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玄人仕事  作者: 千場 葉
#2 『リゾート・ヒーロー』
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6.餞別(せんべつ)レクリエーション

 朝食後、ダテはタストを連れてこの島を散策したいとアーニリアに告げた。

 彼女は反対する様子を見せず、夕食までには帰ってきてくださいとお小遣いを渡してくれた。ダテはいつかとは違い、


「じゃあ今日は遠慮なく。楽しんでくるよ」


 と言って受け取り、二人で笑い合った。

 タストはわけもわからず二人の親密な雰囲気を不思議そうに見つめるだけだった。



「ねぇ兄ちゃん、ほんとに出てきてよかったの?」


 この島で初めて一緒に歩いた時のように、ダテの右側をちょこちょこと歩くタスト。

 彼は今日はなんなのかと、何もわからない不安を抱えてダテに聞いた。

 いや、彼の中では、一番の不安が脳裏を掠めていたのかもしれなかった。


「なんでだ?」

「アーニリアがしばらく外には出るなって言ってたんだけど……」


 それはダテのいなかった間、彼がタストにとっての本国で何かをしていた間の戒厳令だった。

 その取り決めは事態が解決した後にも用心のために続き、タストが外に出たのは実に久しぶりのことだった。彼にしてみれば理由もわからないまま自宅謹慎を命じられ、理由もわからぬまま外に出してもらえたことになる。


「ああ、大丈夫だ。きっと、これ以上お前を退屈させるととんでもないことするかも、とでも思ったんじゃないか? ひょっとすると、洞窟行ったりしてたのがバレたりしたのかもな?」


 ダテはもっともらしい嘘でかわす。内心では、タストはいつか覚悟を決め、自分に関わるこういった事実を理解しなくてはいけないのではと思ってはいた。だが、そのいつかは今じゃない。もっと遅く、大人に近づいてからでかまわない、そしてそれを教えるのは自分ではないとも思っていた。


「うわっ、まさかバラしたの!?」


 タストは嘘を疑いもしなかった。

 そんな彼に対しダテは、目線の高さを合わせてからかう。


「ははは…… してねぇよ、ただ、子供見張ってる女ってのは超能力があるからな」

「ええ? 超能力?」



 その後もうろうろと、ダテはタストを連れて街を練り歩く。この人がいない街にも慣れたものだった。

 ダテはアーニリアから貰った金で時期外れな屋台から、揚げた魚肉にケチャップとマスタードをかけ、厚いパン生地で包んだ「ドルド」というファーストフードを買い、別の屋台からはフルーツのジュースを買ってタストとともに堤防に座って食べた。

 濃い液体の調味料に加え、下味として胡椒を振られた魚肉の入ったそれはお世辞にも上品な味とは言えなかったが、遊びの合間に食べるものとしては格別だった。

 タストはマスタードが苦手なのか時折苦い表情でジュースを口にしていたが、それでもダテに習ってまずいとは一言も言わず、ドルドを完食してみせた。

 少し大人になったという素振りを見せるタストを、ダテは満面の笑顔で褒めてやった。



「ん……?」


 ダテが、港の方へ目を向ける。数人のグループが入ってきていた。


「あ、お客さんだね」

「お客さん?」

「もうすぐシーズンだっていったでしょ? 気の早い人達もいるんだよ」


 なんとなく、ダテは思い当たった。おそらくは本シーズン中が仕事で早めの休暇を与えられた者達、そう考えると妙に合点がいった。


「そっか…… シーズンになればタストの父さんも帰ってくるのか?」

「うん! でも…… また挨拶周りしなきゃなんだろうなぁ……」


 そう言ったタストの顔は困りながらも嬉しそうだった。根は嬉しいのを大人ぶって困り顔で誤魔化している。ダテはわかりやすいやつだと思いながら目線を来客達に目を向け、幾人かの小さな人影を見つけて立ち上がった。


「おっ、お前と同じくらいのガキどもがいるぞ? 手ぇ振ってみろよタスト」

「うわっ、やめてよ兄ちゃん……」


 恥ずかしがるタストを脇に、ダテは観光客に向かって「おーい」と手を振った。

 遊びに訪れている開放感から警戒心が薄いのか、彼らは大人子供かまわず、笑顔で彼を指差したり、手を振り返したりしてくれていた。

 ダテはイタズラを思いついた子供のような笑みでタストに振り返った。


「よしっ、ガキどもさそって俺の国の遊びでも教えてやるか! お前も来い、タスト!」

「え、ええっ!? 待ってよ~!」


 陽光の中、いい年をした男が港を走る。

 少年はその背中を、夢中になって追いかけていった。



~~



 ダテが挨拶をしてタストを紹介し子供達を遊びに誘いたいと願うと、島に来た親子連れの観光客達は思った以上に快く了承してくれた。なんでもこの島は子供が楽しめるような場所は海くらいしかなく、大人達はどう子供を楽しませたものかと毎年苦心しているそうだった。

