6.生徒会長からのご挨拶
充孝達が保健室にいた頃、四階にある理事長室では生徒会長である由良木 未沙都と、侵入者である伊達 良一が向かい合っていた。
「お、お客様でしたわね…… えと、アポイントメントは……」
ちょっと挙動不審な動作ながらも未沙都は立ったまま、机の上にあった手帳をパラパラとめくる。伊達はおかまいなしに理事長室へ押し入り、適当に近場にあった木製のアームチェアを引き寄せて彼女の対面へと乱暴に座った。
「ちょ、ちょっと、あなた失礼…… って今日そんな予定ないじゃない!」
伊達の勝手な振る舞いと何も予定の入ってない手帳を見て彼女が独り声を荒げる。
「失礼ですけど、あなたどなたです? 許可の無い部外者なら――」
「黙れ」
ぴしゃりと、冷たく伊達は言い放った。
未沙都の背筋に初めて味わうような冷たい感覚が走る。
「わりぃ…… 年端もいかない女の子にする態度じゃなかったか」
思った以上に未沙都が固まる様子を見て、伊達は相好を崩した。
態度が緩んだことと、自らが気圧された屈辱からか未沙都はキッと目の前の男を睨みつけた。
「ご用件をどうぞ、警察を呼ばれる前に」
彼女なりの抵抗だった。プライドある人間として、相手に余裕を見せつけるためにも激昂など見せてやるわけにはいかなかった。
だが目の前の不審者はそんな単語は意に返さない。
「なら逆だな、そっちが捕まる気なら納得はいくがな」
「はい……? 何を言ってるのかし――」
「十三時二十八分、不正アクセス行為の禁止等に関する法律第三条において君を逮捕する」
未沙都は口をぽかんと開けたまま伊達を見ていたが、首を振って冷静さを取り戻す。
「し、私服の刑事さんだったのかしら……? 残念ですけどまったく身に覚えはありませんわ。私、パソコンは苦手ですの…… って何言わせるのかしら! 苦手じゃないわよ!」
ああ、苦手なんだな、と伊達は思ったが今は面白がっている場合じゃない。
「冗談に決まってんだろ。そんな法律こっちにあるのかも俺は知らんよ」
「……なんなのかしら、あなたは」
最初からぐだぐだだったが、目の前の女生徒が客に対する取り繕いを終い始めたことを確認し、伊達は頃合と見計らう。装う冷静さを失い、敵意や怒りを剥き出しにした時、その人間は正面からぶつけられる質問をかわすことが難しくなる。これは彼の経験から来る勘だった。
この女生徒の悪意をつついてやり、表情に出させれば覗いていた理由や考えを吐き出させることは簡単だと、彼はほくそ笑んでいた。
「俺は知ってるぜ――」
だが一つ、彼の中には誤算があった。
「あんたが『小島』を覗いていたのをな!」
自信満々で笑みを浮かべながら伊達は言っていた。さながら、名探偵もかくやという風情である。
「……こじま?」
彼女は指を頬に当てて、小首をかしげた。どことなく、ハニワっぽい空虚さがあった。
「ん……?」
とぼけているにしてはうますぎる。高校生の演技力ではない。
伊達は少し、嫌な感じがしてきた。
「え? いやいや、お前見てただろ、小島とその取り巻きのやつらを」
「いえ、あの…… どちらの小島さんかしら? 職員にならお一人いらっしゃいますけど……」
どういうことだ? と伊達が冷や汗まじりに頭を巡らせていると、ポンッと手を打って未沙都が一人で納得しだした。
「わかりましたわ! あなた小島先生の彼氏ですのね!」
「はぁ?」
「ああ、それならば納得ですわ! お綺麗な方ですしそういうこともあるのでしょう。粗暴な態度でこちらにこられたのも、彼女をストーカーから守ろうと犯人をお探しになってのことなのですね!」
「……!? ……?」
意味不明だが、彼女の中ではそういうことになったらしい。
「でもこちらにいるのは私だけなのですわ…… 私としましては…… そうですね、体育教師が詰めている事務所のパソコンが怪しいと思いますの。そちらに行ってみられては?」
未沙都はなんだか目を爛々と輝かせながら伊達を見ている。
「女性の窮地に彼氏が立ち上がるだなんて、なんとも素敵なお話なのですねぇ……! 先生も水臭いですわ、私にも一声ご相談くだされば我が家の力をお貸ししますのに」
「ちょ、ちょっと待て……」
