2.相席食堂
由良木学園は私立高校の枠に在りながら、行政から受けている補助金は他校とは比較にならない額となっている。県からの補助だけになく、国からも大きく出資されていることが理由だった。
もちろんそこにはありとあらゆる人間達のドス黒かったりおピンクだったりする陰謀が絡んでいるわけだが、とりあえずここの生徒にとっては有り難いお話で、今こうして彼が立っている食堂もそれはそれは無駄に広く、カフェテラスと言って差し支えない豪奢さだった。
――『2-1 梢 充孝』
ピークが過ぎ、残っている生徒もまばらな食堂。梢 充孝は自分の名札が乗った盆を確認し、アルミ製のワゴンから引っ張り出すと、それを持って四人掛けのテーブル席へと付く。満席が普通の食堂で四人掛けの席を一人で占有することは少し気分が良かったが、食事にかけられる時間は後十五分ほどということで彼は早速咀嚼を開始した。
今日の昼食はご飯、麩の味噌汁、大根ナマス、サバの磯辺揚げである。(ご飯おかわり自由)
由良木学園の食堂は調理師よりも栄養士が多いという奇妙な編成で、残念ながら味自体はそれほどでもない。言ってしまえば病院食が多少濃くなった程度のものだという認識で違いない。それは年頃の少年少女達には物足りないものだったが、彼らの身体の成長と『能力の成長』に即したメニューが個人に合わせて日々セレクトされており、結果として彼らは健康で、肥満体の生徒も皆無に近かった。
そんな有り難いメニューに対し、和食大好きのカピバラさんはもっしゃもっしゃとおいしそうに咀嚼しながらも「サバの磯辺揚げって超能力に何か関係あるのかな?」などと思いもするが、正直なところ大根ナマスが苦手なのでどうしようかという方が今は重要だった。
「うん……?」
自分のすぐ前の席に突然人が座ったことで充孝は箸を止めた。
――人形かと見間違えるような少女がそこに座っていた。
二年である充孝のブレザーのタイは赤色だが、少女のタイは緑。一見して一年だと理解できるがそれにしても幼い気がする。ふわふわとしたショートカットが猫を想像させる、やたらに背の低い少女だった。
止めていた箸を動かし、食事を再開する。
食事を持って来ていないところを見ると昼食が目的というわけではないようだが、何にせよ見覚えのない子で、自分には関係無いだろうと昼食を続けることにした。
「梢、充孝」
また、箸が止まった。
名前を呼ばれた。見覚えのない子に。
充孝は無言で顔を上げると、目の前の少女を見た。少女の視線は下に、食事の邪魔になるので盆の端へとよけられたネームプレートに注がれていた。
読んでみただけ、そうなのかと思いもしたが何か違う気もした。
いや、本当に見覚えがないのか、どこかで出会っていて、忘れているだけのような気さえしてきた。
少女はじっと、そのまま動かなかった。充孝もそのまま動けなかった。
ややあって、
「食うか?」
充孝は少女の目線の前に、スプーンと大根ナマスを置いてみた。
少女は――
スプーンを大根ナマスにつっこんで、食べた。
――もっしゃもっしゃもっしゃもっしゃ。
ちなみにこのスプーン、どうやら間違って充孝の盆に乗っていたものらしく、今日の昼食には一切使いどころがなかった。
「うまいか?」
少女は軽くコクンと頷いた。
充孝は「ちょっとおいしそうだな」と大根ナマスを見たが、味を思い出してやっぱりいいやと思い直した。
「梢、充孝」
少女が再び、充孝の名前を呼んだ。
「なんだ?」
――その時、少女が目線を上げた。
少女は充孝の目を、いや、目の奥、そのさらに奥を、充孝の目を通してその背後を見ているようだった。
彼はその少女の瞳の中に渦巻く、黒いもやに目を奪われ――
気づけば充孝は、箸を持ったまま硬直していた。
そして、目の前にいたはずの少女がいなくなっていた。
「っ……!」
ガタリと音を立てて充孝は立ち上がった。首を左右に振るが少女の姿はどこにも見えない。
夢ではない、目の前には大根ナマスの入った小皿、スプーンまである――
「……?」
大根ナマスの小皿の前、青く可愛らしい動物イラストの入ったメモ書きが一枚あった。
――あなたに空から災い来る。
一文の走り書き、彼の背中に凍りつくような何かが走った。
「おーい、充孝!」
気づけば誰もいなくなっていた食堂に栄作が入ってきた。
「まだ食ってたのか? 授業まで後五分もないぜ?」
