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玄人仕事  作者: 千場 葉
#3 『コンサルティング・スノー』
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8.溶けだした氷塊

 とりあえずのクモ騒ぎが収まり、仕方なしにダテが進展を試みた。


「はぁ…… これ以上のものもないと思いますのでぶっちゃけますが…… 俺は魔法や魔力を知ってて、使えます。あと、こいつが一匹で自由に飛びまわれるには世界に魔力が必要ってんでこの世界に魔力があることだけは早い段階でわかってました」


 覚悟も決意もへったくれもない、ただの白状である。


「そうかい、今まではつこうてないんかの?」

「抑えてはいますが身体強化には使っています。常態化、普段から体に染み込ませていますので完全に抜くことは出来ません」

「身体の強化とは…… そんな使い方があるんじゃのう」


 スリリサは感心した様子で言う。彼女の知識には無いものだった。


「それって…… 魔法で重いものを持ったりしている、そういうことですか?」

「大将は器用ですからね、寒さから身を守ったりもしてますよ」

「まぁ……! それでそんなに薄着なのに……」


 ここに居ついてからのダテは基本ジャンパー以上は着ていない。彼女も気にはしていた。

 彼女達の会話はさておき、ダテは話を続ける。


「こちらにお世話になってから皆さんにそういった魔法の知識が無いのはわかってきました。俺としては騒ぎにならぬように目立たない力だけでやってきたつもりです」

「そうかい…… そいつは難儀じゃったろう」

「いえ、普段から使わなくて不便に思うほどには使ってはおりませんので。騒ぎを起こすのも嫌ですから、これからもこの集落では使わないと思います」

「ふむ、そうしてくれると助かる……」

「ごあんしんを! 大将こう見えても色々気を遣う方っスから!」

「お前と違ってな……」


 ダテは金色を睨みつけるにとどめた。

 おずおずと、シアが言葉を入れる。


「でもおばあちゃん…… 私そんなお話初めて聞いたわ、魔法だなんて……」

「終わりにしようとそう決めたんじゃよ…… 五十年と前にな」


 五十年―― 時代は繋がり、事象は繋がりつつあった。


 ダテは意を決し、踏み込むことにした。


「スリリサさん…… 五十年前というと……」

「うむ…… もうわかるな?」

「えっ? なんスか?」


 クモはマジでわからないといった様子だったが、他の者には伝わっていた。


「あっ…… 草原……」

「この一帯の環境の激変…… 魔法が絡んでいるわけですね?」


 この地域一帯の名称『ベブサート』、『ブサート』の意味は『草原』である。それはこの地域が以前は草原だったことを示し、それを五十年前の記憶として語ってくれたのもスリリサだった。

 そして、今語られた魔法を禁じたという五十年前。


 スリリサは黙った。

 しかし、ダテはなおも踏み込む。


「話してみてくれませんか…… もとより、話すつもりだったのでしょう? おそらく、昨日現れた魔物の一件を解決へと導かせるために」


 スリリサはしばし目を閉じ、やがて言った。


「そうじゃな…… ダテ坊が現れたのも神様の思し召しかもしれん。やはり話してみるべきなのじゃろう……」

「お願いします」


 スリリサは語りだした。遠く、半世紀前の事実を。



~~



 いつ頃からなのかはわからない、ベブサートの平原に彼らは住んでいた。

 彼らは一帯にコークススという村を構え、農耕と狩猟で日々を繋ぐ一般的な人々だった。

 ただ、彼らは彼らだけの、特別な秘密を持っていた。

 遥か古より、誰がもたらしたのか彼らがつくりだしたのか、魔力を紡ぎ、魔法として顕現させる、この世界では他に知られていない力だ。


 彼らはこれの存在を秘匿し、ただ、コークススがそこに維持され続けることだけを目的としてその力を行使してきた。

 火を起こし、風で暴雨を防ぎ、氷で飲料を作り、雷で動物を撃ち、暮らしを豊かにしてきた。


しかし、五十年前――



~~



「一匹の怪物が現れよったんじゃ…… 丁度、お前さんが見た」

「あいつ、ですか……」

「わしらはその出現に驚き、おののいた。あえて口伝とし、村の中でしか伝えていない力、それをまさか人以外が使ってくるなどとは夢にも思っていなかったからの。そして、やつが現れるとほぼ同時期、狩場の動物達にも異変が訪れ…… 恐ろしい化け物となってわしらに襲い掛かるようになったんじゃ」


