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玄人仕事  作者: 千場 葉
#9 『アマチュア・ワークス』
314/375

31.赤黒い復讐心


 爆煙、爆煙、爆煙――

 様々な色の光弾が(はじ)け明滅する魔力の光の中、影に染まった真っ黒な矢が、巻き起こる煙の中へと注がれていく。


 一陣、二陣、三陣――

 魔法と矢のまき散らす怒号は、戦いに慣れない者の悲鳴をかき消し、鳴り止まない稲光のような音で耳をつんざいた。


「撃てぇー!」


 重なり続ける轟音の中、かすかに響いた部隊長の声。

 二階席に構えた法兵の集団から強大な魔力が盛り上がり、その数人がかりでの大詠唱が幕となる大魔法を発動させる。


 ハリーゼルの放った炎の龍よりも高い魔力量。生み出された巨大な光の波が、あらゆるものを消し飛ばすように目標(おれ)へと直進し、広間を突き破って外へと流れていった。

 その衝撃に崩れ落ち、爆煙と、無数の矢を下敷きに落ちる二階席――



 数秒の、静寂。

 光と煙、音が過ぎ去り、息を呑んで一点に集中される、何百もの瞳。


 軍人、兵士、来客。高揚感と期待、怯え。色々なものを抱えて見つめるやつらの目に飛び込むのは――



 ――灰色のガラスの箱の中、笑みを浮かべて立つおれの姿だった。



「バカな……」


 部隊長が、呆然とした顔でおれを見ていた。


「どうした? 早く()ってくれよ」

「くっ……!」


 慌てつつ、手を振る部隊長。事態に遅れを取ることなく、幾人かの弩弓を構えた兵が矢を発射させた。その矢はガラスの箱に触れた途端、ぽとりと真下へと落ちる。


「な、なんだあれは……」


 その異様さに、誰もが動きを止めた。撃たれた矢の全てが、同じように真下へ落ちていた。飛んだ矢が弾かれたわけでも、角度を変えられたわけでもない。まるで全ての矢がおれの寸前で何かに屈服したかのように、慣性を失ってただ落下していた。


「時の…… 壁……」


 おれのすぐ脇から、呟きが聞こえた。


「ほぉ…… 起きてやがったか」


 おれに襟首を持たれ、虫の息になっているハリーゼルからだった。


「貴様…… やはり、身につけて…… いたのか」

「へっ、てめぇこそ、どういうものかも知ってやがったようだな」


 試練により得た秘儀、『時の壁』。生み出されるフィールドの前には、全ての攻撃は()()()()

 触れたもの全てにここには無い時間と空間を与え、その行動を無効化するという人の理解を超えた防御結界。その全容はわからず、魔法ですらもないこの力がなんなのかはおれにもわからない。

 ただ一つわかることは、魔王でさえも何一つと抵抗する術のなかったこの力。この力を発動させたおれは、無敵だということだ。


「知ってるならわかんだろ? もうてめぇらに抗う術はねぇ。()()()だ」

「仕上…… げ……?」


 おれはほくそ笑み、まだ呆然と突っ立っている間抜けな連中へと足を踏み出す。

 笑みを浮かべたまま、ハリーゼルを引きずるおれ。おれが一歩と歩く度、見る者全てがおののく様はなんとも言えない快感だった。

 おれは崩れた二階席の瓦礫へと足を登らせ、この場にいるヒトの群れを見渡せる場所へと立った。


「さぁ! もう気は済んだか間抜けども!」


 もう固まりきっているのか、おれの出した大声にも表情を変える者はいない。


「ハリーゼルはこの通り! ミーレクッドの雑兵(ぞうひょう)どももこの通りだ! てめぇらには最早、なんの望みもない! まだわからねぇようなら教えてやる!」


 見下す烏合(うごう)の衆。今だ武器を構えた兵達へと指を差す。


「その矢一発! その魔法一発! そのチンケな力で、『魔王』を倒せると思うなら撃ってみろ! ここにいるのはガキ一匹じゃなく! てめぇらが恐れたあの『魔王』を、たった一人でねじ伏せた本物の化け物だ! 敵うと思うやつは前に出ろ! 一国を一人で滅ぼせる! 世界を一人で滅ぼせる! そんなやつがいるなら今すぐ前に出てみろ!」


 ――『魔王』、その言葉は強烈だった。


 (あふ)れる魔物に日々を(おびや)かされ、空の色さえも塗り替えられていたこの世界。それがどれだけ恐ろしい存在かは、誰もが知っていた。

 なのにこいつらには、まだ現実が見えていなかったらしい。

 今更のように、幾人かの手から武器が床を転がる。堪えきれず、膝を折る兵の姿も見られた。


「はっ、アホどもが…… 毒だ即死魔法だザコの一斉攻撃だ、そんなもんで魔王が倒せるかよ……」


 その様に、思わずと呆れた呟きが出る。ヒトの姿、ガキの姿だからこそ、甘い考えが出るのだろうか。魔王はおろか、魔王城の周りにいるザコにすら勝てなかったヒトの群れ。最初(ハナ)から勝ち目など欠片もなかったというのに。

 右手に握る襟首が、かすかな身動(みじろ)ぎを見せた。


「……ダテ、何をするつもりだ…… 貴様の目的は……」


 おれはにやりとハリーゼルに笑みを見せると、聴衆に向いた。


「喜べお前ら! おれ一人の働きにより『魔王』は死んだ! そしてお前らを牛耳ろうとしていたミーレクッドのこいつらも、全ておれの手によって制圧された!」


 おれは大手を広げ、満面の笑みで語りかける。


「お前らは何をすることもなく! 怯え暮らすだけで『希望』を叶えた! 見ず知らずの他人を働かせ、稼ぎだけを分捕(ぶんど)る! これよりメシの旨いことはないだろう!」


 ――おれの目的、それは復讐だ。


「いい気分になっているお前らに、嬉しい知らせをくれてやる!」


 ――だがそれは、ハリーゼル()()に向けたものじゃない。



「これよりこのミーレクッド城は魔王城となる! そしてこのおれが、新たな『魔王』だ!」



 おれが復讐を果たすは、世界――


 この汚らしい場所に住む全てのヒトと、この世界そのものに向けられていた――


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