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玄人仕事  作者: 千場 葉
#10 『プロフ・ワークス』
354/375

34.Die Leute würfeln


 鍛冶の神は(やしろ)への階段を上る。槌を肩に()げ、仮の実体にて二本の足で段差を味わっていく。 

 それは鍛冶の神をして、思考のまとまらない奇妙な感覚だった。


 人の子との決着は過ぎた。

 元より圧倒的な力の差である。ヒトとしては規格外の力を持っていようとも、魔力で動く生物と、神気(しんき)で構成された神族とでは比較の対象にはならない。

 大事なのは勝敗ではなく、求めるものに対しそれ相応の力を見極めること。

 それは鍛冶の神としての約束ごとであり、また個としての酔狂でもあった。


 そして結果として、今度の人の子は認められなかった。

 単なる武具のやりとりではない、神を語れというのだ。そこに以前よりも高い難度を課すのは、当然のことと言えただろう。

 だが、鍛冶の神はこうも思う。

 相手がステラのことゆえに、その難度には過分に私情が入っているのだとも。


 ――これでよかったのだろう。


 荒々しくも研ぎ澄まされていた邪気を失った、いずこからの迷い子。

 この人の子が、何を思ってステラの内情を探ろうと動いていたのかはわからない。

 しかし邪気を失い、失ってからの行動であるということは、そこに(あだ)なすような動機はないのだろう。邪気を失えたのは―― ステラと共にあった日々の影響、そうであることも察しはつく。


 例えるなら、親を想う子のような行動。

 そうであろうとも、挑まれた神として、約束ごとを(たが)えるわけにはいかない。


 ――いや、そうであればこそ……


 答えるわけにはいかないのだ。

 子に想われる親には、それ以上の子への想いがあるのだから。


 二本の足が、階段を上る。()()()()、二本の足が階段を上る。

 中に何もない、(から)の社を目指して階段を上る。


 『なぜ』と自らに問う行為を、神は行わない。


 ゆえにその不協和の正体に、鍛冶の神は気づけなかった。

 役目を終えた仮の実体をまだ保ち、階段を上るという無駄な行動を続ける自身。その行動の裏に――



「くたばりやがれぇぇええぇっ!」



 後ろ髪を引かれる、そんな想い。


(あきら)めの悪い……」

 

 そんな想いが隠れていたことを知り、鍛冶の神はニィと笑った――





 良一の叫びとともに彼の手から放たれたのは、暗く燃え盛る龍の(あぎと)だった。

 一息で社の半分を呑み込みそうな巨大な龍。

 この局面、打開を担う一撃。選ばれたその魔法は、奇しくもかつての因縁の相手に見せられたものだった。


 緩慢(かんまん)な動作で振り返り、鍛冶の神は左手一本で防ぎにかかる。


 ――よし、行け!


 そこに良一は、全力を持って龍の勢いを後押しする。


「……!」


 鍛冶の神の足元がぐらりと揺れ、咄嗟(とっさ)に踏ん張りに動く。槌は捨てられ、両腕で龍を受け止める体勢に変わった。


 ――狙い通り……!


 避けるのではなく、正面から受け止める。読み通りに動いた鍛冶の神、その読み通りの性格に、良一はほくそ笑みたい気持ちを(こら)える。

 大きく(あご)を開き、一呑みにしようとする龍と、それを真正面から押し返そうとする鍛冶の神の力が、洞窟を震わせて拮抗する。

 試す側と試される側、その動くはずのない力の構図が――


「うううぅらあああああっっ!」


 今有らん限りの力を乗せた良一の全霊に、揺らぎ始める。

 じりじりと、徐々(じょじょ)にと、押し合いの中に後退する鍛冶の神。

 そして拮抗は、咆吼を上げた龍の前進により、決する。


 獰猛(どうもう)な黒い稲光は、大きく顎を開け、獲物を押し切り――


 獲物もろとも衝突した社から大小の瓦礫を噴き上げて、その動きを―― 止めた。


「……!?」


 龍の前面に燃え立つ、赤いオーラの光。

 完全に静止したせめぎ合いに、あの重い声が響く。


「なかなかに、良い。だが――」


 力を尽くした暗き龍は――


「まだ、足りぬ」


 両の顎から引き裂かれるように、二つに分かれて霧散した。

 あとには無情なまでに、数秒の過去さえなかったかのようにその場に立つ、神の体躯。


 そして――


「……ぬ?」


 宙に消えていった龍からこぼれ落ちる、白く輝く無数の球体。


 白い球体は輝きを増し―― 突如強烈な閃光を放つ。


「ぬうぅっ!?」


 局所的な光の奔流に、鍛冶の神が包まれた。


「坊ちゃん! 今です!」

「ああ……!」





  ――その一連の行動は、全てが賭けの連続だった。




 

