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玄人仕事  作者: 千場 葉
#10 『プロフ・ワークス』
342/375

22.存在


「おかえりー」

「おぉ、おかえり」

「なんでいい感じに寛いでんスか……」


 唐突なマジックショーの首謀者が戻った時、二人は木陰でのんびりと膝枕に興じていた。ちなみに寝転んでいるのは良一の方。良一が膝を貸していたら絵的におかしい。


「で、お前何がやりたかったんだ?」


 やっと戻ってきたかという体で、良一は身を起こす。彼の後ろで、ステラが少し残念そうな顔をしていた。


「昨日のことっスよ! 昨日の!」

「昨日……?」

「昨日聞いてたじゃないっスか! 『結いつけ』ってなんだって!」


 「おお」と良一は、昨晩のことを思い出す。


「『結いつけ』? クモちゃんそれがお話したかったの?」

「え? ああ、まぁ…… き、聞きたかったみたいっスから? 聞かせてあげましょうこともやぶさかではないと、そんな感じっスか?」

「お前の日本語怪しいな」

「もうっ! 可愛くないお子様っスね!」


 ぷりぷりと怒るその姿に、良一は「一応こいつなりに気分転換を考えてくれたつもりなのかな」と苦笑を浮かべ、ステラは「そんなに自分のことを知ってもらいたいのね」と和んだ笑みを見せる。


「そーかそーか、じゃあ改めて聞いてやろう」

「しょうがない子ねぇ」

「え? え? なんスか? なんスか?」


 良一の指がクモの頭をぐりぐりと()で始め、ちっこい頭にもう一本並ぶようにしてステラの指もぐりぐりと撫で始める。


「ちょっ! やめ……! おもっ、重いぃ……!」

「いいからいいから」

「いいのよいいのよ」

「ぐふぅ~……」


 笑みを浮かべて妙に息の合った様子で頭を撫でる二人の指に、クモの高度は落ちていった。

 その顔はちょっとうれしそうだったという。




 高度は落ちまくったが地面には埋まらずに済んだクモが、木陰に座る二人の前に飛ぶ。

 クモは仕切り直しと言わんばかりに、「こほん」と一つ咳払いを打った。


「なぁステラ、それで『結いつけ』ってのは実際どういうものなんだ?」

「ああ、それはね――」

「ほぇっ!?」


 くりっと首を向け合う良一とステラに、クモの高度がびょこんっと上がる。


「ちょちょちょ! なんでステラ様に聞いちゃうっスか!?」

「え? ああ、いや…… つい」

「ついじゃねーっスよ! 今まさに古典的な「説明始めますよ」なスタイルとってたでしょーが!」


 そういえば、実際に咳払いで衆目を集めようとするやつを見たのは初めてだなと良一は思う。


「あんまりからかっちゃダメよリョウちゃん。クモちゃんもあなたの力になるために頑張ろうとしてくれてるんだから」


 ステラに頭を撫でられながら、「そっスよ」とぷんすかしてみせるクモ。なお、ご自身も勝手に話を進めようとしていたことは、神様はお忘れのご様子。


「わかったわかった…… じゃあ聞かせてくれ」

「まったくもー」


 目一杯に広がる草原と、透き通った空。木陰での午後の特別講義はこうして始まった。

 クモが大まかな内容を話し、ステラがそれを補足する。わかりかねるところを良一が質問し、ステラが仔細(しさい)に答え、その表現をクモが簡易にかみ砕く。

 知らず生まれた奇妙な役割分担の中、理解は進められていった。

 目に見えないこと、証明しようのないこと、話を信じる他ない事柄。しかしそんなチームワークが功を奏してか、良一が概要を呑み込むまでは、わずか十分と足らずのことだった。


「あらー、そういえば詳しくは説明してなかったかなー?」


 話の途中、頬に手をあてて小首を傾げたステラの言葉は、無責任にも思えるようで実際はそうでもない。神の視点からすれば、説明を忘れるくらいには常識の範囲内にある物事らしい。


「『存在』…… ね……」


 ぱたぱたと飛ぶ、金髪の妖精を見ながら良一は呟くのだった。



 ――『結いつけ』とは、クモの言う通り、たしかに()()のようなものだった。

 あの洞窟にいた重たい声の主は、ステラと同じく神族(しんぞく)であり、「鍛冶」の概念(システム)を司る神なのだという。

 この『世界』に存在する、及び将来的な存在を許されるだろう製造技術の全てを操る神の作り出す道具は、こと他の神族においても、おいそれと手にすることを許されるべきものではなかった。

