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玄人仕事  作者: 千場 葉
#10 『プロフ・ワークス』
353/375

33.Gott würfelt nicht


 横()ぎに振られる(つち)と、大振りされた良一の拳がかち合う――

 槌と拳。力を試し合うように互いのエモノを狙って放たれた一撃は、赤と紫の閃光を(ともな)って大気を震わせた。

 互いぶつけあったエモノを前に、低いうなり声をあげて相手を押し合う。人智を超えた力の衝突に、体格の差はさしたる意味をなさなかった。体より解放される力は相手を探らんと緩急(かんきゅう)をつけ合い、拮抗(きっこう)を見せる。

 先に動きを見せたのは、良一。


「らぁっ!」「っ!」


 力を(ゆる)め、押される力を利用し、身を沈ませながら放った回し蹴りが鍛冶の神を狙う。巨体に見合わない速度で飛びすさる鍛冶の神―― そこに良一の魔力弾が連射された。

 十発、二十発。炸裂音と共に紫の爆煙が上がり、あっという間にその姿が包まれていく。


「くらえっ!」


 駄目押しとばかりに良一は、煙の中へと一回り大きな魔力弾を放つも―― その光弾は、煙をすり抜ける。


「……っ!」


 咄嗟(とっさ)()()へと魔力を流し、良一は前方へと高く跳んだ。同時、良一の立っていた場所へと真上から鍛冶の神が降った。

 落とされる槌の一撃に弾け飛ぶ岩盤。逃れ、空中にて身を(ひるがえ)した良一は―― ニヤリと笑って、宙を下から()()()ように右手を上げる。


 寸前に地面へと送りこんだ魔力(ワナ)が起動し、鍛冶の神を中心に紫色の大爆発を引き起こした。

 巻き起こる煙と砂埃を見やりつつ、良一は宙を降りる。


「……だろうな。そんなに簡単じゃねぇか」


 ずしり、ずしりと、爆発に(えぐ)られた地中から、煙ごしにシルエットが現れる。片手に槌を(たずさ)え、煙を割って現れたその巨体からはダメージはうかがえなかった。

 良一は好戦的な笑みはそのままに、眼光鋭く身構える。


『ぼ、坊ちゃん…… どうなんスか……? か、勝てそうなんスかね?』

「さぁな」

『さぁな? さぁなって…… えぇっ!?』


 そんな短いやりとりに呼応するかのように、鍛冶の神は良一と同じような笑みを作り、手招きをする。

 誘いの通り、良一は地を蹴って飛び込む。互いの接敵から、激しい乱打の応酬が始まった。

 

 その鈍重な見た目を裏切るように乱れ飛ぶ槌。かいくぐり、違い過ぎる身長差をものともせずに打撃を見舞う良一。詰められる間合いを、槌の柄や蹴りで弾き返す鍛冶の神。

 リズムも呼吸も不確かな、幾重(いくえ)にも交じり合う攻防の中――


 ――届かねぇか……!


 良一は、『神』という存在の高みに歯噛みした。


「っ……! くぅおっ……!?」


 ほんのわずかな体勢の歪み。前のめりに重心が傾いた瞬間に、槌は良一を打ち上げていた。

 胸部を目がけた一撃を咄嗟に両腕でかばうも、小さな良一の体は撃たれた砲弾のように空中を吹き飛んでいく。

 あわや背中から岩壁に激突―― する寸前に、魔力にて制動をかけたその体は宙に留まる。


 良一を吹き飛ばした鍛冶の神は、フルスイングの体勢のままに―― その身を()()()()させた。


「……!?」


 回転する巨体から手放された槌が、猛スピードで壁際の良一に迫る。

 槌は超高速が過ぎる縦回転に燃え上がり、炎の車輪と化す。


「ちぃぃっ……!」


 それを良一は、急加速して左へとかわす。炎の車輪は止まることなく岩壁を突き破り、轟音とともに洞窟に新たな道を作っていった。


「くそっ、無茶苦茶だな……!」


 かわしきれず、右腕に燃え移った炎を振り払いながら、良一は悪態を吐く。

 きわどいところだった。弾き返すことやガードはおろか、あと少しでも回避の判断が遅れていれば、回転の生み出す空気に呑み込まれていただろう。


「良い気概だ童子(わらし)よ。だが、まだこの程度では何一つと与えてやれんな」

「わぁってるよ…… 黙ってろ」


 数十メートルと離れた位置にして、それでもはっきりと届く重い声。良一は右腕に緑色の魔力を()わせ、焼けた皮膚を()やす。


『ちょっと坊ちゃん…… ひょっとして今結構にヤバいんじゃ……』


 戦い始め早々に手傷を負った良一の様子に、体の内側からクモがささやくも――


「舌噛むぜ」『わわっ!』


 良一はかまうことなく、仁王立ちする巨体へと中空を突っ切っていく。

 迎え撃つ鍛冶の神は、再びその腕に槌を生み出した。



 二合、三合、四合――

 槌と拳。炎と光弾。赤と紫の力が飛び交い、ぶつかり合う。


 鍛冶の神が良一を押しやれば、良一の鋭い攻撃が鍛冶の神を突く。良一が鍛冶の神を打ち据えれば、鍛冶の神が良一を振り払う。高揚に笑みを浮かべ殴り合う巨神と悪鬼の戦いは、遠目に見れば一進一退のものに見えた。