後五分と言われ、充孝は壁の時計を確認した。どうやら予鈴すら耳に入っていなかったらしい。
「なぁ! 栄作!」
――充孝はことの次第を説明した。
奇妙な下級生が目の前に現れたこと。突然消えたこと。そして薄気味の悪いメモを残されたこと。
大根ナマスのことははしょったが、とりあえず説明しながらお昼ご飯は全部食べた。
「あー、そりゃあれだ、二月だな」
「二月?」
食器とトレーをワゴンに戻し、食堂を出た時にチャイムが鳴った。この後の授業の講師はいつも五分と遅れてくることが恒例のため、二人は焦ることなく歩いて教室へと向かう。
「お前、知らんのか? まぁお前なら知らんかもしれんが……」
「なんだ? 有名人か? たしかにちっこかったが……」
「ちっこいと有名になるのか?」と疑問に思う栄作だったがそこは言わずにおいた。
「今年入ってきたばっかりの新入生でな、俺達みたいなしょうもない能力者に比べるととんでもない能力者だよ」
この学園に通っている以上、充孝も、栄作―― 木林 栄作も当然のことながら超能力者だ。
充孝は念動力者であり、触れずに物を押すことが出来る。
栄作は遠隔操作者であり、触れずに物をいじることが出来た。
力の強さとしては充孝は人一人を体当たりで突き飛ばすくらいの力が出せ、栄作は遠くから部屋の電気を消すことが出来る。正直なところ、二人は自分の能力について「自分でやった方が早い」程度のしょうもない力だと常に思っており、ともに遠くからしょうもないことが出来る能力者だったという部分が二人が友人になったきっかけだった。
「とんでもない能力って、まさか……」
「ああ、そのまさ――」
突然に廊下の天井のパネルが一枚、ゴトリと音を立て、ズレた。
「なっ……!」
パネルは中途に秒間ぶらさがり、完全に千切れて充孝に向かって落ちてくる。充孝はとっさに手をかざし――
「梢くん! 危ない!」
背中に強い衝撃を受け、充孝はかざした腕ごと前へと吹き飛ぶ。
続けざま――
「ぎょへっ!」
と情けないカエルっぽい声が鈍器がぶつかりあう音とともに後ろから聞こえた。
「おっとと……!」
体勢を立て直し充孝が振り返ってみると、そこには同学年の少女が頭を抑えてうずくまっていた。そして、その少女の足元には割れたパネルがコンクリート片を撒き散らしている。
「だ、大丈夫か……?」
「は、はぃ…… だぃじょぅぶ……」
しゃがみこんで少女を見てみると、それはもうすっごく泣いていた。かけているメガネがずれ、レンズに涙がかかっていた。
突然現れていきなりうずくまってる人物を栄作が確認する。
「あれ? 穂坂じゃん」
その少女は充孝も知っていた。確か、穂坂 真唯。充孝の記憶が確かならば、怪しいが三組の女子だったはずだ。さらさらとした栗毛のセミロングと知的な雰囲気のメガネが良く似合う少女で、確か去年の秋頃に出会った。見た目通りの大人しい子なのだが、確かちょっとした縁がきっかけで何か会話し、以来すれ違えば確か挨拶くらいはしている。
「す、すごい音がしたな、穂坂? 保健室行くか? えっと…… 穂坂?」
「なんでわたしの名前疑問系なのぉ~」
少女はわかりやすいくらいに別の理由で泣いていた。
横で見ていた栄作は「こういうやつなんだよなぁ」と呆れ顔だ。
充孝は真唯の前に座り込むと頭を触った。
一瞬ビクッと体を震わす真唯だったが、抵抗はすぐになくなり、心地良さそうに――
「痛っ! いたぁっ!」
「ああっ! ごめんごめん!」
たんこぶを直に触られて絶叫した。
~~
充孝と栄作は穂坂を連れ、保健室のある方向へと歩き出した。
その様子を見ながらほくそ笑む人物がいる。
「ふっ…… 運のいいことね…… まぁ、ただの嫌がらせ程度だから直撃したところで大したこともないでしょうけど」
その人物は革張りの椅子に座り「階上の別室」から彼らの様子をうかがっていた。
「私に出会うまでに、存分に恐怖を与えておいてあげるわ。お仲間共々ね……」
目を閉じた瞼の裏、三人の学生が廊下を進んでいる。特定の目標の上方からなら、正面も後方も捉えることは自由自在だった。
「ふふ…… 私の『千里眼』からは逃れられないわ。あなたはこの私にひざまずくの……」
椅子を軋ませ、立ち上がる。
「梢…… 充孝……!」
目を開き『千里眼』を解除しながら、「彼女」は口の端を吊り上げた。
部屋の外、無人の廊下を風が通りぬけ、煽られた窓がぼうと音を立てていた。




