表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
玄人仕事  作者: 千場 葉
#10 『プロフ・ワークス』
332/375

12.告げ


 うっすらと白い身を輝かせ始める月。オレンジの時は、もう地平線の向こうのみになっていた。影を落とす金色の草原を踏み、増えた一匹とともに良一達は家路を歩む。

 良一の前に、遠く揺れる桃色の髪は無かった。良一は今、彼女のすぐ隣を歩んでいる。彼らの周囲を飛ぶ、新たな存在がその距離を変えていた。


「おおう! 見るもの触るもの全てが素晴らしいっスな! 実体ってのはいいもんっス!」


 叢雲(ムラクモ)―― ステラがクモと愛称を付けた妖精のようなそれは、自由に考え動ける感覚が楽しいらしく、騒ぎを()きながら彼らの間を飛び回っている。

 そんなものの何が嬉しいのか、良一には理解出来なかった。


「あ、リョウちゃん、今日は何か食べたいものある?」


 ステラはステラで相変わらず暢気なもので、あれだけ色々あった一日で、新しい厄介者が一匹増えたというのに何を思うという様子も無い。生まれたての明らかに人じゃないそいつは当然として、ステラも相当に常識からズレているなと良一は思う。


「なんでもいい…… 今日はもう疲れたし、これといって食いたいようなものも――」


 呆れ混じりに言った良一の目に、光の粒子を散らせながら夕暮れを舞うそいつが止まる。


「……あれって、何かエサやんなきゃいけないのかな?」

「エサ?」


 小さな人のようでいて、生き物ではないらしい謎存在。元が剣だったということもあり、その生態はさっぱり想像もつかなかった。

 胡乱(うろん)な目でクモを見る良一を、ステラはころころと笑う。

 

「なんでも大丈夫だよ、別にあげなくても大丈夫だし」

「え? 食わなくても平気なのか?」

「難しく考えないで。あの子は(エネルギー)のカタマリそのものなの。リョウちゃんの魔力そのものに、眠ったり食べたりが必要?」

「ん……」


 良一の頭に、あの洞窟でステラが使っていた小さな光の球が()ぎった。魔力を操れば良一にも真似て作れそうな、シンプルな力の(かたまり)。叢雲があれと同じものだとして、そこに睡眠や食事など、生き物と同じ概念が当てはまるとは考えにくかった。


「……そうだったな。そういやあいつは『剣』か、サビ止めでも塗ってやった方がいいか」

「ん~、それは嫌がると思うけど……」


 良一の軽口に、少し困った顔で笑うステラ。当の『剣』は、青い天球に浮かび出した星々に、「お~」と間延びした感嘆を漏らしていた。


「そうねぇ…… 強いて言えば、リョウちゃんが魔力を与えてあげれば、それが一番喜ぶかな」

「おれの魔力?」

「うん、魔力の塊に魔力を充填する感じ。放っておいても常に力は供給されているから大丈夫なんだけど、結いつけられているリョウちゃんからの魔力なら、一気にたくさん元気になるよ」

「元気になるのか……」


 トンボのような四枚の羽で、秋空のトンボのように落ち着きなく飛び回っている妖精。元気になると言われても、あれ以上元気になられても困るし、具体的にどうなるのかはさっぱりだった。

 

「……ん?」


 そして今のステラの言葉に、さっぱりな部分が更に()()


「放っておいても…… 供給されてる? 誰からだ?」

「え?」


 疑問を尋ねる良一に、ステラが小首を傾げる。その表情は暗に「何言ってるの?」とか、「わからないの?」とでも言いたげな、常識を心配するような類いのものに思えた。そうされたところでわからないものはわからない。この場で常識がズレているのは実は自分の方なのかと、若干悲しくなりながら良一は尋ね直す。


「いや、あいつ…… 剣だけどエネルギーそのものなんだろ? ずっと消えないってことは、どっかから力が供給されてるわけで…… ひょっとして、勝手におれから送られてるのか?」


 たどたどしい質問の様子に、ステラは何かを察したように(うなず)く。


「ねぇ、リョウちゃん。リョウちゃんは自分の魔法が、自分の力だけで出来ているものだと思ってる?」


 穏やかな口調で、微笑みとともに聞いてくるステラ。


「え? いや…… それは……」


 当然、そう思っている。足掻き、力を磨き上げた日々。それに応え、日々強くなっていった自らの力。間違いはないはずだった。だが、答えられない。何かとても大事なことを伝えようとしている、そんなステラの雰囲気からか、答えること自体が間違っているように感じた。