 だが――


「ちっ、てめぇに急所とかはねぇのかよ!」

「無いな。戦いに適した形をしているだけだ」


 神と人。その差ははっきりと現れ始めていた。

 人の体の臓器が、心肺が、脳機能が、()()()()()()()()()()()過集中に疲弊(ひへい)していく。対し生物ではない(それ)は、その身全てが一つの道具。複雑な生命維持の機構を必要としない、言動を体現するためだけの物体に過ぎない。

 疲れも痛みも知ることのないその体は、他の生物を遙かに超越(ちょうえつ)した武器だった。


「ふんっ!」「っ……!」


 良一の頭を狙い、真横に振り抜かれる槌。それを屈んでくぐり、そのまま反撃へと飛び込む良一を―― 巨体の突撃がはじき飛ばす。

 胸元に肩を当てられ、息が詰まった良一をめがけ、容赦の無い槌の振り抜きが襲いかかった。


「がああっ……!?」


 強烈な槌の一撃に、数分前の再現のように大きく吹き飛んでいく良一。

 

(しま)いだ」


 またもや良一をかち上げたフルスイングの体勢―― から、鍛冶の神は凄まじい速度で地を駈け、相手を壁面へと沈めんがために追撃へと空を飛ぶ。

 スピードを殺しきれず、背中から岩壁へと突っ込もうとする良一。槌を振り上げ、宙を滑る鍛冶の神。


 鍛冶の神の眼前―― 良一の眼光が、ギラリと強まる。


「……ぬっ!?」


 慣性のままに叩き付けられた良一の体に弾け飛ぶ岩壁。瓦礫と砂埃が舞い散ると同時、前に突きだした良一の両手から三本の「円錐(えんすい)」が発射された。握り拳程度の大きさの紫に輝く「円錐」は、鍛冶の神の胴と胸に突き刺さり、風穴を開けた――


