11.セオリーのバイアスロン
影は黒いオーラを発しながら空中にて巨大な魔物の姿を顕在化し、そのまま二人に目掛けて飛びかかってきた。
咄嗟に飛び退こうとしたストマールに対し、ダテは弾き返さんとばかりに怪物に向けて跳躍した。
「おいダテ!」
正気を疑う行動に抗議の声を上げる間もなく、ダテは接敵し、消えた。
「……!?」
ストマールが彼を見失った次の瞬間。
「うおらぁっ!」
空中でイカリヌシの胸に張り付いたダテが声を荒げ、そのまま巴投げで後方に吹き飛ばした。
「うおっ!」
体長五メートルの巨体がストマールの上を飛び去り、雪の上を激しく転がりまわって木々の中へとつっこんでいった。
「む、無茶苦茶しやがる……!」
木々に体を受け止められる形で動きを止めたイカリヌシを見ながらストマールがぼやいた。
そんな彼の横を、風が巻き起こるほどのスピードで影が横切り、目の前に見慣れた黒い上着の背中が現れる。
ダテは両手を前に一声唸りを上げると白く輝く光の球を掌から、倒れているイカリヌシめがけて何十という数で撃ちまくった。
爆音、爆音、爆音――
舞い上がる光と雪と木片を腕で遮る。ストマールは常識を離れたあまりの事態に悪い夢でも見ているような気分だった。
「ストマールさん!」
「お、おう……!」
「一旦引きますよ!」
「あっ?」
あっけにとられるストマールをよそにダテは一目散にイカリヌシと間逆の方向へ逃げていく。
ドウ、と背後で物音が聞こえ振り返ると、雪に埋もれたイカリヌシが起き上がりこちらを睨んでいた。
ストマールかイカリヌシか、走り出したのはどちらが先だったのかというタイミングで雪上のチェイスが始まった。
「おおーい! ダテ!」
彼の体格からは信じられない、本人すら出したことのないような速さでストマールは場を脱し、ダテの背中に追いつく。
「さっきのはなんだ! あれがお前の魔法か!?」
「はい! そうです! 光属性で撃ちまくってみました!」
二人は慰霊碑の場を飛び出し、森の中へと逃げた。
豪快に木々がへし折れる音を撒き散らしながら、背後からはイカリヌシが迫る。
「ありゃなんだ! 本気でやったんじゃないのか!?」
「そこそこ本気です! これで片付けばいいなと!」
「じゃなんで生きてやがる! っていうかあのまま撃ちまくれよ!」
「いやぁ…… それが……」
走りながら、言いよどむ。
迫られている焦りからかストマールが怒鳴った。
「なんだ!」
「えっと、実は…… ちっこいのをいっぱい撃ったら相手はたいていピンピンしてて手痛い反撃に合うというセオリーがありまして……」
「じゃ撃つな!」
ストマールの咆哮と同時、追いついたイカリヌシの爪が二人の足元へと迫った。
「うおっ!」
「ぬわっ……!」
二人はほぼ一緒に前へと跳び、その攻撃をかわす。爪は先ほどまでいた足元をその場にあった岩ごとえぐりさっていた。
「……強くなってねぇか、あれ……」
「怒らせちゃったみたいですね……」
「しかも、前に与えた傷は……」
「もう治っちゃったっぽいですね……」
二人は必死に、一直線に逃げた。と、そこに――
「やばいダテ!」
「……!」
このまま走れば後数秒という地点に大きな谷が出来ていた。
向こう岸までは約十メートル、左右には木々。
「ストマールさん!」
ダテは目一杯腕を伸ばし、ストマールに手を差し出す。
わけもわからずストマールはそれを掴んだ。
谷まで六メートル、四メートル、二――
「はあぁぁああっ!!」
ダテの両足から金色の光が発し、彼は地面を力強く蹴った――
「うおおっ!」
「ぐあっ!」
激しい衝撃に手は離れ、二人は雪の上を転がりまわる。
「……!?」
慣性が終わり、顔をあげたストマールが見た光景は谷。自分達の後方に広がる谷だった。
「と、飛んだのか、俺は……」
信じられないという風にストマールが呟く。
「え、ええ…… なんとか……」
少し離れた位置で倒れていたダテが答えてくれた。
二人はふらふらと、雪の上に立ち上がる。
谷の向こうにはこちらを伺い立ち止まるイカリヌシの姿があった。
「おい、見ろよダテ」
ストマールは谷に行く手を阻まれているイカリヌシに向け、指を指した。
「え、ええ…… どうやら留まったらしいですね」
ダテは少し引き攣った顔でイカリヌシと、ストマールを見ていた。嫌な予感がする、と思った。
「は、ははっ……!」
「……!?」
ストマールが笑い出した。ダテは嫌な予感が的中した気がした。
「見ろよダテ、あいつこっちに来れないみたいだぜ! あんだけ怒ってたってのにな! お笑い種だぜ! はははっ!」
深い渓谷を前にたたずむイカリヌシ、彼はじっとこちらを見ている。
「…………!」
ダテは口をへの字に結び、その光景を見ていた。
ストマールはよほどツボに入ったのか、笑うことをやめない。
「おいおいおい、五十年も昔から蘇っておいて高い所怖いんでちゅ~ってか? 面白いやつだぜ! なんだってんだなぁ? 笑わせてくれるぜ、くくっ……!」
ストマールは棒立ちになっているイカリヌシに向かって叫ぶ。
「こっち来て見ろよヘタレ! なんならそっから飛んで死んでみろ! 手間が省けていいったらないぜ!」
「ス、ストマールさん……」
「おうダテ、こっからさっきの魔法撃ってやれ、あのアホを挑発して飛ばせてやろうぜ。あいつ頭足りなさそうだから勝手に自爆してくれんじゃねぇか?」
「い、いや…… あの……」
ダテは止めようとしたが、窮地を脱した安堵からかストマールは止まらない。
「おーい! サル野郎! あっ、クマ野郎か! 俺達はこっちだぞ! これるもんなら来てみやがれ! お前の面白いツラぶった切って剥製にしてやるぞ!」
「だ、だからストマールさん……」
「魔物かなんだか知らねぇが笑わせんな! クマどころか顔はシカじゃねぇか! シカの方がうまい分だけマシだぞ! こっち来てみろよシカのバッタもんのパクリもんが!」
「ストマールさん!!」
もはや関西弁すら入りだしたストマールの腕をダテは力強く引き、強引に自分の方を向かせる。
「な、なんだ……?」
「ま、まことに申し上げ難いのですが……」
谷の向こう、イカリヌシの体から黒いオーラが出ていた。
「なんか、問題でもあるのか……?」
「いえ、実は……」
イカリヌシはオーラに包まれ形を失い、空中を舞う霧になっていた。
その様をいち早く見たダテは谷の向こう側を指さす。ストマールの視線がそれを追った。
「ハァ……!?」
黒い霧になったイカリヌシは悠々と谷を越え、そして――
二人の目の前で顕現した。
「どわあああああっ!」
「やっぱりかー!」
脱兎の如く走りだす二人をイカリヌシが追い回す、チェイス再びの格好になった。
「なんだ! なんでだ!」
わけもわからず走り続けるストマール。
「い、いや、実は……」
「なんだ!」
「うちの国にはああいう時、挑発するとこっちにこれちゃうというセオリーがありまして……」
「俺が知るか!!」
先ほどのストマールの挑発を理解しているのかいないのか、更に怒りの色を濃くしたイカリヌシの手から、二人はひたすらに逃げ続けるのだった。




