4.白光
何か光に包まれたような、そんな感覚があった。
真っ白に近い金の光。目を射すような光ではなく、ただ目の前を邪魔しているような、そんな光。
放り出されたような感覚のあと、真っ暗になった。
赤いものが目に入ると、目を閉じていたからだと、眠っていたからだとぼんやりと思った。
赤いものは、絨毯だった。うつぶせになっていたらしいおれの目には、おれが寝ていたらしい絨毯が映っている。
薄かった。石の上に直に敷いたような、そんな冷たさと硬さがあった。
「……!」
――そんなはずはない、今は授業中だったはずだ。
目線の下、ちらりと制服の白いシャツが見えた。
おれは寝ぼけた頭を振り払おうと、無理矢理に体を引き起こす――
「……ぇ……?」
声に、ならなかった。
絨毯の上のおれを、知らない大人達が見ていた。十人くらいで、一段低い場所から、おれに向かって整列しておれを見ていた。
服装は、軍服―― そう見えた。偉い立場の人が着る、制服じみた軍服。赤い軍服の大人を先頭に、グレーの軍服の大人達が並んでいる。
そして大人達は、日本人でもなければ、外国人でもないように見えた。
髪の色も、耳の形も――
「っ……!」
わけがわからず、おれは辺りを見回した。
天井も、壁も、暗い石で囲まれた、地下室のような場所。絨毯の四隅には、足の長い燭台。おれの背中には、台の上に置かれた緑色の大きな宝石があり、宝石はロウソクの光を妖しく跳ね返していた。
――祭壇……?
そんな言葉が頭をよぎる。ゲームやホラー映画ではよく見るシーンだ。
地下の祭壇で、何かの儀式を――
緑色の石に目を奪われていたおれの肩に、ぐっと強い力がかかった。
「……!?」
「Mom ei mvowo……!」
赤い軍服の大人―― 軍帽を目深に被った男が、遠慮の無い強さで肩を掴んでいた。
茶色の髪と口髭、とがった耳。歳の刻まれた顔からは、紫の瞳が射るようにおれを睨む。
「え? あ、あの……」
おれは何を言っていいのかわからなかった。聞き間違いでなければ、低く唸るような声で聞かされた言葉は、外国語のようだった。言葉がわかったとしても何を言えばいいのか。
突然に起こった意味不明な状況に、おれの頭は空回りし――
何か光ったという感覚のあと、顔に熱く、何かが音を立てて擦りつけられた――
「Ti qseha ei fmacosazjome」
赤い軍服の男が、背中を向けて去って行く。男の一言に、周りのグレーの軍服が礼をした。
その時になって初めておれは、殴られたのだと気づいた。絨毯に横倒しになって顔を擦るくらいの、容赦の無い大人の拳。
どんな悪さをして怒られようとも、大人にそんな殴られ方をしたのはこれが初めてだった。
顔が折れたんじゃないかと思うような右頬の痛み。わめく気にも、泣く気にさえもならなかった。あまりに現実離れしていて、呆然とするよりなかった。
おれを殴った赤い軍服が、どんどん小さくなっていく。
それをじっと見ていたおれを、周りの大人達が掴み上げた――
グレーの軍服に囲まれたまま、おれは歩き続ける。
さっきの場所はおれが思った通りに地下だったらしく、何段も何段も、階段を上ることになった。
――「城」。
広い通路に出ると、そんな印象を持った。石で作られた建物で、通路には赤い絨毯が敷かれ、壁には馬が剣を持ったようなレリーフが描かれた赤い幕が垂れている。
ゲームの世界のようだと思った。ただ、壁に掛けられたランプに照らされるだけの城は、暗く寒かった。
おれを囲んだ軍服達は、歩き続ける。
聞きたいことは山ほどあっても声一つ出せず、おれは震える足を前に出す以外には出来なかった。
「何をするんだ」、「どこへ行くつもりだ」。漫画や映画なんかでこんな状況に放り込まれた主人公が、大騒ぎする場面がよくある。でも現実には絶対出来るわけがない。
見知らぬ場所で、見知らぬ大人達に囲まれる恐怖。躊躇なく拳を振り上げられる大人達を前には、息をすることさえままならないのだから。
暗い暗い廊下をいくつも歩き、やがて目の前に鉄格子の門が現れた。
門の前には軍服と同じ、グレーの色をした―― 「法衣」というのだろうか? 魔法使いというか占い師というか、そんな恰好をした男が一人、待っていた。
背中を押すようにして、軍服の大人達がおれをそいつの前に出す。法衣の男がおれに右手をかざした。
「え……?」
その右手を囲み、白色の光が魔方陣を描く。
それはおれが生まれて初めて見た、「魔法」だった。




