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玄人仕事  作者: 千場 葉
#9 『アマチュア・ワークス』
305/375

22.赤黒い昂ぶり


 暗い紫色の魔力がゆらゆらと揺れる空の下、おれはやつと向き合う。壁も天井もすでに瓦礫(がれき)となり、禍々(まがまが)しくも絢爛(けんらん)だったやつの根城は、(なか)ば空の台地になっていた。


「勇者よ…… お前は何を目的にこの戦いに臨む」


 やつ―― 強風に銀の髪を揺らす、魔王が聞いた。


「あぁ?」


 おれは構えていた剣を下げ、首を傾げた。

 戦いの最中に何を聞いているのか、何を思ったのか、考えがわからなかった。


「……質問を変えよう。『勇者』とは、なんだと思う?」


 ひびが入り、胸元から左肩まで大きく砕け散ってしまっている黒い軽装鎧。裂けたローブに包まれた左腕からは、瓦礫の床へと赤い血が垂れる。数十分に亘る戦いを越えて、魔王はボロボロになっていた。

 その様子は、おれと大差無い。


「くだらねぇことを聞くな、今更命乞いか?」


 おれは全身から、()の色のような魔力を(たぎ)らせてやつを威圧した。

 命乞い、時間稼ぎ。そんなつもりで無いことはわかっている。

 おれが倒すべきとされている魔王は、間違い無くこれまでで最強の相手だった。魔王の配下には、ゲームでいうところの中ボスのような、幹部とも言える連中がいくらかいたが、そんな連中は全く話にならない。

 こいつ一人が明らかに別格。他は全て、こいつに比べれば城で生み出せる弱い魔物と一緒くたに出来る、三下も三下の三下連中に過ぎなかった。それくらいに、魔王の力は飛び抜けたものだった。

