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玄人仕事  作者: 千場 葉
#3 『コンサルティング・スノー』
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6.降雪の後

   

 ダテが徒手空拳で怯ませ、ストマールが隙を見て斬りこみ、なんとか立ち直ったヨークが怪物の足止めに徹する。


「終わりだ……!」


 絶好の機会を狙い、ストマールが渾身の攻撃を繰り出す。怪物の足元から跳ね上げるように振り上げた剣は腹部を切り裂き、浴びせるほどの返り血を撒く。


 手傷を負った怪物がたたらを踏んで下がり、そして――


「うおっ……!?」

「くっ……!」


 咆哮一閃、その場から脱した。雪の足場をものともしない、あまりの速度に人の足は追跡を許されない。


「くそっ…… 逃げられたか……」

「た、助かった……」


 ヨークがヘナヘナと脱力する。


「……! ダテさん……!」


 洞窟の入り口から、ニフェルシアがダテに駆け寄ってきた。近くまで来て転びそうになる彼女をダテは体ごとキャッチする。


「お、っとと……」

「……怖かった……」


 支えるために抱きしめる格好になっただけなのだが、彼女はそのまますがりつき、離れてはくれなかった。


「あれ? 俺が助けた…… ってことにならないの……?」


 ヨークがうらやましそうにその光景を見つめていた。


~~


 ややあってダテは彼女を離し、ストマールに促されるままに彼女の手を引いて洞窟へと入った。

 こういう場合に備えて常備してあるのか、ストマールとヨークは手際よく洞窟内に置かれた薪を集め、慣れた手付きで焚き火を作った。明らかに湿気った薪しかないはずなのだが、熟練した狩人達の技術の前では大した問題では無いようだった。

 ダテはそのやり方に少し興味があったが、やはりそれよりは彼女のことが気になっていた。


「えっと、ニフェル…… シア、どうしてここに?」


 彼女の恐怖をほぐせればと、スリリサお勧めの呼び方で聞いてみる。


「えっ、あの……」

「この辺りは普段でも危険だ。女が入っていい場所でもないぞ」


 だが、ダテの気遣いも虚しく、銀髪の威圧感たっぷりの狩人が彼女を問い詰めていた。返り血で紫色になっているその人は焚き火の灯りに橙にも染まり、ちょっとどころじゃなく怖い。少し固まったニフェルシアだったが、それほどの逡巡は見せず、素直に事の次第を語ってくれた。


「すみません…… おばあちゃんの薬が必要で……」

「ばあさんの薬……?」

「おばあちゃんがいつも飲んでるお薬があるんですが、つい先日、売ってしまったんです…… どうしても必要だとおっしゃる方が現れたんで…… 私は止めたんですけど……」

「ばあさんも筋金入りのお人よしだからな……」


 やれやれと、ストマールは頭を掻いていた。名物バァさんの名物たる所以ゆえんである。厳しいようで、なんだかんだと人情に厚い。皆が描くような田舎のおばあちゃんのイメージそのままの人なのだ。


「ここに自生している草で作れる薬なので近々、狩人の皆さんと一緒に採りに行こうと思ってたんですが……」

「ああ、なるほど…… 他の連中はもう休みか次の仕事に入ってる。狩りの時期はもう終わった、そう思ったわけか?」

「それで、困っていたところにヨークさんが……」


 呼ばれたわけではないが、ヨークが片手を挙げた。


「……だいたいわかった」


 ヨークの様子に少し呆れたようなそぶりを見せ、ストマールは鉄棒で焚き火を調整した。


「すみません……」

「いや、責めてるわけじゃない…… ああ見えてあいつもベテランだ。こんな場所まで踏み入るのはどうかと思うが、あいつと一緒に来て大事になることもないだろう。あんたの判断は悪くない」


 それはダテも認識しているところではあった。彼はなんだかんだで仕事に抜け目が無い。あまり狩りに詳しくはないニフェルシアも、常に参加しているヨークの評判くらいは知っていたのだ。