 故に生まれた、所有者を限定するための認証―― それこそが、『結いつけ』である。


 それは『世界』それぞれにおいて許される、生命や物質などの個の『存在』。結いつけられる所有者と道具、その二つの『存在』と『存在』の間に、どちらでもない、どちらでもある―― 二つの『存在』が融合した、一本の糸を繋ぐような神の御業(みわざ)なのだとステラは言った。(クモはよくわかっていなかった)



「じゃあ…… さっきの手品も、おれがこいつに繋がってる『存在』って糸を引っ張ったから来た、そういうことなのか?」

「そう、距離も何も関係無く、呼ぼうと思えば手元に手繰り寄せられる。失うことも奪われることもない、それが『結いつけ』よ」


 その出来たシステムに、良一は大きく感心を見せる。至上の武器は手にしたあとの扱いに困る。肌身離せず、常に人の悪意に幾ばくかの注意を割かなければならない。かつて異世界において、聖剣という武器を携えていたからこその感心だった。


「クモちゃんの方からリョウちゃんを呼び寄せることは出来ないから、そこは注意してあげてね。あくまでリョウちゃんが所有者で、所有権はあなたにあるから」

「そっか……」


 繋がってはいても、対等ではない。所有権―― 意思の主導権が自らにあることに内心ほっとする。しかし後に良一は、「クモから呼び寄せることは出来ない」という点に対して、何度となく不便を感じることになる。


「と、いうわけなんスよ! どっスか? すごいっしょ私! 持ち歩く必要も無ければ盗まれる心配も無い! しかもお話だって出来ちゃうサイキョーの剣なんスよ! 『世界』多しと言えど「おう、お前ちょっとパン買ってこいよ」とか言いつけられる武器はそうそう無いっスよ!」

「言われたいのか……?」


 ここぞとばかりに自分の有能さをアピールするサイキョー武器に、昭和の不良というわけではない良一は呆れた顔を返した。


 ――だが、まぁ…… 悪くは無いか……


 持ち歩く必要も無ければ盗まれる心配も無い、そして、エネルギーの塊であるだけに、壊れることも無いのだろう。一度目にし、軽く振るったのみではあるが、それが比類無き剣であることはもう分かっている。

 『結いつけ』により、良一の持つある程度の知識や情報、常識を与えられ、思念による会話も可能と、意思疎通にも事欠かない。

 そんな武器が自身の物だというのなら、冷静に考えてそれは悪い話ではなかった。

 野放図で小うるさいのが玉に(きず)で―― 今の良一からすれば、話が出来てしまうということ自体が邪魔くさく思う部分ではある。だが不思議と、そう思うはずである部分にさえも、悪い気はしなかった。

 それがクモの性格によるものなのか、『結いつけ』というもののせいなのか、自身の隠れた本心がそれを求めているのか、良一にはわからない。

 しかし、何にせよ、どう思うにせよ――


「……じゃあしばらくは、『結いつけ』られてるとするか」

「ほぇ?」


 良一にとっては、どうでもいいことだ。


「『結いつけ』がなんであろうと、お前が何を思っていようと、それはこの世界にいる間だけの話だ。おれはいつかはおれの世界に帰る。そん時までの話だろう」


 異世界―― それは現実でありながら、何もかもが姑息。出会う者達は、全てがまさに『世界』の夢。(ファンタジー)の住人達に過ぎず、時とともに消えて行く彼の記憶の中の存在に過ぎない。


「しばらくだ。いつまでかは知らんが、そん時になればさよならだ」


 一期一会、離れれば二度と逢うことのない異世界の住人達。別れ、そして戻り、目の前に晒される自身の世界との乖離。

 少年の征く道には、孤独が宿命付けられている――


「へ? 何言ってんスか? 坊ちゃん」

「あ?」


 そっぽを向いて、これで話は終わりとばかりに立ち上がろうとする良一に、クモが小首を傾げる。


「話聞いてたっスか? 『結いつけ』られてんスよ? さよなら出来るわけないじゃないっスか」

「あぁ……?」


 お前は何を言ってるんだとばかりに良一は目を細めるも、お前こそ頭大丈夫かとばかりに見つめ返してくるクモ。互いに首を傾げること数秒、彼らをのーんと見守っていたステラが口を挟む。