 口ごもる良一の前にステラは手のひらを差し出し、軽く閉じる。開かれた手のひらからは、あの輝く光の球が浮いた。


「リョウちゃん、力はね、世界に分けてもらうものなの」

「世界に……?」

「そう、世界。私達はみんな、世界の一部。石ころも人も、風も火もそう。みんながみんな小さな一部で、大きなことをするためには、世界に力を分けてもらわなきゃいけないの。魔法が得意なリョウちゃんなら、もう分かっているはずよ」

「あ……」


 確信をもったように語るステラに、良一は自らの誤りを気づかされた。

 世界―― これまで訪れてきた複数の異世界、そして家族のいる生まれた世界。感じ、奇妙に思い、わからなかったことの答えが、そこに置かれていた。


「じゃあ…… 『魔力』は、世界に借りるものなのか……」

「ううん、借りるわけじゃないの。魔法はね、世界に助けてもらう方法のことなの。自分の力よりももっとたくさんを、世界から分けてもらう作法なの」


 良一が訪れてきた世界。その世界によって良一の魔法は、凄絶にも微弱にもなった。微弱に感じた極地は、元いた自身の生まれた世界。魔法の概念すらオカルトで、他の世界にあったような、魔力を含んだ空気感のようなものをほとんど感じなかった。

 ステラの答えを当てはめるとすれば、世界はそれぞれに魔力を持っており、術者に分けられる量が違う。おそらくはそういうことなのだろうと、良一は得心した。


「それじゃあ…… あいつは、世界から魔力を?」

「ええ、あの子には世界から、常に力が供給されているの。でもそれはリョウちゃんも一緒よ。その世界に存在するもの全てに、世界は常に力を供給しているの。例え生き物で、その生命が途絶えてしまっていても、そこに何かが『在る』限りね」


 生きている、生きていないは関係無い。生き物であるかさえも関係無い。全ての存在に、その力が降る。

 良一は思わずと空を見上げていた。黒く青く、星々が散らばり始める吸い込まれそうな空。そこに生まれて初めて身に受けるような、世界というスケールの壮大さを感じた。

 空の先、星々の向こう、その先まで続く―― 『世界』。

 誰敵うことの無い力を身につけたはずの身が、誰知ることの無い苦痛をもったはずの心が、ひどく小さなものに思え、現実感が失われるようだった。


「リョウちゃん、覚えておいて」


 囁く声が、無防備になった身に、心に染みる。


「どんなに辛くても、世界を変えようとしてはダメ。あなたは世界の一部で、あなたも世界なの。あなたがゆっくりと変わっていけば、世界もゆっくりと変わっていく。あなたは自分に出来ることを、あなたのペースでやっていけばいいの」


 ステラの言うことはわからなかった。でもその声を聞き、良一はなぜかまた、ここに来たばかりの頃のように目元が緩みそうになるのを感じた。


 本当にわからない。この人はなんなんだろうか。どうしていつも自分さえもわかっていないような、心の奥底が求めているような言葉や事柄をくれるのだろうか。


 ――おれは何か、返せるのかな……


 きっと何も求めないだろう。そんな彼女の存在や、目に映る世界を想い、良一は目を閉じる――


「な~にイイ雰囲気作ってやがんスか?」


 間近に聞こえた声に飛び退くと、遠くを飛んでいたはずのちっこいのがいた。


「お、おまえ……! いつの間に……」

「だってずっと立ち止まってんスもん、帰らないんスか?」


 たしかに気づけばちっこいのを放置し、会話に(ふけ)ってしまっていた。きまり悪く頭をかく良一に、にょにょにょっとちっこいのが顔を近づける。


「いや~、それにしても、何度見てもステラ様は美人っスなぁ」

「……あ?」


 可愛らしくあるはずのその顔が、妙におっさん臭く思えた。


「一緒におうちに帰るって、一緒に住んでるってことっスよね? こりゃ坊ちゃんたまらんっしょ?」

「はぁ?」


 何を言っているのやら、と、良一は目を細くする。


「こんっな綺麗な人と一緒に住んでるんっスよね? どうなんスか!? もう手の何本かも出したんっスかね!?」

「はぁ!?」


 おっさん臭いどころか、おっさん丸出しだった。その発想は無かったと、良一は手を前にしてクモを押しのける。


「何言ってやがんだ! 家に住ませてもらっといてそんなこと考えるわけねぇだろうが!」

「え~!? 嘘でしょ~!?」


 すっとんきょうに、まさに跳び上がって驚くクモ。良一が困り顔でステラを向くと、ステラはニコニコと楽しそうでそれはそれで扱いに困った。


「ちょっとちょっとおかしいっしょ! 坊ちゃんどう見てもヒトのオスっスよね!? それでなんでそーいう展開になってないっスか!」

「いやいや待て待て! なんでそうなる! そもそもステラ相手にそういう考えは……!」


 理不尽にも逆ギレ気味に迫ってくるそいつに、良一はのけぞるも―― 


「は……! ま、まさか坊ちゃん……!」

「あ?」


 ぴたりとそいつが、壮絶な顔をして動きを止めた。そして――


「どっちかっていうと…… ぼーいずら――」

「アホかてめぇは!」



 ――すぱこん! べちゃ!



