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玄人仕事  作者: 千場 葉
#4 『スクール・スーパーバイズ』
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3.強引スニーカー


 黒いジャンパーの男が一戸建ての空き家の中、一階の畳の上に座り込んで手帳をめくっていた。男の周りには新聞や本が数冊転がっている。

 男は手帳を閉じ、内ポケットにしまうと同じく内ポケットから携帯を取り出した。


「お……」


 携帯を開くと電波が通っていることがわかった。男は顎に手を当てて考えるようなそぶりを見せた後、携帯を操作して一人のアドレス―― 苗字無し、名前のみのアドレスを選択する。


――『恭次』


 五回ほどのコールの後、電話の向こうにその人物が現れた。


『はいはい、恭次だけど』

「よぉ、俺だ、久しぶり」


 それは彼にとって、最も付き合いの長い人物――


『そっちからって珍しいね、兄ちゃん今どこ?』


 血を分けた弟だった。


「ん~、ちょっとな、イマイチわかんねぇんだ。携帯が通じる分余計にな。恭次、今近くにパソコンかなんか、ネット出来るやつあるか?」


 恭次は唯一、彼の過去と彼の現在を知る人間であり、報いてやることの出来ない協力者でもあった。


『ああ、あるよ、パソコンでよければ。なんか調べればいいの?』


 カチカチと、電話の向こうでパソコンを操作する音が聞こえる。彼は頭の中にあった確かめなければならないことを確認してもらった。


「じゃあ恭次、『由良木学園』って学校を調べてくれ。由良の字は…… そうそう、太平洋戦争とかに行ってた軍艦の由良、木はそこらに生えてるやつだ」

『はいはい、京都の辺りの由良ね。ちょっと待ってね……』


 数秒の沈黙。恭次がネットで検索してくれているのがわかった。


『無いね、由良だけなら舞鶴の方の学校があるけど、そんな名前の学校は出てこないよ』

「なるほど…… 参考になった」


 彼にはそれで充分だった。別段初めてのことでもないのだ。また、弟にしてもそれである程度のことはわかってしまう。


『あらら、ひょっとして日本なのかな?』

「おう、流石」

『今回は何? もう目星はついてるの?』

「残念、昨日着いたばっかりだ。まだなんにもわからん。手がかり一個って感じだ」

『そっか…… 雰囲気的にはどう? 安全な感じ?』

「それもまだわからんが、とりあえずは平和なところだな」

『そいつはよかった。今回は魔物騒ぎじゃないんだね』

「俺はそっちのがいいけどな、こういう所は面倒が多い」


 その後十分ほど、兄弟は語り合った。

 母がどうした、姉がどうした、身内の取りとめも無い会話が続いた。


「んじゃ、また落ち着いたら連絡する」

『うん、連絡さえくれればいつもの場所に行くから、それで』


 通話を切り、電話をしまった。

 通話中にいつの間にやら立ち上がっていた彼は、そのままの足取りで縁側の引き戸を開けた。高くなった太陽に伸びをしていると遠く、金色がこちらに飛んできていた。


「大将ただいまっス!」

「おう、どうだった?」

「ふっふ~、大将の方はどうでした?」

「おぉっ?」


 例の学園に再び使いに出していたクモは何やら自信有り気だった。


「俺の方は…… そうだな、とりあえずここが日本であって俺の祖国でないことはわかったぞ」

「おおっ、やっぱりそうでしたか、確認はどうしたんです?」

「なんと携帯が通じた、恭次に電話したら一発だ」

「え~!? 恭次さんスか? 不肖私めお久しぶりに挨拶したかったっス!」


 心底残念そうだった。クモはひょっとして自分より恭次の方を敬ってるんじゃないだろうなと飼い主はちょっと思った。


「で、クモ、お前の方は?」

「聞いて驚くなかれですよ! すごいことがわかったっス!」

「なんだ? お前にしては珍しく、一発解決に繋がるのか?」

「……そこまではちょっと」

「……期待させんなよ」

「でも、これはすごいことっスよ! あの学校! なんとただの学校じゃないっス!」

「何……?」


 クモは一般人に視認されないことをいいことに学校の中に潜入して授業風景を見てきたらしく、由良木学園の秘密である特殊性を彼に披露した。


「……というわけで、なんと超能力学校だったわけなんです!」


 クモが右手を振り上げ、自慢げに『><』な目をして語った最後の部分まで聞いた時、彼は膝を屈して畳にうなだれていた。


「あ、あれ……? どうしたんスか? 大将……」


 彼にはそれを能天気に聞ける精神はなかった、なぜならそれは――


「それってよ、ふりだしってことじゃねぇか……」


 彼の持っていた唯一の手がかりを、紙くず同然にすることを意味していたからだった。



~~



 ジャンパーの男は妖精を伴い、学校の前へと来ていた。


『は~、それはそうですねぇ…… うかつでしたぁ~』


 クモは既に知っていたはずの事情を聞き、今更ながらにがっくりしていた。

 男の「仕事」の常道としては、まずこの場所における『主要人物』をピックアップし、それにアクセスすることが習いだった。『主要人物』は時に『主人公』であり、『主人公』は一見にして見分けがつく特徴を持っていることが常であり、それを早い段階で見つけられることは「仕事」の難易度を何分の一にまで引き下げられることに直結し、うまくいけば即日で解決できることもある。