一人で盛り上がっていく未沙都。そういう話が好きな年頃なのだろうか。
ちなみにその小島先生、今時分は栄作に呼ばれて保健室に向かっている。
「俺の言ってる小島っていうのは……」
「えっ? 恋人さんなんでしょ? わかりますわよ」
一瞬想像してみてキモかった。無論、伊達の頭の中の『小島』は『梢』である。
「アホかてめぇはっ! 俺が言ってんのはてめぇの能力の話だっ!」
椅子がふっとぶ勢いで立ち上がり、伊達は怒鳴りつけた。
伊達の剣幕と、言った内容に部屋が静まり返る。
「……何を、おっしゃっているのかしら?」
もうこうなるとぐだぐだなのは伊達の方だった。彼女はすっかり冷静さを取り戻してしまった。ここからは彼女はすっとぼけて彼をあしらい、その後はなんだかんだで力押しの解決になる。
プロとしては恥ずかしい結果オーライないつもの日常だった。
だが、これまでのやりとりで希望はあった。まだ巻き返せると伊達は踏んでいた。
「すまないなぁ、おじさん勘違いしていたよ。『小島』じゃなかったんだな。あの背の高いのは」
ようやく気づいた内容を吐露してみる。彼女の肩がぴくりと動いた。
「……何を、おっしゃっているのかしら?」
――やっぱりだ。
伊達は思った。
「なぁなぁ、あのタイルが落ちてくる仕掛けってどうやって作ったんだ? 誰にも言わないから教えてくれないか?」
「……何を、おっしゃっているのかしら?」
未沙都は表情を固まらせ、猫みたいに前足をにぎにぎしていた。
――よし、決めよう。
伊達はトドメを刺しに入った。
「でも悪巧みの独白の後に「ホーッホッホ」って笑うのはどうかと思うぜ? 昭和かよ」
「そ、そんなことしてませんわっ! 放っておいてくださいましっ!」
真っ赤になって否定したあと、未沙都ははっと、失敗したという顔で伊達を見た。
――うん、助かった。
見事にフィッシュオンされてくれた未沙都に対し、伊達は感謝した。
そう、失敗したかに見えた問い詰めも、先ほどの未沙都とのやりとりからなんとなく挽回可能なのではないかと伊達は睨んでいた。それは、
――こいつ、アホだ。
という理由からである。
だが、その理由から導き出されるものとして、そもそもが誘導などかけても無駄な相手だったということもわかっていた。むしろ、力押しが出来なければこの手の人間は相手に出来ないのが世の中の相性の難しさである。
「ふ、ふふふ…… まんまと、してやったりというところですの……?」
「まぁ、そうかな…… 君の知能に乾杯」
「完敗? 完勝しているくせにですの……?」
「ぶはっ……!」
おっさん大喜びのアホっぷりだった。歳を取るとダジャレ的なものが好きになるのはなんでだろうと伊達は思う。
「くっ、人の失態を笑うだなんて…… なんて品の無い……!」
「遠くから『覗き見』の能力を使うやつよりはマシだと思うけどな」
「『千里眼』ですわっ! ぁぅ……」
伊達は少し困っていた。
実のところ、伊達が彼女に出会って直後に粗暴な振る舞いをしたのは作戦半分、感情半分だった。彼はこういった、遠くからほくそ笑んでいるタイプの手合いが大嫌いだった。癪にさわるのだ。さっさと出てくればいいのに裏に隠れ、こそこそと誰かを利用して結果破滅するタイプが。この手の者ほど、多くの者を不幸にし、悲劇を作る。
だから彼は徹底的に叩く、時には『禁則』に触れる可能性となっても容赦はしない。『覗き見』の片鱗が届いた時点で地獄を見せにいく。
だが、目の前の彼女は――
「あぁもぅ! なんですの! 私の秘密能力が一瞬でかっぱされましたわぁっ!」
「看破な?」
愛すべきレベルのアホだった。
思えば頭上から五十センチもないところからタイルを落として何がやりたかったんだろう。しかもそれで高笑いしようとするレベルのアホだ。若干かわいそうにも思えてくる。
だが、とりあえずは叩かねばならないのは事実だろうと伊達は思っていた。
「まぁ、お灸は据えさせてもらうぜ、聞きたいこともあるし、秘密だっていうならそれについて説教されたこともないだろう」
「ふ、ふふふ不愉快ですわね…… 私の能力を凡人に見せてやるですわっ!」
相手の気性からして力押しが必要だと踏んだ伊達の読み通り、未沙都と伊達の戦いが幕を開けた。




