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玄人仕事  作者: 千場 葉
#10 『プロフ・ワークス』
352/375

32.供物


 放たれた光弾が(やしろ)へと炸裂し、家屋右半分の屋根が吹き飛ぶ。


「ぎゃー!」


 けたたましい轟音の中、そのあまりの「やっちゃった」感にクモも叫びを響かせた。


「うわああぁっ! あんた最初っから、最初っからこのつもりで……!」


 首を振り向かせた良一は、答える代わりにニィと笑ってみせる。


「何考えてんスか! だから相手神様っスよ!」


 まっすぐ、堂々。そうでありながら自らの考えは伏せ続ける。それはやるべきことをすでに実行に移している人間の姿勢であり、この少年の()()の態度であった。今更クモが気づいたとしても、もう遅い。

 良一は自らがやるべき行動―― すでに決めていた行動を続行する。


「わー! だからぁっ!」


 良一の右手から無数の光弾が放たれ続ける。無遠慮にでたらめに飛び交う魔力に、岩壁が吹き飛び、並び直した巨像が倒壊し、石畳が()ぜる。

 そして良一は、一際(ひときわ)大きな魔力(かい)を構えると―― 容赦なく社の中央へとそれを放った。

 (たたず)む社へとつっこんでいく魔力塊、大惨事を予想させるその光景の中――

 社から放たれた赤い光球が、良一の魔力塊を打ち消した。


「……!」

「わわっ!?」


 爆発して火花のように四散する赤と紫の魔力。巻き起こった爆風を両腕で(しの)ぐ良一。

 前方の社から再び赤い光球が生まれ、前後左右の洞窟内の壁面からも、無数の赤い光球が浮かび上がる。それはさながらに、侵入者を阻むセキュリティシステムのようだった。


「あ、ああああ……」


 あたふたと周囲を見回し恐れおののくクモに、良一の手が伸びる。


「へ?」

()に入ってろ」


 むんずと掴まれたクモは光の粒を残し、返事をする間もなく強制的に彼の体へと消えた。良一は同化のやり方を知っていたわけではない、「これでいい」という確信のみがあり、事実彼の思う通りになった。

 無数に浮かぶ、炎のように赤い光球。重い機械の駆動音にも似た、一室に満たされた低い力の(いなな)き。良一は眼光鋭く笑みをたたえ、静かに球たちを見やる。

 合図は、彼が差し上げた右腕の指先一つ。赤い光球の一つを見据え、「来い」とでも言いたげに動いた、指先の動作一つによってもたらされた――


 一斉に動き出した何十という赤い光球たちが、良一をめがけて飛ぶ。


『坊ちゃん!』

「へっ……!」


 直線、曲線―― 飛び交い、襲い来る光球。神の怒りともとれるその突進の数々を、良一はかわしていく。

 多面的にして超高速。ヒトの視覚では捉えきれない、ヒトの反応では防ぐこともままならない火の玉の渦の中を、良一の体は精密機械のように踊る。わずか数センチ、わずか数ミリ。()()()に、最小限の動きだけで光球たちの攻撃を回避する。


