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玄人仕事  作者: 千場 葉
#4 『スクール・スーパーバイズ』
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1.由良木学園案内

 気品漂うウェーブがかった長髪を上等な絨毯に垂らしながら、ひたすらに少女が謝っていた。少女の雰囲気からして有り得ない、いや、雰囲気も何も年端もいかぬ少女が『土下座』をするということ自体がまず無いことなのだろうが、この時の土下座は人生初にして奇跡とも言える出来の会心の土下座だった。

 まさに才能、この少女は土下座の天才なのかもしれない。

 

「はい! すいません! すいません! 格の違いを知りましたぁ~っ!」


 少女の額の先には一人の男が立っている。男は片手で頭を掻きながら、そのシュールな光景を前に呆れたようにたたずんでいた。



~~



 ひょろろろん、ひょろろろん、と、奇妙な効果音を奏でながら金髪の小さな妖精が飛んでいる。妖精は日本の片田舎、中途半端に駅から離れたといった風情の住宅街をまっすぐに飛び、植物の這ったブロック塀の後ろに隠れている男の肩口に止まった。


『大将! 見てきました!』

『おう、戻ったか』


 忍び込んだ空き家の庭先、ブロック塀の向こう側をブレザーを着た学生達が歩いていく。陽光は優しく少し肌寒い、まさに春の朝の登校風景だ。


『それでクモ。何かわかったことは?』

『そうですね~、残念ながら聞いて面白いこともあんまり~』


 男と妖精は一切口を開くことなく会話を成立させていた。お互いに思念のようなものを飛ばして受信し合うことが出来るらしく、音が漏れるということはない。妖精は時折ひょこひょことブロック塀の外から見え隠れしているのだが、通りを歩く学生やサラリーマン達が騒ぎ出す様子は無く、彼女の存在は誰にも見えていないようだった。

 金色の妖精は男とやりとりし、男は手帳に書き込みをしていく。やがて、男がぱたりと手帳を閉じ、覚えたことを反芻するように思念で飛ばした。


『私立由良木(ゆらぎ)学園、部類としては高校。全寮制。通う者は一般的な人間の子供ばかり、か……』

『すんませんっス、学校ならこれまで大将と一緒にたくさん見てきたつもりだったんスけど、そのくらいしかわかりませんでした……』

『いいさ、一口に学校と言っても色々あるからな。今は見取り図だけでも手に入ったんだからよしとするさ』


 男は手帳の中に、妖精から頭の中に送られてきた風景を書き込んでいた。手書きには違いないのだが、上空から見た見取り図は実物を見ながら書いたものだけに建物の配置などは完璧だった。

 もっとも、妖精に探りに行かせていた時間は三十分にも満たないため、その建物一つ一つの中身までもは知る由もないのだが。

 男は庭の門を通ってブロック塀の裏から出ると、寮から学園へ向かっている学生達とは逆の方向へと歩き出した。方向は違えど男の服装は一般的であり、体格も平均的なためか誰からも怪しまれることはない。


『それで大将、これからどうなさるんです?』

『昨日の学生を探すさ、それ以外に出来ることもない』

『えっ? なら、学校に行った方が…… きっと昨日の子も行ってますよ?』

『その前にやることがあんだよ』


 男はすたすたと、若干の早足で通りを歩く。そしてそのまま、通りに面したコンビニエンスストアに入った。


「いらっしゃいませー!」


 登校時間も終わり、客のまばらな店内に無駄に元気な掛け声が響く。

 男は自動ドアからまっすぐにレジカウンターへ向かった。


「すいません、トイレ借ります」



~~



 ――私立由良木学園、地方の田舎に立ち、生徒数二百を割る小規模な私立高校の一つだが、この学校には他には無い珍しい特徴があった。『能力開発科』という特殊な学科のみを有している学校なのである。

 その科には学問芸術を問わず優秀な講師陣が集められており、入学してきた生徒達は彼らに支えられ、社会に大きく貢献できる人材として世に放たれることになる。

 広く全国から才ある生徒を募集するそのスタイルは地元と密着するようなものではないが、辺りの住民からは『エリート養成機関』として知られ、郷土の誇りの一つとも言われていた。

