32.供物
放たれた光弾が社へと炸裂し、家屋右半分の屋根が吹き飛ぶ。
「ぎゃー!」
けたたましい轟音の中、そのあまりの「やっちゃった」感にクモも叫びを響かせた。
「うわああぁっ! あんた最初っから、最初っからこのつもりで……!」
首を振り向かせた良一は、答える代わりにニィと笑ってみせる。
「何考えてんスか! だから相手神様っスよ!」
まっすぐ、堂々。そうでありながら自らの考えは伏せ続ける。それはやるべきことをすでに実行に移している人間の姿勢であり、この少年の覚悟の態度であった。今更クモが気づいたとしても、もう遅い。
良一は自らがやるべき行動―― すでに決めていた行動を続行する。
「わー! だからぁっ!」
良一の右手から無数の光弾が放たれ続ける。無遠慮にでたらめに飛び交う魔力に、岩壁が吹き飛び、並び直した巨像が倒壊し、石畳が爆ぜる。
そして良一は、一際大きな魔力塊を構えると―― 容赦なく社の中央へとそれを放った。
佇む社へとつっこんでいく魔力塊、大惨事を予想させるその光景の中――
社から放たれた赤い光球が、良一の魔力塊を打ち消した。
「……!」
「わわっ!?」
爆発して火花のように四散する赤と紫の魔力。巻き起こった爆風を両腕で凌ぐ良一。
前方の社から再び赤い光球が生まれ、前後左右の洞窟内の壁面からも、無数の赤い光球が浮かび上がる。それはさながらに、侵入者を阻むセキュリティシステムのようだった。
「あ、ああああ……」
あたふたと周囲を見回し恐れおののくクモに、良一の手が伸びる。
「へ?」
「中に入ってろ」
むんずと掴まれたクモは光の粒を残し、返事をする間もなく強制的に彼の体へと消えた。良一は同化のやり方を知っていたわけではない、「これでいい」という確信のみがあり、事実彼の思う通りになった。
無数に浮かぶ、炎のように赤い光球。重い機械の駆動音にも似た、一室に満たされた低い力の嘶き。良一は眼光鋭く笑みをたたえ、静かに球たちを見やる。
合図は、彼が差し上げた右腕の指先一つ。赤い光球の一つを見据え、「来い」とでも言いたげに動いた、指先の動作一つによってもたらされた――
一斉に動き出した何十という赤い光球たちが、良一をめがけて飛ぶ。
『坊ちゃん!』
「へっ……!」
直線、曲線―― 飛び交い、襲い来る光球。神の怒りともとれるその突進の数々を、良一はかわしていく。
多面的にして超高速。ヒトの視覚では捉えきれない、ヒトの反応では防ぐこともままならない火の玉の渦の中を、良一の体は精密機械のように踊る。わずか数センチ、わずか数ミリ。ご丁寧に、最小限の動きだけで光球たちの攻撃を回避する。
「そこだ」
無数の光球。そのうちの一つの動きに合わせ、良一が急速な回避を入れる。
目標を失った光球は―― 別の光球とぶつかり、弾け飛んだ。
相殺された力の火の粉の中、身を沈める良一。そこからの際どい回避が、誘われた別の光球を石畳へと爆散させる。
次々と動きを看破された光球たちが、同じように相殺、自滅を辿っていく。
何十とあったはずの光球は、数分とかからず次々とあとを追い――
残り三つ――
ここに来て良一は、眼前に迫った光球を天井へと蹴り上げて潰した。そこに迫った次の光球を、
『……!?』
甘んじて、顔面に喰らう。
「……効かねぇなぁ」
首を振って炸裂した火の粉を払う―― 無傷。
そして一駈けし、残った最後の光球を掴み上げると、
「そら!」
先ほど狙った社の中心をめがけ、そいつを猛スピードで投擲した。
社全体が一瞬と赤く輝き、バリアのようなものを前方に見せ、光球は霧散した。
『ほ、ほぇ~……』
全ての光球を失い、何事もなかったかのように静まりかえる洞窟。
良一は二、三と社へと歩を進め、ゆっくりとした動作で指を突き付ける。
「おれを倒したければ、てめぇで出てこい。こんな遊びじゃ何回やってもムダだ」
耳鳴りしそうなほどの静寂を割る、堂々たる挑発の声。
それは気迫と自信、真剣さに満ちていて、クモが文句を忘れるほどに凜々しくもあった。
再びの静寂、やがて――
『汝、我に何を求める』
いつかの重く、荘厳な響きが周囲と脳に満ちた。
「……ステラについて、訊かせろ。内容はそっちに任せる」
良一の中、クモが『え?』と呟いていた。
「おれの力に見合った分だけ、そっちで判断して訊かせてくれ」
『ほう…… しかして、訊いてどうする? 何が目的だ』
指を突き付けていた腕が、下りる。
「さぁな…… 恩返し、とだけでも言っておこうか」
そう言って、社から顔を逸らした良一の口元には、わずかな笑みがあった。
先ほどまでとは形の違う、片方に寄ることのない笑みだった。
しばしの、沈黙――
『ふふ…… ははは……!』
洞窟が、揺れる―― 響き渡る主の笑い声とともに、大きくなっていくその笑い声とともに、岩肌が軋み、砕ける音響が増大されていく。
良一の正面に、気配―― その場所を良一は、不敵な笑みで見据える。
石畳に炎の渦が噴き上がり、渦が去ったあとには、赤く輝く巨人が立った。
白い袴のようなものを穿いた、半裸の巨躯。良一の二倍はあろうかという筋骨隆々とした高い背の上には、逆立つ短い黒髪の、四十がらみの男の顔が乗っている。そのたくましくも整った相貌は、奇しくも良一と同じ種族―― 日本人のものに似通っていた。
現れたる巨人―― 鍛冶の神は、肩に提げた等身大の槌を両手で握ると、叩き付けるように地面へと突き立てる。
「聡い童子よ! 汝は神への作法をわきまえておるようだな!」
腹まで震わすような快活な声。皮肉ともとれるその言葉が、決してそうではないことを良一は見切っている。
「へっ…… カミサマってのは、ただでモノをくれるようなお優しい連中じゃねぇよな」
じりと良一は左足を前に出すと、身を低くする。その様に鍛冶の神は、一声大きく愉快そうな笑いを飛ばした。
「無論だ! 欲しいものがあれば取ってみよ! 光芒をひたむきに追いしその姿こそが、我らへの供物!」
声を張り上げた鍛冶の神が、持ち上げた槌で地面を打つ――
石畳が弾け飛ぶに合わせ、彼らの周囲には豪快な火柱が立ち昇った。
「遠慮なし、恨みっこなしだ…… いいな? カミサマ」
業と、良一の全身から紫の魔力が噴き出す。
返答は無し。良一に呼応するように、鍛冶の神も良一を笑い睨む。
紫に輝く悪鬼と、赤く輝く神―― その最中で、取り残される一匹。
『え? え? え? なんスか、これ? 坊ちゃん? ええと…… 神様? まさか二人とも、今から戦うとか――』
クモの思念は――
「行くぜえぇぇぇぇえぇええっ!」
「ごおぉおおおおおっ!」
拳と槌を振り上げて突撃し合う、強者たちの声にかき消された。




