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玄人仕事  作者: 千場 葉
#10 『プロフ・ワークス』
330/375

10.其の代より紡がれし銘


「ううぅうらっ……! しゃあああぁっ!」


 良一が上方に向けて放った拳から、赤黒いレーザーのような魔力が飛ぶ。

 石像の胴体に炸裂した魔力は、その体を粉々に砕き散らせた。


「……はぁっ、はぁっ、ざま…… みろ……!」


 石像が持っていた巨大な青竜刀らしき武器がこぼれ落ち、床に突き刺さる。その轟音の中、良一が石畳へと膝をついた。


「やったねリョウちゃん!」

「ぉぅょ……」


 走り寄り、ぐっと両手で握り拳を作って喜ぶステラに、良一は乾いた笑いを返すよりなかった。

 動いた石像達は全十二体。それが決まり事のように、最初に襲いかかった三体から、一体、また一体と数分間隔で新たに投入されてくるという、古き良き昔のゲームのような長期戦だった。

 大きな怪我こそ負わなかったものの体力を使い果たし、疲労困憊(ひろうこんぱい)といった良一。ぐぅの音も出ないとはこのことかと、彼は頭の片隅に思った。


『凄まじき童子(わらし)よ…… まさに悪鬼のような戦いぶりであった』


 ぐったりとする良一に、あの重いテレパスが下りる。散々な展開に『どうも』と思念だけで返しつつ、残ったわずかな魔力で良一は地道な回復魔法を練った。


『何者だ、童子…… その禍々(まがまが)しき力、如何(いか)にして身につけた……?』


 力―― 良一の脳裏に、赤い軍服の背中が()ぎる――


「……うるせぇ、望んで身につけたってもんじゃねぇ」


 肩で息をしつつ、良一は掠れた声で呟いた。


『……なるほど。暗黒の魔力を、『心』のもたらす『怒り』で鍛錬(たんれん)したか。面白い形よ』


 頭に響く声に何も応えず、良一は歯噛みした。

 いつの間にか現れるようになった赤黒い暗黒の魔力。何を言われているかは理解出来ずとも、何か確信を突かれたようで歯痒く、面白いと言われたことが不愉快だった。


「リョウちゃん、よく頑張ったね」


 そっと、頭を撫でてくるステラの手。


「……ああ」


 良一は下を向いたまま、それだけを答えてそっぽを向いた。


「それじゃあ――」


 (ひざまず)いたままの良一を残し、ステラが石版の方へと歩き、祭壇へと呼びかける。


「お力を、受け取りますね」

「……え?」


 誰もいない洞窟。さも当然のように、声の主がそこにいるかのように声をかけたステラに、良一が頭を上げた。

 恐れる様子も、(かしこ)まる様子も無く、普段通り立ち続けるステラの背。やがて――



『いいよ』



 明らかにトーンの違う、ただのおっさんっぽい思念が良一の脳内に届いた。

 思わず膝を崩しそうになった良一のもとに、ステラが戻ってくる。


「リョウちゃん良かったね、くれるって」

「あ、ああ…… 今あいつ、全然キャラ変わって――」


 どうしても突っ込まざるを得なかった良一に、言葉途中で異変が起こった。

 良一の体―― その全身が、体の内側から現れた白い光に覆われていく。


「なんだ……? この光……」


 意味のわからない奇妙な光、しかしその力の波動には覚えがあった。そのエネルギーの感覚は、かつて経験した『試練』と呼ばれる場にあったもの。そして、今は失った力である『壁』に感じたもの。

 動揺する良一に身を寄せ、彼を起き上がらせたステラが静かに(ささや)く。


「リョウちゃん。リョウちゃんが思う、一番凄そうな『武器』をイメージしてみて」

「武器……?」

「それはリョウちゃんが扱うのに得意なもので、リョウちゃんの生まれた場所、住む世界、故郷に由来するものほどいいわ」


 ――今、なんて……


 はっきりと聞こえた、自身の語らずにいた事実を突く言葉。


「……っ」


 良一は首を振り、右手を前に『武器』をイメージして拳を握った。目を閉じ、更にイメージを固めていく。閉じた(まぶた)の裏、白い輝きが手に集まっていくのがわかった。そして――