 そんな表の顔だけを信用して―― である。



 『体育館』と称されるそこには運動に適した木張りの床やバスケットゴールなどはなく、様々な大型の機械や、一見して何に使うのかわからない器具などがひしめいている。

 生徒達はいくつかのグループに分かれ、機械の傍に立つ講師や白衣の男達に向かって並んでいた。


「次!」


 タブレット端末を手にした講師が床に張られた赤いテープの位置まで先頭の生徒を誘導する。生徒は白衣を着たスタッフ達に機械めいたヘルメットを装着され、テープの位置まで歩くと三メートル先、前方の四角いミットに向けて手を伸ばした。


 ――ミットから、衝撃音が走る。


 講師は端末を見、操作をしながら生徒に言った。


「うん、なかなかいいね。今の君なら一斗缶くらいは吹き飛ばせるかもしれない。これからも頑張ろう。次!」


 生徒は機械を外しながら嬉しそうに頭を下げ、列の後方へと戻って行った。

 入れ替わりに次の生徒が赤テープのバミまで進んでいく。



 ――能力開発科には実のところ、ただ一種の才能を持った生徒以外は入学を、受験を認められていない。

 その才能とは――


「うむ、今日の『念動』の授業はここまで」


 ――いわゆる『超能力』である。



~~



 昼休み。

 二年一組の教室では食堂にて食事を済ませた生徒達が思い思いの時間を過ごしていた。

 読書をする者がいて、自習をする者もいる。談笑する者達もいれば、ここぞとばかりに居眠りを決めこむ者もいる。

 それは校外の評判からは想像し難い、この学校の特殊性からも想像し難い、ありふれた学生達の休み時間だった。


「おい、寝てんなよ、起きろよ」


 春の日差しを窓際で受けながら、机に突っ伏してここぞとばかりに居眠りを決め込んでいた学生が肩を揺すられた。


充孝みちたかくーん、そこ俺の席なんだけどー?」


 揺する強さが増し、充孝と呼ばれた学生がめんどくさそうに顔を上げた。

 彼の前には良く見知った、この一年の間に出来た友人の顔がある。


「……栄作よぅ、オレ、寝てたか?」

「いや、すっげぇ寝てたよ、寝ぼけてんなよ」


 充孝は栄作の少しとがった短髪に手のひらを乗せると、そこに体重をかけて気怠そうに立ち上がった。今年中には百九十を超えるだろうと予測される充孝が立ち上がると、二人の身長差は頭一つ分近い差となる。それは彼が寝起きの伸びをすることで更に誇張されて見えた。


「まったく…… ろくに運動もしないのになんでこんなデカくなんだよお前は」


 沈められた頭をそのままに、栄作がぼやいた。


「でかくなったっていいことなんかないよ、目立つだけだ」

「くそっ、嫌味にしか聞こえん……」


 高い身長もさることながら、充孝は「優しい雰囲気のする二枚目」だった。すらりと伸びた手足といい、細身過ぎない体系、ほどよい長さで先端分けにされた前髪もさわやかな印象を与える。放っておいても女子から人気が出そうだが、仮にここが普通の学校で運動部が存在し、彼がそこに在籍でもしていようものなら告白はひっきりなしに、といった感じだろう。

 ただ、残念なことに、


「あ、しまった…… ご飯食べ損ねた……」

「はー…… 食堂閉まるぞ、早く行って来い」


 彼は『由良木のカピバラ』と呼ばれるほどに、ぼーっとした生き物だった。



『#4』スタートです!

今回は今までとはガラリと雰囲気を変え、「学園もの」となっております。

コメディー色を強めに出して文体も軽くなっていますが、

かなりの長編ですのでお時間のある時にごゆっくりお楽しみください。


それでは、続いての方も初めての方も(#4から読まれても大丈夫です!)

どうか最後まで、宜しくお願いします!

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