 昨日ここに来てすぐに、彼は町中で明らかな『特殊能力』を使う少年を見た。その後少年を尾行し、住処が由良木の学生寮であることを確認したあとで、そこらの空き家に適当に転がり込んで今日に至るわけだが、そんなわかりやすい少年を来て早々に見つけられることはまれであるため、楽な仕事だと若干浮かれていたところにクモの言葉である。


「昨日の子が主人公だと思ったのに…… ここにいるやつが全員同じ特徴持ってるってか……? そりゃないだろ……」


 彼はわりと真剣にゲンナリしていた。標的は一人だったはずなのに、一気に全校生徒である。


『あ~、でも大将、こんな変てこな学校ならきっとここに何かあるのは間違いないっスよ』

「ああ、それくらいはわかってるよ…… でなきゃ来てないさ」


 クモの話だけならば、まだ最悪の可能性はあった。

 『じつはこの世界の人間全員が超能力者』という可能性だ。それならばこの学校の特殊性は当たり前になってしまうし、昨日見つけた手がかりも特に意味のないものになってしまう。

 だが、彼が一人で調べたことを照らし合わせるとその可能性はまず無いと言えた。町の人間を観察したり、拾い集めてきた本や新聞を見る限りはそれが当たり前の存在とはなっていなかったからだった。超能力は能力ではなく、「超」能力だった。


「さて、どうするかな……」


 閉じられた校門から建物を見上げる。昨日見取り図を作った時は大して大きな学校とも思えなかったが、近くに来てみるとやはり建物としては大きく感じる。四階建ての校舎が二棟、あとはグラウンド、体育館、別棟、緑の苔生こけむしたプールと規模としては高校と言うよりは田舎の小中学校という感じだが、リフォームなのかリノベーションなのか新設なのかとにかく校舎自体は近代的で、白を基調とした無機質な風貌と、敷地を取り囲む高い壁とがどこか「上場企業の工場」という印象を抱かせる。


『あんまり長居してると怪しい人みたいに思われますよ?』

「心外だが、思われんでも俺の怪しさはマックスだがな」


 言いながら、彼は門を後にし、外周の壁にそって歩きだした。

 話しかけるに遠い距離になりかけたところで帰るのかと聞こうとしたクモだったが、その時にはすでに彼は大きく跳躍していた。


『え? えぇ~!?』


 あわててぱたぱたと壁を飛び越え校舎内に入ってしまった彼の元へと跳ぶ。彼は校舎と壁の間の植え込みにしゃがんでいた。


『ちょ、ちょっと大将、いきなり大胆過ぎやしませんかねぇ~!?』

「何がだ?」


 彼はまったく悪びれることなく言った。


『い、いやね…… こんな場所なんスよ? セキュリティーとかいろいろですし、下調べも中途半端に飛び込むっていうのは……』

『セキュリティーなんて昼間の学校の囲いには普通無い。あったとしたら遅刻して忍び込んできた生徒がしょっちゅう引っかかって教員どもが仕事にならんし、この規模の建物ならどうせ穴だらけになるから金の無駄だ。あと、下調べなら今からやるから別にいい』


 口答から思念に切り替え、もっともらしいことをのたまう。


『はぁ~…… 強引っスなぁ~……』


 妖精は呆れ顔だった。


『クモ、お前は俺の行く道の先を飛べ』

『はいはい、人がいないか見てくればいいんスな? でも、何百と生徒さんがいるっスよ? 潜入ごっこは現実的じゃないような……』

『何が言いたい?』


 クモはちっこい人差し指を彼の鼻先に向けて、注意するような仕草で言った。


『大将『ステルス』使えるじゃないっスか、私めが如く人から見えなくなってうろうろした方がぜんっぜん手っ取りばやいっスよ』

『……お前あれ、光魔法だぞ?』

『光魔法なんスよね? 前に聞きました』


 彼は額に手をあて、髪をくしゃくしゃした。


『俺はお前に今、『魔力』を与えて自由に動けるようにしてやってるよな? それだけで察せよ』

『…………あっ!』


 妖精はわりとおおげさにポンと手を打った。

 彼は「はぁ……」と意識ではなく普通にため息をついた。


『この場にそんなことが出来る魔力はねぇってことだよ』

『あ~…… こりゃこりゃうかつでした~……』


 この世界には自然の中に『魔力』が存在していなかった。これは人体に宿る小さな魔力のみを使った『魔法』以外の存在の否定にも繋がっている。そんな世界では魔力を利用して顕現を行うこの妖精は、意識として彼に話しかける以上のことは出来ない存在だった。

 彼は今、自分の体内に溜め込んだ貴重な魔力を与えることによってこの存在を顕在化させている。


『まぁ、あんな便利なもんに頼ってばっかりじゃなまっちまうしな。丁度いい機会なんじゃないか?』

『……それもそうスね』


 しぶしぶ納得した妖精はあたりを見回し、校舎の一箇所を見て「おお」と声を上げた。


『大将大将! あそこほら!』


 妖精が指さす先、開かれている窓があった。


『なるほど、そこからなら中に入れそうだな』

『じゃあちょっと見てくるっス!』


 クモはぱたぱたと窓から校舎の中へと入って行った。


『さ、て…… 何をさせられますのかね、今回は』


 彼は届ける意思の無い思念を、どこへともなく投げかけた。



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