 スリリサは湯のみを固く握り締めていた。その様は当時の激変による脅威を全身で物語っているようだった。


「……それは、昨日見ました。今、まさにその状態です」

「そうじゃったか…… ならば、もう完全に限界が来てしまったんじゃな……」

「限界……?」

「わしらが施した封印じゃ。それが完全に消えようとしておる、いや、消えたのじゃろう」


 封印―― ダテはその事実に対し、導き出される事柄を聞く。


「……五十年前、スリリサさん達コークススの人々があいつを封印した、というわけですか?」

「左様じゃ…… やつが出現し、その後やつは狩場を出ぬということが分かった。最初はわしらは動物を狩り続けた報いかと思い、『イカリヌシ』と呼んで退治など考えもせんかったよ……」


 この集落の狩人達は皆が狩りに際し、動物に対しての礼を失するなと言っていた。ダテが第一にストマールに教わった心構えでもある。ダテはその考えの根幹を見たような気がした。


「しかし、狩場を失えばわしらは生活が成り立たぬ。そして、変貌を遂げた動物は村に流れこむ事態もあった。わしらは頭を捻った結果、やつを封印することにしたということじゃ」

「どういった封印です? 五十年持つとすれば術式としてかなり難しいと思うんですけど……」


 ダテの知る限り、何かを封印する術式というのはかなり複雑なものだった。一時その場の事象を改変すればいいというものではない、長く魔力をそこに留まらせ、固定しなければならないのだ。


「……コークススに伝わってきた特殊な石を用いての封印じゃ。古くから伝わるもので出所や詳しいいきさつは伝わっておらぬ。ただ、その石は僅かな魔力を何倍にも出来、そして蓄え、保持することが出来ると、村の切り札として長に託されてきていた。わしらは今がその時とその石に賭け、封印の術を行使し増幅し、やつを縛ることに成功したのじゃ」

「……その石は今どこに?」

「狩場の奥、丁度中心となる場所に置かれておる……」

「あっ…… あの石碑の場所なの……?」

「うむ、そうじゃ…… 狩人の慰霊碑、そこが封印の場となっとる」

「行ってみましょう! 大将!」


 そこはまだダテが行ったことのない場所だった。思い返せば狩りの最中、動物が逃げ込んでも狩人達が意図的に追わない場所があった。きっとあの辺りなのだろうとダテは思った。


「……スリリサさん、今その石は使えると思いますか?」

「ダテ坊、おんし、もう一度封印する気かえ?」

「場合によっては」

「……わからんの。もう一度、石に力をみなぎらせば出来ぬことも無いかもしれんが…… なんせ年月じゃ、割れて力を失ったのかもしれん」

「そんな……」

「わしとて時代としてはシアと同じくらいの頃におうた話なんじゃ…… ほんとに、なんともいえんのよ」

「じゃ、見に行くっスか! 石にとってはたった五十年っス! なんとかなると思うんスよ!」

「……うん、大事な話してるからちょっと黙っとこうな、クモ」

「おぅぅ…… 怒られたっス……」


 ダテの頭の中で、事柄の全貌が固まりつつあった。

 彼は全てを正確に把握するため、更なる情報を求める。


「スリリサさん…… では、五十年前の顛末を少し詳しくお願いします。あなたが見聞きした範囲で結構ですので、化け物のこと、そしてこの村が集落になったこと…… お聞かせください」

「そうじゃな、避けて話すわけにもいくまい。詳しく話さねばならんか」

「まず、お聞きしたい…… あの化け物が現れた原因、それはわかったんでしょうか?」

「うむ…… 推測にしか過ぎんが、わしらの魔法が原因…… 少なくとも当時からわしら集落の中でも魔法に詳しい者はそう考え、今もそう思うとる」

「……というと、魔力の溜まり、ですか?」

「おお、やはり、そうなんかの?」

「有り得ることかと」

「どういうことなんですか?」


 少し専門的な話になり、ついていけなくなったニフェルシアが言葉を挟んだ。


「え~とっスね、魔法っていうのは魔力を引き寄せて使うんス! それで溜まっちゃうんスよ、確か!」

「……?」


 彼女は困った顔で笑顔だ。


「ダテ坊、すまんがわしらは口伝で魔法を聞いてきたに過ぎん、何かしっかりとした学識があるならちょいと教えてくれるか?」


 ニフェルシアの様子を見、スリリサはダテに説明を求めた。彼女は魔法を知らないとはいえ事実を知る人間になってしまった。スリリサにしても蚊帳の外のままとはいかないのだろう。ダテはそう考え、詳しく語ることにした。


「わかりました。俺の知る限りの知識でよければお分けしましょう」


 そしてこれはダテが理解した災厄の真相であり、スリリサや当時の集落の者も知ることのなかった、彼らに対する答えになるだろうと彼は思った。


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