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玄人仕事  作者: 千場 葉
#3 『コンサルティング・スノー』
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9.吹雪が呼んだフォルン

   

 一抱えある火鉢の頼りなげな暖かみの中、三人と一匹が卓を囲んでいる。ひと鳴き風がごうと窓に当たり、閉じられた木戸がカタカタと鳴った。

 それらが過ぎ去り静けさが戻り、彼は話を始めた。


「魔法を使われるなら感覚でなんとなくでも理解出来ていると思うのですが、魔法というのはやはり魔力がエネルギー源になります」

「燃料…… ですか?」

「うん、何かの力には何かが燃える。それは魔法でも変わらないんだ。魔力は人間誰しもが持っている、そして、この世界の中にもある。魔法を使う者は自分か世界か、どちらかから魔力を集め、それをエネルギーに魔法を使うんだ」

「うわ~、相変わらずプレゼン上手っス! 大将は世が世ならティーチャーかマエストロっすね!」


 ダテのレクチャーにぴょこぴょことクモが拍手した。


「うん、黙っとこうな、あと使う前に言葉の意味とか色々勉強しような」

「……冷たいっス」


 ちなみにマエストロの意味はイタリア語で「巨匠」である。あと、ティーチャーは授業はするが普通プレゼンはしない。そもそもこれはプレゼンではない。

 出来の悪い茶化し屋は無視して、先生の授業は続く。


「私にも…… 魔法は使えるんですか?」

「使える、今教えれば簡単なものならば半日で出来るものだってある。だが、それは多分形にはならない」

「……? 出来ないんですか?」

「人の体からのみで生み出される魔力はたいしたことがないんだ。未経験者がそれを使ったところで、熟練者がわずかに魔力を感じるくらいにしかならない。目には見えないんだ」


 これはダテにとって『ヒト』である以上避けられない悩みだった。世界によってはその限りではないが、普通動物の体は魔力を持つ量が少なく、知能の高い生物が文化を身につけるほどその力は小さくなる傾向にある。使用した魔力の回復量も同様だ。

 魔力を保有しているのは「世界」であり、それをいかに自在に引き寄せられるかが魔法を扱う者の力量となる。つまりは、いかに優れた魔法使いでも世界に力がなければ高等な力は使えない。

 あくまで彼の経験上、魔法とは住む世界に大きく左右される力なのだ。


「きちんと練習を重ねればじゃが、大気の中に渦巻く魔力をその手に収めることが出来る。自然の恩恵の力なんじゃよ」

「……ということは、大きな力を使おうと思えば当然、自然から力を借りることになる…… そういうことなんですね?」

「ああ、そうだ」

「……? どういうことなんスか?」

「うん、シアは頭の回転が早いが、お前はそうじゃないってことだよクモ」

「せんせい口調で責められるの心が痛いっス……」


 クモは放っておいてダテはお茶を一口、口中を湿らせた。

 続き、ただ優しく理論を語っていた口調が若干硬い真面目なものに変わる。


「しかし、これには問題がある…… 世界から魔力を集めるということはそこに魔力を「ひっぱる」ということになるんだ。葉っぱがたくさん浮いた池を想像してくれ、池のどこか一点から水を汲み続けるとどうなる?」


 ニフェルシアが少し考える素振りを見せ、答えた。


「……葉っぱが集まってくるんじゃないですか?」

「ああ、水がひっぱられるからな、もちろんひっぱったあとの揺り戻しもあるが、何度と矢継ぎ早に繰り返せば葉っぱは水を汲んでいる場所に集まってくるだろう?」

「ええ……」

「この場合、葉を「暗黒」の魔力、水を「その他の魔力」と考えてくれれば理解は早い。要はこの場所で魔法を使えば使うほどに、「悪い力」がここに溜まっていくってことなんだ」


 ダテは雰囲気で伝わるだろうと細かには言わなかったが、「暗黒」の魔力とはまさに「悪い力」、人の世にとって良くない力のことを指している。それは現象として見られるような火や風などとは違い、比較的薄く行使も難しい。だが、その力が濃く、大きく場に集まった時「魔物」が生まれ、比較的高い魔力を持つ動物などはその影響を受けて防衛の本能からか「魔物化」することもある。