「あ」「あ」


 大の字で若干地面に埋まったクモに、手のひらを振り下ろした体勢の良一と、見守っていたステラが声を揃えた。


「ヤ、ヤっちまったか……?」


 さぁっと良一から血の気が引く。ついうっかりな感じで、多少以上に力が入ったように思う。


「……ぶ、ぶは! なんてことするっスか!」

「え……? えぇ!?」


 どっこいそいつは生きていた。がばっと地面から顔を上げ、恨みがましく見てくる様に良一は後ずさる。


「ああ、大丈夫よリョウちゃん。クモちゃんは痛覚とか無いし、体も体っぽく作ってるだけだから」

「そ、そうなのか……?」


 笑顔で手をひらひらさせるステラに、謎存在の謎生態(?)を新たに知る良一。知れば知るほどに、謎なやつだった。


「もう! もう! なんなんスかなんなんスか! 私そこまでヘンなこと言ーましたかね!?」


 ぷりぷりと跳び上がりながら怒る謎存在。ほんとに平気そうなところに、便利な体だと良一は若干羨ましく思う。


「うーん…… ごめんねぇ、クモちゃん」


 そんな良一の背中から、頭に顎を乗せてステラが抱きかかる。


「リョウちゃんだけじゃなくてね、どんな人でも、私にそんな感情を抱く人はいないかなー」

「え? え? なんでっスか?」

「……!」


 柔らかく、温かい感触に包み込まれ、良一は今更に気づく――



「私は…… 全ての母のようなものだから」



 共に住み、これまで一緒にいた数日間――



「母? 実はお母さんなんですか?」



 良一はただの一度も、ステラを『女』として意識したことがなかった――


 外見上は、数年と年上の「女」。背の高い痩身の、二目と見れないだろう、美しい「女」。気高さよりも愛らしさの勝る、親しみ易い仕草と笑顔を持つ「女」。

 だが良一は、一切「彼女」に対して『女』としての意識を持たずにいた。それは彼の特殊な境遇のせいではない。「彼女」に対し、意識が向いていなかった。

 「女」にして、「女」ではない。その感覚は、この世ただ一人。たった一人だけいる人に似通っていた。


「なるほど…… 母さんか……」


 生まれた世界にいる、遠く離れた母親。今は話をすることすらほとんどなくなった、自身の生い立ちを知る者。


「うん、そう、お母さん」


 そう囁いて、きゅっと抱きしめてくるステラ。その感覚はたしかに――


「どうりで、たまにウザイと思った」

「ひどーい!」


 幼い頃に置き忘れてきた、ゆりかごのような安心感に思えた。



 ――本当に、ステラはいったい……



 知りたいと思う、知りたいと思わない。それでかまわない。

 言葉にできない、だがいつも胸にある、複雑な感情が渦巻く――



「あれ? 坊ちゃんご存じ無いんですか?」

「……!?」



 顎に指を当て、くりっと小首を傾げるクモに、良一は絶句する。


「ねーステラ様、気になってるみたいっスよ? 言ってなかったんスか?」

「うん? 何を?」


 口に出ていた、そんなはずは無かった。だがクモは――



「ステラ様って何者なんだろうって、ずいぶんと気になってるみたいっスよ?」



 良一がずっと秘めていた想いを、あっさりと言い放った。


「おまえ! なんで……!」

「え? 坊ちゃんから結構強めに思念飛んできたっスよ? 私坊ちゃんとは思念で会話できますし」

「な……」


 テレパス―― その魔法の使い方は、良一も知っていた。だが今使った覚えは無い。


「あ~、そっかぁ、クモちゃんはリョウちゃんと繋がってるもんねぇ~」


 平然とした背中からの声が、寒々しく感じた。


「ステラ……」


 振り返る良一から、ステラが身を離す。


「ん~、そうね~、私は~――」


 身を固く強ばらせる良一を前に、いつもと変わらない日だまりのような笑みで、ステラは――



神族(しんぞく)、あなた達の言うところの―― 神よ」



 そう、告げた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