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玄人仕事  作者: 千場 葉
#4 『スクール・スーパーバイズ』
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9.四角い植え込み


「由良木 未沙都か、俺は伊達 良一だ。よろしくな」

「はいですわ! 伊達様だなんて素敵なお名前! イスパニアと交易でもしそうですわ!」


 一目で高そうだとわかる理事長室のガラステーブルを挟んで対面に座る未沙都は手のひらを合わせ、上機嫌で意味不明なことを言っていた。この世界の歴史はどうなってるんだろうと思いつつ、どうでもいいやと伊達は無駄に柔らかいソファーに身を沈めた。


「それで由良木、君はなんで小島…… いや、あいつなんて言ったかな……」

「梢 充孝ですわ、あと私は未沙都でいいですわ」

「うん、なんで梢を『千里眼』で見ていたんだ?」


 未沙都は脱線しながらも梢 充孝についてを伊達に語った。

 その脱線内容はかなり酷く、ここで書き記しても四百字詰め原稿用紙何十枚分のサーバー容量と読者の貴重な時間を無駄にし、そして#4第9話の計画文字数を大幅にはみ出してしまうので省略する。ちなみに省略と割愛の意味は違うらしいのだが、ここでは省略させていただく。ご了承下さい。


「はぁ、つまりは…… あいつの才能に嫉妬したと」

「そうですわ! ってしてませんともしてません余裕ですと――」


 現由良木学園理事長の娘にして生徒会長という昭和の漫画の設定みたいな少女、由良木 未沙都。彼女の存在自体はアホだが、その実力は本物だった。

 学力身体能力は言うに及ばず(優秀な方で)、まず『千里眼』。秘密能力と言いながら家族と学園の講師達も知っているこの能力は実のところ学園でも一桁の人間しか使えない希少な能力であり、普通の能力者ならば半径十メートルがやっとなところを学園全体を見渡せてしまうという彼女の力は、種は違えど二月に並ぶほどの注目されるべき、実際に注目を集めている能力だった。

 そして『念動』。一般的な生徒が一斗缶程度で「いいね!」と押される校内で、優秀とされる充孝でさえ人を吹き飛ばせる程度だというのに、彼女の能力は大型のバイクを吹き飛ばすという充孝の倍以上の強力さを誇っている。

 何より超能力者は実用レベルのものは「一人一能力」と言われる中で彼女の能力は「二つ」。類まれなる鬼才の持ち主と言っていい人物なのだ。


 そんな彼女が今恐れているのが、例の『梢 充孝』だった。


「あの男の能力の成長はおかしいのですわっ! 小さい頃から出来ていたと聞きますけど入学当初は小石をふよふよさせられた程度と言うではありませんの! ですがたった一年ですわよたった一年! それだけでヤツは人を吹き飛ばすほどにまで成長しまくりヤガリーノなんですわっ!」


 現実的な話をしよう。

 未沙都はアホだ。

 例え今後一流の大学を出ようとも、将来的に一流の仕事は出来ないだろうことは一般的なアホである伊達に口で負けるレベルであることから察することは容易い。(ただし本人は、あくまで生きるのが不器用なだけだと思っているらしい)

 彼女は理事長の娘であり、現在は生徒会長を勤めながら理事長代理を行っている。親が御座候(回転焼きとも言う)に生クリームとメープルシロップをぶっかけるが如くに激甘なのも手伝ってか、彼女の将来は既に決まっていた。卒業後、一度大学生を経て、言うまでもなく理事長代理から理事長となるのである。

 国から補助金たんまりでややこしいことは国の防衛省や防衛大臣がやってくれるような、まさにいるだけポストなこの学校の理事長は彼女にとっての天職。未来永劫食いっぱぐれ無しなコネコネ天下りな仕事だった。

 そんな彼女が恐れるもの、それはYAGARINOヤガリーノな男性固有名詞で評されながら本名は女性固有名詞な『梢 MITITACAミチターカ』の才能だった。


「私は超能力者として生まれ、ずっと訓練を受けて少しずつ『千里眼』の範囲を伸ばして『念動』の力を上げてここまでやってきたんですわっ! ですがあの男とんでもなくイケメ…… げふんげふん、そこはよろしいのですわっ! たった一年学園に通っただけで人を吹き飛ばすレベルだなんて、私と同じ歳にはどうなってるか意味不明じゃないよさ!」

「よさ……?」


 焦りだった。彼女としては『現役時代は歴代最高』という名目のまま理事長として君臨したかったのだ。そうであれば学生達からも尊敬される理事長としてやっていけるのだ。理事長になってから自分を抜くような生徒が現れれば嫉妬を覚えることもあるだろうが、それはまだいい。自分の功績としてプライドは保てるからだ。

 だが、学生時代に、自分が理事長になる前に抜かれることだけは避けたかったのだ。


「……というわけなんですわっ!」


 途方も無く長い時間が経過し、気づけば西陽が入ろうとしている理事長室。伊達は半分おねむな様子でその演説を聴いていた。っていうか何時間かは寝ていた。

 彼は端的に感想を述べる。


「ちっさ」

「ぐはっ……!」


 将来設計も今やることも「こすい」、由良木 未沙都の真骨頂だった。


「はぁ…… わかったよ、それで君は梢がこれ以上悪目立ちすることのないようにいじめようとしてたってわけだな。君の小ささはわかった。うん、小者もここまでくると立派だわ」