 人心を乱し、魔力や理性の乏しい人間に対しては「魔が差す」という形で影響を与えることもあるため、時にまさに邪道、「世を暗黒に導く力」などと恐れられる力なのである。


「なんと…… そんなに筋道立った内容じゃったのか…… わしらは罰があたったのなんのと色々思っておったもんじゃが……」

「別の角度で見ればこの状況は、世界中で魔法がここ、コークススくらいでしか使われていなかったということになります。この世界の持つ魔力は薄い…… それだけに悪いものも一気に吸い寄せられるんですよ」

「それで…… やつが現れたんじゃな……」

「ええ、これではっきりしました。あれは「魔物」です。暗黒の魔力が集い、それが形を成した生き物です」


 ダテは彼なりの結論で話を結んだ。彼にとっても百パーセントの正解は無い。だが、今回は極めて高い確率でそうだと言えるだけの材料は揃っている。自信を持って出せる内容だった。


「魔物…… その言葉は確かに伝わっておる。過去にも例のあったことなのか……」

「ダテさん、私達はどうすれば……」


 答えはわかった。しかし、わかっただけでは意味が無い。スリリサ達は鎮痛な面持ちで自分達に突き付けられた事実を受け止めていたが、ダテは逆に、すっきりとした険の取れた表情をしていた。


「簡単なことだ、倒してしまえばいい」

「倒すって……!」

「殺してしまえば、それでええのか?」

「ええ、それでかまいません」


 脅威に対してどう処すればいいか、その答えが「戦えばいい」。

 これはダテにとって「考えなければいけない」ことに比べて単純で、有り難い解決方だった。


「魔物は魔力の塊ってだけの生き物っス! 神様みたいにこっちを祟ったりとかしないっス! ちょっと怖い動物くらいのもんっスよ!」

「ほう……」


 倒してもかまわない、その言葉は「イカリヌシ」と名づけて畏れた時代を生きたスリリサには精神的な楽を与えたようだった。


「でも、ダテさん…… あんな生き物を倒すなんて……」

「ここの人が狩りとかでずっとやってる、それを本気でやればいいだけさ。一国と戦うよりはずっと楽なことだよ?」

「随分と簡単に言うのう……」

「そりゃ言うっスよ! こう見えても大将は――」


 すぱこん! ぺちゃ!

 ダテは手の甲で一閃。クモは壁に張り付いた。

 

 面倒くさいことを言わせないための処置である。ニフェルシアが心配そうに壁を見ていた。


「それよりスリリサさん、まだ一つ、気になることがあります」

「おう……」

「ここが草原から雪国になってしまった…… その原因を聞いていません」


 五十年前の真実の末路、それだけは聞かないわけにはいかなかった。

 彼がここに来て、まだ明らかになっていない重要な情報だった。


「それか…… それは…… なんと言っていいか…… すまぬ、わしのせいじゃ……」


 スリリサはどもりながらも、うつむき搾り出すように言った。


「えっ……?」

「あなたの……?」

「例の石…… 封印に使うのもあったが、やはりやつとの戦いにも使うた…… 若い時分のわしはその戦闘に参加し、そこで判断を誤り、大きな吹雪の魔法を使うた…… それが石に直撃したんじゃ……」

「それが…… 増幅されて……」


 その光景はダテの想像に難くなかった。複雑にして大きな魔力を必要とする封印の魔法。ダテが見る限りこの地方に住む彼らの魔力もこの世界の持つ魔力もそれほどのものではない。

 そんな彼らに「イカリヌシ」のような強力な魔物を五十年も封印するほどの力を与える石なのだ。その魔法の効果は計り知れないものになっただろう。


「そうじゃ…… さっきダテ坊はこの世界の魔力が薄い言うたがもとは今よりは濃かった。それが今に至るくらいの大魔法がその場に吹き荒れたんじゃ、そこで、ベブサートの季節は狂うた……」

