませた理由がわからなかった。


「……? 植え込み、切ってた」

「あ、ああ、いや、それじゃなく……」

「今朝じゃないっス、トイレの方っスよ?」


 二月は「おー」という顔をしてこくりとうなずくと、そちらの説明を始めた。


「私の予知は、上からいっぱい視える」


 二月の未来予知のビジョンは真上からの視点が主だった。

 横からの視点に切り替えることは難しいが、水平方向や上下の深度であれば視ている最中に切り替えることも可能、そしてその範囲はかなり広く、五十メートル四方に及ぶものだ。ただ、あまり鮮明では無いことが多いらしく、二月は一度視たビジョンを何度も脳内で再生し、人物や状況を判別しているそうだった。


「あの日のお昼、私はみっちーの未来をもう一回視た」


 ミッチーを気に入ってしまったのか、充孝はみっちーにされていた。


「何かヒントが欲しくて、日曜日までに起こることを細かく視ることにした」

「なるほどー、フタッキー努力家さんですねぇ~」

「そしたらその後すぐ、みっちーが怪我をすることがわかった」

「怪我……?」


 怪我と言われて思い当たる。それはその後に待っている、伊達も目撃した未沙都の罠だった。


「でもあれってあの子の身長からいって怪我にもならんだろ、いったい……」

「タイルの角がこう、切るみたいにみっちーの上から降って、目の辺りを切る」

「うわっ……!」


 二月はチョップで切る動作を表現していて微笑ましいが、その怪我は痛そうだった。伊達はとりあえず後で未沙都は折檻しとこうと心に決めた。


「それ、ミッチーに教えてあげればよかったんじゃ……」

「だめ、そういうのじゃ防げない。それは知ってる」

「なるほど…… それで君はどうした?」

「一つ、おかしな点に気がついた」


 おかしな点と言いながら、二月は伊達に指を差した。


「俺か……?」

「私の視たあの時のビジョンには、おいちゃんはいなかった」

「いない……? 男子トイレにか?」

「みっちーに会う三十分くらい前に、おいちゃんがこっそり男子トイレに入って行くのを見た。でもみっちーのビジョンを何度追いかけても、上から視るあの男子トイレはずっと無人、おかしいなと思った」


 伊達はたしかに、男子トイレに潜り込む直前にステルスを切っていた。そこをたまたま見られていたのだ。


「私の予知には関係しない人、そんなのは初めてだと思う。だから私はどうなるかなと思っておいちゃんを動かしてみた。ごめんなさい」

「い、いや…… 謝らなくてもいいけど……」

「でも、それだけで、なぜだかわからないけど、ほさか? とかいう先輩が動き出して未来が変わった。私はとっても興奮したです」


 両手のこぶしを握り締めて、二月がふんと唸った。

 伊達は少し考えてみる。

 ほさか、というのはあのタックルメガネであり、彼女がその行動をとったおかげで充孝の未来が変わった。しかし、伊達は直接的にはなんの要因にもなっていない。


「難しいな……」


 伊達はこれは厄介だなと、直感せざるを得なかった。


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