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玄人仕事  作者: 千場 葉
#9 『アマチュア・ワークス』
312/375

29.赤黒い理念の交錯


 誰一人近寄ることの出来ない、黒と赤の力の渦が巻く。

 拳と拳の打ち合いに城が鳴動し、天井からは揺れたシャンデリアがちぎれて落ち、床の絨毯が燃え上がる。その炎すらも力の流れに吹かれ、一瞬にして消えていった。

 おれよりいくらもデカく、それでいて老体だとは思えないスピードで猛攻をかけるハリーゼル。詰め将棋のような、まさに理詰めとも思える正確な攻撃の流れには、おれを遙かに凌駕(りょうが)する技の冴えがあった。

 ()()()、本気でやればこいつにも勝てる。そう思ったおれは相当にバカだったのだろう。

 互いの一撃をかいくぐる攻防の中、おれは叫ぶ。


「てめぇ何キレてんだ!? キレんのはおれの方だろうがよ!」

「同胞の命を軽んじた貴様には、最早傾ける耳も無い!」


 数え切れないまでに受けてきたこの男からの暴力。だからこそわかる。今の暴力には指導ではなく、多くの私怨(しえん)が込められていた。


 ――『お前は民間人を救い、軍規に逸脱した重罪犯を処断した』


 その暴力は、この世界にまだ『希望』を見ていた頃の記憶。


 ――『これは軍の名誉を守り、規範を高める功績であり、なんら罪ではない』


 かつてこの赤い軍服から受けた、別人のような気高さを思い起こさせた。


 だが――


「命を軽んじるだぁ? てめぇのどの口がそれをほざきやがる!」


 ――ふざけるな、てめぇはそんな男じゃない。

 少なくともおれに命をどうこう、人の道をどうこう言える資格なんかは無い。


「わかってたんだぜハリーゼル! あいつらの中には魔王と戦ったあと、弱り切ったおれを始末するための連中が含まれてたろう! あんたが紛れ込ませたな!」

「……!」

「見抜けねぇとでも思ったか! ちゃんと調べはついてたんだよ!」


 ――きっかけは、それも()()()、バルコニーから見下ろしたあの黒い髪のガキだった。おれと似た見た目で、なぜか気になったあの少年兵。

 ハリーゼル達を探り続けていたある日、おれは軍服を着たそいつを偶然に城の中で見かけた。それは本当に偶然で、どうでもよかったことでもある。だがそいつを見た瞬間に胸の奥、どこかから『影』という言葉が沸き上がった。

 馬鹿馬鹿しい、非効率的だと思いながらもそいつを調べ始めたおれは、探していた答えに辿りつくことになった。

 そのガキには―― 軍にいるはずなのに一切の情報が置かれていなかった。


「あのガキの取り巻きが全部吐いたんだ! 替え玉の件も、おれを抹殺する動きがあるのもな! ()り時にあたりをつけるのは簡単だったぜ!」


 今こうしてハリーゼルと殴り合い、その力を知ればこそ本当に納得出来る。ハリーゼルは的確に魔王の実力を見抜いていたのだろう。その上でおれに『経験値』を与え続け、魔王と()()の戦いが出来るまでに力をつけさせた。

 おれと魔王がぶつかりあい、決着がどうであろうと直後どちらも始末出来るように。従えておくには危険な『勇者』を、予め用意しておいた『替え玉』へと速やかに交換出来るように。

 事実おれは魔王を倒したあと、密かに確保しておいた稀少な魔力回復薬(エリクシール)を持ち込んでいてさえ、なお数時間と眠り続けた。もしそこを誰かに狙われたとすれば、子供にさえ殺されたことだろう。

 そして―― それを失敗したからこそ、次は薬か毒、そんな手段に打って出るだろうことをおれは見抜いていた。


「だからもろともに、全滅させたと言うのか!」

「させられたくなきゃわかりやすい恰好で入れとけ! あんたを殺しますって看板でも背負わせてな!」


 奴の怒りに対し、おれは怒りの拳を振るう。暗い紫の炎を吐くおれの拳をかわし、ハリーゼルが後方に跳躍した。


「貴様一人の命可愛さに、三千の同胞を皆殺しにしたと言うのか!」


 宙に浮いたハリーゼルの両掌から、巨大な火球が放たれる。

 おれは火球に向け――


「……ったりめぇだろうがぁぁっ!」


 真っ直ぐに床を蹴り、真っ正面から右の拳を突き出した。

 ――体ごと火球を突き破り、そのままにハリーゼルを空中に捉える。


 迫ったおれの拳をハリーゼルが()ね除け、そこから再び宙に浮いたままの乱打戦となる。


「見ず知らずのクソみてぇな世界のために死んでやる理由はねぇ! ムカツクだけの連中のためにもだ!」

「それが力を持つ者の言うことか! 大勢を救うに選ばれた者の言うことか!」

「救って欲しけりゃ救うに(あたい)してみろやボケがぁ!」


 ハリーゼルが放った左の拳。その伸びきった腕の袖を左手で掴んで引き、がら空きになった胴に右足を叩き込む。

 床へと落下していく奴へと、おれは暗黒の光弾を放った。


「ちぃっ……!」


 落下から体勢を立て直した奴へと迫る、紫色の魔力(かい)

 ハリーゼルはそれを見据え――


「『勇者』ならば、人々の(にえ)となれぃっ!」


 両掌から業炎―― 黒く燃え盛る龍の(あぎと)を放った。


 一息に呑まれるおれの魔力塊。迫り来る赤黒い龍。

 おれを丸呑みにし、そのまま城を突き破りそうなそれを、


「勝手ぬかしてんじゃねぇっ!」


 ――おれは()()へと、蹴り上げた。


 バリバリと天井を食い破り、城を昇って行くハリーゼルの魔法。

 広間へと巨大な瓦礫(がれき)が降り、悲鳴と轟音が鳴る。


「くっ……!」


 ハリーゼルが天井へと手をかざし、魔法を解きにかかる。



 ――もらった……!



 おれはその一瞬の隙を突き、床から奴へと走り込み、


「死ねぇっ!」


 ハリーゼルの心臓を目がけて、必殺の拳を――



 ――ハリーゼルの体が、消えた。



 首筋に、悪寒―― ちりちりと、()()()と同じ感覚に見舞われる。


「――(あめ)ぇっ!」

「……!?」


 見切っていた。

 ()()()()()()()()()()()と、おれは見切っていた。


 背後に回ったハリーゼルの拳が、おれの後頭部に降る。

 振り返ったおれはその胸板に向けて―― ()()の拳を叩きこんだ。


 広間を吹き飛び、おれがもたれていた柱のあたりへと飛んでいくハリーゼル。


「……おれの、勝ちだ」


 長かった因縁の相手。

 おれはようやくと、ハリーゼルの呪縛から逃れた気がした――


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