「ヨークさんもいいとこあるなぁ……」

「いや、あいつは根がスケベなだけだ。いいとこなんかなんにもねぇよ」

「そ、それは言いすぎ……」

「うるせぇ! いつもと違うことするときはなんであれ連絡入れろっていつも言ってんだろアホ!」

「……へい、おっしゃる通りで……」


 ヨークは下を向いてうなだれた。いつもの狩りの光景にダテはくすりと笑った。


「それでシア…… その、薬っていうのは採れた?」

「あ、はい…… 丁度ここで…… 珍しいものですのでこんなに奥地になっちゃいましたけど」


 彼女は腰に下げている小さな袋から、薄い緑色をした何枚かの葉を見せてくれた。それは葉にしては堅く太っており、トゲは生えていないがアロエによく似ていた。


「そっか、ならよかった…… とりあえず、温まったら帰りましょう、ストマールさん」


 ダテは洞窟の外に目をやっていた。見ると吹雪が止みにかかっている。


「……そうだな、そうしよう。奴との決着をしたいところだがこれ以上は俺も体力が持たん」

「びっくりするよ~…… ストマールもダテもどんだけなんスか~…… あんなバケモンと真正面からまともにやりあうなんて~……」

「アホ、まともにやりあうなんざ狩人の名折れだ」


 言ってストマールは、水を入れた片手鍋を焚き火にかけた。


 四人は暖を取り、体力を取り戻した後で帰路についた。



~~



 その夜――


「おじゃまするよ」


 遅い夕食を終え、ダテとストマールが寛いでいたところにスリリサが訪ねてきた。

 手には何やら包みを持っている。


「ばあさん、どうした?」

「いやね、うちの孫が世話になったみたいでさ」


 言いながら、居間に上がりこんでくる。


「孫…… あ? ばあさん一人か?」

「うん? たまには一人でも出歩くさね」

「こんな夜にか?」


 ストマールが怪訝な顔をしていた。ダテは思い返してみるが、確かにスリリサがニフェルシアを伴わずに外出している所を見た記憶は無かった。


「おう、ダテ坊、まだ起きとったかね?」

「ん? ああ…… もう少ししたら寝るつもりでしたが」

「そうかいそうかい、あんたもストマールと一緒で元気なもんじゃ」


 スリリサはダテの近くに腰を降ろす。


「今日は二人とも、ありがとね……」


 そう言って、二人の真ん中辺りに向かって深く頭を下げた。


「いえ、別に、偶然みたいなもので……」

「気にせんでいいぞ、あんたの孫も今日はたまたま運が悪かったり良かったりしただけだ」


 ダテ達はその大げさにも思える行為に恐縮してしまったが、スリリサは気にする様子も無く、持って来ていた包みを開いた。中からは竹筒と菓子らしき食べ物が現れる。


「ばあさんなんにもしてやれんが、お茶煎れて来てやったでお上がり」

「あ、いただきます」

「おう、そいつはいただこうか」


 二人は現金にも杯を持ちより、暖かく旨いお茶をご馳走になることにした。


~~


 しばしの間、お茶を楽しむ。

 スリリサが一緒に持ってきた茶菓子は月餅のようなもので、ほのかに香る果物のような甘みがお茶によく合っていた。


「そんでじゃ、ダテ坊」

「ん…… はい?」


 スリリサは持参の湯飲みをすすり、一息ついて言った。


「おんしいつんなったらシアと逢引してくれるんじゃ?」

「ぶほっ……!」

「くはっ……!」


 丁度お茶を飲んでいたダテが激しくむせ、ストマールが失笑した。


「ス、スリリサさん……」


 ダテは困った顔で口周りを拭きながら、非難の目でスリリサを見る。


「かっか、冗談じゃ、まだ出おうてちょっとしか日も経っておらん。わしにも常識はあるわい」

「ま、まったく……」


 老婆は快活に笑いながら、自らの常識を披露する。

 意外にも、というわけではないが、スリリサの考え方は奥ゆかしいらしい。


「ん~、そいつは冗談にするには惜しいな。お前も家庭が出来ればここに住み着く気になんだろ?」

「ストマールさんまで……」


 自分を気に入ってくれるのは嬉しいが、その物言いはちょっと嫌だった。

 なんとなく「あいつは子供もマイホームもあるから転勤押し付けても断らんだろ!」的な考え方を連想させる。


「ほうほう、話には聞いておったが、この短い間で随分と買っておるんじゃなストマール」

「本人前にして言うことでもねぇが、まぁな…… 素性もなんにも知れない男だが、悪く無い野郎さ」

「……すいません、ストマールさん」


 ダテは改まったように頭を下げていた。

 出会ってすぐから今日までを世話になっているというのに、聞かれないことをいいことに自らのことは名前以外ほとんど語っていない。

 それは素直に謝る他無い引け目だった。


「いい、いい、言いたくないことは言わんでもな。はっきり言ってお前みたいに服装も人種も見たことが無くて、予想もつかん男ってのは初めてだが…… ここにはワケありみたいな人間だっているにはいる。俺が見る限りお前はそん中でも上等な部類だ、気にすることじゃない」

「ストマールはいろんな人を見てきとる。人を見る目には長けてるさ」

「ありがとうございます……」


 狩り場にて、剣を携え雪上を走るストマールの姿が思い出される。ひょっとするとそのワケありとは、彼自身のことではないのだろうか。

 そんな考えが頭をよぎったが、ダテは何も言わずにおいた。


「しかし…… 気にはなるの。ダテ坊は自分から何か素性を言う気にはならんのかえ?」

「おいおい、ばあさん…… 今俺はいいって言ったが……」

「ほっほ、すまんすまん…… ついつい聞きたくなるのは女のサガじゃて。なんとなく、ダテ坊が言いたくなさそうなのはわしもわかるでの。じゃが、お互い腹を割って過去を話し合い、信頼を深めるというのもアリと言えばじゃろ?」


