7.謝辞(当校は関与しません)
「はい! すいません! すいません! 格の違いを知りましたぁ~っ!」
目の前の女生徒はシャンプーのいい匂いを振りまきながらものすごい勢いで土下座していた。伊達は珍しく主人公らしい「やれやれ」という台詞を口にせざるを得なかった。
~~
「私の能力を凡人に見せてやるですわっ!」
未沙都はそう言うやいなや黒檀の机から横へと移動し、伊達に向かって左手を突き出した。
「うん? 何する気だ?」
こうなることはわかっていたし、お灸を据える意味でもこうしなければならないことはわかっていたが、正直力押しは気が進まない相手だった。
何せただの女子高生だ。しかも戦闘経験なんて毛ほどもないと見える。
力の差は歴然だった。強力な力も感じなければ、高くも無い身長に細身の体、伊達からすれば特殊な能力抜きでも全く相手にならない。
現に今も、悠長に机から横に移動する間だけで昏倒は容易だった。
「私を『千里眼』だけだなんて思わないことね! くらいなさい!」
「おおっ……!?」
チリチリと、伊達の体に彼女の力が走った。
――これは危ないな。
無論、一般人が受ければだ。
「吹き飛べ!」
何かに押され、伊達が吹き飛ぶ。伊達は部屋の隅まで『念動』に突き飛ばされ――
壁を蹴って空中で一回転して着地した。
「えっ……? あれ……?」
なんということはない、伊達からすれば自らで跳んで壁を蹴った衝撃や、ここまで来た時の階段を跳び越え続けた時の方が衝撃は大きいくらいだった。
「な、なに……? ジャッキー?」
じゃっきーってなんだ? こっちにもいるのか? という疑問がよぎったが、伊達は気にしないことにする。
「なるほど、テレキネシスか…… 一番わかりやすい力だな」
「わ、私の念動を耐えたですって……? 大型のバイクくらいなら吹き飛ばしてしまえるのに……」
普通に考えれば結構危ない力だった。
「おいおい、そんな力を軽々しく人に向けるな」
「な、なによ! 暴漢相手にはこれくらい――」
「暴漢だろうが殺しちゃダメだろ……」
「う、うるさい!」
再び、彼女から念動が発される。
「はぁっ!」
伊達は気合のみでかき消した。
「なっ……!?」
驚嘆した瞬間、伊達は既に彼女の前にいて左手で襟首を軽く握っていた。
戦慄―― 彼女はあまりの恐ろしさに開いた口が塞がらない。
「いいか? 人を殺すっていうのはやっちゃいけないことなんだ。法律がどうのじゃない、人生で毎日がすっきりしないんだ。報いは自分の心の中にだ」
何も言えない彼女を掴んだまま、伊達は右手を高く上げた。
「それでも人を殺したいなら、こういう超能力を身につけるんだな」
伊達の腕から、派手に炎が燃え盛った。
それは派手なだけ、彼女の髪を焦がすこともない幻術だが、戦意を喪失させるには充分だった。
ぽろぽろと涙が溢れてきた時点で伊達は彼女を優しく解放し、笑って離れてやった。
~~
「すいません! 格の違いを知りましたぁ~っ!」
そこからのこの土下座である。動けなくなって失禁でもされるよりはマシだが、そこはさすがアホの子。江戸時代かというレベルの綺麗な土下座だった。
「どうか、どうか平にお許しを~~!」
――ごりごりごりごり。
未沙都は額を床にこすりつけて謝っていた。
そこまでするほど怖かったのだろうかと、伊達はちょっと悪いことをした気になっていた。
「いや、まぁ…… もう謝らなくていいから。とりあえず普通に戻ってくれるか?」
ガバリと、未沙都が顔を上げた。
「こ、殺しませんの? 何か私にイタズラとかしませんの?」
「するかアホっ! どんな外道だ!」
「ひぃっ……!」
ツッコミのつもりで怒鳴ったが、未沙都はまた縮こまってしまった。
再び、「やれやれ」といった体で伊達は穏便を多めに心がけ、懐柔に入った。