「季節が…… 狂った…… そこまでの魔力を……」


 ダテは難くなかったはずの想像を修正した。途方も無い大災害だ。術者であるスリリサが生き残っているのが不思議なくらいだった。


「その一発であの化け物は虫の息、おかげで誰もわしを責めなんだが、ベブサートは雪の中…… コークススは村から、ただの集落になってもうた……」

「おばあちゃん……」

「重ね重ね、ストマールやヨークやら…… 孫娘であるシアには申し訳無い…… 小さい頃から不自由しか与えてやれんかった…… すまん…… すまん……」


 言葉の最後は嗚咽交じりだった。誰にも責められない、その辛さにはダテも想うところがある。だが彼はこの話を引きずり出した自らの責任からも、結びまでを答えさせる。


「……その一件で、魔法の力というものの危険性に気づき、あなた方は使うのをやめたんですね?」

「そうじゃ…… 人の世には…… 強すぎる力は災厄しかもたらさんと、そう思ったんじゃ……」


 ダテは目を閉じた。こういった話を聞くと重ね重ね、まだ若いはずだった自分が歳をとったと意識させられる。身につまされるのだ、その一言一言に。ため息をつきたくなるほどに。


「おばあちゃん、元気出すっス。大将がなんとでもしてくれるっスから……」

「気にしないでおばあちゃん…… 生まれた時から真っ白なんだもの。不便も不自由もないの、私達にはこれが当たり前なのよ?」

「すまんのう…… シア……」


 ダテは静かに立ち上がった。


「大将?」

「スリリサさん…… 今日は有難うございました。心苦しい話をさせてしまい、申し訳ありません……」

「ダテさん……」

「ダテ坊…… なんとか、してくれるつもりか……?」


 ダテはじっとスリリサを見つめていた。長くも感じる僅かな沈黙。

 気づけばニフェルシアは、祖母を庇うように割って入っていた。


「ダテさん! お願いします! 何か出来るなら、私も手伝います! この集落を助けてください! 私達は今のままでもいいです…… ずっと心にひっかかるものを抱えてきたおばあちゃんのためにも…… おばあちゃんが大好きなこの集落をせめて平穏に……!」


 ダテはスリリサからニフェルシアに視線を移し、やがて、ふにゃっと笑った。


「しゃあねぇなぁ…… やるか」


 そこには今までの真面目な青年の顔から、急に垢抜けた、大人びた雰囲気に変わったダテがいた。


「ダテさん……?」

「おおっ! ついに大将が大将になられましたね!」


 元気よく、待ってましたと言わんばかりにクモがダテの前に飛んだ。


「おいおい、クモ、いつも俺は俺のつもり……」


 クモはダテの言葉をよそに、スリリサ達に振り返る。


「ご安心くださいみなさん! 大将が猫被りやめたときはマジ惚れるレベルでかっこいいっスから、全部任せてOKっス!」

「誰が猫被ってるって……?」

「いや~、大将の本性はダンディっスよ! きっと今も……「へっ、かわいい娘さんにこんな顔で頼まれちゃ仕方ねぇな、フヒヒ」くらいの型ゆで卵っぷりでゲス顔を決め――」


 ずばごん! どしゃ!

 床に墜ちた。グーパンだった。


「ダテ坊…… やってくれるのか……?」

「ああ…… 俺はおばあちゃんも、その孫娘も気に入ったよ。助けてもらいたいのに、助けなくても恨まない…… そんな心で俺を見てただろ? 俺、そういうのわかるんだ」

「ダテ坊……」


 豹変したように思えた、口調が若干荒くなった。

 だが、本質は何も変わらない。そう思わせるダテがそこにいた。


「ただし、口外しないってのはできない。俺はここが好きだし、ここで世話になった人もいる。だから、恩返しのためにも必要な人には今の話をさせてもらう、それでいいかな?」

「やってくれるんなら…… 何も文句は言えなかろうて……」


 スリリサは喜びを含んだ涙声で、口に手を当てて言った。


「うん…… ありがとな……」

「ダテさん! ほんとに……」


 ニフェルシアは少し潤んだ、透き通るような瞳でダテを見ていた。

 相変わらず、ダテには瞳では何も判断出来ない。それでも自らに期待をかけ、心から信用されていることは伝わり、それは悪い気分じゃなかった。


「心配するな…… やってやれない相手じゃない。見事、この集落に平穏を与えてみせるさ」

「……!」


 言ったダテの笑顔につられるように、ニフェルシアの顔にも笑みが灯る。

 ダテは笑みから視線を外し、廊下へ続く扉を開きながら言った。


「ただし、一つだけ言っとく…… 未来がどうあっても、それはここで決めることだ」


 背中ごしに冷淡に告げるそれは、彼のプロとしての気構えだった。


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