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玄人仕事  作者: 千場 葉
#9 『アマチュア・ワークス』
304/375

21.灰が誘うは


 謁見を終えたおれはパドレの背中に付き添い、廊下を歩んでいた。


「お疲れ、なかなかだったよ。今日はもう自室で休んでいるといい」


 高い背中からかけられる言葉が、おれの頭の上を過ぎていく。

 手には受け取った、鞘に収まるきらきらとした短剣。


「これは…… どういうことなんだ……?」


 おれは短剣を見つめるままに呟いていた。

 歩きながらにパドレが、おれの()()()に反応する。


「それは『騎士の短剣』だ。功績を認められた軍人で、貴族階級を持たない者が(たまわ)る―― 言わば、貴族の仲間入りを許された証だね。おめでとう…… と言っていいのかはわからないが、その内領地も賜るんじゃないかな」


 そうじゃない。おれの聞きたいことは、そうじゃない。

 これがなんであろうと、こんなものはどうでもいい。


 ――あの子は、誰なんだ……?


 青いドレスの二人の少女――

 よく似た二つの面影が、考えれば考えるほど、おれの頭でまぜこぜになっていく。


「いや、正直お褒めの言葉を戴くだけかと思っていたんだが、驚いたね。まぁ君にとって良いことだとは思うよ。今は勇者とはいえ君は異世界の人間だし、ことが終わったあとに将来の約束がある方が――」

「パドレ」


 勝手に喋り続けるパドレの話を、おれは打ち切る。

 そして――


「あの子は、誰だ……?」


 我慢出来ずに、おれは聞いていた。


「あの子……?」


 怪訝な顔で、足を止めたパドレがこちらへ振り返る。


 ――あの子は誰か。


 聞いたおれ自身、その言葉の意識が()()()()向いていたのかはわからない。

 だが聞いてから、その質問は何も不自然ではないことにおれは気づいた。

 現にパドレにとっては、()()でしかないようだった。


「なに? ひょっとして…… さっきの女の子かい?」


 何が面白かったのか、蒼い髪をかき上げながらパドレは笑う。おれは「ああ」と、内心をしまい込んで頷いた。


「玉座から降りてきたならわかるだろう? 姫様だよ」

「……!?」


 ――ひめ、さま……?


 背筋をぞわりと、何かが駆け巡っていく。


「レン・アリア・ミーレクッド姫。私も随分久しぶりだけど、お会い出来るとは光栄だね。まさか()ア姫に短剣を持たせるとは…… 陛下は相当に君を買っているようだ」



 ――何を言っているんだ…… こいつは……?



 足下から、地面が無くなったみたいに立っている感覚が無くなる。

 それでも立っているおれは、不器用に口を動かした。


「姫……? 一人だけじゃ……」


 唯一の姫。出会ったその日、()()は言った。

 小首を傾げ、パドレは答える。


「ん? 良く知ってるね。陛下のご息女は一人だけだよ」


 からかうように笑うパドレ――

 その顔がどこか遠く、不気味に思えた。


「滅多にお会い出来るお方じゃないが、まぁ…… ははっ、歳も近いし頑張って? 魔王を倒して世界を救って、英雄としていっぱしの騎士になれば望みはあるかもしれないよ? それじゃ」


 ぱしりと軽く肩を叩き、背の高い、蒼髪の男はおれを離れていく。


 一人残された赤い絨毯の廊下。

 真っ直ぐであるはずなのに、楕円(だえん)に歪んで見えるような感覚に、おれは立ち尽くす――



 ――何が…… 起こっている……?



 この城の中、高いところにいるはずだった。



 ――誰なんだ……? 君は……



 おれが『道具』として、守るべき人であるはずだった。



 ――何もかも夢…… だったのか……?



