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玄人仕事  作者: 千場 葉
#9 『アマチュア・ワークス』
302/375

19.黒い髪の少年


 どんな魔物も、どんな罠も、最早今のおれには通用しなかった。

 魔王城の正門を突破したおれは、門をくぐる前と変わらない歩みで城内を進み、必要も無いのにご丁寧に通路を辿り、その「大きな力」を目指していった。


 歩き続けて数十分。おれは城の上階、その大扉を開く。


 紫の床石に伸びる赤絨毯の先、玉座――


 銀の髪に、白過ぎる皮膚。

 深い紫のローブの上から、黒い軽装鎧を纏った青年――


 『魔王』の姿が、そこにあった。


「……『勇者』か、ついにここまで――」


 ――おれの手から紫色の閃光が走り、玉座周辺が爆発に吹き飛ぶ。


 四散する床石と、立ち昇る煙。

 やがて鎮まった煙の中から、手をこちらにかざす魔王の姿が現れた。

 ダメージは無いのか、平然とやつは睨みを入れてくる。


「ご挨拶だな……」

「うるせぇ…… めんどくせぇんだよカスが。偉そうに待ってねぇでそっちから来い、なんでおれから来てやらなきゃなんねぇんだ」


 うざったいのを丸出しに、そう答えてやる。

 おれを見る魔王の目が、わずかに見開かれた。


「君は……」

「あ?」


 体にまとわりつく、魔力の流れを感じた。それは()()()の気配。

 おれの力を見定めたらしい魔王は、目を伏せて頭を振った。


「なんということだ…… どのようにすれば子供がこのような……」


 魔王―― 魔物達を率いる、魔王軍の王。

 その顔に、噂に似つかわしくない表情を見た。


 ――哀れみ。


 『魔王』というラスボスには相応しくない、優しげな顔に映るその表情に、おれは――


 ――ムカついた。


「うるせぇ!」

「……!?」


 おれの両手から、再び紫色の閃光がいくつにも重なって放たれる。


「ごちゃごちゃ抜かしてねぇでとっとと来やがれ! ザコに構ってやってる暇なんざねぇんだよ!」


 跳ね回るおれの魔力に、魔王城は激しく揺れていた――






 ――この世界に呼ばれてから二ヶ月。


 一つ一つを思い出せば、思い出しきれない。

 実感とすれば矢のような、実際とすれば波が押し寄せるような。


 そんな時が流れていった。



 魔王の手により、急速に衰退した人の世界。それを取り戻すための相次ぐ遠征。あの日割り当てられた部屋は、三日と使った憶えが無い。

 おれを大将とした、()りすぐりの軍人達で組織された『勇者師団』。そのわずか三十名ほどの集まりにパドレを加えたおれの部隊は、まさに劇的とも言える早さを以て人類の戦況を一変させた。

 世界南部の大国ミーレクッドを起点に、北上してハロースト、海を渡りギャリス。遙か北より侵攻する魔王に対し、直線距離にして半分に亘るまでの国々から、魔物を退けることに成功した。

 期間にして約一ヶ月。おれが地下牢を出て、今日に至るまでの成果だ。


 もちろん、それはおれ達『勇者師団』のみで出来たことじゃない。その慌ただしい遠征には、ミーレクッドの総力とも言える兵力が投入されていた。

 『勇者師団』の仕事は、予め展開された各地の大規模兵力の元へと合流し、強敵を掃討すること。言わば『勇者』の圧倒的な力により、決着のみを担当する部隊。

 戦場へと赴き、決定打を与え、後を任せて次の戦場へ―― その繰り返しが、おれ達の役割だった。


 ハリーゼルの組み上げたこの大規模作戦は、「おれ」という戦力を使う上で見事としか言いようが無い。

 人類は効率的に息を吹き返し、「おれ」は、ますますと『レベル』を上げていった。


 時に魔物を倒し、時に人を倒し――



「勇者殿、こちらでしたか」


 久しぶりに戻ったミーレクッド城。下層の一画のバルコニーから下を覗くおれに、聞き馴染みのある軍人の声がかかった。ちらと見た横目に、他の軍人達よりも若干明るいグレーの軍服が映る。

 おれ専属の部下達―― 『勇者師団』の団員。その強行軍を強いられる役どころから、軍人達の中でも若い連中が多いらしい。優秀で、サポート役に特化した連中。ほとんど秘書のようなこの連中の顔と名前を、おれは未だに覚えてきれてはいない。


「……何か用か?」


 おれは下を見下ろしたまま、そう聞いた。

 若いとは言え、おれなんかよりはいくつも年上だ。元の世界の常識なら、こんな態度はいいものじゃないんだろう。でも(ここ)では、上官が絶対。おれが下手(したて)に回る方が問題になる。


「軍統括将とパドレ法師がお呼びです、将の執務室に来るようにと」

「そっか……」


 遠征時に持たされるペンダント。ここ最近は、そのオレンジ色の石―― 通信機ごしにしかハリーゼルとの接点は無かった。それも毎回ごく短く、任務についてを一方的に話されるだけ。直接顔を合わせるのは随分と久しぶりに思えた。

 部下の軍人が、動こうとしないおれに近寄る。


「何を見ていらっしゃるのです?」


 おれの隣から、そいつも下を見る。眼下には整備された砂地、軍の練兵場があった。

 軍人達の監督のもと、十名ずつほどの兵達が五カ所に分かれ、思い思いの訓練をしている。おれはその中の一つ、輪を作り、一対一の試合を行っているグループへと指を差した。


「ほう…… 一騎打ちですか。盛り上がっているようですな」


 腕を振り上げ、はやし立てる輪の中に、向かい合う二人の兵。

 木刀を持つ二人は体格がかけ離れていた。一人はこの仕事にはいかにもという体つきの、大柄な男。対する一人は―― まだ少年だった。

 脇から見ていた部下がため息をつく。


「やめさせますか? あれは訓練というより……」


 おれは思いの(ほか)感傷的だった、そいつの声に鼻で笑う。


「まぁ、見てな」


 部下が「はい?」と不思議そうな返事をかわした瞬間に、眼下の少年が走り出した。

 少年の突進に合わせ、大柄な男が木刀を振り下ろす――


 真横に身を(ひるがえ)した少年が回身から木刀を打ち下ろし、男の手首を叩く。

 武器を取り落とした男の首元には、すでに少年の木刀が止められていた。


「……おぉ! 見事な……!」


 思わずという感じで、部下が小さく手を叩いていた。

 おれも思い通りな結果に、満足げに笑っていた。


「あいつはさっきから連勝中だ。いいところのお坊ちゃんなのかもしれねぇ。剣の腕なら、おれより上かもな」

「またまた、お(たわむ)れを」

「事実だ。純粋に剣の腕だけなら、あんただっておれより遙かに上だよ」


 そう言い残して、おれはバルコニーをあとにした。


 どこから連れてこられたのか、将来有望そうなどこかの少年。

 おれと同じ黒い髪をした、おれとそう変わらないだろう年頃の少年。


 そんな「子供」に頼らなければならないまでに、まだこの世界は追い詰められている。


 おれが彼女のために、「希望」となる。

 そうすることであの少年は、おれのように手を汚すことなく、生きられるのかもしれない。


 それはひょっとすると悪くないことなのかもしれないなと、そう思った。


 だが―― 思うだけ。


 おれにとってのこの薄汚れた醜い世界。

 相変わらず『人間』と呼べる者は、彼女ただ一人だけだった――


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