28.c14,12/20 昼
件のチャンネルに合わせられたテレビが鳴る、ダテの仮住まい。
全てを終えたダテとデイトルはテーブルに着き、時間の終点、その瞬間を待っていた。
「椅子も人も、定めからは逃れられんか……」
「ああ、あんたの言う通り、人だってこの世界を構成する「もの」だからな――」
――番組が生まれたきっかけ、ジャドが彼女を選んだきっかけは、彼女があの港でダテを助けたことにあった。だがループ自体はこれまで、ダテの存在に関わることなく起こっていた。
「ナタリーがあの場所で誰かを助けて面倒を見る、それは確定していたんだ。状況や想いは関係無い…… 確定している事象に対して、世界に繋がる「もの」は従う他ないのさ」
――それはその日を乗り越えようとも崩れ落ちた、あの椅子のように。
「我ながら、えげつない手段だ」
「そうかもな」
ここに至るまで幾通りと練られた変化へのプラン、当然に「七日目の封筒をナタリーから奪う」という手段も考えられた。その方が彼女にとっては良かっただろう。
しかしそれでは九日目の夜、偶然にしてジャドに出会い、その場で「きっかけ」が生まれてしまう可能性を否定出来なかった。
「そういえばデイトル、あの男はどうなった?」
「んん……? ああ、いつぞやのお前さんが助けた例の外国人かね? 病院に聞いたところ、昨日にはもう祖国に帰ったそうだ」
「そうか……」
「毎日港で張り込んだ甲斐もあったな、お前さんには随分と感謝していたそうだよ。本来なら、感謝されたのは彼女なのだろうがな」
世界の矯正力は、いともたやすく偶然を必然にも変えてしまう。
ダテは確実に「きっかけ」を潰し、「二人を」拘束する手段を選んだのである。
「……ジャドの相手は、どうだった?」
「うむ…… 楽しい男だったよ。彼女に会わせてやれないことに、心が痛むくらいにはな」
通報し、時間通りにレスキューを寄越したデイトル。
ダテはナタリーを抑え、デイトルはジャドを抑えた。
あの夜ループを生み出すはずだった二人は、ついに出会うことはなかった。
テレビ番組が始まり、あの日と同じ時刻になる。
つつがなく、キャスターとジャドの会話が流れていった。
デイトルが懐中時計を取り出し、今を確認した。
「……抜けたか」
「ああ…… みたいだな」
世界のループが今、終わりを告げた。
ダテは時を同じくして訪れた「予感」に、それを確信する。
「なぁ…… 一つ、聞いてもいいか?」
「うん?」
「あんたは全てわかっていた上で、やらないことを選択していたのか?」
デイトルは、テレビに視線を向けたままに答える。
「わかってなどおらんかったよ。そして、わかっていようとなかろうと、選択も判断も無い。ただ、受け入れるのみだ」
そう言った彼の表情からは、何も読み取れなかった。寂しそうでもあり、幸福そうでもあるように見えた。きっと見る者の主観で変わるのだろうと、ダテはなんとなく思った。
「そうだな、一つ答えたついでに、一つじいさんらしく、それっぽいことを言い残しておいてやるか」
「……?」
デイトルは席を立ち、椅子を戻す。
「自らが動かなくとも物事は動く。人間自ら動くのは、どうしようもなく我慢出来ない時―― ケツまくって逃げる時だけでいい。案外そんなもんさ」
「……あんたが言うなら、そうなんかもな」
動かなきゃ何も始まらない、そう思い、そう動いてきたダテは、反論したい内心はあっても何も言えなかった。
今度の「仕事」でデイトルは、それを実証してみせていた。
「ではな、ダテよ。もう会うこともあるまいが、達者でな」
「……おう」
ゆったりとした、軽くどこかへ出かけるような足取りで玄関へと歩むデイトル。
寂寥感も何も無く、ひどく普通に扉は開き、そして閉まる。そんな別れだった。
デイトルは、いなくなった。
そして――
がらんとした部屋の中、光の柱が降る。
光は長方形を描き、徐々にその姿を変え――
光の扉が現れた。
「……帰るか」
ダテは席を立ち、テレビに映るジャドを消し、扉へと向かう。
彼はくぐる、光の扉を。
光の扉が閉じ、この世界から彼が消える瞬間――
小さな光が一つ、そこから飛び出した。




