31.警蹕
翌日―― ステラからの授業を受け終わった良一は、家事をする彼女を横目に家を後にした。
時刻は十五時過ぎ。やや強みを和らげた陽光を見上げつつ、少年は野を歩む。
「坊ちゃーん!」
きらきらと、後方から金の粒子をたなびかせ妖精が迫った。のろのろと歩く背中にあっという間に追いついたクモは、怒ったような勢いで捲し立て始める。
「ちょっとちょっと! 黙って出ていくってどーいうことなんスか! ちゃんと一声かけてくださいっスよ! 今日はもうどこにも行かないのかとか思って昼寝決め込んじゃったじゃねーっスか!」
「……悪ぃ、あとで呼ぶつもりだった」
顔を合わせることもなく歩み続ける良一。そのぶっきらぼうな口ぶりには、なんら悪いと思っている様子はなかった。クモは呆れ顔でため息をつく。
「昨日の今日で一人で外に出てくるって…… ステラ様にはちゃんと出るって言ったんスか?」
「昨日の今日って言われてもな、別におれは昨日のことでステラに怒られたりはしてないが?」
「ちゃんとした理由が出来るまではマズイって言ってたじゃないっスか。坊ちゃん今までは引きこもってたんっしょ? そんな子が二日連続で一人で外出なんて、怪しさ大爆発っスよ」
「わかってるさ。だが、ちょっと外に出るくらいなら散歩で誤魔化せるだろ?」
ステラの家周りの草原。緩やかな丘を登っていく良一の足取りに合わせ、黄緑色の草達が種類を変え、足場の緑が増していく。やがて平坦に拓けた草地には、めくれた大地と、いつぞやの砕けた土塊達が転がっていた。
「……? 坊ちゃん、どっか向かってるっスか?」
そこであった一悶着をクモは知らない、だがその場所には憶えがあった。その場所は自身が生まれた日、帰り道に通った――
「ああ…… もうこれしかなさそうだからな」
「え?」
「お前を作ったやつに会いに行く。あいつも神なんだろ?」
群れ立つ木々の間を進む。鬱蒼とした森林ではあっても、一切の陽光が遮られるというほどでもない。
順路のように敷かれた土の道が、案内の無い今は有り難かった。
「おれなりに色々考えたが…… 昨日の調子で島を周り続けたところで、何か得られるって感じはない」
「そっスか? 神域の出口みたいな話してたじゃないっスか。まだ昨日一日見てまわっただけですし、そーいうまだ見てないものも……」
「ステラは『目に映るものじゃない』って言った。だったらおれにはお手上げだ。島一つっていっても結構な広さだしな、見えないんだったら探しようがない」
「それは…… そうですが」
良一が身につけた力―― 魔力感知は、その名の通り「魔力」を感知する能力だ。魔力は生体エネルギーではあるが、必ずしも生き物のみが持つわけではない。ある特定の場に自然に漂い続けることもあれば、かつての何かの名残を留め続けることもある。
しかし、これから向かう先には何も感じられなかった。何かが遮断しているのか、住まうものの御業なのか。初めてステラに案内された時と同じく、そこに魔力感知ははたらかない。
既に分かっていることとして、この「神域」には良一の知らない力が溢れていた。魔力に似たようで、魔力ではない別の力。それが神という存在が持つ特別な力であるということにも、良一はもう気づいている。
魔力がちっぽけに見えるような、その大きな力。それすらも、この先には感じない。
「ずるずると…… 時間かけていいわけじゃないのさ。ずるずるとな」
「坊ちゃん……?」
独り言のようにそう呟いた良一は、少し歩調を早め、足を進め続ける。
やがて彼らの前、森林は終わりを見せ、岩肌の崖がそびえ立った。
「……で、坊ちゃん? 神様に…… な、何を、聞くんスか?」
「決まってるだろ、ステラのことだ」
「ステラ様の……?」
赤茶けた巨大な空洞を見据え、立ち止まる。穴の奥は、真の闇。
「答えて…… くれるでしょうか……?」
「答えてもらえなきゃ、いや、答えさせなきゃ、始まらんだろ」
ぐっと右手を握った良一は―― その手から「光の球」を生み、洞窟へと歩みだした。
広大な洞窟の奥にたたずむ社と、入り口からその場所まで、長く伸びていく石畳――
かつてのそこに、かつての面影はない。正確には良一が暴れた面影が既になく、岩壁に立ち並ぶ像たちもすっかりと元の姿を取り戻していた。
「おーい、いるかー!」
「ちょ、ちょっと!?」
入るなり無遠慮に大声を上げる良一に、クモが跳び上がる。
「聞きたいことがある! 出て来るか返事なりしてくれ!」
「い、いやいやいやいやいやいやいやいや!」
そのお構いなしな様子に、たまらずクモは良一の眼前へと飛んだ。
「相手神様っスよ神様! そんなお気軽な呼び出し方がありますか!」
「こっちは急ぎなんだ。ただの散歩で済ませられる時間には帰りたい」
「そういうこっちゃねーっしょ! 神様を呼び出すにはっスね! フツーこう祝詞とか祈りっていうか、手続きみたいなもんが――」
「じゃあ、やってくれ」
「へ?」
ぴたりと、クモが止まった。
「……どうした、やってくれ」
すすすっとクモの瞳が横に逸れ、パタパタと全身が横にスライドした。
「す、すみません…… し、知らないっス……」
「だろうな、そんな気はしていた」
道を譲ったクモを尻目に、良一は石畳を進み始める。
「まぁ知ってる方が有り難かったが、だったらしょうがねぇよな」
ステラの家からこの場所まで、空を飛ぶでもなく、まっすぐと歩み続けてきた良一。急ぎというわりには焦りのない堂々とした歩みに、クモはどこか違和感を受けていた。何か心ここに非ずというような、普段よりも淡泊な口調にも。
石畳を中ほどまで進んだ、良一の歩みが止まる。
「出て来て、もらうぜ」
良一の右腕が上がり―― 手のひらからは紫色の発光と、力の鳴動。
「ちょ! あんたまさか……!」
違和感の正体、それにクモが気づくと同時、
紫色の光弾は発射された――