「へっ……! なめんなっ!」


 壁面にめり込んだままに吼える良一、その両手から巨大な紫色のレーザーが放たれた。直撃を喰った鍛冶の神の体が、良一と対角線上の壁面へと真っ直ぐに吹き飛んでいく。

 地響きと轟音。レーザーが洞窟を突き破り、鍛冶の神を遠ざけていく。それと共に、壁へと張り付いていた良一の体が地に落ちた。


「はぁっ…… はぁっ……! くっそ……!」


 地にへばりつきそうな体を、なんとか両腕で押し上げる良一に、クモの声が響く。


『や、やったんスか? やったんスか……!?』


 息も絶え絶えに、面倒くさそうに良一は答える。


()るつもりでやったが…… 生き物じゃねぇからな……」


 両膝をつき、片足ずつ(かかと)で地面を踏みしめ、両腕はだらりと、良一は立ち上がる。

 今しがた鍛冶の神を吹き飛ばした、巨大な魔力のレーザー。それよりも遙かに大きな魔力量で高圧縮した三本の「円錐」は、たしかにその巨体を貫いた。

 しかし、そこに意味がないことはわかっている。

 自在に生み出せるらしき槌と同じく、その体は神の力によって創られているだけのものなのだ。



『まだ…… だな』



「……!?」


 どこからともなく、あの重い声が洞窟を震わせ全身を打った。


『まだ足りん。この程度ではまだ、何も教えてはやれんな』


 洞窟の中心部―― 石畳の上に炎の渦が舞い上がる。その中心から、肩に槌を()げた鍛冶の神が姿を見せた。


「ちっ……!」


 良一は忌々(いまいま)しげに舌打ちする。予想通り、その身には傷一つついてはいなかった。


「童子よ、ひとつ聞きたい」

「……?」


 提げていた槌を片手で石畳につき、鍛冶の神が目を合わせる。


「わずかに見ぬうちに、何があった? 人はそれほどに短命ではなかろう。その身は童子のままだ、(われ)が長く眠り過ぎたわけではあるまい」


 表情のない問いかけに、良一は怪訝(けげん)な顔で返す。


「……何が言いたい、わかりやすく言え」


 「ふむ」と腕を組んだ鍛冶の神は、しばしの思考を見せる。そして――


「なぜそこまで()()()()()。そこに疑問があるのだ」

「……!?」『へっ?』


 ――弱くなった。


 告げられたその一言に、良一は、


「遊んでいるわけでもあるまい。それで全力だというのなら、汝は確実に弱くなった」


 自らの敗戦を予感せずにはいられなかった――


『よ、弱く……? え? なんか…… 体調悪いっスか……?』


 良一の中にいるクモからは、彼の表情はうかがえない。だが、伝わるものがあった。答えを返せない口先、そして微妙な体のこわばり。

 そこに垣間(かいま)みる感覚が、良一の動揺を知らせていた。


「弱く…… だと? 体に穴開けられといて何言ってやがる……」


 強がり、それもクモには伝わる。

 遠く差し向かう鍛冶の神にも、それは見通されていた。


「……童子よ、あの激しくも研ぎ澄まされた()()()()()はどこへいったのだ?」

「……っ!?」

「今のその身からは、(きわ)立った暗黒の魔力以外を感じない。それも、ただ得意であるからと前面に押し出しているだけにしか思えん。その暗黒の力すらも…… (かげ)りが見えていると汝で自覚しつつあるのではないか?」


 良一の返答は、歯噛みと忌々しげに漏れる嘆息だけだった。


「ふむ……」


 小さなうなずき。良一へと視線を向けていた鍛冶の神は、槌を拾い上げると、彼に背を向ける。


「なるほどな…… 理解がいった。では、ここまでだ」

「なに……?」

「汝には、すでに叢雲(ムラクモ)をくれてやった。それ以上を求めるのであれば、それ以上の力を示してもらわねばならん。それに…… 今求められているものは、刀一本程度の話ではないからな」


 言い置いて、鍛冶の神は祭壇へと歩き出す。その足取りは淡々としていて、興が冷めたかのようだった。

 実力は看破した、すでに勝敗は決した。そうとでも言いたげな、人の形をとった神の背中。

 良一は疲労を振り払い、喪失しかけた戦意を揺り起こし、その背に追いすがろうと足を踏み出す。


「っ…… 待ちやが――」



「殺すぞ」



 目の前全ての色が一瞬にして反転した、そう錯覚する。振り返った鍛冶の神の目に、良一は呼吸を失っていた。

 静かで重く、心臓や肺―― 存在そのものを握られたかのような、明白な殺意。


「それでいい」


 気づけば良一は、片(ひざ)を落としていた。


「あの力…… 失えたのであれば、二度と追いかけぬことだ。それを喜びと知れ」


 鍛冶の神は、再び歩き出す。


「その方が、()()も喜ぶことだろう」


 その背が、遠ざかっていく。


 やつ―― それがステラを差していることは、良一には言われずともわかる。

 なぜなら彼女こそが、良一を弱くしたその(ひと)だから。


 赤黒い力は、与えられた悪意と、絶望と、復讐心が生んだ、暗く燃えたぎる怒りの象徴。 


 この世界で彼女と過ごし、献身的な想いに解きほぐされてきた良一には、もうその力を呼び起こすことはできなくなっていた。 


「くっ…… っ……!」


 今必要であるというのに、出せない。彼女のために必要であるというのに、彼女のおかげで、もう失われている。


 ――なんでだ…… なんでおれは、また大事な場面で()()じゃない……


 復讐心に歪んでいた良一ならば、今ステラのために戦えた。

 復讐心に歪んでいない良一ならば、あの時()()のために剣を止められた。

 今と過去、二人の良一の無念が同調し―― 無力感が身を(さいな)む。


 遠く、社への階段を上っていく神。

 良一は自らのまぶたに肩に、以前と同じ重さを感じ始め――



「そっちに行っちゃダメっス!」



「……!?」


 目を見開く。

 顔を上げた良一の前には、体から抜け出たクモの姿があった。


「お前……」

「今の坊ちゃんはフッカツしかかってるんっしょ!? ちゃんとしたあの子との記憶を取り戻して、再び立ち上がれそうになってるんっしょ!?」


 目の前で叫ぶクモの表情は、必死さと真剣さに満ちたものだった。


「だったら…… 後退(あとずさ)りはナシっス! 今は前進あるのみっス!」


 出会ってまだ十日程度。なのにその発破(はっぱ)をかける様子は、まるで自分のことのように本気で、家族や親友に祈るかのように誠実で――



 ――『そっちにいっちゃダメだ!』



 再び重く閉ざされそうになる良一の心を留めるに、充分なものだった。


「だが…… やりようがない。今のおれじゃ、あいつを認めさせるような力は……」

「それは、やってみないとわかんねぇっスよ」

「……?」


 そして、圧倒的な力の前、万策尽きたはずのこの窮地(きゅうち)


()()()、なんとかしましょう?」


 新たな(さい)が、良一の手に滑り込んだ。



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