「そこだ」


 無数の光球。そのうちの一つの動きに合わせ、良一が急速な回避を入れる。

 目標を失った光球は―― 別の光球とぶつかり、弾け飛んだ。

 相殺(そうさい)された力の火の粉の中、身を沈める良一。そこからの(きわ)どい回避が、誘われた別の光球を石畳へと爆散させる。


 次々と動きを看破(かんぱ)された光球たちが、同じように相殺、自滅を辿っていく。

 何十とあったはずの光球は、数分とかからず次々とあとを追い――


 残り三つ――


 ここに来て良一は、眼前に迫った光球を天井へと蹴り上げて潰した。そこに迫った次の光球を、


『……!?』


 甘んじて、顔面に喰らう。


「……効かねぇなぁ」


 首を振って炸裂した火の粉を払う―― 無傷。

 そして一駈けし、残った最後の光球を掴み上げると、


「そら!」


 先ほど狙った社の中心をめがけ、そいつを猛スピードで投擲(とうてき)した。

 社全体が一瞬と赤く輝き、バリアのようなものを前方に見せ、光球は霧散した。


『ほ、ほぇ~……』


 全ての光球を失い、何事もなかったかのように静まりかえる洞窟。

 良一は二、三と社へと歩を進め、ゆっくりとした動作で指を突き付ける。


「おれを倒したければ、てめぇで出てこい。こんな遊びじゃ何回やってもムダだ」


 耳鳴りしそうなほどの静寂を割る、堂々たる挑発の声。

 それは気迫と自信、真剣さに満ちていて、クモが文句を忘れるほどに凜々(りり)しくもあった。


 再びの静寂、やがて――



(なんじ)、我に何を求める』



 いつかの重く、荘厳な響きが周囲と脳に満ちた。


「……ステラについて、()かせろ。内容はそっちに任せる」


 良一の中、クモが『え?』と呟いていた。


「おれの力に見合った分だけ、そっちで判断して訊かせてくれ」

『ほう…… しかして、訊いてどうする? 何が目的だ』


 指を突き付けていた腕が、下りる。


「さぁな…… 恩返し、とだけでも言っておこうか」


 そう言って、社から顔を逸らした良一の口元には、わずかな笑みがあった。

 先ほどまでとは形の違う、片方に寄ることのない笑みだった。


 しばしの、沈黙――



『ふふ…… ははは……!』



 洞窟が、揺れる―― 響き渡る(あるじ)の笑い声とともに、大きくなっていくその笑い声とともに、岩肌が(きし)み、砕ける音響が増大されていく。

 良一の正面に、()()―― その場所を良一は、不敵な笑みで見据える。

 石畳に炎の渦が噴き上がり、渦が去ったあとには、赤く輝く巨人が立った。

 白い(はかま)のようなものを穿()いた、半裸の巨躯(きょく)。良一の二倍はあろうかという筋骨隆々(りゅうりゅう)とした高い背の上には、逆立つ短い黒髪の、四十がらみの男の顔が乗っている。そのたくましくも整った相貌(そうぼう)は、奇しくも良一と同じ種族―― 日本人のものに似通っていた。

 現れたる巨人―― 鍛冶の神は、肩に提げた等身大の(つち)を両手で握ると、叩き付けるように地面へと突き立てる。


(さと)童子(わらし)よ! 汝は神への作法をわきまえておるようだな!」

 

 腹まで震わすような快活な声。皮肉ともとれるその言葉が、決してそうではないことを良一は見切っている。


「へっ…… カミサマってのは、ただでモノをくれるようなお優しい連中じゃねぇよな」


 じりと良一は左足を前に出すと、身を低くする。その様に鍛冶の神は、一声大きく愉快そうな笑いを飛ばした。


「無論だ! 欲しいものがあれば取ってみよ! 光芒をひたむきに追いしその姿こそが、我らへの供物!」


 声を張り上げた鍛冶の神が、持ち上げた槌で地面を打つ――

 石畳が弾け飛ぶに合わせ、彼らの周囲には豪快な火柱が立ち昇った。


「遠慮なし、恨みっこなしだ…… いいな? カミサマ」


 (ごう)と、良一の全身から紫の魔力が噴き出す。

 返答は無し。良一に呼応するように、鍛冶の神も良一を笑い睨む。


 紫に輝く悪鬼と、赤く輝く神―― その最中(さなか)で、取り残される()()


『え? え? え? なんスか、これ? 坊ちゃん? ええと…… 神様? まさか二人とも、今から戦うとか――』


 クモの思念は――


「行くぜえぇぇぇぇえぇええっ!」

「ごおぉおおおおおっ!」


 拳と槌を振り上げて突撃し合う、強者たちの声にかき消された。


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