「まぁいい、怖いならそれでいいから、そのままで聞いてくれ。まず、俺は君に何をしようってつもりでここに来たわけじゃない。用事のついでに説教に来ただけだ」
ぶるぶるしていたはずの未沙都の後頭部がぴたりと止まり、ちょっと顔を上げてチラリと伊達を覗いた。こいつ意外と強かだなと伊達は思った。
「とりあえずは説教だ。これにこりたらもう『覗き見』は使うな、そいつは不愉快な力だ。君自身を腐らせていく。それに今回は俺だったが、俺以外のもっと恐ろしいやつにかぎつけられたら命を取られるどころの話じゃ済まないかもしれないぞ?」
未沙都は姿勢をそのままに、はっきり顔を上げた。
「い、嫌ですわ。せっかくの私の能力――」
「じゃあ今ここでとんでもない目にあうか?」
「ぴぃっ!」
また縮こまる。伊達はわりと真剣にガンをくれてやったのでこれは仕方ない。
「……どうしても使いたいってんならそれでもいいさ。ただし、個人的に人を覗き見するんじゃなく、もっと修練を積んで、世のため人のためになる形で使え。もとが下世話な能力なんだ。バランスを取って使わないと君の未来に関わる」
「未来……?」
未沙都はちらちらと、床から伊達を覗く。
「力っていうのは正直なんだ。大きければ大きいほどにな。異常な力は特に跳ね返りが強い。世界は君のカルマを君に跳ね返す、そういう仕組みだ。今までは大したことには使ってなかったんだろうが、それでも邪なことに使ったのは確かだろう。だからこうして、今目の前に俺が出てきて怖い目にあってしまった。な? 世界ってのはよく出来てるだろう?」
「……あなたは、何者ですの……?」
未沙都は完全に土下座を離れ、顔をはっきりと向けて伊達を見つめていた。
いつもながらの面倒な質問に、伊達はどう答えたものかと迷い、額に手を当て前髪を掻きながら横を向いて言った。
「君らよりも遥かにものを知っている、ただのおっさんさ。ちょっと世界の望みを叶えにきただけの、な」
ダンッ、と。未沙都が立ち上がった。
なるべく口調が優しくなるようにと半ば精神を呆けさせて喋っていた伊達はびくっと身をすくめる。
「師匠! この由良木 未沙都! これからあなたの弟子として尽くしますわ!」
「はっ!?」
未沙都は右手のひらに左の拳をパンッとぶつけ、すがすがしい笑顔で伊達に言っていた。
「いや、君…… 何言ってんの?」
未沙都は伊達に背を向けて吼えた。
「このような偉大な超能力者に出会え、しかも世界のために戦っておられるお方だなんてまさに私の高貴なる運命! いや宿命ですわ! この理事長代理にして生徒会長、由良木 未沙都。あなたの望む世界最高の超能力者として世界にデビューしてみせますわっ!」
彼女は止まらない。昭和な笑い声を響かせたりはしなかったが、迷惑きわまりない人物には違いなかった。伊達はなんとなく、その背を向けて盛大に、明後日の方向へと高らかにものを言う姿がどこかの妖精とかぶってぶっ叩きたくもなるのだが、そこは相手は生身の人間なので我慢した。
「あー、すまん。盛り上がってるとこ悪いが俺弟子とかいらないから、とりあえず質問に――」
くるりと首を伊達の方へと向ける未沙都。
「だめですの……?」
「うぐっ……」
気の毒になるくらい悲しそうな顔をしていた。むしろ泣いていた。
「ま、まぁいいだろう、しばらくの間だけだぞ」
「えっ!?」
言った途端にぱぁっとものすごく嬉しそうな顔になった。今更ながらに伊達はこいつこんな性格なのにつり目じゃないんだな、などと思った。
「じゃあ、とにかく俺の質問に――」
「ありがとうございます! やぁりましたわ! これで私は全てにおいて最高の能力者として学園の記録に未来永劫と――」
「だから話聞けよてめぇ!」
こうして伊達は、由良木 未沙都というちょっと変わった弟子を手に入れた。