「二人で、なんとかしましょう?」

「ふた…… り……?」


 敗北を認めつつあった良一を引き戻したクモ。

 その存在はこれまでの良一の中には無かった、新たな概念を口にした。


 共に戦う。


 ただ一人だけ強力で、それゆえに孤高―― 孤独であった良一にとって、それは盲点だった。

 その盲点への気づきが、このクモという存在が()は何であったのか、今更な思考へと導く。


「でも…… あいつはお前の……」

「お気になさらず。相手が誰であろうと私の所有者は坊ちゃんっスよ!」


 あるいは、良一の(せかい)はそれを否定したかったのかもしれない。

 意志をもった存在(クモ)をかつての自分に重ね、そうは見たくないがゆえに、盲点を作っていたのかもしれない。


 だが事実、クモこそはこの状況に可能性を生み出せる―― 至上の『道具』だったのだ。


「いいっスか坊ちゃん。チャンスは一瞬です。ほんの数秒間、神様に隙を作る手段を考えてください!」


 良一は考え、実行に移した。

 鍛冶の神を誘いに乗せ、虚を生み出せる手管。


 神が誘いに乗るかも賭けであれば、誘いに秘めた仕込みも賭け。


 しかし良一は、全力で、そして迅速に―― (さい)を振った。




「くっ……! 目眩ましとは……!」


 かくして、その賭けは成果を産んだ。

 暗き龍の中に隠した大量の「光の球」。その輝きは覿面(てきめん)に効果を見せた。

 神の体は傷つかない、急所を持たない。だが良一は、ステラとの生活で気づいていた。

 彼女は草原や青空を楽しげに見つめ、青空の眩しさに目を細める。そしていつも良一を、あの穏やかな笑顔とともに見つめるのだ。


 仮初めの神の体―― しかしその目は、人と同じく機能している。


 目を覆った鍛冶の神の姿を見つつ、良一は両の足を肩幅に開き、呼吸を整える。


「さぁ坊ちゃん! 私めが力を引き出す、高らかな宣誓を!」

「……ぬ」

「坊ちゃん!」


 目前の鍛冶の神が打った、神の武器である叢雲(ムラクモ)

 人の手を超えたその剣の真の力を発揮するには、所有者と武器による新たな契約と、契約により取り決められたカギとなる言葉の宣誓が必要だった。

 契約はすでに済ませてある。あとは宣誓するのみ――


「……マジでやるのか?」

「はい! マジもマジ! 本気(マジ)でやってくれないとやる気が出ねーっス!」

「や、やる気……?」


 宣誓するのみ―― であるのだが、ここにきて良一は及び腰だった。


「なにやってんスか坊ちゃん! 早く! さすがにこればっかりはバレたら見逃してはくれねーっスよ!」

「しかしな……」

「ステラ様のためっしょ!」

「くっ……」


 その名前を出されては覚悟を決めるよりなかった。

 良一は歯を食いしばり、握り締めた右手を腰に溜める。


「どうにもならんかったら後で覚えとけよてめぇ、部屋に吊して電球みたいにしてやるからな……!」

「早くっ!」


 かくして良一は、右手を開きつつ、突き上げるように空へと伸ばした。

 そして――



 ――「『ヘヴゥゥゥンズッ! クラァーッドッ!』」



 その宣誓の言葉を、裂帛(れっぱく)の気合いとともに叫ぶ。


 両足は肩幅、右手は天へ、一世代前のヒーローのようなポーズ。

 腹から吐き出した声は、なぜか意図せずエコーがかかる――


 ――これで…… いいのか……?


 『儀式』の成立、確認するように、良一は盗み見るように横にいるクモへと瞳を動かす。



『ダテ=リョウイチノ宣誓ヲ感知―― 承認』



「……?」


 瞳から光の失われたクモが―― 良一が声をかける間もなく消失する。

 その後、わずか数秒と待たず――


「……!?」


 洞窟の天井を光に白く染め上げ、空から突き破るように巨大な金色の光の柱が降り注いだ。

 多くの異世界を目の当たりにした良一をして、心を奪われるような美しさ。その光が生み出す光景は、まさに神秘だった。

 降り注ぐ光に魅入る良一に向かい、光の中、一際に強く輝く一本の白い剣が降りる。


 その剣こそは――



「貴様ァ! 叢雲を解放したかっ!」


 片目を手で覆った、鍛冶の神の怒声が飛ぶ。


「作り手に対しその刃を向けるとは! もはや容赦はならぬ!」


 瞬時にして盛大に赤いオーラを噴き上げた鍛冶の神は、その手に新たな槌を生んだ。


「消滅せい!」


 その行動には憤怒の声の通り一切のためらいはなく、炎を纏った槌が回転とともに、良一に襲いかかった。

 以前と同じ技にして、しかし今度は触れれば瞬時に消滅しかねないほどの熱量と化した槌が、良一に迫る。


 良一は静かにその剣を手に取り――


 一刀、真正面から炎の輪へと振り下ろす。


「……!?」


 炎の輪は槌ごと真っ二つになり、良一の左右の壁へと弾け飛んだ。


「馬鹿な……! まだ与えて数日だぞ……!」


 明らかな狼狽を見せる鍛冶の神。そこには、まさに目に見えた勝機が生まれていた。

 高揚するような場面。だが良一は、自分でもわからないほどに冷静だった。


 剣を握った瞬間から感じた、絶対的な感覚。

 クモに―― そしてその力の元となっているというステラに、背中を支えられているような安心感。

 その安心感が、冷静に活路だけを見せていた。


「クモ…… 決めるぜ」


 良一は剣を後方に構えると―― 活路を見据(みす)えた最後の()、『第二の宣誓』に動く。



「『ヘヴゥゥゥンズッ! スラッシャアァアアアーッ!』」



 咆吼とともに走り、跳び上がり、良一は空中から剣を袈裟斬(けさぎ)りに振り下ろす。


「いかん!」


 その場の全ては、光の波の中に消えていった――


 

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