 そいつは今、戦いの手を止め、おれに質問を投げかけている。

 真剣でいて、物静かな表情で――


「さっさと終わらせようぜ! このつまらねぇ茶番をよぉ!」


 それがおれにはムカついた。

 哀れみ、虚しさ―― どこかおれを、可哀相に見る大人のような表情が、ムカついた。


「……そうだな、そうしよう」


 そう言って、おれに応えるように魔力を滾らせる魔王。

 その魔力の色が、おれよりも色鮮やかな紫であることに、ムカついた。


 魔王の両の手が、何かを抱え上げるように肩の辺りまで上げられる。


「勇者よ、これで幕だ……」


 魔王から瞬間的に吹き荒れる強大な魔力――

 波動に体が圧され、崩れかけた魔王城が大気の振動に悲鳴を上げる。


「……!?」


 咄嗟に顔を庇った両腕の間から見る魔王の手には、二つの球が掲げられていた。

 左手には、白く光り輝く魔力(かい)。右手には、黒一色、それのみの魔力塊。魔王は両手のそれを一つに合わせ、上半分を白、下半分を黒という、奇妙な球にした。


 ――なんだ……? あれは……


 直感が、警鐘を叩く――


 球を右手に持ち、魔王がそれを空へと撃ち上げる。弾丸のように飛び去った魔力塊は雲を割り、空が明滅する。

 見上げた空からは、白と黒、八本の巨大な『剣』がおれへと迫る――


「くあっ……!?」


 まさに一瞬。

 途方も無い速さで降り注いだ剣は、身をかわす間も無く落下し――


「……なに!?」


 おれをぐるりと取り囲むように、均等に並び立った。

 八本の剣はそれぞれの切っ先同士を魔力の線で結び、おれを中心とした魔方陣を作り上げる。


「眠れ……!」


 横に薙がれた魔王の右腕から、巨大な光刃がおれへと迫った――






 三週間―― ()()()から、三週間が経った。


「これは勇者殿……! お戻りですか!?」


 三日ぶりに帰ったミーレクッド城の前、門番が言った。


「見りゃわかんだろ、とっとと開けろ」

「は、はい! ただいま!」


 ゴゴッと音を立て、巨大な防壁の門が開かれていく。

 ちんたらと時間をかけ、ゆっくりと動いていく機械仕掛けの門。ブチ壊すわけにもいかず、おれは暇に任せて門番へと尋ねた。


「ハリーゼルは? 今は執務室か?」

「い、いえ…… 私には、わかりかねます……」


 そうだろうなと、おれは舌打ちをした。もとより下っ端だ、知るわけも無い。

 おれが通れる分だけの開きを待ち、門の向こうを見つめる。その開かれていく隙間に、見知った姿が現れてきた。


「おかえり」


 蒼い髪をした長身の男、こいつとも三日ぶりだ。


「早いな、まさか待ってたのか?」

「いや、そろそろだとは思ってたけど、たまたまだよ。首尾の方は?」


 門番同様に「見りゃわかんだろ」と言ってやりたくもなったが、その代わりにおれは腰に差していたものを投げてよこした。

 キラキラと輝くそいつを裏表返しつつ、興味深そうにパドレは言う。


「へぇ…… 本当にあったんだね。ちょっとびっくりだよ」

「ああ、おれもだ」


 おれは中途半端に苦笑を返し、城の中へと足を踏み入れた。




「うむ…… これがか」


 ミーレクッド城、軍統括将ハリーゼルの執務室。相変わらずなここで、そいつを受け取ったハリーゼルの反応は、さっきのパドレと似たようなものだった。

 机の上に置かれたそいつへと、パドレが指を差す。


「統括将、この(さや)の部分をご覧下さい」


 差された部分には、文字があった。書かれているのではなく、浮かし彫りになっている。


「この文字は世界各地、太古の時代よりの神殿に残る、神の文字と言われるものです」


 日本語でもアルファベットでもない文字。おれにはこの国で使われているものと、何が違うのかはよくわからなかった。

 パドレの言葉に、ハリーゼルは頷く。


「なるほど…… ではまがい物ではなく、まさしく『聖剣』ということか」

「ええ、以前の勇者が所持し、今は失われたというそのものの伝承に特徴が一致します」


 ふん、とおれは鼻を鳴らす。


「なんだよ、おれを疑ってたのか? あんたが取って来いっていうから、あんなめんどくせぇ試練だとかいうのを乗り越えて、わざわざ取って来てやったってのによ」


 三日前、ハリーゼルに呼び出されたおれは、この『聖剣』の確保を指示された。

 このミーレクッドがある大陸より海を越えて西、スタストという国にある聖地と呼ばれる山。かつての勇者が『聖剣』を得たという地へと、単独での遠征を任されたのだ。

 勇者師団のサポートも、現地での誰かとの合流も無し。妙には思ったが、行ってみて理由はすぐにわかった。

 一つは、不毛な砂漠地帯であること。おれのように高速で空中を飛行出来る能力が必須で、そんなことが出来るやつは人にはまずいない。

 そして、もう一つは――


「ダテ、試練の方はどうだったのだ?」


 ――この任務の目的が、『聖剣』だけになかったことだ。


「ああ? 見りゃわかんだろ? ご覧の通りだ、しっかり聖殿の装置っていうのかな、そういうのが作動して聖剣を授かることが出来たぜ」


 まさにバカバカしい、ふざけたゲームかファンタジー映画のような、主人公への試練。まるでお約束とでも言いたげに、その試練は「一人用」だった。聖殿の入り口から中のつまらねぇ仕掛けまで、どう考えても一人用に作られた、そんなミニゲームばっかりだったのだ。

 ハリーゼルもパドレも、試練については何も言っていなかった。いなかったが、過去の記録か何かで調べはついていたのだろう。あの場所は真の『勇者』となる者が、一から十までを一人で突破しなければならないという、そんな決まりがあるのだと。

 そして、これも過去の記録にあったのだろう、その試練を越えた勇者が得られるものは、『聖剣』と――


「ダテよ、持ち帰ったものは()()だけかと聞いている」


 ギロリという音が鳴るように、紫の目がおれを刺した。

 おれは肩をすくめ、それに苦笑で返す。


「へっ、人が(ワリ)ぃな…… 残念だが、これだけだ」

「これだけ? それでは……」


 パドレが目を見開いておれを見た。やっぱり知ってやがったかと、もう一つ苦笑する。

 おれはハリーゼルに対し少しだけ姿勢を正し、改めて言う。


「ハリーゼル、『聖剣』はこの通りだが、『秘儀(ひぎ)』の方は貰えなかった。任務は半分失敗だ」


 ――『秘儀』。

 絶大な魔力を持つ魔王に対し、過去の勇者が用いたと言われる「神の御業(みわざ)」。試練の目的は『聖剣』と、強力無比なその力を得ることにあった。


「……なぜ得られなかった。その存在を知っているということは、何かあった様子だが」


 見ているだけなのか睨んでいるのか、相変わらずよくわからないハリーゼル。

 なるほどなと、おれは思う。『聖剣』だけを知らせていた理由は、こうしておれにカマをかけやすくして、任務にハッタリをかませないようにするためなんだろう。期待はしていないが、信用の無い。