「まぁ……!」

『うむ…… 出来たか……』


 目を開けた良一の手には、一振りの剣―― (つか)から刃に至るまで全てが真白に輝く、羽のように軽い、一本の刀が握られていた。


 ――この刀は……


 握る良一は思わず魅入り、たった一本の刀に震えを覚える。

 かつて握っていた『聖剣』、そんなものとは比べものにもならない凄まじい力。在るというだけでその場を支配してしまいそうな、その存在感を肌身に感じていた。


『素晴らしい…… 真白き朧月(おぼろづき)の如く、美しき刀よ』


 言葉を失う良一に、思念が降った。



()(めい)を与えよう、汝の名は――』






 洞窟を出た良一は、重い足を引きずるような気分でステラの後を歩む。

 岩山の麓から森へ、森から湖のほとりへ。高みから傾き始める太陽―― の姿は無いが、良一はステラのローブを照らす陽光の雰囲気から、今を十五時過ぎと見当していた。

 ゴーレムとの()()から、よくわからない洞窟での一悶着。随分と長い散歩になったなと、変わらず桃色の髪を揺らす、軽い足取りの背中を見ながらそう思っていた。

 そんな彼の右手には、(みね)を肩に預けて持った真白い剣――


「リョウちゃん、ちょっと休憩して行きましょうか」


 振り返って言ったステラが、湖面の側の一画を指差す。そこには座るに丁度いい形で、切り株が二つ並んでいた。

 別段、休息が必要なわけではない。どうせ休むなら、あの家のソファーの方がいい。そう思いつつも良一は、「ああ」と答えていた。

 光を反射する湖面と、その揺らめき。遠く山岳や、森や草原を抜けて吹く風。そういったものが体の疲れと相まって、どこか本当に小さな頃、クタクタになった遠足や遊びの帰り道のような、名残惜しさにも似た想いを抱かせていた。

 まだもう少し、今日を、今を―― そんな小さな想い。

 二人切り株に腰掛けるまでの間に、良一がその想いを自覚することはなかった。


「はい、リョウちゃん」

「おう」


 麦茶が注がれた黄色い水筒の(ふた)を、良一は左手で受け取る。今日結構な量を飲んだはずの麦茶は、どう考えてもその水筒の量を超えているような気もする。だが、それはもう今更どうでもよかった。