「がはっ……!」


 かろうじて、自分が小者っぽいことは自覚があるのか未沙都が悶絶した。

 伊達は内心「めんどくせーなー」と思いつつも真面目な話、梢 充孝は間違いなく主人公だと確認出来て気を楽に出来ていた。


「ま、まぁそれでも、もう私には梢 充孝など気にするべくもない問題ですわ」

「ほほう、で、その心は?」

「簡単ですわ! 私の才能を輝かせる、引き伸ばせる師匠に出会えたんですもの! これで私の能力は爆発うなぎのぼり! 最早誰もこの私を止められないのですわ!」


 昭和な笑いをそのままやるかやらないかで、見ていてやきもきしてしまう伊達ではあったが、はたと、今のこの状況はそれほど悪くないのではと思い当たった。

 この弟子、状況的にはかなり「使える」のだ。


「ふっ、まぁいいだろう。俺も一度言った手前だ、どこまで出来るかはわからんが指導してやることはやぶさかではない。というわけで未沙都よ、こちらとしては指導料を要求したい」

「わかりましたわ! お給料ですのね! 何百万くらいご入用ですの?」

「な、なんびゃ……!? い、いらんいらん! 俺が欲しいのは俺の仕事への協力だ!」


 さらっととんでもない桁の金額を提示され、一瞬時給労働者の心が揺らいでしまったが、伊達の本当の狙いは未沙都の権限を都合よく利用させてもらうことだった。


「ああ! 例の世界をお救いになるお仕事ですのね! お任せください、なんなりと協力いたしますわ!」


 その後、伊達は未沙都と話し合い、今回の仕事に関する彼女のバックアップ範囲を決めていった。



~~



 そして翌日、伊達は「用務員」として由良木に潜入していた。

 潜入とはいえ立派に職員である。誰に見られようと問題ない、まさに都合のいい立場だった。こうして正々堂々と、監視対象である充孝を正面に捉えていられるほどに。


「あの…… 用務員さん、オレを知ってるんですか?」


 自らとは比べようもない、背の高い二枚目が尋ねてきた。


「いえ、存じ上げません」


 伊達は丁寧にはぐらかしておいた。


「何言ってんだよ充孝、今日から来たって言ってたじゃん」

「いや…… でもなんかオレの名前を……」


 伊達がついで漏らしてしまった彼の苗字。充孝は気にしている様子だったが、結局は栄作によって丸め込まれていった。

 丁度そんなところに、ホームルーム開始五分前の予鈴が鳴り響く。


「さぁさぁ皆さん! 校舎へお戻りなさい! 先生が来られますわよ!」


 ちょっとないがしろにされていたのが不機嫌だったのか、未沙都が声を張り上げて充孝達を散らしていく。


「あ、ヤベ、予鈴かよ!」

「みち…… 梢くん! チャイム!」


 充孝は新任の用務員に妙に後ろ髪を引かれている様子で、校舎に向かう彼らの後へと続いた。


「まったく! 梢 充孝め!」

「うん、っていうか君も授業な」


 伊達は抗議の声を上げる未沙都を半ば無理矢理に授業へと向かわせた。勝手に根城にしている空き家から登校して以来、ずっと付きまとわれているのでそろそろ一人になりたかったのが本音である。

 辺りが静かになり、ふぅと一つため息をつくと、植え込みの方を向いて作業に戻ることにした。


「まぁ、一応はちゃんとやっとかないとな……」


 ちゃきちゃきと、植木鋏で器用に『四角い植え込み』を作っていく。場当たり的な上に短期ではあるが、あちこちで学んだ仕事の経験が生かされていた。


「はぁ…… こういうので食っていけたらいいよなぁ……」


 彼は楽しそうに、ちょっと鼻歌まじりで植木を刈り込んでいった。


「っと、でっかいハサミは…… と」


 大まかに切れる場所を見つけた伊達の手が、地面に並べてあったハサミを探る。


「……はい」

「おう、サンキュ」


 はたと、彼の手が止まった。

 ハサミを受け取った方向に、先ほどいきなり現れて驚かされたちっちゃな子がいた。


「……学生さん、授業始まってますよ」

「うん」


 ちっちゃな子は動こうとはしない。


「いや、うんじゃなくて…… 行かなくて構わないのですか?」

「うん」


 構わないらしい。


「って、そんなわけないでしょう」


 伊達のツッコミも通用せず、少女は植え込みを指差した。


「ムカデ」

「うわっ、ムカデだ! キモッ!」


 伊達はトングでムカデを挟むと、そのまま校舎の隅へと放り投げ――


「ぴぎゃああああああああっ!」


 ぼふん! と煙が現れたかと思うとムカデと共に金色の羽虫が地面に落ちた。


「あ、クモ」


 呟いた伊達に向かってものすごい勢いでクモが突進してきた。


「大将! 今絶対わざとやったでしょ! ひどい! 人でなし!」

「い、いや…… どうした?」

「私の顔に向かって超アングルでグロいのが迫って来ましたよ! なんスか! あのキモイ虫は!」

「あ、あれ? 知らないのか? ムカデって言ってな、えーと虫だけど昆虫じゃない、ああ! お前の仲間だ!」

「だから蜘蛛じゃねーっス!」


 ちなみに蜘蛛と百足は仲間ではありません。


「いやすまん! まさかいるとは思わなくて……」

「いましたよいましたとも! 昨日のことを報告しようとずーっとみんながはけるのを待ってですね――」


 はっしと、クモが後ろから両手で包まれた。


「あ……」

「あれ?」


 一人と一匹は時既に遅しと冷や汗をかきながらクモの捕捉者を見る。


「妖精……?」


 伊達の瞳には、ちっちゃい女の子が人形を持っているメルヒェンな光景が映っていた。


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