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玄人仕事  作者: 千場 葉
#10 『プロフ・ワークス』
364/375

44.一矢


 突如(とつじょ)現れた鍛冶の神。その大きな腕が、黒く崩れた鉄板を差し上げ地面へと放り捨てた。


「我が最高傑作の一つである盾が、こうも容易(たやす)く鉄クズになるとはな……」

「あんた…… どうして……?」


 予想外の援助と、今ここにあるその姿に良一は目を疑う。

 情報の提供は頼んだ、しかし、それ以上を頼んだ憶えはない。昨夜までの鍛冶の神の態度からも、手を差し伸べるような雰囲気は見受けられなかった。

 困惑する良一に、鍛冶の神が首を向ける。


「さぁな」

「……え?」

「これが『曖昧さ』、というやつなのかもしれん」


 その顔は笑っていた。力強く、楽しげだった。


「良一、今のステラの状態は…… わかるな?」

「ああ…… 暴走、しちまってるんだろ?」

「暴走と言えば語弊(ごへい)があるがな…… 強制的な自己修復に(おちい)っているというべきか。まぁ、変わらん」


 今起こっている状況。それは昨夜、鍛冶の神に聞かされた最悪の状況そのものだった。もし(あらかじ)め聞かされていなければ、良一はすでに戸惑いのうちにわけもわからないまま、倒れていたかもしれない。


「やつは今、戦闘形態になっている。ああなっている時のやつは、目標を排除しきるまで一切の中断を受け付けない。どんな言葉を投げかけようと、全て戦闘に関する情報としてしか整理されない、意味はわかるか?」

「……話しかけるだけ、無駄」

「そうだ。今の標的は自らの器を揺らし、思考に異常をきたした因子―― つまり(なんじ)であり、汝を排除するに繋がること以外、今のやつが考えることはない。邪魔になるものも全て排除の対象だ、もちろん、我もな」


 全身から白煙を上げながら空に留まり、静止している甲胄。大技を放ったあとの反動なのか、新たに現れた標的を探っているのか、その真意は定かではない。しかし静かに留まり続けているその様は、呼吸さえも感じさせないその様は、まさに機械そのものだった。

 目標排除のためのみに動く、銀色の戦闘兵器。今のステラの姿は、鍛冶の神の言葉をやるせないほどに雄弁に語っていた。


「……何か手は無いのか? おれに、できることは……?」

「汝が生き延びる手段か? 違うな?」


 良一はうなずく。鍛冶の神は鼻で笑い、ステラに顎を向けた。


「倒すしかない。戦って…… そうだな、一度あの体を消滅させることができれば、正気に戻ろう」

「倒す……?」

「できぬとは言わせんぞ。汝にはその手段を()()()はずだ」


 叢雲(ムラクモ)――

 到底倒すことができなかったはずの鍛冶の神を、住み家もろともに吹き飛ばした神の剣。


「できるのか……?」

「可能だ。あれに、あてることができればな」


 それはひどく、絶望的なことに思えた。

 途方も無い出力、途方も無い範囲―― 叢雲の力を一度解き放った良一は、その力を(なか)ばであれ理解出来ている。

 しかし、いくら何でも相手が悪い。空に小さく見える程度の今のこの距離でさえ、油断ならない機動力の相手。力を放ったとして、一瞬にして背後を取られては意味が無い。

 それ以前に、前は奇跡的にうまくいった『宣誓』。あの儀式を行う暇が与えられるのかどうか――


「やつが動くぞ、良一」

「……!」


 甲胄の六本腕が、チカチカと輝く。


「くそっ……! また撃ちまくる気か!」


 新たに鍛冶の神の姿を確認した上で、まだそのパターンを有利と見たのか、遠距離からの射撃が始まる――

 身構える良一に対し、鍛冶の神は悠然(ゆうぜん)とした動作で左足と、両手を前に伸ばした。

 

「任せろ」


 瞬間的な輝きとともに、鍛冶の神の手には『弓矢』が現れ、引き絞られていた。

 屈強さを感じさせる大きな右手には、美しく輝く青い矢羽根が光を散らす。


「ふっ!」


 鋭く吐かれた息と共に矢が放たれる。青白い光の帯を描き、矢は真っ直ぐに甲胄へと突き進んでいく。

 そして同時、六本の腕より魔弾の群れが飛び交った――


「っ……!?」


 空一面に炸裂する青白い光の花火。その爆風に、良一は腕を前にする。


「……外したか、そうは当たらぬな」


 魔弾の群れを爆散させながら、貫くように飛んでいった花火は空の彼方へ消え、外れた位置に甲胄の銀色が反射する。

 遠く構える甲胄に向け、鍛冶の神は再びと矢を絞った。


「ふっ! ふっ……!」

 