 いきなりの誘いだったせいでそれほど長くは遊べなかったが、ダテの教える遊びは子供達の興味を引き、ついには一部の若い大人達も混じってのとても賑やかな一時になった。

 別れ際、ダテは大人達と握手をしたり肩を叩きあったりしてお礼と挨拶を交わし、タストは何人かの子供達からまた遊ぼうと手を振られ、ちょっと照れくさそうに振り返していた。

 その後は興奮冷めやらぬ様子で一緒に今日の遊びの攻略法を語りあったり、思いつきで海釣りなどをして漁師に怒られたりと遊び回り、二人は陽が沈む頃になって慌てて家路についたのだった。



「今日はお疲れ様でした」


 さすがに今日は疲れたのか、タストは電池が切れるかのように夕食後すぐに居眠りを始め、アーニリアに言われるままに軽く入浴だけを済ませて眠りについた。


「いやぁ、本当に…… まさかタストがあんなにカンケリに向いているとは」


 ダテも勧められるままに入浴を済ませ、今はいつかのようにコーヒーを貰っている。石鹸の香りとコーヒーの香りが心地よく、彼の表情はとても安らかだった。


「よほど楽しかったのでしょう、終始そのお話でしたね」

「妙に大人ぶったところがあるからな、たまには歳相応になった方がいいだろ。どんな偉い所の子供でもな」

「……そうかもしれません。私には出来ないことです、ありがとうございました」

「久々に俺も子供の頃の遊びのルールを思い出せた。お互い様さ」


 コーヒーを飲んで、沈黙する。窓の外からは遠く、潮騒が聞こえていた。


「タスト様には歳の近いお友達がおりません……」


 改まったようにぽつりと、アーニリアが言った。

 ダテは潮騒を聞きながら、静かに彼女の言葉に耳を傾けていた。


「物心ついた頃にはこの島にいて、近しい者は私一人…… それを本人は、寂しいと感じたことすら無いのかもしれません」

「そんなことは無いと思うが…… 諦めみたいなのは出来てるかもな」


 意外にもタストが釣りを得意としていたのを思い出す。思えば昆虫や鳥にも詳しく、つまみ食い出来るような植物も知っていた。一人で出来る遊びばかりが上手い子供だった。


「ですから…… 今日のように他の子供と遊ぶ、それはほとんど初めてだったはずなんです。あなたがいなかったら、出来なかったことだと思います」

「……そういや、最初はけっこうおっかなびっくりだったか…… それが数時間もしないうちに一緒に笑って走り回ってたんだから子供の適応力ってすげぇな」


 ダテは嬉しそうに美味しそうに、コーヒーを口に含んだ。


「重ね重ね、お礼を言います…… 今日遊んだ子達は一人、また一人と去り、シーズンが終わり、皆帰ってしまう…… これでタスト様は、ようやく寂しいという気持ちを理解できるようになるでしょう。そして、当たり前の感情のストレスが、あの子を人間として成長させてくれる……」


 カップを両の手で包み液面を見つめながら言うアーニリアの表情は穏やかで、ダテは今更ながらに、どうして初めて会った時に彼女を厳しそうな女性だと思ったのか、自分の先入観を疑わしく思った。


「タストを大事にしてるんだな」

「はい…… 姉の忘れ形見ですから」

「……!」


 人の過去に触れてしまった。そう思ったダテは話の筋を変える。


「タストの父さんはいつ帰ってくるんだ?」

「……? 旦那様は…… 仕事を切り上げて来週には」

「おお、早いな」

「例の一件がありましたから、護衛とともに来られるように手配なされたと……」

「ああ、なるほど…… いや、よかった。ここで帰ってきませんなんて困った展開だけは避けて欲しかったからな……」


 コーヒーに口をつけ、あらぬ方向を見ながらダテは言った。

 アーニリアはそんなダテをまっすぐに見つめ、言った。


「……それまでに、いなくなられるからですね?」


 ダテとアーニリアの間に、再び小さな沈黙があった。


「すまん…… のんびりしていて誰に怒られるわけじゃない、けど、そういうわけにもいかないんだ」

「タスト様は、耐えられるでしょうか…… あなたのいなくなった穴に……」

「……数日一緒にいただけのおっさんさ、子供の強靭な精神を舐めちゃいけない。でも、穴は小さく終わらせないとな……」


 ダテは立ち上がった。


「もう、行かれますか?」

「ああ、詳しくは知らない方がいいが、多分…… 放っておくとタストどころか島中に穴が開きそうなんでな」

「お待ちください」


 そう言って、アーニリアは席を外した。戻ってきたその手には、手のひらくらいの大きさの水筒があった。


「お酒用の水筒ですが、大事の前ということで中身はコーヒーにしてあります。すぐに冷めてしまうでしょうけど…… 道中、お飲みください」

「……ありがとう」


 分厚い皮の水筒は小さくも、持つ者に安堵を与える熱さを持っていた。

 引き止めても、もう戻ってこない。それを理解した彼女からの餞別だと、ダテは理解した。

 二人は玄関まで連れ立ち、「お気をつけて」「ああ、おやすみ」と短く言い合い、別れた。


 去り行くダテの背中を見ながら、アーニリアは想う。

 ――私も、耐えなければいけませんね。


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