 ストマールはため息をつき、茶を一口飲んで言った。


「……それも間違っちゃいないけどな。俺達や、他の狩人連中みたいに、今の相手が気に入ってるから過去や裏っかわなんざどうでもいいって付き合い方もあるのさ。それこそ、男の付き合い方ってやつかもしれんがな」

「ほう…… 間逆の考えじゃが、どちらも間違いではないか」

「それもわかんねぇな、場合と相手によるとしか言い様がないんじゃねぇか?」


 ダテは聞いていて少し申し訳ない気持ちになる。

 彼としては、人との付き合い方というものをそこまで真剣に考えているつもりは無かった。


「すいません…… 俺のことはなんというか、説明が難しくて…… まぁ、お天道様に恥ずかしい生き方はしてきていないつもりですが」

「あん? なんだそりゃ? お前太陽でも崇めてるのか?」

「ああ、いやいや…… あれ? 俺何言いました?」

「太陽に恥ずかしいような生き方はしてないとか言っとったが?」


 ダテは確かにと、「お天道様」が「太陽」を指していることに思い至った。それほど意識せずに使った言い回しだったが、しっかり「直訳」されてしまったらしい。


「……日の光に照らされても恥じるところは無い、というつもりです」

「なるほど…… 後ろ暗い生き方はしてねぇ、そう思ってかまわんってこったな?」

「ええ……」


 本当の意味は違うがとりあえず誤魔化しは効いた。実のところ、本人もよく理解せずに使っていて誤魔化す以外になかっただけなのだが。


「たしかにのぅ…… チラっと聞いたがダテ坊は結構ええ歳なんじゃろ? でもまだ子供みたいな目ぇしとる」

「そうですか?」

「おうおう、大人ンなってくると誰でも、大なり小なり目が曇ってきよる。欲や疑いが溜まって濁ってくるんじゃ…… 見たくないもんを見いひんようにな……」

「俺はまだまだ子供ってことなんですかね……」


 作り話の世界では、「目の色が」だの「嘘を言っている目」だのと、まるで人間の目を見れば全てがわかるかのような表現が多いが、ダテにとっては疑わしい内容だった。「目の形が」ならば理解も出来るが、「瞳」のことを言っているならわかったためしが無い。

 だが、自らがまだまだ子供だと言われることには、思うところもあった。


「おいおい、真剣にとるなよ…… 目が曇ってくるのは目の病気だ。動物なら老化すりゃそうなる」


 ストマールは狩人らしい茶化しを入れるが、スリリサはじっと、ダテの瞳を見つめていた。

 スリリサは慈愛に満ちた、子供を見ているかのような「目の形」をしていた。


「目が明るいのはモノを知らん子供なんか、嫌なモンをたくさん見てきても、まだ新しいもんをまっすぐ見ようという心が残っとるのかのどっちかじゃ…… ダテ坊はどっちなんかのう……」

「う~ん……」


 言われたダテは、困ったように微笑を浮かべる他無かった。

 スリリサはそんなダテに背を向け、竹筒の水筒を布で包みだした。竹筒を布にしまうと、緩慢な動作で立ち上がる。


「さ、て…… ダテ坊、悪いが明日、ばあさんの家に遊びに来てくれ」

「えっ?」


 唐突な呼び出しにダテは面食らった。

 スリリサは背中越しにストマールに顔を向けた。


「うん……? まぁ、いいか…… 明日は休みにしよう」

「いいんですか?」


 ストマールは目を閉じ、腕を組んで言った。


「ああ…… あんなことがあったしな、とりあえず、明日の狩りは中止だ。今日のヤロウを仕留めるにも準備や対策ってもんが欲しい……」


 最もな答えだった。追い詰めたとはいえ、脅威は残ったままだ。

 幸い怪我を負う事もなく今日の戦いは終わったが、無策で場当たり的にもう一度戦うことは避けたい相手だった。


「そうですか…… じゃあスリリサさん、明日、お伺いします」

「おう、手ぶらでええでお昼にでもおいで」


 そう言い残してスリリサは帰っていった。


「さて、今日はさすがに堪えたな、俺達もそろそろ寝るとするか……」

「そうですね…… そうしましょう」

「ダテ……」

「はい?」


 就寝の準備に立ち上がったダテを、ストマールは呼んだ。

 ストマールはダテの目を見据え、腕を組んだまま告げた。


「さっきも言った通り、お前の素性は聞かん…… 今日お前が見せた戦いの技術もな…… ただ少し、もう少しだけでもいい、集落のために、お前の力を貸してくれ」

「ストマールさん……」


 言うとストマールは横になり、寝具をひっ掴んで眠りに入った。


「言われなくても…… です」


 ダテは背を向けて転がる大きな背中と、自分に向けてそう返した。



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