 二、三、凄まじい速さで矢を射る鍛冶の神。距離を構わず的確に標的へと飛ぶ光の帯に、甲胄が身を(ひるがえ)し、光輪を強く輝かせた。

 光輪をジェット噴射のように(たぎ)らせる甲胄が、一息に距離を詰めてくる――


「来るか…… 良一……!」

「……っ!」


 鍛冶の神の巨大な手のひらが、無理矢理良一の手に何かを握らせた。


「これは……?」

「使え、念じれば矢となる。気休め程度にはなろう」


 手には四枚の羽。鍛冶の神が撃っていた矢に見た、青い羽らしきものがあった。

 接近する甲胄、(つち)を呼び出す鍛冶の神に合わせ、良一は羽を制服のポケットにねじ込む。


()くぞ!」


 良一たちが立つ地へと直進する甲胄の到達に合わせ、鍛冶の神は右へ、良一は左へ跳ぶ。そして地面から跳ね返るように、両者合わせ、着地したばかりの甲胄めがけて左右から挟み込む。

 槌と徒手空拳による何もかもを破壊し尽くしてしまいそうな挟撃が、銀色の甲冑を中心に荒れ狂った。暴力の竜巻の中、甲胄は狂ったようにぐるぐると回る――


 良一は、驚愕した。


 (さば)ききっていた。良一だけになく、良一を上回る実力の鍛冶の神の攻撃をも合わせ、甲胄は全ての攻撃を捌ききっていた――


「っ……!?」

「ぬぅっ……!?」


 良一の両腕を甲胄の左三本の手が掴み、後ろに高く上げた足が鍛冶の神の槌を跳ね飛ばした。


「ぐっ!? がは……!」


 二本の手で良一の両腕を固定した甲胄が、残る一本でひたすらに殴りつけ、顔面へと手のひらをかざす。


「あ…… あ……!」


 銀の手のひらに、良一の顔面を照らす強大な光が渦巻き――


「やらせん……!」


 瞬間に、両手に金色に輝く短刀を握り締めた鍛冶の神が、甲胄に斬りかかった。避けに転じた甲胄は良一を突き離し、伏せ、跳ね、踊るような華麗さで二本の短刀をかわしていく。


 ――くそ……! 全く追いつけねぇ……!


 地面に転がった良一は、起き上がろうとしながらも気力を削がれる。

 槌から短刀に切り替えた鍛冶の神の動きは、以前に見た動きとはかけ離れていた。もし前の戦いであの武器を使われていれば、あっという間に大怪我を負わされ、勝ち目はゼロだったのかもしれない。むしろ自身がいかに手加減を受けていたのかすら、今の動きからは思い知らされる。

 しかし―― それでも、届いてはいないのだ。鈍重な見た目にして、雷光のような速さで短刀を振る鍛冶の神の斬撃を(もっ)てしても、今の甲胄(ステラ)にはかすらせることさえできていないのだ。


 ――おれでは…… なにもできないのか……


 実力差の自覚に(さいな)まれ、やっとの思いで起き上がる良一へと―― 甲胄の視線が動く。


「良一……!」


 動きを察知した鍛冶の神が警鐘を上げるも、甲胄はすでに跳びかかっていた。


 ――なにも……


 甲胄が良一へと、銀色の腕を広げて宙より迫る――


「ぬあああああああぁぁあっ!」


 良一はポケットに手を差し入れると、引き抜いたそれを全力で投擲(とうてき)した。

 無力な自分を脱する、突き破る―― そんな想いとともに握ったそれは、一瞬にして青い羽から矢へと変化し、甲胄の腹へと突き立った。


 明滅した光が甲胄を押し、光の帯が銀の体を宙へと突き上げ―― 空に、大閃光が巻き起こる。


「はぁ…… はっ……」


 空を見上げながら、良一は脱力して片膝を落とす。甲胄を巻き込んだ青白い爆発が、いくつも空に踊っていた。


「……起きられるか?」

「あ、ああ……」


 差し出された鍛冶の神の手を取り、足に力を入れる。窮地(きゅうち)の脱出に気抜けした体が、気力が体力を支えていたことを思い知らせた。


「よく当てたな…… 見事だ」

「……たまたまだ。すげぇ武器だな…… あれがなかったら終わってた」

「稀少な素材を使った自信作だからな。戦乙女の矢(ヴァルキリー・アロー)の直撃は、神であろうと耐えきれぬ」


 鍛冶の神の黒い瞳が、空を映す。


()の神であれば、な」


 暗い空の一点には白い煙を(まと)う、銀の甲胄が立っていた――


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