31.赤黒い復讐心
爆煙、爆煙、爆煙――
様々な色の光弾が弾け明滅する魔力の光の中、影に染まった真っ黒な矢が、巻き起こる煙の中へと注がれていく。
一陣、二陣、三陣――
魔法と矢のまき散らす怒号は、戦いに慣れない者の悲鳴をかき消し、鳴り止まない稲光のような音で耳をつんざいた。
「撃てぇー!」
重なり続ける轟音の中、かすかに響いた部隊長の声。
二階席に構えた法兵の集団から強大な魔力が盛り上がり、その数人がかりでの大詠唱が幕となる大魔法を発動させる。
ハリーゼルの放った炎の龍よりも高い魔力量。生み出された巨大な光の波が、あらゆるものを消し飛ばすように目標へと直進し、広間を突き破って外へと流れていった。
その衝撃に崩れ落ち、爆煙と、無数の矢を下敷きに落ちる二階席――
数秒の、静寂。
光と煙、音が過ぎ去り、息を呑んで一点に集中される、何百もの瞳。
軍人、兵士、来客。高揚感と期待、怯え。色々なものを抱えて見つめるやつらの目に飛び込むのは――
――灰色のガラスの箱の中、笑みを浮かべて立つおれの姿だった。
「バカな……」
部隊長が、呆然とした顔でおれを見ていた。
「どうした? 早く殺ってくれよ」
「くっ……!」
慌てつつ、手を振る部隊長。事態に遅れを取ることなく、幾人かの弩弓を構えた兵が矢を発射させた。その矢はガラスの箱に触れた途端、ぽとりと真下へと落ちる。
「な、なんだあれは……」
その異様さに、誰もが動きを止めた。撃たれた矢の全てが、同じように真下へ落ちていた。飛んだ矢が弾かれたわけでも、角度を変えられたわけでもない。まるで全ての矢がおれの寸前で何かに屈服したかのように、慣性を失ってただ落下していた。
「時の…… 壁……」
おれのすぐ脇から、呟きが聞こえた。
「ほぉ…… 起きてやがったか」
おれに襟首を持たれ、虫の息になっているハリーゼルからだった。
「貴様…… やはり、身につけて…… いたのか」
「へっ、てめぇこそ、どういうものかも知ってやがったようだな」
試練により得た秘儀、『時の壁』。生み出されるフィールドの前には、全ての攻撃は届かない。
触れたもの全てにここには無い時間と空間を与え、その行動を無効化するという人の理解を超えた防御結界。その全容はわからず、魔法ですらもないこの力がなんなのかはおれにもわからない。
ただ一つわかることは、魔王でさえも何一つと抵抗する術のなかったこの力。この力を発動させたおれは、無敵だということだ。
「知ってるならわかんだろ? もうてめぇらに抗う術はねぇ。仕上げだ」
「仕上…… げ……?」
おれはほくそ笑み、まだ呆然と突っ立っている間抜けな連中へと足を踏み出す。
笑みを浮かべたまま、ハリーゼルを引きずるおれ。おれが一歩と歩く度、見る者全てがおののく様はなんとも言えない快感だった。
おれは崩れた二階席の瓦礫へと足を登らせ、この場にいるヒトの群れを見渡せる場所へと立った。
「さぁ! もう気は済んだか間抜けども!」
もう固まりきっているのか、おれの出した大声にも表情を変える者はいない。
「ハリーゼルはこの通り! ミーレクッドの雑兵どももこの通りだ! てめぇらには最早、なんの望みもない! まだわからねぇようなら教えてやる!」
見下す烏合の衆。今だ武器を構えた兵達へと指を差す。
「その矢一発! その魔法一発! そのチンケな力で、『魔王』を倒せると思うなら撃ってみろ! ここにいるのはガキ一匹じゃなく! てめぇらが恐れたあの『魔王』を、たった一人でねじ伏せた本物の化け物だ! 敵うと思うやつは前に出ろ! 一国を一人で滅ぼせる! 世界を一人で滅ぼせる! そんなやつがいるなら今すぐ前に出てみろ!」
――『魔王』、その言葉は強烈だった。
溢れる魔物に日々を脅かされ、空の色さえも塗り替えられていたこの世界。それがどれだけ恐ろしい存在かは、誰もが知っていた。
なのにこいつらには、まだ現実が見えていなかったらしい。
今更のように、幾人かの手から武器が床を転がる。堪えきれず、膝を折る兵の姿も見られた。
「はっ、アホどもが…… 毒だ即死魔法だザコの一斉攻撃だ、そんなもんで魔王が倒せるかよ……」
その様に、思わずと呆れた呟きが出る。ヒトの姿、ガキの姿だからこそ、甘い考えが出るのだろうか。魔王はおろか、魔王城の周りにいるザコにすら勝てなかったヒトの群れ。最初から勝ち目など欠片もなかったというのに。
右手に握る襟首が、かすかな身動ぎを見せた。
「……ダテ、何をするつもりだ…… 貴様の目的は……」
おれはにやりとハリーゼルに笑みを見せると、聴衆に向いた。
「喜べお前ら! おれ一人の働きにより『魔王』は死んだ! そしてお前らを牛耳ろうとしていたミーレクッドのこいつらも、全ておれの手によって制圧された!」
おれは大手を広げ、満面の笑みで語りかける。
「お前らは何をすることもなく! 怯え暮らすだけで『希望』を叶えた! 見ず知らずの他人を働かせ、稼ぎだけを分捕る! これよりメシの旨いことはないだろう!」
――おれの目的、それは復讐だ。
「いい気分になっているお前らに、嬉しい知らせをくれてやる!」
――だがそれは、ハリーゼルのみに向けたものじゃない。
「これよりこのミーレクッド城は魔王城となる! そしてこのおれが、新たな『魔王』だ!」
おれが復讐を果たすは、世界――
この汚らしい場所に住む全てのヒトと、この世界そのものに向けられていた――