「そりゃまぁ…… あんたの指導の(たまもの)ってやつかな」

「……どういう意味だ?」

「試練の精霊さん? (いわ)くは、おれは黒過ぎんだとよ。試練を越えたことで『聖剣』はくれてやれるが、『秘儀』の方は本人の体との相性があるから無理なんだとよ」


 「うむ」と一声唸り、ハリーゼルがパドレと目配せする。

 黒過ぎる、本当のことだ。今やおれの魔力は「暗黒」に大きく傾き、魔物とも見分けがつかない。


「なんだよ? ぶっ飛ばして吐かせといた方が良かったか?」


 おれの軽口の横やりを無視し、ハリーゼル達は思案を始める。

 かちかちと壁時計の音が耳につく、そんな沈黙が生まれた。



 今の重い空気の理由はわかる――


 この三週間、世界はまた劇的な変化を遂げた。

 ハロースト、ギャリスを傘下に抑えたミーレクッドは、ハリーゼルの指揮のもと加速度的にその戦線を伸ばしていった。

 窮地(きゅうち)から一変、勝ちを重ねれば重ねるほどに人類の間に増していく希望。それは早々に思惑となり、勝ち馬に乗るべくと現れた辺境の国々をも巻き込んでの、大戦力を生み出した。

 魔物を配下に、個に勝る魔王。ヒト達が絡み合い、数に勝る人類。この対比の中、今や人類総出(そうで)の数の暴力は、たしかに戦況をひっくり返しつつある。


 あとは、絶対的な個。

 数の暴力では敵うことの無い、絶対的な個。


 魔王軍の根城―― 魔王城までの道が開けた今、その絶対的な個である『魔王』を、もう一つの絶対的な個である『勇者』の力を以て、斬首する。戦いは今、その段階まで来ている。


 最早成すべき決行は、ハリーゼルによる最後の旗振りのみ。

 おれに対する『魔王斬首』の命令を残すのみ。


 魔王に対し、必勝出来る。

 その機会を見定めることが、ハリーゼル達にとって今一番の役目だった。



 数分の沈黙の後、やがて二人は――


「統括将、『秘儀』を欠いたことは痛手ではありますが、一つ大きな魔法を失ったと同じこと。元より無いものと考え、戦略を練り直すのが妥当かと。幸いに、現状ダテは伝承にある勇者よりも強力であると思われます」

「……そうだな、このまま押し切る形でも、戦局は揺るがぬか」


 『秘儀』を諦め、聖剣を手にした「おれ」での力押しを、選んだ――






 ――大爆発。


 魔王が放った光刃に撃たれた魔方陣が、大爆発を引き起こす。だがおれを追い詰めたのは、その衝撃ではない。


「ぐっ…… おおぉおおおおっ……!?」


 ――力が、奪われていく……!


 渦巻く白い閃光と、黒一色の爆風の奔流。それが中へと立たされたおれから、途方も無い速さで「魔力」を奪っていた。


 ――やばい……! 脱出を……!


 あと数秒、ほんの数秒とこの吹き荒れる爆風の中にいれば、全ての魔力を奪いつくされるだろう。魔力は生命のエネルギー、全て失えば、死ぬ。

 脱出のため、おれは魔力を膨れあがらせるも――


「無駄だ…… 我が『光と闇の消滅線』の前には、魔力は世界へと還されるのみ」


 魔力を発した先から、全てが爆風の中へと抜けていった。


「さらばだ……」


 魔王の呟きが聞こえる。おれは暗闇の中に目を閉じ――



 ――ほくそ笑んだ。



「何っ……!?」


 その狼狽が心地いい。


 宙に浮いたおれは、『箱』の中にいた。おれを覆う灰色の、ガラスのようなフィールド。そのフィールドは白と黒の爆風を押しのけ、届かないものとしていた。


「その力は…… まさか……!」


 この力こそ二週間前、()()により手に入れた、かつての勇者の『秘儀』。魔王を倒すため神々が創りだし、人に授けたと―― 試練の間に響く声は言っていた。


 ――『時の壁』。


 そう名付けられたこの秘儀の前には、全ての攻撃が()()()()


 爆風が止み、ゆっくりと床へと降り立ったおれは、魔王を見据える。


「さぁ、もう終わらせようぜ? あとが控えてるんだからよ……」


 溢れる余裕と()()への昂ぶりに、おれの口の端は独りでに持ち上がっていた――



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