 熱くなっていた体を冷ましていく感覚、豊かでのどかな風景の中で、それを飲むという感覚。それだけがたしかなら、それでいいと思えた。


「ふぅ…… ちょっとこれ、どうにかならねぇかな……」

「ん?」


 ぽんっぽんっと、良一は自らの肩に、右手に持った剣の峰を当てた。


「貰っといてなんだが、ずっと抜き身っていうのもどうなんだ…… (さや)くらいセットでくれてもいいのに」


 ほとんど重さを感じない、重い声の主より受け取ったらしい剣。それがどれほどの業物(わざもの)であるのか、異世界の聖剣を扱っていた良一にはわかっていた。

 それだけに、平静を装いつつも内心落ち着かない。

 何か()()が起こればと、過去の記憶がざわめくのだ――


「大丈夫、その剣は何も切らないから」

「……え?」


 湖面を吹く風、桃色の前髪を軽く()きながら、ステラは言う。


「刃に指を当てて、そのまま動かしても怪我一つしない。持ち主が使いたいと思わなければ、その力を振るうことはない。あの方が作られる武器は、本物の名器なの」

「そんな馬鹿な……」


 良一は試しに軽く、指先を刃先に当ててみる。

 感覚的には「斬る」動作を入れなくても、「落とす」だけで斬れるはずの刀―― しかしその刀身の刃は、尖った見た目に反し、確かにただの鉄の塊のような触りだった。

 不思議そうに刀身を見つめる良一に、ステラが少し身を傾ける。


「ねぇリョウちゃん。その剣ってどういう剣なの?」

「え……? どういうって……」

「イメージしたんでしょ? ちゃんとその通りになった?」


 ステラと目を合わせ、刀身を見、良一は頭を掻く。


「……どうかな? 見たことないし…… なんとなく、おれの世界―― おれの生まれた場所の伝説の剣っていうと、こんな感じなのかな、としか……」

「伝説の剣…… どんな伝説なの?」


 微笑みとともに、興味深そうに尋ねてくるステラ。良一は眉根を寄せ、頭を巡らせながら切り株を立った。


「はっきりとは知らないけど…… おれの国が何千年か昔、神様が治めてた国だったって頃、八つの頭を持った巨大な蛇の魔物が暴れてたらしいんだ」

「神様が…… 治めていた……」


 良一は陽光に煌めく刀身を見ながら、ステラに背を向けて数歩と歩く。


「その魔物を一人のおっさんが―― いや、そいつも神様なのかな? よくわかんねぇけど、とにかく倒した。そん時に蛇の尻尾からドロップしたのがこの剣なんだそうだ。……?」


 言葉を句切り振り返った良一は、ステラの様子に軽く(まぶた)を上げる。


「どうした? 歩き過ぎて疲れたか?」

「あ、ううん。それで? その剣は、どういう剣だったの?」

「……? まぁ、そうだな……」


 今確かに、(うつむ)いていた。そう見えたが変わらない微笑みに押され、良一は知っている限りを思い出そうとする。


「どういう剣だったのか、っていうのは実際のところよくわからない。何千年前の伝説だからな。一応今も残っているらしいが、海に沈んだって話もある。本当のところは、その何千年を受け継いできた人達にしかわからないんだろう」

「何千年を受け継ぐ……? そんなに長い間?」


 ステラに驚かれ、良一は刀身を見ながらに思う。たしかに本当だとすれば、驚く以外に無い数字だと。


「ああ、おれの国は歴史だけは長いらしい」


 人一人の寿命の何十倍、その間を伝え続けられてきた、決して本物を見ることの叶わない一振りの剣。

 これは勝手な、自身のイメージの産物の形。だがさっきの声の主が、ステラのように不思議なことが出来る相手だとすれば、ひょっとすると本当にこの剣は―― そんな考えが過ぎり、良一は苦笑した。


「あと、おれが知っていることは…… こいつが昔の人を、火事から救ったって話くらいだ」

「火事?」


 良一は後ろを向くと―― 二、三と剣を横凪に振った。

 斬るという意思。それを乗せた剣は、ステラの言う通り背の高い草達を扇状に、根元近くから刈り取った。


「……火のついた草に囲まれて身動き出来なくなった持ち主を、こいつが勝手に周り全部刈り取って助けてくれたらしい。そんでついた名前の一つが、『草那藝(くさなぎ)の太刀』」


 ぱらぱらと、宙に浮いた草が地に落ちる。初めて扱ったとは思えない手の馴染みに、幾分の高揚を感じた。


「いいお話ね…… 持つ人を守ってくれる武器だなんて。リョウちゃんもきっと守ってもらえるわ」

「へっ、自分の身くらい自分で守れるさ。それによ――」


 おどけて良一は剣を持ち上げ、再び数回と振るう。


「ただのお話だ。剣だ勇者だ、伝説なんてほんとはつまらないもんさ。その昔話だって、ほんとの所は誰かがこいつを、草刈りに使ってたってだけなんじゃないか?」


 冗談混じりに、剣を空に泳がせていく。手に重み無く、空気の抵抗さえも重み無く、切り裂いて泳ぐ真白い剣――




『失礼な! (わたくし)めが伝承をなんと心得ますか!』




 その刀身が―― いきなりに抵抗力を持って垂直に立った。


「な…… に……? ……!?」


 唐突に頭に響いた、子供のような怒鳴り声。

 驚いた良一の手をするりとすり抜け、剣が宙を飛ぶ。

 

 陽光に身をさらした剣は、真白い輝きに金を交え、



 強烈な光を放った――



「くっ……!」


 腕を前に、目を覆った良一。


 そして光は止み――



 光の中より、小さな金色の妖精が現れる――






 ――『其に銘を与えよう、汝の名は』


 その剣は良一の中、イメージのそのままに。




 ――『叢雲(ムラクモ)




 その名を灯した。




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