 この世界にいる、たった一人の『人間』であるはずだった――



 凍り付く。機能が、止まる。

 体の中で何か、おれを動かすための何かが事切れたようだった。

 動作の目的が無くなり、どう動いていいかわからないようにも感じた。


 ただ、色を失い、冷えていく世界――




「夢、幻ではないぞ」




 背後から、重い声。

 突然に心臓を掴み上げられたように、体が向く。


「姫様には感謝するのだな――」


 赤い、軍服。


()()()()()よ」


 あの男が、おれの後ろに立っていた。


「……っ! ハリーゼル……!」


 その瞬間に、おれは理解した――

 歪んでいた世界が戻り、おれの感情によって、また歪んでいく。


「これはどういうことだっ! てめぇっ…… なにをやった!」


 そこらの()()程度なら、身動き出来なくなるだろう怒気をそいつにぶつける。

 だが()()は、ふんと鼻を鳴らすと、無感情な瞳をおれに向けるだけだった。


「まさかとは思っていたが、全く気づいていなかったのか。どこまでも頭の軽い……」

「あぁ……?」


 そしてやつは、おれの理解をその通りだと、考えの通りだと裏付けていく――


「どうして誰一人と気づかれず、毎夜毎夜とあのような場所に来られると思うのだ。ただの一度として、不自然には思わなかったのか?」


 何一つ、普段と表情を変えず、何事でも無いように。


「……!」


 おれは奥歯を噛みしめ、その顔を睨み続ける。

 長く抑えこまれていた怒りが、腹の底から燃えたぎってくるようだった。


「じゃあ…… 彼女は……! あれは、誰だ……!」


 吐き出すように投げかけた。

 聞かずにはいられない、聞きたくもない答えを求めて。


「さてな、誰でもない…… というのが答えか」

「なに……?」


 ハリーゼルが、おれから視線を逸らした。この男には珍しい、何かをはぐらかすような仕草。見え透いたそれを逃せるほど、今のおれは冷静ではいられない。


「てめぇ何を隠してやがる! 洗いざらい言え!」

「洗いざらい? 語っているとも、貴様が知りたいのは…… ()()()の姫様のことだろう?」


 息が、詰まる。

 ハリーゼルに直接、()()を示されたことに、呼吸を失う。


「あれは、『影』だ」


 影―― その言葉が示す意味は、意思を『翻訳』されたおれにはわかる。


「本物の姫様に大事無いよう、危険のはらむ場で役目を務める者…… 身代わりの任を負う者。それだけの存在に過ぎん。あれは任務を受け、お前の前に現れていたというだけの、誰でもない存在だ」

「誰でもない…… 存在……?」


 牢へと射す月明かりを受ける、青いドレスの彼女が脳裏に浮かぶ――



 ――『この世界をお救いいただくお方に、重ね重ねなんということを……!』


 ――『私は他の誰でもなく…… リョウイチが来てくれたことが、嬉しいです……』


 ――『ねぇリョウイチ…… 『未来』って、あるのでしょうか?』


 ――『私があなたを、元の世界へと帰します』



 出会ってから重ねられてきた、僅かな時間が浮かんでいく――



 ――『また、ね』



 その中に彼女は、


「嘘だ……」


 ルア(彼女)は、


「嘘だろう…… 嘘を……」


 ルア(彼女)は、たしかに存在していた。



 怒りにかられていたはずの体に、再び寒さを感じる。まるで世界から切り離されたような、途方も無い孤独感。誰一人、何一つの支えも失われ、温度の無い暗闇に立っているようだった。

 そんな感覚の中でも、おれの聴覚はやつの声を捉える。


「嘘などではない。あれの任務は、お前の精神を支えることにあった。未熟なお前が自棄に走らぬよう、寄り添い、幾ばくかの安寧と希望を与え、監視するのが目的だった。なんら確認の必要も無い、たしかなことだ――」


 そしてその声は、おれにとってのこの世界、最後の「希望」をも(くず)す――



「その任務を与えたのは、他ならぬ私なのだから」



 ――ぐらつく世界。

 足下を失い、意識すらも遠のきそうになる世界で、おれは――



「ぬううぅううあああああああっ!!!!」



 渾身の力を(たぎ)らせ、全力を以て吼えた――


 地鳴りが起こり、城が揺れ、全身に渦巻く暗黒の魔力に、絨毯が床石ごと吹き飛ぶ。


「てンめぇえぇェっ……!!」


 ――ぶん殴る…… いや、打ち砕く……!


 抑えていたタガを全て外し、不快の元凶へと殺気を放つ。


「死ねえぇええーっ!」


 棒立ち、突っ立っているままのハリーゼルへと、床を蹴ったおれの体が弾丸のように飛ぶ。

 紙切れのように、粉微塵に、その体を吹き飛ばす。


 そんなイメージの中、やつの姿が消えた――


「……!?」


 暗転する世界、首筋に強烈な衝撃――


「がはっ……!」


 どうと、砕けた床の上へと転がり落ちたおれは、


「まだまだだな……」


 燃え盛る炎を拳に(まと)う、ハリーゼルの姿を見上げていた。


「その程度では、到底魔王には敵わぬ。更なる精進を積め」


 拳の炎を振り消し、去って行くその赤い背中。

 激痛と焼かれた皮膚の匂いの中、おれの意識は黒に包まれていった。




 だが、この時―― 黒に包まれたのは、意識だけじゃなかった。


 赤黒く、ドス黒く、


 おれの全ては、包まれていった――








  まわれまわれよ 歯車まわれ


  進め昇れと螺旋を描け




  ぎりぎり がりがり 歯車回った


  油果たされ真黒くなった



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