「リョウちゃん、クモちゃんならついてくるよ?」

「は?」


 言葉になっていない日本語三連発目が、良一から漏れた。


「どちらでもあってどちらでもない、『存在』の糸のようなもの。それに繋がれているクモちゃんは、クモちゃんでありながらリョウちゃんでもあるの。だからリョウちゃんの行くところ、どこでもクモちゃんは『存在』できるわ」

「な、なに……?」


 ステラに向いていた首をぐりんっとクモに向けると、クモは「ほらな」とばかりにドヤ顔であり、良一は若干イラっとした。


「い、いやちょっと待て、いくらなんでもこいつこんなのだぞ?」

「こんなのってなんスか……」


 指を差された妖精っぽい何か(こんなの)が不満顔。


「こんなのがおれの世界に入りこめるっていうのか? 『結いつけ』って言っても、そいつはさすがに……」


 不思議なことが無い世界。自身の世界をそう思っている良一には、にわかに信じ難い話。昨夜の話からすれば、こんな特異な存在など『世界』が許しそうにない。

 しかしステラは小さく首を振る。


「クモちゃんなら大丈夫。『世界』が異物として認識するのは普通は物より上だから」

「物より上……?」

「個としての『存在』の大きさが違うの。順序としては、意思を持って動く生物(いきもの)―― 人間や動物が最も大きくて、次に土や石など自らで動くことのない物。その下に流体があって、それよりも下に実体の無いエネルギー体がある。クモちゃんはエネルギー体には入るんだけど、もとはそれよりももっと小さな世界の構成素材だから、個の『存在』としては最小クラス。どこかの世界に紛れ込んだとしても、まず問題視されることはないでしょうね」

「そうなのか……?」


 日々の個人授業よろしく身振り手振りを交え、解説してくれるステラ。ファンタジックな内容にも関わらず、聞いている分には理科でも教わっているように感じた。

 教わった内容は理解できる。とはいえ、相も変わらず「そういうものだ」と信じるより他ない話で、まさに雲を掴むような話。その話を良一は頭の中、「人間の体で言えば、どっかに細胞一個よりももっと小さいのが入ったくらいのもんなのかな」と、彼なりにかみ砕いた。

 思えば世界を渡り、消えてしまった物もあれば、残った物もある。その基準はわからないがステラの言う通り、全てが全て異物として排除されるわけではないのだろう。


「ふふん、どーっスか? 我が存在の小ささにぐぅの音も出ませんでしょう?」

「……あ、ああ」


 そして、ドヤ顔を続行するクモに、「お前それでいいのか?」と内心でつっこんだ。


「ただ…… そうね、クモちゃん自体は確かに『存在』としては最小なんだけど、思考を持っていて、自ら動くことのできる存在でもある。『世界』は思考のエネルギーや何かが動くことには反応出来るし、それが『結いつけ』られているリョウちゃんに作用することなら、リョウちゃんの行動として捉えるかもしれない。そういった意味では、クモちゃんも『禁則』に触れることができる存在と言えるの」

「禁則……」


 『世界』の意図を測る指標であり――


「おぉ! いいことじゃないっスか! だったら私がことあるごとにどかーん! と『禁則』をやらかして、坊ちゃんを元の世界に帰してやります!」

「……そうだな」


 ――異世界からの逃げ道。

 それをどちらに使うべきなのか、客観的なクモの立場からすれば、答えは明白なようだった。

 しかし良一は、見てしまう。答えを探るように、請うように、ステラの方へと顔が向いてしまう。


「さてと、そろそろ戻りましょうか」

「あ……」


 顔を合わせることなく彼女は立ち上がり、両腕を上げて身を伸ばした。


「時間はまだあるから、帰ったらまたお勉強ね。……ん? どうしたの?」

「いや……」


 改めて振り返った彼女の表情にも、声にも、なんらの答えは見いだせない。


「……ひょっとして、運動がいい?」

「いやいや! それは無しで!」


 くりっとだだっ広い丁度良さそうな草原に目を送る彼女に、良一はぶんぶんと首を振った。


「じゃあ、帰りましょう?」


 座り込んだままの良一に、彼女の白く細い手が伸びる。


「……ああ」


 木漏れ日を背に、笑いかけてくるステラ。

 その笑顔から目を逸らすように、顔を背けたまま、良一はその手を取った。



 ――おれは、どっちを選ぶべきなんだろう。


 

 握った柔らかな手には、人と変わらない温もりが在る。



 ――いや、どっちを…… 選びたいのだろう。



 『過酷』に対する想いは、少しずつ、変化を見せていた。


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