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玄人仕事  作者: 千場 葉
#2 『リゾート・ヒーロー』
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5.真夜中ハンティング

   

 その夜――


「さてと…… じゃあ行くか」


 ダテはまた、海岸へ行くために別荘を出た。

 しばらく歩き、今日は途中、きびすを返してやる。


「よう」

「……!」


 また、アーニリアだった。


「さすがにな、二度目は無いよ、プロ失格だ」

「見つかってしまいました……」


 海岸まで連れ立って歩き、海辺にて適当な場所に腰を下ろした。


「もう危険は終わらせてくれたのでしょう? どうしてまたこちらに来るのです?」

「ん~…… そりゃね…… 二人には悪いけど、今までのことは正直なところもののついでだったからかな。いや、本音としては今までのことが目的だったらよかったな、とは思ってるんだが……」


 ダテの物言いにアーニリアは小首を傾げる他なかった。

 彼は頭を掻きながら話を続けた。


「あの洞窟、途中でやつらがたむろしてるところがあってね、俺が行きたかったのはその先なんだ」

「何か、あるのですか?」

「お化けがいるらしい」

「お化け……?」

「と、タストが言っていた」


 そういえばとアーニリアは二週間と前のことを思い出していた。夕食の時に一度、近くの漁師が洞窟でお化けを見たそうだという話をタストがしていたことがあった。その時はその時と、他愛もない子供らしい話題だとすぐに忘れてしまっていたが、その後数日経って、一日だけ夜に一緒に寝たいとせがまれた日があった。

 彼女の中で、二つのピースがはまる。


「あの子ったら…… 入っちゃダメって何回も言ったのに」

「まぁ男の子供なんだからしゃあない、ダメって言われるとやりたくなるのは世界共通なんだろう」


 言ってダテは立ち上がった。


「じゃあ、俺はもう行くよ。お化けが待ってる。連中がまだ残ってるようなら、さっさと帰るように言っとくよ」

「……明日の朝食は、何がよろしいですか?」


 その問に、ダテは少しだけ驚いた表情になり、やがて、困った表情になった。


「そうだな…… 贅沢は言わない、濃いめのコーヒーでも用意しててくれ。それじゃあ」


 そう言って、ダテはその場を後にした。なんとなく、自分がもう帰ってこないのではと思われているような気がした。それはダテにもわからないことだが、別れを惜しまれていることには悪い気はしなかった。



~~



 伊達は洞窟の奥へと、今までいけなかった先を目指して進んでいった。

 いつも男達が集まっていた場所へと近づき、やがて、事態はロクでもないことになってきていることに気づく。

 焚き火は昨日までと同じく、同じようにあった。だが、男達はそこを囲んでいない。代わりに一本の剣が、抜き身で転がっていた。

 炎の生むオレンジの光が照らすその場所には昨日までと違い、外壁までもがおびただしい赤黒い液体に塗らされていた。


「うわ…… マジかよ……」


 男達が、食われていた――


 一匹ではない、十匹ほどの巨大な魚が集団で男達を襲っている。フナを人ほどに大きくしたような魚は逆関節の足を地に踏ん張り、夢中でとがった牙を男達に立てていた。男達は最早死んでいるのだろう、なすすべもなく喰われているだけだが、伊達でなければ正気を失いかねない光景だった。

 内の一匹が、伊達の方へと振り返る。続くように、他の魚も彼の方へと向いていく。


 魚は群れを成し、伊達に襲いかかった――


「けっ…… きやがれ!」


 伊達は体躯に似合わぬ速度で真正面から強襲する魚、もはや怪物と化した怪魚に対し、真正面から拳を見舞った。拳が魚の細い顔にめりこみ、周囲に衝撃波が走る。怪魚はまっすぐに、横にきりもみ回転しながら仲間を巻き込みつつ吹っ飛んでいく。

 続き彼の横から別の一匹が襲うが、伊達は怪魚の鋭い牙による攻撃を体の横回転のみでいなし、そのままローキックで逆関節を「関節」に折り、蹴りに使った足を軸に怪魚を腹部から蹴り上げる。怪魚は天井に激突し、地面に落下し、動かなくなった。

 二匹、三匹―― そのような感情があるのかはわからないが、怪魚からすれば驚くか、恐れを抱く他なかっただろう。伊達はその後も徒手空拳だけで彼らをいなし、圧倒していく。

 怪魚の人の骨をも簡単に砕き、広く正確に攻撃できるだけの可動範囲を持った顎は彼の微細な動きだけで全て封殺され、体当たりのような大きな動きは当たることなく反撃の目に合い、陸をも我が物にする逆関節は彼の軽やかなステップにまるで対応出来ない。

 怪魚の攻撃に間が空いたのを確認した伊達はしゃがみこみ、意識と体重を後ろに預け、叫んだ。


「面倒だ! まとめていくぜ!」


 伊達が立ち上がりつつ、意識だけを前に目標のいない場所で蹴りを放つと、彼は足を前に出したそのままの体勢で不自然なスライドを見せながら魚の群れへとかっとんでいった。

 若干浮き上がった状態で突っ込んでいく彼の足先は紫色の炎に包まれており、都合三匹の魚が突進に巻き込まれ、火達磨になって吹き飛んだ。

 伊達は着地を決め、満足そうに怪魚達を見る。


「いやぁ、便利便利、どこでも使える技ってのはいいね」


 その惨状に、怪魚達が動きを止めた。やはり命がある以上は戦闘に対する思考はあるのか、散開して奥地の暗がりへと逃げていった。

 とりあえずの終わりを確認し、ダテが戦闘態勢を解く。


「めずらしく普通な世界だと思ってたのに…… 妙な気配はしてたから予想はしてたんだが……」


 そう呟いて、ダテは来た道へと体を向けた。


「ま、そっちのが俺もごちゃごちゃ考えんでいいからいいな。明日にでも相手してやるよ」


 ひょこひょこと、ダテは帰っていく。


「コーヒー一杯分長生きしたな、お前ら」



~~



 翌朝、何食わぬ顔で食卓に現れたダテにアーニリアは驚いた。

 彼女は差し込む朝日の中、優しげな微笑みを見せると彼に言った。


「まだ眠りたりないんじゃないですか?」


 出てきたコーヒーは確かに濃いめだった。


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